夢の跡3
そのいつか。
勉強漬けの日々を超え、医者になったチョコがいた。
正確にはもうとっくの昔に、彼はチョコではなくなっていた。
そして今、彼は不治の病におかされていた。
医者になったからこそ、自分の寿命もハッキリわかる。
「なにか、思い残したことはないか」
自問自答してみたが、霞がかった記憶が並ぶ。
「このまま死んでいいのか」
心に浮かぶ声は責めるような悲しい声だった。
自分は何を捨て、これまで生きてきたんだろうか。
この家に来てからは、求められる役割をただこなして生きてきた。
もう叔父夫婦も亡くなり、遺影に手を合わせる日々だ。
ずっと昔、空白の9年間がある。
思い出そうとすると砂嵐とか頭痛が襲う。
でも、彼はいまやもう、死を目前にしていた。
ずいぶん遠くまで来たもので、気がつけば50代だ。
家は姉の息子が継ぐらしい。
なら、なおさら、自分は混乱を無理に押さえ込んでいる、9年間を辿るべきではないだろうか。
ある日、療養中の地元の名士は、家を空けて歩き出した。
明確な行先は分からない。
けれど、足に任せれば上手くいく気がした。
ダメならダメで、元と変わらない生活があるだけだ。
幸い、病魔による痛みなどは薬でほとんど消せたので、彼は普通にトロリーバスを待ち、ぼんやりと切符を買った。
「どちらまで?」
少し困って、突然、とある地名が頭に浮かび、そのまま口から飛び出した。
その地名があってるかさえ分からない。
けれど切符を買ってしまったからには、辺りを歩いてみよう。
トロリーバスは目的地にたどり着き、彼は道に降りた。
その瞬間、彼は「この場所を知っている」と強く感じた。
この空気の香りを知っていた。
ただそれだけなのだけど、強い確信だった。