第12話 乾杯と爆発音と婚約騒動
煌びやかなシャンデリアが幾重にも光を放ち、白い大理石の床に反射して宝石のような輝きを散らしていた。
領主ガルド卿の大広間――そこには、領民や貴族たちが勢揃いしていた。
「……すげぇ、まるで映画の撮影現場みたいだな」
悠真は、窮屈なスーツに身を包みながら深いため息を吐く。
襟元のボタンが首に食い込み、呼吸が半分ぐらい奪われていた。
「もう少し背筋を伸ばしてくださいませ、悠真様」
「ちょっ、苦しい苦しい! 執事さん、それ締めすぎ!」
横で見守るメイドたちがくすくす笑う。どう見ても“名誉戦士”の威厳は皆無だ。
そんな彼の視界に、ふわりと鮮やかなドレスの裾が映った。
「悠真さん、こっちこっち!」
セレナが明るく手を振ってくる。赤いドレスに金のアクセサリーが眩しく、普段の冒険装備とはまるで別人だ。
「おお……なんか、いつもより二割増しで貴族っぽいな」
「二割!? せめて五割って言いなさいよ!」
「じゃあ……四割八分で」
「細かっ!」
隣ではリサが緊張気味にカーテシーをしていた。水色のドレスに淡い光の装飾。清楚の化身という言葉が似合う。
「こ、こんな場所……初めてです……」
「大丈夫だって、リサ。セレナがうるさい分、注目はそっち行くから」 「誰がうるさいってぇ!?」
そして――少し離れた場所から、漆黒のドレスに身を包んだミリアが歩み寄る。
彼女の静かな美貌に、周囲の貴族たちが息をのむ。
「……ふぅ。派手ね、ここ」
「お前のその黒、逆に映えすぎてるんだけど!?」
「落ち着く色なのよ。それに――」 ミリアは会場の隅に視線を送る。 「……妙な気配、する」
「え、もう!? 始まる前から!?」
「嫌な予感ってやつね。……たぶん、爆発する」
「縁起でもねぇこと言うなぁ!?」
悠真の叫びがまだ響いているうちに、壇上では領主ガルド卿が立ち上がった。
大柄な体に白髭をたくわえ、笑顔は豪快そのもの。
「諸君! 本日は我が領の名誉戦士――悠真殿の武闘会優勝を祝う宴であるっ!」
拍手と歓声が沸き起こる。
悠真は半ば強制的に壇上に引きずられ、マイクの前に立たされた。
「えっ、ちょ、ちょっと!? 俺スピーチとか聞いてねぇぞ!?」
会場の視線が一斉に集まる。
リサたちがにやにやしながらグラスを掲げていた。
「が、頑張って〜リーダー♪」
観念した悠真は、震える手でグラスを持ち上げ――。
「か、かん……カンパァァァイ!」
声が裏返った。
その瞬間、グラスが手からすべって床に落ち――パリーン!
静寂。
空気が一瞬で凍る。
悠真は硬直し、全員の視線が痛いほど突き刺さるのを感じていた。
「……あの、練習とか、なかったんですか?」
リサの小声が聞こえる。
ミリアが呟く。「……やっぱり爆発前の静けさね」
「いや、爆発しねぇから!?」
やっと場が落ち着いたと思ったその時、ガルド卿が満面の笑みで立ち上がった。
「さて皆の者! 本日の主役――悠真殿に、特別な報せがある!」
会場がざわめく。
悠真は胸の中で小さく「ま、まさか昇給とか?」と呟く。
「我が娘――クリスティアとの婚約を、此処に発表するッ!」
――静寂。
次の瞬間、悠真の頭の中で雷鳴が轟いた。
「…………………………はあああああああ!?」
勢いよく噴き出したワインが、真っ赤な噴水のように宙を舞う。
セレナは口を押えて笑い、ミリアはため息、リサは凍りついた。
「おめでと〜悠真、玉の輿だね♪」
「……合掌」
「すごい……婚約って、こうも急に!?」
そして、当のクリスティア嬢が両手を胸に当て、うっとりとした表情で言った。
「運命なのですわ、悠真様……♡」
「運命じゃない! ただの誤解だぁぁぁぁ!!」
会場は祝福ムードで沸き立つ。
ガルド卿は上機嫌で指輪を取り出し、「さぁ、受け取ってくれ」と笑顔で迫る。
「ちょっ、ちょっと待って! 俺、ハンカチ拾っただけ! ハートは拾ってねぇぇぇ!!」
しかし逃げ場はなく、あっという間に婚約指輪が指にはめられていた。
「やめろぉぉぉぉ! 勝手に指輪装着すんなぁぁぁ!!」
クリスティア嬢はぴったりと悠真の腕にしがみつき、夢見心地の笑みを浮かべていた。
対して――。
セレナ「お姫様も大変ねぇ、悠真を旦那にするなんて」
リサ「り、セレナさん!? そういう言い方は……!」
ミリア「……むしろ被害者」
「待って!? 俺まだ犯罪者扱い!?」
周囲の貴族たちの視線も熱い。
“名誉戦士と令嬢の婚約”という話題に興味津々だ。
そんな喧騒の中、ミリアの視線が鋭くなる。
「……あの給仕、妙ね」
黒髪の青年給仕が、ワインを注ぐ手を微かに震わせている。
そのワインの赤が、不自然に黒ずんで見えた。
セレナはテーブルの下にちらつく光に気づく。
――小さな黒い魔法紋。
「……ミリア、これ……!」
「ええ、わかってる。……嫌な予感、確定ね」
「我らの未来に!」とガルド卿が杯を掲げた、その瞬間だった。
――ドゴォォォォンッ!!!
爆音。閃光。熱風。
会場が一瞬でパニックに包まれる。
テーブルが吹き飛び、豪華な料理が宙を舞い――。
「ぎゃあああ!? 鶏の丸焼きが俺の顔にぃぃぃ!?」
鶏の油がじゅっと音を立て、悠真は転げ回る。
セレナは爆笑しながら「爆発オチ!? 早すぎるでしょ!」
ミリアは腕を広げて結界を張り、「……言った通りでしょ」
リサは必死にクリスティアを庇う。「伏せてください、クリスティア様!」
「お前ら逃げる前に俺助けろぉぉぉぉ!!」
煙の中から、不気味な声が響いた。
「封印を返せぇぇぇ!!」
現れたのは― 仮面をかぶり、黒い杖を掲げてた者達数名。
「おいおい、今夜は婚約パーティーじゃなくてバトルフェスか!?」
悠真はカーテンに足を取られ――転倒。
――しかし、転がりながら敵の杖を巻き取り、まとめて転倒させた。
「え? ……え? なんで倒れてるの俺じゃなくて敵!?」
リサ「それが悠真クオリティ」
ミリア「……偶然を超えた才能」
セレナ「奇跡体質、健在ですね」
襲撃者は全員、床に転がって呻いていた。
煙が晴れ、観客たちは一斉に歓声を上げる。
「すごい! 悠真殿が一人で撃退を!?」
「なんと勇敢な……!」
「やはり名誉戦士のお方だ!」
ガルド卿が感激の涙を流し、クリスティア嬢が抱きつく。
「やっぱり運命ですわ、悠真様ぁぁ♡」
「いや違う! 今の俺ただ転んだだけだってぇぇ!」
セレナ「脇役が世界を救う瞬間〜!」
ミリア「もう“脇役”って刺繍して胸につけなさいよ」
リサ「……運命の奇跡体質、確定です」
悠真「俺、呪われてるの!?」
爆発騒ぎが収まり、夜空の下で再び祝宴が始まった。
だが悠真の心はボロボロである。
「はぁ……平穏どころか、婚約・爆発・炎上のフルコースだな……」
そこへ、ガルド卿が豪快に笑って近づいてくる。
「悠真殿! 見事な働きであった! 婚約は――もちろん継続だ!」
「なぜだあぁぁぁぁ!?」
セレナが契約書を手ににっこり。
「ほら、サインする場所ここ〜♪」
リサは頬を染めて言う。「いいと思います……お似合いですし」
ミリアは冷ややかに一言。「……逃げられないわね」
「俺はただ、平穏に暮らしたいだけなのに――なんで婚約して爆発までしてんだぁぁぁ!」
悠真の絶叫が、夜空へと吸い込まれていった。
> こうしてまたひとつ、“伝説の脇役譚”が生まれたのだった――。




