第16話 ミリア、光の刃を振るう
北の森、討伐翌日の昼。
陽射しが枝の隙間を縫い、木漏れ日がパチパチと焚き火の炎を照らす。
その周囲では、四人の冒険者たちが昼食のスープをすすりながら――まるで修学旅行後の反省会のようなテンションで語り合っていた。
「ねぇ、本当にあの狼もう来ないんですよね!?」
リサが真っ先に叫ぶ。声が裏返っている。
「来ねぇって!普通は来ねぇ!」 悠真がスプーンを握りしめて叫び返す。
「……“普通”じゃない相手だったけど。」
ミリアが、じと目のまま短く言い放つ。
「昨日の“偶然勝利”は、本当に奇跡でしたね」
セレナはメモを取りながら冷静に分析している。
「だから偶然じゃねぇって!いや、偶然だけど!」
悠真はツッコミながら、自分でも何を言っているのか分からなくなる。
……完全に漫才である。
リサがパンをちぎりながら言う。 「でもあのときのミリアさん、めっちゃかっこよかったです!」
「……偶然です」
「いやいやいや!偶然であの反応速度とか出ないでしょ!?」
悠真が全力で否定する。
「ってかミリア、昨日から剣磨きすぎじゃね?」
「気配が残ってる。……あいつ、戻ってくる」
ミリアが静かに呟いた瞬間、焚き火の火が微かに揺れた。
空気が一瞬で変わる。
先ほどまでの冗談まじりの空気が、一気に張りつめた糸のように――。
「え、戻ってくるって……まさか」 「気のせいであってくれ」
「悠真さん、いつもそう言ってフラグを立てるんですよね」
「やめろ!そんなメタい指摘すんな!」
――不吉な沈黙。
森の奥から、枝が折れる音がした。
「……おかしい。風が止まった」 セレナが小声で呟く。
次の瞬間、森の向こうから――咆哮。
低く、重く、地面を震わせるような声。
霧の中から姿を現したのは、昨日倒したはずの中型狼。
しかしその体には黒い紋様が浮かび、毛並みは逆立ち、目は真紅に燃えている。
「え!? 昨日のあの子!?」
「“あの子”なの?大きくなってる!進化してる!?」
「魔力値……昨日の三倍以上……!?」 「お前ら、RPGの敵ステータスみたいに言うなって!」
悠真のツッコミが虚しく響く間に、狼は低く構えた。
ドッ――と地面を蹴り、風を裂くように突進!
「防御陣展開――っ!?」
セレナが詠唱を終える前に、魔法陣が一撃で粉砕された。
「ひゃっ!?」
リサが悲鳴を上げ、悠真は咄嗟に彼女を引き倒して避ける。
風圧だけで木々が揺れ、地面がえぐれた。
「はっ、はぁ!? 昨日のより何段階ボス化してんだよ!?」
「……もう逃がさない」
ミリアの声が、低く響いた。
彼女が立ち上がる。
光の粒子が髪にまとわりつき、風が彼女の周囲だけ止まる。
空気が震え、世界の色が変わったような錯覚を覚えた。
「ミリア、まさか――」
「《封光剣》……試してみる」
剣をゆっくりと掲げる。
「ちょっ、待て待て待て!それ試作段階の魔法だろ!?」
「ミリア、それは制御不能って――」 「大丈夫。たぶん」
「“たぶん”って言った!? 絶対ヤバいやつだろ!?」
だが、もう止まらなかった。
彼女の剣が、光の奔流に包まれる。
世界が白く染まり――。
――ドォォォォォン!!!
轟音とともに、森が爆ぜた。
光の波が地平まで走り抜け、木々をなぎ倒し、空気すら弾き飛ばす。
悠真は吹き飛ばされながら叫んだ。
「RPGのラスボス直前の戦闘能力ぅぅぅ!!」
セレナは防御魔法を必死に展開、リサは涙目で悲鳴を上げる。
「うわあああ!木が飛んでくるぅぅぅ!!」
「それ防御じゃなくて回避案件です!」
光が収まったとき、そこには――巨大なクレーター。
中狼の姿は跡形もなく、森の半分が吹き飛んでいた。
風が止まり、静寂だけが残った。
すすけた顔で立ち尽くす三人。
ミリアは、煙の中で剣を下ろしていた。
「……終わった」
「終わったって……何もかも終わったんだよ!!!」
悠真が叫ぶ。
リサは感動と恐怖の入り混じった顔でミリアを見る。
「ミリアさん……すごすぎます…!」
「これ……封印魔法の派生ですよね? 破壊魔法の間違いでは……?」
「……初めて使った。加減、わからなかった」
「いや“加減”どころか地形変わってるからな!?」
悠真のツッコミが、崩壊した森に虚しく響く。
「これ、どう報告するんですか……?」
「“自然現象”ってことにしましょう」 「誰が信じるかそんな言い訳ぇぇぇ!!」
そのとき、クレーターの中心で、ぽつりと花が咲いた。
ミリアがそれを見つめ、淡く微笑む。
「……でも、守れた」
「……うん」
リサが頷く。
悠真は頭をかきながら溜め息をつく。
「いや守ってたけど!森以外をな!」
夕陽が森を赤く染める。
崩壊した地形の上で、四人は並んで腰を下ろしていた。
「結局、チートの本領って……使い方次第なんだね」
セレナの言葉に、ミリアは静かに頷く。
「力は、ただの手段。でも、誰かを守れるなら――それでいい」
「……言ってることはかっこいいけど、背景が終末後の光景なんだよな」 悠真が苦笑し、三人の笑いがこだました。
リサがふと呟く。
「次、もしまたあんなの来たら……」
「そのときは、またミリアに頼むさ」
「……加減できるように、練習しておく」
「できれば、地形が残る程度で頼むわ」
最後の一言で、全員が吹き出した。
夕暮れの風が頬を撫で、焦げた木の匂いが遠ざかる。
ミリアの瞳に映るのは、消えた光の残滓。
その奥に、確かな決意の炎が宿っていた。
――その力は、もう“チート”ではなく、“意志”だった。




