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(12)さらに奇跡は立て続く

テントに向かった雄次は、スタッフたちが取り囲むふたりの人物を見てハッとした。

そして踵を返して、ダイキの背中を押すようにテントから離れた。


「社長に話して、今日のうちの店の売れ残りをかき集めてきたんですよ! 少しでも足しになればと思って!」


テンションを上げて大声で言っていたのは、ハジメちゃんだった。

そしてその脇には、恥ずかしそうに笑う奈美がいた。


おそらくは雄次が弁当を寄付すると聞いて、自分でもなにかできないかとハジメちゃんは考えたのだろう。

そして当然、同じ仲間だった奈美にも声を掛けた、という事か。


奈美の顔に笑いが戻っているのを見て、雄次は安心した。

けれども、彼女のところへノコノコと出ていく訳にはいかない・・・彼女を身も心もボロ雑巾のようにズタズタのボロボロにしてしまった張本人なのだから。


たとえ奈美が彼に対する誤解を解いて、赦してくれたとしても。

・・・どんな顔をして彼女の前に出ていけばいいのか。


だから、彼女から一定以上の距離を置きながら、彼は会場整理を続けた。

それでも、チラチラと遠目に奈美を気にし続ける。


テントで炊き出しの手伝いをしながら笑っている奈美・・・しかしその裏では癒えない傷を抱えているのかもしれない。

それを思うと胸が苦しくなるのをどうにもできなくなるが、それでも彼女を見守り続けた。


見守りながらもやはり、奈美のところへ行って頭を下げるべきではないかと強く悩む。

そしてもう一度やり直せないか、と。


そうするうちに時間は過ぎ、用意した食べ物はすべて捌けて『クリスマス炊き出し』は終了となった。

スタッフ全員で会場の撤収、ゴミの片づけ、トイレの掃除、そして近隣を見回りながらのゴミ回収などを行なう。


奈美も、椅子やテーブルの片付けに動き始めた。

雄次は彼女と鉢合わせしないよう、絶対にその可能性のない男性トイレの掃除を買って出た。


果たしてその選択は、正しいのだろうかと自分に問う。

そのままでは奈美も自分も不幸なままなのではないか?


そう思うと、焦りさえ感じる。

しかしそれを振り切るように、やはりトイレ掃除を志願した大学サークルの男子学生2人と公衆トイレに向かった。


それにしても汚したもんだ・・・そもそもが人間の数が多かったから仕方がない、そう思いながら、塩素系の洗浄剤をふんだんに使って掃除する。

トイレ掃除には慣れていなさそうな学生と一緒に、洗面台も便器も拭き上げ、もとからくすんでいた壁もきれいにしていった。


「おつかれさん」


もうこれ以上きれいにはできないだろうというレベルまでピカピカにして、雄次はふたりを労った。

彼に、ふたりのうちの一人が訊いてきた。


「次は、何をすればいいですか?」

「そうだなぁ・・・あそこで照明やら発電機やら片付けているだろ。人手が薄そうだから、そっち行ってみれば?」

「ありがとうございます!」


ふたりは半分駆け足でそちらに行ってしまった。

雄次はふたりから預かった掃除用具や汚物袋を持って、積み下ろし場に停めてある軽トラの方へ向かった。


そこで彼は足を止めた。

奈美がゴミ袋を下ろして、空の台車を押して来るところだった。


奈美もハッとした顔を雄次に向けて立ち止まるのが、薄暗がりの中でも分かる。

しかし心の中で踏ん切りををつけて、目を合わさずに頭だけ下げて、彼女の脇を通り抜けた。


オレってつくづく無礼な人間だな、と思いながら。


軽トラに道具を積み、汚物袋を別のレンタルのトラックの荷台に放り込んで戻ろうとした。

また雄次は、足を止めた。


奈美が、まだ立って待っていた。

そこで雄次は、心を決めた。


彼女のもとに足早に向かい、そして立ち止まった。

彼女も、緊張しながら少しオドオドとした表情を向けてきた。


彼は奈美を促して、街灯の下に移動した。

そこで再び立ち止まって、向き合った。


彼女は思い切ったように、何かを手話で訴えようと手を上げた。

雄次はそれを手で制して、逆に手話で伝えた。


(僕が悪かった。君を傷つけてしまった。許してください。そして、もう一度、僕と一緒にいてください。ずっと一生)


彼の拙い手話を、奈美は食い入るように見ていたが、最後のその目から涙が溢れて落ちた。

彼女は拒まず、そしてその涙が全ての答えなのだろう。


奈美は彼に抱きついた。

雄次も、強く抱き返した。


トラックと公園の間を行き交うスタッフや、通行人にも見られてしまっているが、もう構わない気持ちすらした。

ただ・・・結婚式はどうしようかと、割と次元の低い悩みが浮かんだ。


実家からの援助は期待できないし、期待したくもない。

貯金は無いどころか、クレジットカードのローン残高すら若干ある。


その時・・・雄次のスマホがふたりの胸の間で震えた。

(誰だよ)と思いながら奈美から離れて、画面を見る。


昔いたベンチャー企業の元同僚の名前が表示されていたが、彼からの着信自体、いったい何年ぶりだろう。

訝りながら、緑のボタンをタップする。


「雄次! お前、証券会社からの手紙、見たか?」


藪から棒に、相手は切り出した。

確かにそのような手紙は届いていたが、後で見ようと思いながら封も切らずに放っていた。


「いや、まだだが」

「いま出先か? 帰ったらすぐ見ろ! ・・・そして、驚くなよ!」

「いったい、何がどうしたんだよ・・・」


何か悪い知らせではないかと、幾ばくかの緊張が走る。

それにしては、向こうは妙に興奮しているが。


「俺たち、給料の一部を株式で支給されていたよな?」

「うん。でも減資のせいで額面的には20分の1にされちまったけどさ」

「それがだ。聞いて驚くなよ、今の額面の75倍に化けるんだ!」

「言ってる意味が分からん」


20分の1の75倍という事は、当初貰えたはずの額の3.75倍だ。

雄次は累計で80万円余りを株式で支給されていたから、300万円余りを受け取れる事になるが・・・?


そんな計算をしながら、手や足が震えだした。

電話の主は、説明した。


「ドイツのエネルギー大手が、特許狙いであの会社の株式を買い付けているんだ。正直、あの技術の価値はそんな安いものでないはずだし当時の俺たちの貢献を思えばゼロの数には不満はあるが、億万長者にはなれなくても百万長者だぜ、俺たちは!」

「それ、すごいや!」


結婚式どころか、新婚旅行や新生活の準備さえできそうだ。

やはりそんな低次元の事を考えてしまうが、しかし彼の今までの全ての苦労が報われた気になった。


電話を切ると、改めて奈美の方を向いた。

何の話をしているのだろうかと心配そうに見ていた彼女は、雄次の笑顔を見て安心したように微笑んだ。


そして雄次はさっきよりもずっと強く、奈美を抱きしめた。


(完)


ーーーーーーーーーーーー


全ての真面目な正直者、働き者が報われるクリスマスになりますように


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