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2回めの婚約破棄、からの陰謀打破(回想)

 これは台本。私は演者。

 そう思っても、ロムルス家から婚約破棄を告げられた時の衝撃を思うと、足が震える。


 ヴェリタケント王国の宮廷は、絹ではなくウールのスカートだ。優雅さにかけると思っていたが、今は体のラインがうっすらとも見えないことがありがたかい。そうでなければ、足の震えが周囲にわかってしまっただろう。


* * *


「ルドヴィカ嬢。貴女との婚約は破棄させてもらう」

 玉座から一方的に告げられた言葉に、ルドヴィカは蒼白のまま息をつめ、その言葉を発した男を見上げた。

 演技ではないルドヴィカの蒼白さに、ヴェリタケント王国の若き国王は、何の痛痒も感じていないように見えた。この男は、心底、ルドヴィカ自身には無関心なのだと思ってしまう。


 一度目の婚約破棄の時には、元・婚約者は、ルドヴィカの心痛の現れに楽し気な表情さえ見せられた。

 それに比べると、何の表情もないほどに無関心という方が、よほどよいように思われる。しかし、現実は無関心というのも、心が痛むものだとルドヴィカは知った。それが台本とわかっていても、なお。


「どういう…ことでしょうか?」

 ようやく、絞り出した台詞に、淡々と王は、 


「それは、私の口からこの場で公にしてよい、という意味だと捉えよう」

 と皮肉を混ぜた。


「貴女は我が弟、ジョージの婚約者アリア嬢に陰湿な嫌がらせをしている。我が王室はそれを看過しない、ということだ」

 国王ハリーには、2つ年下の弟ジョージがいる。

 アリア嬢は、男爵令嬢で、ジョージが熱烈な恋愛結婚を希望して付き合っている相手である。


 ここで、花の妖精と聞いて思い浮かべてほしい。

 だいたいそれが、アリア嬢の容貌で合っている。小柄で華奢で愛らしい風貌に、くるくるとした茶色の髪の毛。果物のようにみずみずしい唇が印象的なご令嬢だ。玉座の近くで、王弟と共に緊張した面持ちで立つ姿は大変絵になる。


「陛下……その……」

 アリアが何か言おうとするのを、王弟が押しとどめた。


 ルドヴィカもまた、必死の面持ちで、誤解だと訴える。

「わたしは、アリアさんに嫌がらせなどしておりません。ただ少し……私の生まれた国のマナー等を、お伝えしただけです」


 言葉選びをあえて間違った台詞だ。

 実際、外交に置いては他国を知っておくことに、損などない。それは、王太子時代から外交手腕で知られるハリー国王ももちろんご存知なのだが、悪意を持って解釈すればこうなる。


「つまり、貴国の礼儀に合わせろ、というわけか。『郷に入っては郷に従え』とは、貴国の言葉だったと思うが」

 返す言葉を持たないルドヴィカに、ハリーは畳みかける。


「我が国に留まる限りは、我が国の礼に従ってもらいたい。アリア嬢は王族の一員だ。元老院議員の娘とはいえ、王族への礼儀は弁えてもらう」

 たまらず、といった様子でルドヴィカは口を開いた。

「陛下、お言葉ながら、アリアさんは婚約者。まだ王族ではありません」

 ルドヴィカの言葉に、器用にハリーは片方の眉を吊り上げた。


「ルドヴィカ嬢、先ほども言った通り、アリア嬢は生まれから王族の一員だ。単に男爵夫妻が養育を担っているに過ぎない」

 おそらく ヴェリタケント王国の宮廷でも、ほとんど知るものがいなかった事実に、ざわりと周囲がどよめいた。

 しかし、王が威厳ある仕草で両手を広げると、波が引くように音が消えた。


「アリア嬢は5代前の王の末子、メイナード王子の末裔に当たる。他国との縁組が多く、また不幸な事故があったことから、男爵家にアリア嬢は養女として預けられることになった。しかし、家系図を確認したところ、すべての祖先が王族として生を全うされており、その血筋の正当性には全くの疑念がない。よって、アリア嬢は我が弟、ジョージとの婚姻を持って正式に王族に復帰する」

 ハリーの言葉に再び、場が湧いた。


 この国に限らず、ソーニョ・ロマヌス国が極西の六王国と呼ぶすべての国々は、王族と王族の正式な婚姻で生まれた子供以外は、王権を認めない。つまり、王位継承権がないとされる。

 王弟であるジョージの、アリア嬢に対する執着は、これまで非難の的であった。


 しかし、アリアが王族なのであれば、何の問題もない。

 これで、ヴェリタケント王国の宮廷の憂いは解消された。国王が玉座の上で、晴れ晴れとした笑みを浮かべる。


「ルドヴィカ嬢。これで貴女の罪は明白だ。王族、アリア嬢への無礼は王室として看過できない。私も想う相手がいるのでな、そなたのような毒牙を持つ者を王妃に据えるなど考えられぬよ。早々に帰国してもらおう。二度と、この国に来るには及ばない」


 宮廷に集まっていた人々は、今やなりゆきを興味津々に見守っていた。

 さぞかし心地よいことだろう。

 

 ソーニョ・ロマヌス国は国土にしてヴェリタケント王国の数倍以上、国力はそれ以上の差がある。まさに都会と田舎。主と従のような力関係だ。そのソーニョ・ロマヌス国で絶大な権力を誇る――と国外からは見えている元老院議員の娘が、このように屈辱を受けているのだから。

 王の決断に喝采の声が上がる。

 王弟は、胃痛を隠せないようで、手でその辺りを抑えていた。


 非常によくできた、悪役令嬢の弾劾だ。

 しかし、悪役令嬢というのは、悪”役”だから悪”役”なのである。

 己にそう言い聞かせ、ルドヴィカはクレオパトラの再来と呼ばれる顔に、笑みを浮かべて見せた。

 ここからは悪役令嬢の反撃である。


「婚約破棄は結構ですが、陛下は外交をご存じないとお見受けしますわ」

 うるさいほどに脈打つ心臓を無視して、ルドヴィカはゆったりと言葉を紡いでいく。口から心臓が出ていきそうだ。


「まずひとつ。わたくしが元老院議員の娘とわかっていて、都合よくお忘れですか? わたくしが、元老院の決定でこの国に贈られたことを。なぜ、百もの議員が集まって、そのような結論に至ったか……貴国から正式に依頼があったからでしょう? わたくしを帰国させる? それも、正式に”男爵令嬢”として紹介した令嬢を、王族として扱わなかったという理由で? それは元老院への侮辱と受け取られましてよ?」


 そして、元老院への侮辱であれば、それは報復を審議する機会となる。

 何の輸出が止まるのか、何の許可が消えるのか。

 あるいは、戦争になるか。


「全ての道はロマヌスに通ず。お忘れのようですね」

 何百年も前から、ソーニョ・ロマヌス国は、卓越した道路政策を行ってきた。

 それは、どのような場所であっても統率のとれた軍が、数日のうちに送り込まれることを意味している。


 普段、穏やかな顔をしていても、ソーニョ・ロマヌス国という大国は紛れもなく軍事大国なのである。


「大国の威を借るだけの女が」

 と呻くように言った国王の言葉に、王弟がぎょっとしている。余程らしくない台詞なのだろう。

 ルドヴィカはため息を吐いて見せた。王に失望したかのように。


「それで、どう責任を取りますの? 元老院に王妃を得たいと告げておいて、この体たらくとは」

 王は落ち着かない様子で、視線をさ迷わせた。

 先ほどの笑みとは打って変わって、焦りが顔に滲み出ている。

 そして、王の視線は、突然はっとしたように、近くに立っていた宰相に向けられた。


「私は、大国の後見を得たいという要望を確かにソーニョ・ロマヌス国へ送った。だが、元老院は”王妃を得たい”という認識をしている。これはどういうことだ? そうだ、ルドヴィカ嬢が来たときも、妙に話がかみ合わなかった。そもそも、ルドヴィカ嬢は元老院議員の娘であって王族ではない。本当に王妃として、周辺国に認められるかも危うい」


「陛下、そのことはまだ…っ」

 うっかりなフリして、内情をぶちまける国王に、宰相が慌てる。


「あら、そうでしたの。道理で、わたくしへの扱いが微妙だと思いましたわ」

 台本通りに、悪役令嬢の反撃は”思わぬ形”で、飛び火する。

 ルドヴィカとハリーが共謀してかけた罠に、宰相は見事に嵌まっていた。


「あと、陛下。おかしいですわ。元老院は正式な書面をもって、わたくしの派遣を決めた。後見を得る方法をなぜか王妃のみに定めていたから、非常に紛糾したのです。その一文が”追記”されていなければ、わたくしはこの国には来ませんでしたわ。わたくしは王妃の座など望んだことはありませんわ」


 それに、とルドヴィカは言葉を切って、声を落とした。

「国に――想ってくれる相手がいたのですから」


「我々が送った書面の写しを出せ」

 と命じる国王に、官吏が走り去っていく。

 まるでそれを予知していたかのように、ルドヴィカは、実家から一緒にやってきた侍女から、書面の写しを受け取った。


「陛下、こちらは、元老院が保管している書面の写しですわ」

「……なんだ、この一文は」

 ルドヴィカが聞くと、死ぬほど白々しい。しかし、場の空気は明らかに大国の令嬢の弾劾から、国内の不祥事の弾劾へと変わっていた。

 国から国へ渡るべき書面に、改竄を加えるなどそうできることではない。例えば、宰相ほどの地位にあれば別だが。


「ルドヴィカ嬢、このことは我が国の中で一度、調べさせてもらいたい。わたしの認めた書面と異なるものが、元老院に送られたというのであれば、その点は我が国より真摯に謝罪しよう」

 もはや、宰相が責任取ること決定~、ぐらいの勢いで、話が進んでいく。

 ハリーとルドヴィカの間ではすでに裏がとれているので、エンターテインメントとしてはこれでよいのである。

 よし、これで一件落着だ、と笑みが顔に戻った国王に、 ルドヴィカは首を傾げた。


「何が一件落着なのでしょう? 陛下、先ほど王族でなければ王妃とは認められないとおっしゃいましたよね? 先ほどの陛下の、想うお相手とやら、王族でなければ陛下こそ、責任をとるべきですわね。わたくしを毒牙を持つなどと侮辱したのは、陛下なのですし」

 さて、ここからエンタメ第二弾の始まりである。

 というか、ルドヴィカとハリーの間では、ここからが本番だったりする。

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