表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春に溺れる  作者: しろね
3/3

後編


 もう 何時間経ったのだろう 。俺は一体 何処を歩いているんだろう 。こんな事になるなら、やっぱり言わなきゃ良かったんだ。このバカみたいな気持ちを押し殺して、いつも通り皆とまた会えたら どれだけ幸せだろうか――



隼人はやと!!」



 遠くの方から聞こえる 純恋すみれの声 。その場で振り返って 走ってくる人影を見つめる 。揺れ動く乱れた長い黒髪に、風でヒラヒラと舞うマフラーとスカート 。息を切らして 俺の元へと駆け寄る姿を見て、また心が痛む 。


「 純恋 」


「やっと 追いついた 」


 かなりの距離を走ってきたようだ。その分俺も、かなりの距離を歩いたみたいだ。息を切らして膝に手をつく純恋を見て 俺は思う 。




   ――あぁ 、やっぱり好きなんだな と 。




 しばらくしてから 息が整った純恋は、隼人と視線を重ねる 。風の音しか聞こえないこの道の上で、覚悟を決めた純恋は告白をする。




「 私も好きだよ 。隼人 」




 心が 溶けそうになった 。今すぐ 純恋の体を抱きしめたいと思った。驚きと嬉しさが限界突破している筈なのに 素直に喜べないこんな状況で、俺はただただ 口を開く事しかできなかった 。


「今言うのは ズルくないか?」


「分かってる 。でも知ってるでしょ?私がそんな汚い計算をしないことくらい 」


「 … … 」


 それは その通りだった 。俺は 純恋ほど俺達全員と正面から向き合っている人間を、他に知らない 。一番俺達の気持ちを考えて、現実と正面から向き合っている。いつどんな時でも支えてくれていて、その度に何度も傷ついていたのは、間違いなく純恋だった 。


「そうだな 」


 だからこそ 純恋は伝えた 、隼人が好きだと 。でも 次に続く物語は、そう綺麗に進むものではない 。それは隼人も 何となく察していた 。



「でも私は 隼人と付き合えない 」



「 … … 」



 これが 純恋の選択だった 。俺はそれを 予感していた 。コイツがそういう性格だっていう事を 知っているから 。


「嫌なの 。私たち四人の関係が壊れるなんて 」


「 … … 分かってる 」


 もはや 言葉はいらない 。俺達が無意識に避けていた恋愛という苦い事情は、四人の関係にヒビが入らない為の防衛本能としてだった 。



「桃は ずっと隼人が好きだったんだよ 」



「っ?! そ、 そうなのか 」



 それは 知らなかった事実。さすがに驚きを隠せなかった 。



「言いたい事 、もう分かるよね 」



「 … … 何となく 」



 それは俺も 無意識に感じていた事だった 。俺達四人の中心には必ずと言っていい程桃がいる。アイツがいたから 今の俺達がいるのだと言っても過言ではない程に。

 喧嘩をするにしても、遊びに行くとしても、イベントを開催するにしても 相談をするにしても、間違いなく 桃は中心で俺達の関係という名の天秤をたいらにしてくれていた。


「私と隼人が付き合ったとして、あの子がいつも通り四人で集まろうなんて 言える筈がない 」


「 … … 」



「私達は あの子を中心に動いている 」



 隼人が恋愛の軸になっていたのだとしたら、幼馴染としてずっと繋がっていれたのは 桃が中心にいたからだ 。


「桃が隼人の事を想っている限り、私は 付き合えない 」



「 … … そっか 」



 私が隼人を好きなのは 紛れもない本心 。でもその気持ちと同じくらいに 桃と壱も大事な人なの 。この四人の関係を壊すくらいなら、私は自分の気持ちを押し殺す 。一滴残らず潰してみせる 。



「俺も 同じ事言おうとしてた!」



「ッ … … !」



 明らかな空元気を 笑顔に込める隼人の行動に、純恋の瞳はキラキラと潤んでしまう 。いつもの様に変わらない優しさを 自然と見せようとする隼人の姿を見て … … 。



 滲んでいく純恋の視界は、もう彼の姿を捉えることすら叶わない程 。



「ごめん ッ … … ごめんね 隼人ッ!!」



「 … … すみ れ 」


 目の前で泣き叫ぶ純恋を見て、俺は誓った。死んでもコイツに 涙は見せないと 。傷付いた素振りは 一切見せないと。一番大人っぽい純恋だからこそ、誰よりも泣いて傷付いて 俺達の事を一番理解してる 。



「 … … ッ 」



 全部 我慢してやる 。何粒も流れていく涙を見ていたら こんな痛みに負ける気がしない。俺以上に傷を背負ってきた … … いや 背負わせていたのは俺なんだ 。だから これが最後 。本当に これで最後にするんだ 。



「 純恋 」



 この声が聞こえているかなんて 関係ない 。俺が歩いている事を認知しているのかなんて 今は知らない 。ただ俺は 目の前で泣きじゃくっている純恋に、約束をしに行く 。これから先何があっても、お前を想い続けると。


「ど、どーしたの隼人 」


 俺の足は 純恋の元へと駆け寄る 。お互いに重なり合う視線を意識した瞬間、俺の心は熱くなる 。


 ぶれない、負けるはずがない。お前が背負うはずだった痛みも苦しみも、これからは俺も一緒に背負うから 。



「 今だけ 許してくれ 」




「ぇ … … 」




 雪の結晶に包まれて 身を寄せ合う二人は、お互いの体温を感じながら 最初で最後の キスをする 。



「 ん … … っ 」



 初めて 隼人の温もりを感じる純恋は、瞳を閉じてその身を委ねる 。頬を一線 儚く伝っていく雫は、雪の結晶に音無く溶けていく 。



 何分経ったのかも分からない 永遠とも思えた口付けを終えて、二人はぎこちなく距離をとる 。


「隼人 … … 」


 瞳から溢れ出る想いを抑えられない純恋は、口元を抑えたまま 隼人の事を見つめている 。今にも泣き出してしまいそうな程に潤んでいる瞳と 震える唇 。我慢の限界なんて とうに超えていた 。


「ありがとな 、純恋 」


 そう言って純恋とは反対方向に歩いていく隼人 。また 見つめる事しかできない彼の後ろ姿に、とめどなく溢れてしまう涙 。




   ――フッ 。




「え?」


 何かが 私の隣を駆け抜けた 。もの凄い速度で隼人の元へ向かっていくその人影は、もの凄い足音をたてている。




   ――ザッ!!




「 ッ … … 桃?」


 それを追いかけようとした時、私の目の前に立ちはだかる桃 。すごい剣幕で私の事を睨みながら 左手を振り被る 。




「隼人!!!」



 背後から聞こえてきたいちの声に反応する隼人は、その場で振り向く 。もの凄い剣幕を抱えながら右腕を振りかぶって 、隼人の元へ駆け寄って行く 。



『ふざけないで!!』

『ふざけんなぁ!!』




   ――ッパァアン!!!





 隼人と純恋は 同じタイミングでビンタをされた 。











 俺達はこの過去はなしを 漫画みたいだと笑った 。




 傷を深く抱えた者 。



 思いの丈を伝えた者 。



 心に覚悟を決めた者 。



 絶対に離れないと 信じた者 。





 あれからまだ4ヶ月しか経ってはいないけれど、俺達の関係は今も続いている 。



「壱くん 早くしないと間に合わないよ〜!」



「分かってるって 」



「全く 、お金持ちのぼっちゃんはいつも時間にルーズなんだから 」


 高校三年生になる為の始業式を控えている、今日この頃 。いつもと何も変わらない、朝の騒がしい通学時 。


「始業式の日に遅刻なんて勘弁だからな 。変な注目浴びるなら一人で浴びてくれ 」


「だったら その白髪何とかしろよ。変な注目浴びるから 」


「地毛を染めろってのか 」


「剃れって言ってんだよ!」


「アホかお前は!」


 相変わらず意味の分からない理由でいがみ合う男二人を他所に、女性陣は何食わぬ顔で 先に玄関を出ていった 。


「あ、そういえば純恋ちゃんから聞いたよ!隼人くん!」


「なにを?」



「一昨日キスしたんだよね!!」




   ブ―――!!!!




 桃の爆弾発言に 隼人と純恋は思わず吹き出してしまう 。完全に顔が赤くなった純恋は、桃との顔の距離をゼロにする。


「何言ってんのよ 桃!」


「えー?だって 話してる時の純恋ちゃん可愛かったし――!どうせなら隼人くんにも教えてあげようかなって 」


 そう言いながら一足先に逃げ出す桃は、隼人達の元へ駆け寄る 。


「ちょっと桃! ホントやめてよね!?」


「背が高くて口の軽い女って ろくな奴いねぇよな〜!」


 壱が純恋の方を向きながら 冗談半分で口を開いた 。それにイラついた純恋は――


「そういや この間桃が、壱と二人で出掛けた時 凄く楽しかったって騒いで 」


「わ――!!純恋ちゃんストップストップー!!!」


 高速で純恋の元へ駆け寄って、両手をバタバタと振りまくる桃に対して、壱が再び口を開いた。



「 … … 口の軽い女って、いいよな 」



やっすいな〜 お前 」



「ああん?!!」



 いよいよ収拾しゅうしゅうがつかなくなった俺達だが、これで良いんだ 。



 あの時されたビンタは 、壱に殴られた何万倍も痛かった 。






『私が理由で気持ちを我慢するなんて やめてよね!?』


 低い身長で、長身の純恋の胸ぐらをガッ!!と掴みかかる桃の気迫は、恐怖すら感じるものがあった 。


『純恋ちゃんは ずっと私達と向き合ってきた!誰よりも逃げずに 傷付いてきたんだよ!?』


『 桃 … … 』


 いつ報われるかも分からない私達の関係を、誰よりもそばで支えてくれた。そして 誰よりも遠くで泣いていた 。


『今回も向き合って! 私は隼人くんと同じくらい、純恋ちゃんも大事なの!!!』


 とめどなく溢れ出る涙は 私のスカートにポタポタと落ちていく 。重さも何も 感じないのに … … 凄く 痛い 。



『ここで逃げたら 許さない!! 』



『桃 … … 』





『お願いだから純恋ちゃん … … ここで報われて?』





 膝から崩れ落ちる桃の言葉に、私の覚悟も崩れ落ちる 。一番正面から向き合わなければならない想いから、逃げようとしていた私の覚悟は間違っている 。そんなもの、桃の為でも何でもないと 。



 ただ 状況を悪化させるのが嫌で、逃げていただけなんだと 。



『 … … ありがとう 桃 。気付かせてくれて 』



『純恋ちゃん 』



『最後まで 頼りない親友でごめんね 』



 そう言いながら 桃の頬に触れる純恋 。あまりにも酷く冷えきったその頬に垂れている涙を、無意識に拭ってしまう 。



   ――ギュッ!!!



 そんな距離感を ゼロにしてくる桃は、私の体に抱き着いた 。どんな気持ちを込めて、何を考えながらそうしたのかは分からない 。だけど――



『そんな事ない!!私はこれから先もずっと、純恋ちゃんの親友なんだから!!』




『ッ … … !』




『これから先 ず――っと永遠に、純恋ちゃんにしか頼らないから!!』



 この場の勢いで伝える言葉としては、あまりにも信憑性に欠けた台詞セリフだった。でも 私にはもう、それが今の本心だというだけで十分だった 。



『ありがとう 桃 。そんなの 、私もだよ 』



 こんな浅い言葉しか言えなかったけど、これに全ての想いを詰め込んだんだ 。抱き返した私の両腕は、桃の全身を優しく包み込む 。お互いに寒さで冷えきっているのに、とても暖かかったんだ。






「隼人くん すっごい照れてたね!」


「もぉ〜! 桃のバカぁ〜!!」


 二人でイチャコラしてる女性陣を見て、隼人と壱は それを儚げに見つめていた 。


「 … … なんか、いいな 」


「それだけは同感だ 」


 なんだか危険な橋を渡りそうな発言をしている二人は、女性陣の後を歩き始める 。




 桜が舞い散る 四月の初春しょしゅん。新たな人生を歩み始める時期であり、また何かが終わってしまう季節でもある。



「ちょっと男子遅いよ〜!早くしないと本当に遅刻しちゃう 」



 何度も始まっては終わり、何度も生まれては無くなる 。そういう表裏一体に位置する『 初 』と『 終 』を 繰り返していく日々の中で――



「さすがにちょっとヤバいか 。急ぐぞ隼人 」



 ――俺達は どんな物語を紡げるのだろうか 。失っては拾い続ける こんなキリのない世界の真ん中で、夢や想いは 本当に必要なのか 考えてしまう 。



「よし、あの偉そうにしてる女子共をかついで行くか!」



 それでも俺達は 選択した 。どれだけ残酷な道だと分かっていても 涙を何度流したとしても、変わらない事を 。そして 進み続ける事を 。



「ち、ちょっと二人共?!一体何して … … きゃあっ!」



 そんな大切な人生の節目に訪れるこの季節から 、生きている限り 永遠に逃れる事は出来ないんだ 。










 俺達はいつまでも 春に溺れている 。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ