汚れたカクテル
作者の好きなマティーニの種類にあるダーティー・マティーニをネタにしました。
ダーティー・マティーニ、カクテルの王であるマティーニにオリーブジュースを混ぜて作った事から名付けられた。
ダーティーとは「汚れた」と意味。
ダーティー、まさに血で汚れた俺にはぴったりのカクテルだ。
今まで何人もの人間を殺してきた俺に、俺のような人間に用意されたカクテルだと思う。
俺は自嘲しながらカクテルグラスに注がれたオリーブジュースの入ったマティーニを飲んだ。
ここは俺の行き付けバーでマスターが俺へ依頼を出す仲介人だ。
そして俺への依頼を意味する。
カランカラン
ドアに取り付けた呼び鈴が二回くらい鳴った
中に入って来たのはウールの毛皮をふんだんに使って作られたロングコートでゴールド・ヘアーに翠色の瞳をした30代の女だった。
化粧臭く見るからに金持ちを醸し出している様子で店内を不快そうに見ていた。
確かにこの店は世辞にも小綺麗な店とは言い難い。
それより小汚いと言った方が似合う。
女は不快そうな瞳をしたままカウンター席に腰を下ろした。
「ここに金さえ払えば何でもやるって男が居ると聞いて、わざわざ足を運んで来たんだけど?」
高飛車な声でグラスを拭くマスターに聞いてきた。
「確かに居ますよ」
マスターは錆び着いた声で答えながら片眼で俺を見てきた。
『どうする?』
俺はダーティー・マティーニを煽りながら首を横に振った。
『趣味じゃない』
こういう高飛車な金持ちの依頼を引き受けるのは余り好きではない。
「生憎と奴は出ていないんですよ」
「だから帰れと?」
「察しが良くてありがたいです。出来るなら日を改めて来て下さい」
女は明らかに聞こえるように舌うちをした。
「使えないわね」
誰もお前みたいな女に使われたくないと灰色の心で言う。
俺が使われるのは心が動いた時だけ、と付け加える。
女は用が無いとばかりに店を出て行った。
「・・・・随分と荒れた客だな」
俺はグラスを置いて懐から愛用している煙草を取り出しながら喋った。
「何で断ったんだ?」
マスターが尋ねて来る。
「態度が気に喰わないからだ」
年季の入ったジッポーで火を点けながら答える。
「お前の好き嫌いにも困ったものだな」
これでは商売あがったりだ、と言うマスター。
店を開いているなら最低限の寝床と生活は出来る、と言う。
俺は寝床も何も無いから殺し屋を引退したらホームレスになるしかない。
いやホームレスになる前に俺は死体となっている。
闇の世界で生きる者に待っているのは・・・・・・死だけだ。
幸せな生活などない。
ただの孤独な死だけ。
それが待っているだけだ。
俺は煙草を口から離して息を吐いた。
煙は白かったが、何処か汚れている色だった。
煙草も酒も皆、汚れている。
まったく俺そっくりだ。
二度目の自嘲をした。
ダーティー・マティーニ、汚れたカクテルの王。
それは闇の世界で生きる王のカクテル。