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王様にざまぁをしよう(回想)

 悪役令嬢の反撃が、己に戻ってきたことに、王はたじろいだようだった。

 台本を一緒に用意したルドヴィカでさえ、そう思うのだから、周りには絶対にそう見えていると確信できる。


「さて、どう言い逃れするおつもりですの? 自ら想うお相手がいらっしゃるなど、調子に乗られましたね?」

 怖い宰相が連れていかれたので、ここからはノリノリで演るのみである。


「どなたかしら? 王族ならば、他国であってもここの誰かがご存じでしょう。どうぞおっしゃって。叶うなら、わたくしから、元老院の祝福をお渡ししたいわ」

 ルドヴィカの畳みかけに、完全に王は言葉に詰まっていた。


「わたくし、知ってますのよ。陛下がよく、下働きの一人にプレゼントを贈っているのを。まさかあの方?」

 と、ルドヴィカから想う相手を暴露された形になり、ハリーは完全に沈黙した。


 また、周囲がざわめき始めるが、ルドヴィカがゆっくりを振り向いて視線を流すと、皆その視線から逃れようと俯き、言葉をなくす。

 静かになったところで、ルドヴィカは口を開いた。


「陛下、その方もまた王族の一員であると、ご紹介いただけますか?」


 長い、沈黙の後、国王は静かに首を振った。


「残念ながら、彼女は王族ではない。今後も王族になることはない」

「そう、では、一時のお気の迷いね。とはいえ、彼女には宮廷を離れていただくのがよいでしょうね」


 国王は小さく息をついた。


「私は、彼女を王妃に望む。愛する女性の支え無しには、国王としての重責を担い、義務を果たすことが出来ないと考えている。ロマヌスの法では男女の同意が結婚の要件と耳にしたことがあるが、元老院の支持を得ることはできないものだろうか?」


 虫のいい話を、ルドヴィカは鼻で笑った。


「ご自身で仰られたでしょう? そもそも、私は元老院議員の娘であって王族ではない。本当に王妃として、周辺国に認められるかも危うい、と。まして、何の後ろ盾もない娘が、認められると? 大国の後ろ盾を持って、そのような私欲を通そうというのは、あまりに話が通らないわ」


 吐き捨てるように言ってから、ふと、ルドヴィカは手を叩いた。


「ちょうどいい王妃がいるわ」

 ルドヴィカが視線を向けたのは、沈黙していたアリアだ。

 ルドヴィカの視線に、何も知らないご令嬢はびくっと身を震わせ、王弟に身を寄せる。


「まて、ルドヴィカ嬢。あれはジョージの妻になる令嬢だ」

「当たり前です。今、何の想像をしたのか、察せるようなことをおっしゃらないでください。なんで、愛する男女をわざわざ引き裂いて、陛下の都合の良い王妃を擁立する必要があるのですか」

 慌てた様子の国王を切って捨て、ルドヴィカは一息ついた。


「陛下は退位して、ジョージ様が国王になればよいでしょう? それとも愛する女性と王冠を秤にかけるおつもりですか? そうね、筋書きとしては、今回の不祥事と、わたくしへの侮辱、それに陛下の恋の問題をすべて合わせて、陛下が責任を取られることになされた。そうすれば万事、丸く収まりますわ」

 ルドヴィカの背後には、大国があるとはいえ、異国でその国の国王に退位を迫るのは胆力が要る。

 台詞を口にしてから、どわっと汗が背中に噴出した。


 とはいえ、口に出したものは引っ込められない。

 ルドヴィカは、ゆっくりとアリアに近づくと、その手を取った。


「わたくしから、元老院の祝福をお渡ししたいわ。ヴェリタケント王国の王妃への、元老院が貢献するという証に。受け取ってくだされば、わたくしは国へ帰れる。受け取ってくださいますか?」

「おおおねえさま……」


 動揺しているアリアは口が回っていない。

 ルドヴィカがアリアを虐めたことなど本当になく、穏やかにお茶する仲なのである。はじめはルドヴィカの迫力ある美貌に気圧されていたアリアだが、今ではこの通り、おねえさまと呼んでルドヴィカを慕っているのである。


 可愛らしいアリアとの仲の良さを示そうと、ルドヴィカは微笑んで、


「これは、私、個人からの祝福よ」

 とアリアの額に口づける。

 周囲が耐え切れない様子で酷くざわめいた。

 アリアが王妃になるなら、この国は安泰なのか? という期待が膨らんでいく。


「おねえさま、私頑張ります!」

 とルドヴィカの祝福に、アリアは決意を新たにし、二人は抱き合った。

 一件落着の様相に周囲に安堵の空気が流れる。もはや、国王交代は確定事項のような雰囲気すら漂っていた。


「…わ、わたしにもルドヴィカ嬢の祝福を――」

「なに言い出すの!?」

 台本になかったハリーの台詞に、思わず素で即答し、国王が項垂れるという謎の光景を生み出し、ルドヴィカは慌てた。

 非常に重苦しい雰囲気で進めるはずだった空気が、なんだか生暖かくなっている。


 あれだ、王位を捨てきれない王が、最後の砦で拒否された感だ。


(あれ、なんかミスった!?)

 

「兄上、ちょっと引っ込んでてくださいっ」

 耐え切れなくなったら真面目王弟が、遂に声を上げ、

「え? おい、ジョージ!?」

 と慌てた声を上げながらも、素直にハリーはジョージの側近らしい男たちに連行されていく。


 なんだろう、作り出してきた雰囲気がすべてぶち壊しだ。

「ルドヴィカ嬢、大変申し訳ない。数々のご無礼については、心より謝罪します……がなにぶん王位のことを、この場だけで決めることはできない。この場は、仕切り直させていただけないだろうか」

 

 台本がなくなってしまい、ルドヴィカも

「そうしましょう」

 と頷くよりない。


(なんだろう……ハリー、めちゃくちゃ情けない王様として記憶されちゃうんじゃないだろうか)

 勝手にそんな心配をしながら、侍女をつれて広間から出るルドヴィカだったのである。


* * *


「本当は、ハリーに格好良く、『私は王冠より愛を選ぶ』って言わせて、ジョージに王冠を手渡させる予定だったのよ……」

 というルドヴィカに、ジェーンは頭を抱えた。

 ルドヴィカの記憶力は確かだから、これは宮廷で相当な王様やらかし事件として記憶されていることだろう。


(そりゃ、国外追放にもなるわけだわぁ)

 実は、ジェーンも国外追放の件は厳しめの処分だと内心は思っていたのだ。しかし、この状況では致し方なし。ジェーンが集めているおとぎ話の中でいうなら、ざまぁ系がもっとも近い。普通は王位継承権を剥奪されて王子が困る話なのだが、現役の王が退位と言うのは、珍しいのではないだろうか。 


「それはハリーの自業自得ですね。ノリノリで演ってて、調子に乗ったんでしょう……情けない王様…………まあ、結果としてスムーズに退位できたので、結果オーライです。ルドヴィカ様のお気になさることではありませんわ。むしろ、あの人がすみません」


「いや、こちらも、上手く着地させられずに申し訳なかったわ……」


 女二人で、酔いの回った頭のまま謝りあう。


「しっかし、あんな血みどろやってた裏で、こんなコメディやってたんですね、ハリーは……」


 とジェーンはため息を吐き、


「コメディだけで済むなら、平和でいいのにね」


 と、ルドヴィカも苦笑したのである。

 思い出せば思い出すほど、大変なのは、婚約破棄の直後だった。

 深酒でぼんやりしたルドヴィカの意識には、当時の様子が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。


 

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