1.魔法使いの侍女になります。
ーーセリオン王国北部・リシェス。
藤の花か咲く小径を抜けた先にある屋敷を見上げたエヴァは、
緊張で跳ねる心臓を服の上からおさえ、ふう、と深呼吸をした。
風で乱れた、肩の少し下で揺れる波打つ赤い髪をさっと整え、
身だしなみを確認し、「よし」とひとり頷く。
右手には旅行カバン。左手に持つ紹介状をしっかりと握り、
門の前の銀光を放つ魔法陣に足を踏み入れると、しゃらん、と涼やかな音が鳴り、目の前の景色が掻き消えたーー
と思えば、次の瞬間には、壮麗な調度品が花を添える部屋の中にいた。
いや、魔法陣で転移したのだ。
ぱちくり、と目を丸くしたまま呆然としているエヴァの前には、
ソファーに腰を落ち着け、優雅に茶器を傾ける老婦人が。
ほとんど反射的に雇用主だと悟り、頭を下げる。
「ご機嫌よう、フレデリカ=クローラ様。お招きいただき、有難うございます。」
カチャ、と茶器をおろした音が響く。
「ごめんなさいね。大人気ない魔法で驚かせてしまったかしら。」
顔をあげて頂戴、と許しを得て、エヴァはそろりと背を正した。
(わ、ぁ…なんてお美しい…)
五十歳半ばだと聞いているが、そうは見えないほどの瑞々しい美しさ。丁寧に結い上げられた白銀色の髪。藍色と紫色が混じった眸。貴婦人が纏うに相応しい紺色のドレス。
魔法使いの頂点にして、代々護国卿の名を授かる一門クローラ家の長。
フレデリカ=クローラ。
その人が今、目の前で微笑んでいる。
「初めまして、エヴァンジェリン=ノールと申します。」
「えぇ。話は聞いているわ。当家で働きたい、と。
わたくしはあまり邸のことには関知していなくて、家令に任せているの。好きになさってちょうだいね。…イース。」
少し離れて控えていた家令の紳士が、にこやかに礼をした。
「邸の管理を任されております、家令のイース=ロウと申します。
お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」
「有難うございます。案内、どうぞ宜しくお願い致します。」
元貴族令嬢としての、見栄を含んだ笑顔。
もしかしたら引き攣っているかもしれないーーだが、それでもこれからお世話になる身だ。一緒に働く方々とは、仲良くしたい。
老家令は穏やかな笑みを浮かべると、エヴァの持つ旅行カバンを引き取って歩き始めた。




