国賊処刑(回想)
ご注意:念のため繰り返します。 予告なく[残酷な描写あり]となります。
また女性に対して特に暴力的なシーンが入ります。
その場にいる誰の目から見ても、宰相が、異国からの客人であるルドヴィカを暴行しようとしたことは明らかだった。
ルドヴィカに万が一があってはならない、と戦闘経験もあるジェーンが身代わりを買って出たのだが、正解だった。
「私を罠にかけるかっ」
と宰相の憎悪の視線は、ルドヴィカに向かっていた。
どこまでも、己より弱いものにしか噛みつけない、詰まらぬ男である。
「ジェーンをルドヴィカ嬢と呼んでいた。ルドヴィカ嬢に対して害意があったことは明らかだ」
ルドヴィカが口を開くより早く、ハリーが吐き捨てるように言った。
ハリーは、ルドヴィカを宰相の視線から庇うように立ち位置を変える。
(本当は立ち会わせたくなどなかったが……)
だが宰相のような、己より弱いものにしか噛みつけない男には、ルドヴィカという華奢な美女という餌は、どんな手段より有効な自白剤だった。
「夜な夜な、男を漁るような女を躾けて何が悪いっ! これを手に入れた男が国王だっ!」
「なるほど、元老院……の一部の議員から、そう言われていた、ということか。ずいぶん悪質な内政干渉だ」
指を顎に当て、ハリーは呟いた。
その様子を横目に見ながら、
(とりあえず、オレスティッラがどういう噂を流してたか、わかるわー)
とルドヴィカは内心だけで呟いていた。
言っておくが、ルドヴィカは”夜な夜な、男を漁る”生活なぞしていない。どちらかというとライフスタイルは深窓の令嬢、もしくは引きこもりである。
ルドヴィカの微妙な表情に気付いたハリーは、
(重ね重ね、迷惑をかけるな。しかし、ルドヴィカがいるとコイツの口が軽くなるのだ……)
と内心ではルドヴィカに謝っていたりするのだが、それはルドヴィカには届くことはない。
「罪状は、国書の改竄、ロマヌス国の元老院に対して偽りの依頼を行ったこと、私とジョージの失脚を狙ったこと、王座の簒奪を計画したこと、王位の決定を他国に委ねようとしたこと、ルドヴィカ嬢への襲撃計画、ジェーンに対する暴行、ぐらいか」
ハリーの、暴行の二文字に、力が籠る。
ジェーンこそ、ルドヴィカが王座の前で指摘した、ハリーの想い人だった。
「アーサー、ガウェイン、パーシヴァル。これは即時の死罪を適用するのに十分な罪状ではないか?」
ハリーの呼びかけに、騎士たちは無言で頷いた。
秘密裁判は、たったそれだけで決した。死罪だ。
己が秘密裁判にかけられている、という状況を、今更理解した宰相が慌て始めた。
騎士たちの反応を見ようと首をねじろうとするが、がっちり押さえつけられており、無理な姿勢に呻く。
(これだけで……死罪が決まるのね)
とルドヴィカは固唾をのんで状況を見守っていた。
ヴェリタケント王国には、そもそもルドヴィカが想像するような、裁判所というものはない。
通常の騎士の罪は、通常8人の騎士の合議によってその真偽と罰則が定められる。
だが、今回は、あまりに醜聞がすぎて表に出せるようなものでない。また、王座の簒奪という特殊な事情でもある。
こういった場合、秘密裁判で決する。王家に長く仕える騎士の内の3人と国王の合計4人という、通常の半分の人数で事態の収拾を図るのである。
騎士たちはいずれも誇り高く、独立した思考を持つ。
秘密裁判の招集自体が難しい。
今回は、宰相の部下3人を、ハリーとジェーンのたった2人で斬り伏せて捕らえる、という異常事態があったこその緊急招集だった。
ハリーが台本を打ち切ったのは、警護に並ぶ騎士の顔ぶれから、ジェーンの危機を察知したからだ。
そして、ルドヴィカが慌てる中、目の前で、ジェーンの肌に、他の男の手がかかるのに、ハリーは耐えたのだ。
すべては、国賊、国の恥として、即時処刑を行うのに十分な心証を作るためだった。
「おい、ふざけるなっ! 秘密裁判など、認めんぞっ! くそっ! 魔女め、ハリーをたばかったか」
と宰相ががなり立てた。
(いや、そんなこと言われましても)
もはや、ここまで来ると、ルドヴィカは傍観する他ないのに、酷い言われようである。
「ルドヴィカ様に対する侮辱、追加で」
と、着替えたジェーンがやってきて、ルドヴィカを宰相の目から隠すように、ルドヴィカの前に立った。
「やかましいわっ! 元老院が私のために用意した抱き人形だ。私が好きに扱って何が悪い!」
(オレスティッラ……でなくて、ラファエーレの方かしら? この発想)
あまりにひどい物言いに、これは元老院側が何を言っていたのか、心配になるルドヴィカである。
これは親友と信じた女性ではなく、その夫となった男――つまり、一人目の婚約者の発想な気がして、嫌な予感がする。
(ラファエーレが主導しているとするなら……私、そこまで恨まれることしたのかしら?)
一度目の婚約破棄の衝撃は、まだルドヴィカの胸の内でくすぶっている。
婚約者だった男とは、家が決めた関係ではあったものの、それなりに礼を持って過ごしてきたつもりだった。ルドヴィカは、ラファエーレは単にルドヴィカを誤解したのだと思っていた。だが、父親が元老院で政敵同士という因縁もある。
(緊張緩和のための結婚だと思っていたけれど、ラファエーレは納得していなかったのかもしれないわ)
「もう、黙りなさいよっ」
「がっ!?」
ルドヴィカが気づいたときには、ジェーンが口より先に足を出していた。顔を蹴りつけられて、流石の宰相も口を閉ざす。
「おい、落ち着け」
と、ハリーが止めに入った。
「さっき蹴られた分のお返しよ」
もちろん、お返しの意図もある。
だが、ルドヴィカが思考に沈んでいるのを、宰相からの罵倒に凍り付いていると勘違いしたためであった。
「陛下、死罪の材料は十分です」
女性陣を矢面に立たせたままでは、事態が進まないことに気づき、アーサーが口を開いた。
「ルドヴィカ嬢の襲撃を実行した3名は斬首。宰相は串刺しでの処刑とするのが妥当でしょう」
と、ガウェインが後を継いだ。
宰相が激高した。
「この私を串刺しだとっ!? 騎士として恥を知れっ! 王家を傾ける若造に付くのか、お前たちは騎士ではないわ! こんな裁判などありえん!」
「処刑方法に異議はない」
ハリーが答えると、アーサー、ガウェイン、パーシヴァルの3人もまた頷いた。
「ルドヴィカ様、五月蠅いのは放っておいて行きましょう」
一言多いジェーンを、宰相が怒鳴りつけた。
「盾持ちのアバズレが、宮廷に出入りすること自体が恥だっ! お前こそ王座に近づくゴミだっ」
ジェーンは眉一つ動かさなかった。聞き飽きた罵倒である。
ジェーンが、盾の乙女の異名を持つ、実地経験豊富な女戦士であることは事実だ。女性の従軍は珍しい。じゃじゃ馬として敬遠されることがある。
ジェーンの前の夫も、盾の乙女であるジェーンを段々と持て余すようになり、数年前に離婚した。離婚・再婚が珍しくない国で生まれ育ったルドヴィカからすると意味不明なのだが、ヴェリタケント王国は離婚を恥とする風潮がある。
ハリーはもちろん、ジェーンが従軍経験を持つことも、離婚歴があることも知っている。
承知の上で、王冠をかけた恋をしたのである。
「黙れ」
ぎりりと音がしそうなほどの殺気を孕んで、ハリーが宰相を睨んでいた。
思わず、騎士たちも居ずまいを正すほどの怒りだというのに、宰相は王を挑発するように嘲笑さえした。
「はっ、国賓のルドヴィカ嬢には私が何を言おうがダンマリのくせに、たかが下働きの盾持ちのアバズレにはそのザマか。お前に国王の資格はないわ、愚図が。アーサー、ガウェイン、パーシヴァル、お前たちもまともな頭が少しでもあるなら、このアバズレにやられた腑抜けがいかにお粗末かわかるだろう! 秘密裁判で処刑をされるべきなのは、こいつの方だっ!」
素人のルドヴィカですら、騎士たちが、宰相を連れていこうとしていたその動きを止めたのが分かった。
ギリシアの流れを汲むロマヌス国で、弁証法を男子と同等に叩き込まれてきたルドヴィカは、素直に感心した。
(……この人、口が上手いんだ。なんで、こんなんが宰相やってるんだと思ったけど、違ったわ。女相手だとボロが出るから、なんかトンデモなく残念な感じになってただけで、普段はこっちの顔なんだ)
この場にいるのは、罵倒が多くて辛かった。
(でも、私をこの場に同席させるというハリーの判断はやはり正しかったわ。これ、私とジェーンがいなかったら、ハリーが処刑されていたかもしれないわ……実績あるというのは嘘じゃない。本当に口だけなら、ハリーより一枚上手なのね)
すとん、と何かがルドヴィカの中に落ちてきた。
自分の役に、納得したのだ。
「国王陛下は私を守った。宰相殿は私を性奴隷の如くに扱おうとした。それが全てです」
ルドヴィカの言葉に、凍り付いていた空気が動く。
「女が口を出すな! お前たちなんぞ喉も目も潰して兵士たちに下げ渡しても――」
「黙れ」
「ぎゃあああああああ!」
ルドヴィカはびくりと震えて後退った。
ルドヴィカの位置からは見えなかった。咄嗟にジェーンが、ルドヴィカの視界を遮ったのである。だが、血の匂いと男の悲鳴で、ハリーが、宰相の身体のどこかを刺したのだとルドヴィカにもわかった。
「その下劣な思考をこれ以上、レディたちの前で口にするなら、先にお前の喉を潰してやる」
唸るようなハリーの声に、怒りが満ちていた。
「アーサー、連れていけ。こいつは、串刺しでも生ぬるい」
そう言いながら、振った彼の愛剣からは、紛れもない鮮血が飛んだ。
* * *
あの後、3つの首と、串刺しとなった遺体を、ルドヴィカも遠目に見た。
表情が見える距離までは近づかなかったが、きっと苦悶の表情を残していたことだろう。
その時、ルドヴィカは決意したのである。
(4人も死ぬことになった……これが陰謀だというなら、許してはいけないわ)
帰国したルドヴィカを待っていたのは、宰相を含め4人が死ぬことになったのは、ルドヴィカが王と宰相の不仲を煽ったという根も葉もない噂だった。
(オレスティッラ、ラファエーレ。あなたたちは、何を考えているの?)
すでに断罪の酒宴は終わり、ルドヴィカの家も寝静まっている。
寝台の上でウトウトしながら、ルドヴィカは数日後の裁判で再開するであろう元・親友と、元・婚約者に心の内でそう呼びかけたのである。
黒幕ヒロインの断罪が始まらないまま、1章完結です。
2章から現時点軸にもどりまして、ヒロイン/一人目の婚約者断罪に話を移したいと思います。




