トラブル・タイムトラベル 【月夜譚No.116】
行きたい時代にタイムスリップできるわけではないらしい。彼はだだっ広い草原の中で、途方に暮れていた。
左腕を持ち上げ、その手首に巻かれた腕時計のようなものを見る。文字盤には普通の時計より多くの数字が並び、細い何本もの針がそれぞれ違った方向を指す。アンティーク調のデザインは、作者の趣味らしい。
この腕時計擬きは――受け取った時には信じられなかったが――、タイムマシンだという。彼の友人には変わった者が多く、その中の一人である自称科学者が開発したものだ。
実験をしたいからこれを腕に巻けと言われ、断る間もなく半ば強引に装着させられた。と思ったら、次の瞬間にはこの場所に立っていたという訳である。
科学者(自称)は十年前の同じ場所に辿り着くと言っていたが、ここは十年より前の時代だろう。十年前のあの場所には、今と同じビルが建っていたはずだからだ。まあ、場所も移動したというのなら、十年前なのかもしれないが。
それにしても、自分は元の時代に帰れるのだろうか。帰り方の説明はされなかったので、不安ばかりが膨れ上がる。
さて、どうしたものか。やけに綺麗な青空を見上げたその時、地を震わせるような足音と怒号が前方と後方から聞こえてきた。
驚いて見てみると、甲冑に身を包んだ男達が前後から彼に向かって走ってきていた。中には馬に乗っている者もいて、その迫力は鬼気迫るものがあった。
彼は咄嗟に脇に逃げながら、脳裏に甦った暢気に笑う科学者(自称)の顔に暴言を投げつけた。




