第11話 誤解と拍手の武闘会
朝陽が差し込む領主ガルド卿の屋敷の食堂は、まるで王城の晩餐会だった。
長いテーブルには焼き立てのパン、黄金色のオムレツ、香草のスープ、そして――俺が昨日まで食べていた黒パンがどこにもない。
「……なあ、これって、祭り三日分の食料じゃないか?」
俺――悠真は、テーブルに並ぶ料理の山を前に固まった。
ミリアがナイフを優雅に動かしながらため息をつく。
「文句言うなら食べなきゃいいじゃない」
「いや、胃がびっくりするんだよ! 貧民胃が!」
リサは頬をパンパンに膨らませてパンをもぐもぐ。
セレナは姿勢よくスープを飲んでいるが、目の奥がどこか怯えていた。
「なんか……静かすぎません?」
そう、盗賊襲撃の事件を終えてから一週間。
平穏が訪れたと思った矢先――。
重厚な扉がバンッと開き、登場したのは領主ガルド卿。
丸太のような腕を広げ、髭を揺らして笑った。
「諸君! 本日、我が領にて――武闘会を催す!!」
「――ブフォッ!?」
パンを喉に詰まらせた。完全に。死ぬかと思った。
「げほっ、げほっ……今なんつった!? ぶ、武闘会!?」
「そうとも! 戦士たちの祭典!力と栄誉を競う晴れ舞台よ!」
リサの目がきらりと光る。
「面白そうね! 私、観客席で応援してあげる!」
「誰が出るなんて言った!?」
セレナは手をぶんぶん振って止める。
「えっ、ま、待ってください! 悠真さん、戦闘力ゼロですよ!?」
「だよな!? 俺、木の枝折るのも苦労する村人だよ!?」
ミリアは冷めた紅茶を口に運びながら、ぼそっと呟いた。
「……災難が来る予感しかしないわ」
嫌な予感しかしない。だが、それが的中するのが俺の人生である。
屋敷裏の庭園は、すっかり“即席闘技場”と化していた。
観客席には領民、兵士、メイド、果ては屋敷の犬まで。大歓声。
「第一試合――村の英雄・悠真殿ーっ! 対するは、領主騎士団の猛者・バルド!」
司会役の兵士が叫ぶ。
俺は木剣を握りしめ、顔面蒼白。
「バ、バルドって……“百人斬り”の異名の人じゃ……!?」
「光栄に思え! 手加減はせんぞ!」
死んだ。俺の人生、ここまでだった。
「いざ尋常に――うわっ!?」
バルドが踏み込んだ瞬間、足元の石に滑って――豪快に転倒。
そのまま俺の木剣が偶然彼の頭に「コツン」と当たる。
――ドサッ。
……沈黙。
「ば、バルド殿!?」
「……き、気絶しておる!?」
審判が困惑した顔で、旗を上げた。
「勝者――悠真ッ!!!」
「ええぇぇぇぇ!? 今の完全に事故だよね!?」
「一撃必勝だああーっ!」
「英雄だああっ!」
観客の歓声に包まれ、俺はただ呆然と突っ立っていた。
セレナは両手を挙げて笑っている。 「やったじゃない! 運も実力のうち!」
「いや、転んだの俺じゃないから!」
ミリアは額を押さえ、「……脇役補正、恐るべし」とぼやく。
リサは祈るように両手を合わせていた。 「次、無事でいられますように……」
「続いて第二試合! 悠真殿の相手は、若き魔法使いノア!」
相手の青年は銀髪にマント、杖を構えて堂々と登場した。
観客が「イケメンだー!」と叫ぶ。俺の劣等感が疼く。
「手加減はしない。覚悟しろ」
「いや、ほんとに軽くでいいから!?」
ノアが詠唱を始めた。
「――火球(ファイア…!」
だが、風に舞った花粉が鼻を刺激し――
「へ……へくしっ!!」
ドゴォォン!
魔法が暴発し、自爆。爆煙が立ち込める中、俺は呆然と立っていた。
審判「勝者――悠真!」
「いや、俺、何もしてないんだけど!?」
観客「神が味方している!」
観客B「奇跡の男だーっ!」
リサ「悠真さん……本当に守護精霊がついてるんじゃ……」
セレナ「いや、たぶん“悪運の精霊”でしょ」
ミリア「どっちにしても厄介ね」
俺はただ、焦げたノアに頭を下げた。
「す、すまん……なんか、ほんとにごめん……!」
「準決勝、開始ィィィ――」
その時、観客席から甲高い声が響いた。
「待ってぇぇぇぇ!! 悠真様を傷つけないでぇぇぇっ!!」
ざわつく会場。
見れば、真っ白なドレスを翻して走る少女――クリスティア嬢。
領主ガルド卿の娘である。
「く、クリスティア様!?」
「どういう関係だ!?」
「ま、まさか……婚約者!?」
「ちがーうっ!! そんな関係じゃないっ!!」
クリスティア嬢は息を切らせて俺の前に立ちふさがった。
「悠真様は命の恩人なのです! あのとき、落ちたハンカチを拾ってくださった……!」
「……それ!?」
俺の中で何かが崩れた。
ミリアはため息。
セレナは爆笑。
リサは顔を赤らめて「……恋って、そういう瞬間から始まるんですね」と頷く。
審判「……試合中断! ……えー、不戦勝、悠真殿!」
「おいおいおいおいおい!!」
観客「愛が勝ったーっ!」
「どんなルールだそれぇぇぇ!?」
「決勝戦ッ! 最強騎士ジーク対、奇跡の男・悠真!!」
会場は地鳴りのような歓声。
ジークは鎧に身を包み、凛々しく剣を構える。
「君の“奇跡”――今度こそ論破する!」
「いや、論破されたいわ! むしろ楽にしてくれ!」
激しい視線がぶつかる。観客が一斉に息を呑んだ、その瞬間。
――ドォン。
観客席の歓声と振動で、上の幕が外れ、ジークの顔に被さる。
「なっ……視界が――!?」
ジークは足をもつれさせ、俺に突っ込んできた。
「ちょ、ちょっと待っ――うわぁぁ!?」
ドミノのように倒れ、俺が上にのしかかる形で――。
――ドサッ。
静寂ののち、審判が旗を上げた。
「……勝者――悠真!!」
会場「うおおおおおぉぉぉ!! 伝説の再現だぁぁっ!!」
「光の加護だぁぁっ!!」
「俺ぇぇぇぇぇ!! ただ転んだだけなんだけどぉぉぉぉぉ!?」
夕暮れ。表彰式の広場。
「見事な戦いだった!」
領主ガルド卿が満面の笑みで金のメダルを掲げる。
「よって、悠真殿を“名誉戦士”に任命する!」
「い、いや……俺、ただ転んでただけで……!」
だが観客の拍手と歓声がそれをかき消す。
クリスティア嬢は感極まったように手を握ってきた。
「本当に……素晴らしかったですわ、悠真様!」
「ちょっ……距離近いっ!」
セレナは肘で俺の脇をつつきながら笑う。
「優勝おめでと、奇跡の村人さん?」 「皮肉が強い!」
リサはにこにこしながら。 「でも、悠真さんが勝つと、なんだか安心しますね」
「俺は安心できないけど!?」
ミリアは頭を押さえて深いため息。 「……次の大会、屋敷が崩壊するかもね」
俺は夜空を見上げた。
星が輝く。観客の歓声がまだ遠くで響いている。
「俺は……ただ、平穏に過ごしたいだけなんだ……」
――だが、脇役の人生に“平穏”という二文字は存在しないらしい。




