第19話 不穏な光と恋の監視任務
領主の街・ヴァルシアの夜は、灯火とざわめきに包まれていた。
屋台の香ばしい匂い、遠くから聞こえる酒場の笑い声、そして――屋根の上からそれらを見下ろす三つの影。
「魔力値、上昇中……っ! これは封印石由来の波動です」
ミリアが小型の測定器を握りしめ、真剣な顔で呟く。銀髪が月光にきらめく。
「……まあまあ、落ち着きなさいな。今の“波動”はたぶん――愛、ですわ」
クリスティアは隣で優雅に双眼鏡を構えながら言い放つ。
「愛の波動を測定器で拾うなよ!?」
セレナが呆れたように突っ込むも、指先はちゃっかりノートを開いている。
「……一応、観察データとして残しておくわ。“恋愛エネルギー反応・中度上昇”。」
ミリアは額を押さえた。
「だから封印調査の話してるんですってば!」
「同時進行ですわ♡ だって今、あの二人――」
クリスティアの視線の先には、橋の上を歩く悠真とリサの姿。
「――まさに“デート中”ですわぁぁぁ♡」
「ミッション名変更。『恋愛監視任務・第一段階』、開始ね」
セレナが淡々と記録を始める。
「やめなさい! あなたたちの任務、完全にズレてます!」
ミリアがツッコミを入れるが、二人は耳を貸さない。
屋根の上に潜む女子三人――完全にスパイ映画のワンシーン。
ただし、目的は「封印調査」ではなく「恋の観察」だった。
「……また爆発とか起きなきゃいいけどな」
悠真がぼそっとつぶやく。
「えへへ、大丈夫だよ。今日は平和なデート日和!」
リサは両手を後ろで組み、無邪気に笑った。
(昨日“婚約騒動”に巻き込まれた本人とは思えないテンションである。)
「リサ。俺、こういうとき大体“平和じゃない方向”に転がるんだよな……」
「じゃあ、もし何か起きたら、私が守るから!」
「フラグを立てるな!」
軽口を交わしながら、二人は屋台通りを歩く。
金色のランタンが灯り、店主たちが賑やかに声を張る。
焼きリンゴの甘い香りが、夜風に混ざって漂ってきた。
「ね、食べよっ。ほら、あの屋台!」
「……財布は俺が持ってるんだけどな」
「じゃあ、リサが選ぶ! 悠真、奢って♡」
「……詐欺師の笑顔だな」
結局、買ってしまう悠真。二人で並んでかじる。
その光景を――屋根の上から三人が見ていた。
「わぁ……見てください! “間接キス”ですわっ!」
「データ記録。“接触レベル:口同調”」
「その分析やめろぉぉ!」ミリアが悲鳴をあげた。
その瞬間――
「ドンッ!!」
背後で眩い光と轟音。リサが「きゃっ」と声をあげ、悠真の腕に飛び込む。
「なっ、何だ今の!?」
煙の向こう、爆発した魔導街灯が火花を散らしていた。
「お、おいリサ! 離れ――」
「だ、だって怖かったんだもんっ!」
頬が触れそうな距離。
通行人がざわめく。
「若いっていいねぇ!」
「婚約者さんかい?」
「ち、違いますぅぅぅぅ!!」悠真が真っ赤になって否定。
リサも顔を覆い、屋台の陰に逃げ込む。
屋根の上の三人は――
「……距離、近いですね」ミリア。
「抱き合ってます(メモ)」セレナ。
「恋の封印、今まさに解かれた瞬間ですわ!」クリスティア。
「お前ら観光客か!?」と誰かが叫びたくなる光景だった。
だが――その喧騒の向こうで。
爆発した街灯の根元、淡く黒い光が瞬いた。
「……あれを見て」
ミリアが鋭く声を落とす。
リサと悠真も視線を向ける。
煙の奥、地面が黒く焦げ、その中心に“紋章”のようなものが刻まれていた。
「まさか……封印の欠片の反応?」
リサが息をのむ。
ミリアが表情を引き締める。
「誰かが、封印を――」
「……解こうとしてる?」悠真が言葉を継ぐ。
額に軽い痛み。視界の端が、わずかに歪む。
(なんだ……これ……頭が、痛い。)
リサが心配そうに覗き込む。
「悠真、大丈夫!?」
「だ、大丈夫……多分……」
その瞬間――ポケットから、コロッと“焼きリンゴ”が転がり出た。
(よりによってこのタイミングで……)
「……あ、もしかしてそれ、半分こしたやつ?」
リサが苦笑しながら拾い上げる。
クリスティアは腕を組んでため息。
「この緊張感のなさ、嫌いじゃありませんわ」
ミリア「場の空気、完全に中和された……」
誰も笑ってはいけない状況――なのに、自然と口元がほころぶ。
短い沈黙の中、夜風だけが流れた。
そして――
「行きましょう。ここは、放っておけない」
セレナが静かに言う。
「封印の力を狙う者が、この街に潜んでいる」
悠真はこぶしを握る。
戦えない。
けれど――逃げるわけにもいかない。
調査を終えたあと、全員で丘の見晴らし台へ。
眼下には夜の街、遠くの屋台の灯りが瞬いている。
「……結局、黒印の正体はわからなかったね」
リサが寂しげに呟く。
「まぁ、明日になったらまた騒ぎが起きるんだろうな」
悠真が苦笑。
「君のフラグ回収率、異常ですよ」ミリアが冷静に突っ込む。
セレナは手帳を閉じながら小さく言った。
「でも……その度に、あなたは“逃げずに”立ってた」
「いや、逃げたいんだけどな。全力で」
「ふふ、口とは裏腹ね」
リサが風に髪をなびかせて微笑む。
「巻き込まれる人がいなかったら、守る人も生まれませんよ」
悠真は一瞬、返す言葉を失った。
月明かりの中で、リサの瞳がまっすぐに自分を映していた。
(……あぁ、またフラグ立ったかもな。)
だが、不思議と嫌じゃなかった。
クリスティアは少し離れた場所で、その二人を見つめながら小さく息をついた。
「……敵わないですわね。あの子、強いですもの」
ミリアとセレナも無言で頷く。
“脇役”だと思っていた彼が、確かにこの物語の中心に立ち始めている。
誰もそれを口にしない。ただ、夜風がすべてを語っていた。
遠くの空で、ふたたび紫の光が瞬く。
その奥――低く笑う影が一瞬、見えた気がした。
――脇役だから、逃げられると思ってた。
でも、誰かを守りたいって思った瞬間から、
もう俺は、物語の外にはいられなくなったんだ。
夜風が、静かに彼らの決意を包んだ。
夜明け前、街の片隅。
廃屋の中、黒いローブの影が立っていた。
床に刻まれた黒印を撫でながら、かすかに笑う。
「闇の封印……もうすぐ、開く」
――新たな“黒印の使徒”が、目を覚まそうとしていた。




