悪人の下劣思考(回想)
ご注意:この回以降、予告なく[残酷な描写あり]となります。
また女性に対して特に暴力的なシーンが入ります。
宮廷での婚約破棄など、ただのエンターテインメントだった。
断罪は、終わってなどいなかった。
* * *
ともかくも、王とは婚約破棄。
これでルドヴィカは自由の身である。
(これで、国に帰れるわ)
家族と囲んだ食卓が恋しい。とルドヴィカは呑気に廊下を歩いていた。
ヴェリタケント王国はソーニョ・ロマヌス国に比べると娯楽が発達していない等多少寂れた感がある。なにより男性の髭や体毛の考え方が違いすぎるので、初対面で夫婦になるのは、少々抵抗感がある。
叶うならルドヴィカも、国に帰って、穏やかな暮らしを――できることなら、穏やかに添い遂げられる相手を見つけたいと思っていた。
(2回婚約破棄してるから……今更って、お断りされる可能性も高いけどねぇ~)
それなら一人、のんびり田舎生活を満喫するのみである。
そんなことを考えつつ、宛がわれた部屋に向かう。
一緒にいた侍女には、持っていた書面を片付けるようにいいつけたから、今は一人。気を張った演技ももはや不要となり、疲れ切ったルドヴィカは少々フラフラとしていた。
だから、通り過ぎた部屋の扉が薄く開いていたことも、そこからさっと人が出てきたことにも、気が回らなかった。
* * *
女性は顔に布袋を被せられ、身体にはすっぽりと毛布が被せられていた。
ドレスをはぎ取られたらしく、足元から裾が覗く様子もないし、毛布も体のラインに沿って落ちている。
女性は気を失っているわけではない。椅子に座らされ、ただ身を竦めている。
毛布の下では縛られているのか、恐怖のためか、身じろぎもしない。
宰相配下の騎士三人がかりで捕らえられたのだ。騎士たちはいずれも、部屋の壁際で立ち、主人を待っていた。
いずれも、王座の警備の際の格好のままで兜をつけたままだ。あの婚約破棄の茶番の直後に、この部屋に直行する必要があったのだ。
部屋に入ってきたのは、男だ。ヴェリタケント王国の宮廷にいるものであれば、だれでも顔は知っている男、宰相である。
(兜を脱ぐ暇もなかったということだろう)
と、部下たちに視線を走らせた後、宰相は髭面ににたりと笑みを浮かべた。
(あんな小娘の書面など、握りつぶせばいい)
ルドヴィカは原本でなく写しを持ってきたと言っていた。写しが逸失したところで、大国が騒ぐと思えなかった。
写しさえなければ、宰相の文書改竄問題など有耶無耶である。
そして、ルドヴィカ自身にすべての問題は勘違いだったと言わせればよいのだ。
(女に言うことをきかせるなど容易い)
と、この男は思っていた。
「さて、ルドヴィカ嬢。ご気分はいかがかな」
と宰相は、椅子に座らされた女に声をかけた。
女は声を上げない。だが、身じろいだ。
「先ほどの陛下との会話、大変な盛り上がりでしたな。国王陛下とは婚約破棄されたということで、結構、結構。しかし、それで国に帰れるとは甘い考えですな」
流石にあの美貌を傷にするには惜しく、宰相は、まずは毛布に隠れた足を蹴りつけた。
小さく女の悲鳴が上がる。
「王妃の迎えられない陛下は退位。男爵令嬢を迎えるジョージ殿も国王にふさわしくないとすると、ルドヴィカ嬢は次の国王に、嫁ぐ義務がある。そこに考えは思い当たりませんでしたかな?」
宰相にとって、王妃が周辺国の承認を得られるか否かは、大した問題ではなかった。
むしろ、承認を得られないほうが、好都合だ。それを理由に、ソーニョ・ロマヌス国という大国を嗾け、なんなら滅ぼしてしまえばよいとさえ思っているからである。
軍事大国ソーニョ・ロマヌス国から王妃を迎えたというその事実こそが、重要なのである。
宰相は、ソーニョ・ロマヌス国の後ろ盾のある子供が、王位継承権を持てないとも考えていない。国として迎えた王妃の子供である以上、王位継承権を持つのは当然で押し通し、反対する者は粛清すればよいのである。
もう一度、女の足を蹴りつけ、宰相は言った。
「王もダメ、王弟もダメだとすると、次の国王は誰になるかわかりますかな? 私ですよ。血筋としては少し遠いが、実績はある。私には妻はいるが、まあ、国王の義務として離婚し、ルドヴィカ嬢を迎えることにやぶさかではない。しかし――あのように、宮廷で堂々と、王に逆らう発言をする女は王妃には相応しくないのでね。ここでじっくり、王に仕えるということを教えておこうと思ったわけだ」
宰相はにたつきながら、女の毛布をはぎ取った。
流石に抵抗する女が椅子から倒れるのを、足で踏みつける。既に下着姿の豊かな胸を鷲掴み、下着を剥ぎ取った。
「はっ、男好きのする身体つきだな。流石、クレオパトラの再来と言われるだけある。夜ごと、男を漁る魔性の女と聞いたが」
舌なめずりする男は、完全に注意力を失っていた。
「婦女暴行の現行犯だな。流石に言い逃れはできまい」
と、タイミングを見計らって現れたのは、剣を片手に下げたハリーである。
あの宮廷の場で見せた情けない王の姿ではなく、その形相にはハッキリと憎しみが浮かんでいた。
「捕らえろ」
という王の言葉に、それまで無言で直立不動を通していた騎士たちが一斉に動いた。
「なっ」
味方だと思っていた騎士が、全員、自分の配下などではなく、長く王に仕える騎士たちであることに、ようやく宰相は気づいた。
そして、
「はぁ、暑かった」
と、恐怖の欠片もなく声を上げた女に目をやった。
女は、縛られた縄を自ら解き――というよりも、縛られていたようにみせていただけであった。次に、彼女が無造作に顔を覆う袋を外すと、見事な金髪が溢れた。
クレオパトラの再来と謳われるルドヴィカは、やや短く切りそろえた真っすぐな黒髪だ。
別人であることは、誰の目にも明らかだった。ヴェリタケント王国の宮廷で働く下働きの女の一人である。艶めかしい格好を気にするでもなく、宰相が後ろ手を捕らえられ、床に押し付けられるのを見ている。
「ジェーン、とりあえず服を着ろ」
「いや、あいつが下着、持ったままなのよ。そのまま付けるの、流石に嫌だし」
「あの、こちらに着替え一式あるので、どうぞ…?」
あまりにジェーンが堂々としているので、抱えた着替え一式を持ったままルドヴィカは扉の前でどうしようかと散々迷って、声をかけた。
ハリーと一緒に、外から部屋の様子を伺っていたのである。
なお、明らかに宰相が真っ黒なのに、なかなか踏み込まないハリーにも、全く動かない騎士たちにも焦れたせいで、強く抱え込まれた着替えが、ぺしゃんこになっている。
「あー助かる!」
ジェーンは身軽に立ち上がると、部屋の片隅へと寄った。天井から下げられたカーテンを引く。
ルドヴィカはそちらへと着替えを持っていった。ルドヴィカは、ハリーとの丁々発止を演じた時の服装そのままだ。
本当はルドヴィカの服をジェーンに貸せればよかったのだが、脱いで渡す時間もなかったのだ。
時間があったとしても、華奢という言葉がぴったりのルドヴィカの体型に合わせた服は、ジェーンでは着られない。背丈こそジェーンと同じルドヴィカだが、並ぶと明らかに、一回り細いのである。
カーテンの後ろでジェーンが着替えている。
その気配を感じながら、ルドヴィカはジェーンの様子に呆気にとられていた男たちへと向き直った。
「それで、これからどうなさるんですか? 国王陛下」
二人で扉の外にいた時、ルドヴィカはハリーから血の匂いが漂っていたことに気付いた。
騎士3人が、誰か3人を斬って入れ替わったことぐらい容易に想像がつく。
断罪はまだ、終わっていなかった。




