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3回めの婚約破棄

別作品:後宮に入ると言ったら怒られながら求婚されました ~傾国の美女、異国の商人、科挙落第の私~のスピンオフで、祖父母世代の話になります。人気ジャンルにも手を出してみたい…と思い、書き始めました。

「残念だ、ルドヴィカ。しかし、この婚姻を成すことはどう考えてもできない。君との婚約は破棄とする」

 若き軍人の非情、ならぬ非常識な言葉に、クレオパトラの再来、と呼ばれることもあるルドヴィカは、笑みを深めた。

 クレオパトラとは、数百年前の、この国の英雄を二人も誑かしたと言われる隣国の、それはお美しい女王様だ。

 要するに悪口である。


 これは万国共通だと思うが、このソーニョ・ロマヌス国でも女性にとって、結婚は一大事だ。

 普通なら、公衆の面前で婚約破棄を告げられれば、『そ、そんな!?』と動揺するのが常であろう。


 だが、ルドヴィカは今回が3回目となる婚約破棄である。

 少なくともソーニョ・ロマヌス国では、男女の同意が結婚の要件であることを法が認めている。だから、ボニファーツィオの主張は通らなくもない。

 だが、敢えてこの場を選んだのは、性格の悪さではなく、頭の悪さを示している。


 結論、不合格。

 ルドヴィカのような、才知も美しさも、元老院議員の娘と言う圧倒的な地位も持ち合わせた女には相応しくない。ボニファーツィオは、顔だけの男だったようだ。

 一度目の婚約破棄の時に、動揺し、めそめそと泣いていたころの自分を思い出し、


(わたしも強くなったものねえ)

 とルドヴィカは感慨にふけった。

 それから、彼にとっては一世一代の大舞台に


「理由は?」


 とぞんざいな声を投げる。

 ちなみにここは、普通であれば『り、理由を、理由をお聞かせください!』と縋りつくところである。

 あまりにルドヴィカが動じないため、怯んだのはボニファーツィオの方だった。情けない。


「そんなこと、君が一番わかっているだろう!」

 と動揺で声が大きくなっている。


「さあ? わかりかねますわ?」

 とすっかり板についた悪女ぶりで、ルドヴィカは元・婚約者を挑発した。


「とぼけるかっ」

 とボニファーツィオは、腰を抱いていた少女をさらに強く抱き寄せた。


(いや、仮にも婚約者に婚約破棄を継げるのに、別の女抱いてるってどうなのよ)

 周囲も誰かツッコめよ。


「君がマリカを、害そうとしたことは分かっている! 捕らえた暴漢たちが、君の名前を白状した!」

 これは犯罪だ、と憤る若き軍人はひとまずおいておき、


(誰だったかしら…)

 とルドヴィカは、マリカを見た。


 くるくるとした金髪が彫刻のように美しい、よくできたお人形のような娘だ。

 人形のような娘は数が多くて、覚えるのが面倒になることがある。


「あぁ、タキトゥスのところの、愛人の子供ね」

 タキトゥスは新参の元老院議員だ。最近は元老院議員は、新興の富裕層が増えている。

 新興なのは、これから歴史を作ればよいと思うが、貞淑という伝統は重んじてもらえないだろうか? と思う今日この頃である。


「ここでも侮辱するか!」

「あぁ、ボニファーツィオ様」


 とマリカは 目に涙を浮かべながらボニファーツィオにしな垂れかかる。

 茶番をルドヴィカは鼻で笑った。


「今、ここでマリカを一番侮辱したのは、ボニファーツィオ、あなたよ」

 歴史を変えたと謳われる美女クレオパトラにすらなぞらえられる、神秘めいた美貌がきつと男を睨みつけた。

 塗料で染めた爪は、クレオパトラの生国で生まれたと言われる化粧の一種だ。赤く長く伸びた爪を、己が唇に当てて見せつけ、ボニファーツィオからマリカに視線を移す。


「なぜ、私の言葉を侮辱ととったのかしら? それはね、ボニファーツィオ、あなたがマリカを”愛人の娘”と蔑んでいるからよ。誰よりもね!」

「な……っ、詭弁をっ」

「哀れな子、己を蔑む男に身を任せなければいけないなんて。そうまでしないと、貴女のお父様は、自分の地位を守れないと思ったのね…」

 ソーニョ・ロマヌス国の建国以来、元老院にあり続けた名家の娘が言うと、まあ、迫力が違う。

 普通なら婚約破棄の恋物語というのは、悪役令嬢が反論しても、二倍三倍に言い返され、証拠を白日の下にさらされて、ぎゃふんと言わされるのが筋書きなのだ。

 少なくとも、最近のソーニョ・ロマヌス国の流行おとぎ話は、それである。


 しかし、役者が違いすぎて、悪役令嬢を断罪できないようだ。

 もはやボニファーツィオもマリカも、釣り上げられた魚のように口をぱくぱくさせている。言葉になっていない。

 まだ14歳のマリカは分かる。婚姻できるといってもまだ子供だ。だが、ボニファーツィオよ。お前は10年軍人やっているのだろうが、しっかりしろ。と言いたい。


(これを思うと、ハリーは大したものだったわー)

 あれは二人で書いた台本だったが、ルドヴィカが怯むほどの迫力があり、終盤には打って変わって情けなさもあり、最高のエンターテインメントだった。あれを自国への最後の餞にした、国王様マジすごい。


 このままでは、悪役令嬢の弾劾が、清く正しく美しいヒロインの弾劾に変わってしまうと感じたのだろう。

「それは愛し合う二人に失礼ですわ。ご自分が結婚できないからってそう僻むものではありませんよ。そ・れ・に、マリカさんを襲った暴漢のこと、どう言い訳なさるおつもりかしら」


 はい、出てきました。黒幕です。


「あら、ロムルス夫人。お久しぶりです」

 金の髪を美しく巻いた一人の婦人が進み出た。

 ルドヴィカと同い年の22歳なのだが、まだ少女じみた愛らしさを残している。


 かつて、ルドヴィカが親友と信じた女だ。一度目の婚約破棄のときに、今のマリカのようにルドヴィカの婚約者に縋り、そしてルドヴィカを一度、絶望に突き落とした人物である。

 彼女の父親は、元老院議員の一人で、今はルドヴィカの父親とは政敵となる。だから、オレスティッラが ロムルス夫人となり、ルドヴィカに敵対していることに違和感はなかった。


 しかし、子供じみている。

 16歳の少女に通じた手が、22歳の、異国で、一歩間違えれば戦争の国際問題にまで巻き込まれていた女に通じると思っているのか。


 ルドヴィカが部屋の隅に視線をやると、意を察した執事が出てきた。

 手に、法務官から預かった法廷呼び出しの石細工がある。被告側でなく、原告側に渡されるものだ。刑事事件では被告は拘束されるから、その石を持って自由に出歩けるということは、犯罪者を捕まえた側、ということになる。

 東の国々と比べ、紙が貴重なソーニョ・ロマヌス国では、刑事的な訴えも、法廷の場で口頭のみで行われる。少なくとも、その訴えを起こすことがすでに、認められているということである。


 赤い爪のついた指が、石細工を弄ぶ。


「さあ、そんな暴漢など知らないわ…と言えたら、どれだけ救われたでしょうね? 残念だわ、オレスティッラ。その暴漢に金を渡した男があなたの実家の奴隷であることも、暴漢への依頼内容が暴行ではなくて、ただマリカに声をかけるだけだったということも、もうすべてわかってしまっているの。司法に引き渡したわ。そうしないと、ちょっと道で女の子に声をかけただけの若者が重罪になってしまうもの」


 さあ、新しい流行を作ろう。

 今日は、元老院議員の中でも穏健派が、普段の主義主張は一旦抜きにして、子女を交流させる場として設定された交流会だ。十代の可愛らしい令息、令嬢たちが息をつめて、出席者の中では年かさになるロムルス夫人とルドヴィカの対決を見守っている。

 婚約破棄の物語は、令嬢たちが好んで聞くおとぎ話に多いと聞くが、これからはそれが悪役令嬢の反撃物語となるだろう。

 今でもすでに、異国で起こったルドヴィカの婚約破棄事件は、尾ひれがついて酷い話になっている。この3回目はどんな話になるのかと思うと、もはやうんざりを通り越し、一周回って面白くなってしまっているルドヴィカだった。


「ロムルス家は税の取り立てで随分と不正をしているし、ボニファーツィオはそれを手伝うために抗議にきた市民を障害が残るほど殴ったのですって? もう…それは、元老院議員であっても裁量の範囲ではなくてよ」

 外が随分と騒がしくなっていた。


 ロムルス家の不正は、軍が動くほどの規模のものだった。すでにロムルス家に関わるものを拘束する動きは始まっている。

 ロムルス夫人となったオレスティッラと、ボニファーツィオを捕らえに来たのだろう。


「こんな素敵な交流会の時なのに、本当に残念」

「貴様っ」

 何を思ったのか、ボニファーツィオはルドヴィカに掴みかかろうとした。

 しかし、石細工を渡した後、気配を消してルドヴィカの後ろに控えていた執事が脇から躍り出たと思うと、あっという間にボニファーツィオの腕を取り、引きずり倒してしまった。現役の軍人を相手に、有無を言わせぬ拘束力だ。

 その様子を驚きもせずに眺めて、ルドヴィカはかつての親友に歩み寄った。


「素敵な結婚ね、ああ、やっとあなたに心から言えるわ。『結婚、おめでとう』って――夫君と一緒に裁きを受けるといいわ」

 ルドヴィカは満面の笑みを浮かべていた。

 女であるオレスティッラが、何処まで徴税の悪事に関わっていたかは知らない。だが、この国の法は連座制である。

 こんな急では離婚して逃れようもない。離婚をしたとしても、オレスティッラの実家もまた同罪である。逃げ場などない。


 オレスティッラが膝から崩れ落ちたが、それを見下ろしたルドヴィカはそのまま交流会から立ち去った。

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