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悪役令嬢、葡萄酒の勢いで2回目の婚約破棄の暴露を始める

 ルドヴィカが着替えて食堂に行く頃には、もう、皆が揃って主役を待ちわびていた。


「ねえさま!」


 とルドヴィカに飛びついてきたのは、年が離れた弟のクウィリーノだ。

 まだ10歳の彼は寝ていなくてよいのか? と義母を見る。ルドヴィカの生母は、産褥で亡くなった。

 後妻に入ったカリーナはルドヴィカを我が子のように育てながら、クウィリーノを産んだ。


 クウィリーノがルドヴィカの家の跡取り息子ということになる。


「ルドヴィカの祝福を受けるまでは寝ないと言い張って」

 と義母は苦笑した。

 確かに、クウィリーノは寝間着姿である。

 夕食はもう、済ませたのだろう。


「女神の祝福をください!」

 と満面の笑みを浮かべる弟は可愛い。

 ルドヴィカは屈んで弟を抱きしめると、


「クウィリーノに幸せな夢が訪れますように。おやすみなさい」

 とその額に軽く口づけた。

 くすぐったそうに笑うと、存外素直に、クウィリーノは義母に連れ出されていく。


「みんな寝坊しちゃ駄目だからね!」

 と大人たちに言いつける利発さを、誰もが微笑ましく見守った。


 その間に、酒杯に葡萄酒がなみなみと注がれて、奴隷たちの手により配られる。

 酒杯を掲げ、ルドヴィカは首を傾げた。


「何に乾杯すべきかしら?」

 すっとぼけたルドヴィカに、ハリーが噴出し、


「『不本意な婚約破棄に』でいいんじゃないか? ふぐ!?」

 と茶化し、隣にいた金髪の女性に見事なエルボーを喰らった。ご丁寧に人体急所狙った一撃である。


「ちょっと! それはデリカシーがないって言うのよ! あぁ…ルドヴィカ様の正義の女神のような弾劾、この目で見たかった…」

 とぼやいたのは、ハリーの妻となったジェーンだった。ヴェリタケント王国では新王を誑かした悪婦扱いだったが、このやり取りを見て今更、そんな馬鹿馬鹿しい噂を信じる者は、この場にはいない。

 

「『悪役令嬢による華麗な清純派令嬢の断罪に』でいかがですか?」

 とジェーンが言えば、

「それは、若いご令嬢たちが喜びそうな話ね」

 と、息子を寝室に送り届けたカリーナが手を叩き、

「おいおい、お手柔らかに頼むぞ」

 とルドヴィカの父親に、苦笑された。


「そもそも、裁判が終わるまで、ロムルス家も全力で抵抗してくるのだから油断はできん」 

 と、彼の視線は、脇に控えるように立っていた、一人の青年に向かった。

 クウィリーノの家庭教師を長く勤めている、バルドである。


「心得ております。それに…お嬢様を悪役扱いするのはいかがなものかと…」

 真面目そうな細面の顔に心配の色を載せて、控えめに主張するのは、かつてこの家の使用人だった遠慮からか。


 ルドヴィカはくすくすと笑った。

「悪”役”よ? 悪人でも、罪人でもなく――でも、そうね、では悪役に仕立てられた令嬢、にしておきましょう」

 とルドヴィカは、酒杯を掲げた。


「悪役に仕立てられた令嬢による華麗な清純派令嬢の真の断罪に、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 甘い葡萄酒を一気に飲み干し、ルドヴィカは心地よく声を立てて笑った。


* * *


 酒も進み、席も崩れた。

 すでに残った食事は場所を移動させられて、使用人たちが楽しむものになっていた。

 たまに給仕がきて葡萄酒を注ぎ足していく。葡萄酒を口に運びながら、ゆったりとルドヴィカはソファに座り歓談を続けていた。


 ルドヴィカがふと目をやった先には、ハリーとバルドがいる。

 異国から来たハリーと、今は法務官の仕事で忙しいバルドに接点はほとんどなかったはずだが、今はハリーが酒を片手に腕をバルドの肩に回して何やら男同士の話のようだ。この宴で仲良くなったのならよかった、とぼんやり思っていたら、


「ちょっ! なに言い出すんですかっ!」

 と珍しく大きな声をバルドがあげた。


 ハリーは酔っているのかニヤニヤしている。

「別にオカシナ話ではないだろう」

「オカシイですよっ!」


 と、二人の間には見解の相違があるようだ。


「ハリー、あんまバルドを虐めないでね~」

 とルドヴィカはソファに身を沈めたまま、遠く離れた二人に声をかけた。


 バルドの父は、ルドヴィカの父親の所有する奴隷の一人だ。奴隷と言っても非常に知的水準の高い家庭教師であり、ルドヴィカの師だ。ルドヴィカは彼には礼を持って接している。その息子であるバルドは、気心の知れた幼馴染で、大切な友人なのだ。


 なお、バルドは解放奴隷となったため、今は普通の自由市民だ。そのまま法務官の出世の道を駆けあがっている。ルドヴィカが婚約破棄を3回重ね、ただただ年をとっているだけの間に、非常に素晴らしい活躍だ。


(なんでまだ、義理堅くうちの家庭教師も続けてるんだ…)

 ルドヴィカの最近の心配事の一つは、バルドがまともに睡眠時間をとれているか、だったりする。


「心配ない。気は合いそうだ」

 とハリーはぞんざいな態度だが、すでに深酒しているルドヴィカは気にならない。


「ルドヴィカ様~、葡萄酒足しますよ?」

 というジェーンに引き戻されてしまった。


 ジェーンは、これもまた絵にかいたような金髪のぼん、きゅっ、ぼんの美人である。数百年前に作られた美の女神像の傑作が、そのまま色ついて動き出したら、まあこんな感じだろう。彼女の容姿について、それ以上の説明はいらない。


 美の女神は、残酷なほど悪戯好きというが、ジェーンもまた、少しそういったところがあって、少女たちの間で流布されるようなおとぎ話を好んで聞き、またそれを語るのが好きだった。

 最近の彼女のお気に入りは、神々の悪戯により人生を何度もループする美しきご令嬢の奮闘である。

 

「いえ、わたし、悪役令嬢に鞍替えします」

 との宣言だ。

 彼女がおとぎ話として、これから広めようとしているのは、お神々の悪戯により人生を何度もループする悪役令嬢が、どうやって婚約破棄を回避するかを考える物語になっている。


「まって、婚約破棄、回避する必要ないから!」

 なんで、その後不正発覚で没落確定の家やら、王冠をかけた恋しちゃう王様やら、情けない軍人なんかとの結婚を確定させないといけないのだ。


「むしろ、初めから婚約しない方向で!」

「でも婚約回避しようとするほど、あちらが燃え上がって、かえって婚約ガチガチかと。外堀も埋めに埋めきって、悪役令嬢を溺愛する方向になると思います」


「いやいや、それってオレスティッラみたいな末路だから」

 かつてルドヴィカの親友の名乗り、罠にかけてまで裏切った女はいま、軍に拘束されている。


「だからそうならないように、悪役令嬢は力を尽くして、婚約者を更生させるのです」

「まって、人生の難度がかえって爆上がりしてるから!」

 ルドヴィカのツッコみは、深酒中でも容赦ない。


「そもそも、ループしてないのに婚約破棄3回よ? ループする必要なんて全くない! っていうか3回ってどういうことよ。ループなしで婚約破棄3回って、普通にシナリオとしてありなの? 本人が一番びっくりよ。もう流石に4人目なんて見つからないと思うの!」

 ルドヴィカも結婚願望がないわけではないのだ。

 くだを巻きつつ、それでも酒杯を手放さないルドヴィカは、上気した頬とうるんだ瞳でジェーンを見上げて、


「大丈夫ですよ。こんなお可愛らしいルドヴィカ様なら、どんな男もイチコロです。心配なさらずとも、すぐ次のお相手が見つかりますわ」

 と、ジェーンに慰められるのであった。


「まあ、冗談はさておいて、実際私、あの時も現場にいなかったのでずっと気になっていたのですけど……、あの日、ハリーとの婚約破棄を決めてくださった時、ヴェリタケント王国の宮廷では、一体何をなさったのですか?」


 ジェーンも情報は各種集めていた。

 だが、オレスティッラの悪意もあって、ソーニョ・ロマヌス国に伝わったルドヴィカのヴェリタケント王国の宮廷での立ち回りは、婚約破棄をされて追放される悪役令嬢そのものの扱いだった。

 ジェーンもある意味当事者なのだが、ハリーもルドヴィカも、宮廷での立ち回りについては、多くを語らない。


「あー、あれ?」

 とルドヴィカは酒で気だるさを感じつつ、酔ってよくわからなくなった頭でつい、


「ジェーンが、ハリーのこと、幻滅しないって約束してくれるなら教えてあげる」

 と答えていた。


「あ、ごめんなさい。あの人、何かやらかしたんですね……大丈夫です。何があっても幻滅することはありませんから、どうか教えてください」

 ジェーンはルドヴィカの酒杯に葡萄酒を注いだ。


 ルドヴィカは気持ちよさそうにまた、葡萄酒を喉に流し込み、思い出すように目を細めた。


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