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死ガミとユウ者の転生輪廻  作者: 断目
魂務員との出会い
9/9

誘惑

 黒曜石でできた床が硬い音を鳴らす。その音の感覚は規則正しく、ただ時に遊ぶように乱れる。


 男が歩いていた。

 黒い革靴が硬い音を鳴らす。腰と肩を大袈裟に揺らすその歩き方は、男は不誠実な者だ、と見ている側に偏見を植え付ける。しかしその体の重心はほとんど変わっていない。

 細っこく長い足が大きめの革靴とアンバランスであったが、そこに拘りを感じさせるような様であった。


「おい、地上から帰ってきたのか?」


 どこからか聞こえてくる(しわが)れた声にその男は足を止める。


「ああ!そりゃそうだろ、オレさんはドが付くほどの社畜だぜ」


 そして愉快そうに口角を吊り上げながら、肩をくねらせゆったりと振り返った。そこには小さな鳩が男を見上げていた。鳩はくいっと首を曲げて喉を震わす。


「ご自慢のシャツに血がついているぞ。落とさないと…どうせ遊びにいくんだろう?」

「お〜っと、本当だ。ヤバイヤバイ」


 首元から腹までべっとりとついた血の跡を見て男はわざとらしく焦った表情を浮かべると、誕生日ケーキの蝋燭を吹き消すように満遍なくシャツに息をかけた。すると血は霧になって消えていった。

 男は他にも汚れがないか確かめるように、首を捻って自身の背中を見たり足の裏、膝の裏を見たりとその場でくるくると回る。その様子に鳩はまた首をくいっと傾げる。


「お前も飽きないな。」

「なんだって?」

「なに、わざわざ根の方に行くなんて身の程知らずだと思っただけだ。」


 この世界の多くの会話において、「根」というのは天の方角を指す。つまり地上より上の世界『乖脊界』のことである。


「へへ聞いちまったんだよ。アインがまたヒトを連れてきたってなぁ!」


 その言葉に鳩は目を細める。


「……ああ、お気に入りの死ガミか。しかしアレらはつまらん。揶揄っても誑かしても全て無意味な、機械的な奴らだ。」

「ま、そうかもなぁ。」

「一体何処に目を引かれたんだ?失敗を抉っても何も反応しないだろうに。」


 その問いに男は言葉を探すように、目を上に泳がす。


「ん〜〜……あ、あれだ。はけ口ってやつだ。」

「想いの?お前も案外()()()()()。」


 鳩は表情の変わらない顔からせせら笑う声を発する。

 しかし男はそれに対しても好意的な満面の笑みを浮かべた。


「オイオイ鳩がヒトを語るもんかよ。」


 暫く舐るようにお互いを睨み合った後、どちらかが足を動かしたことで一人と一羽は別れた。



 ♢♢♢♢



「ーーつまり、自殺だと判断して手を止めたら、ちゃんと事故で死んでしまったと。そんで慌てて処理しようとして失敗したと。そういうことだな?」

「はい、その通りです。」


 二人は倉庫のような場所にいた。

 壁一面に書類が挟まれているのであろうファイルがびっしりと詰め込まれ、その中央のデスクには回転椅子に腰かけた中年の男がいた。アインの話に一度こめかみを抑えて考え込むような仕草を見せる。


 この男の名はヌンといい、霊魂乖離部 死期管理課の課長だ。死期管理課というのはその名の通り、乖離界における霊魂の死期を管理し、死期が迫ればその都度死ガミ第一課に指令を出す、いわば霊魂乖離部の参謀といえる課だ。

 ヌンはアインの傍にいる少女をチラリと見たあと、軽くため息をつく。


「だからってここまで連れて来なくてもだな……。お前にはタウが…ン゛ンッ」


 何かを言いかけたところで、ヌンはふと我に帰ったように咳払いをして先を濁した。


「……えー、残念ながらもうこの部屋にはここ49日の分の書類しか残っていないよ。乖離界からヒトを連れてここまで来たってことは、少なくとも60日以上経っているだろう?」

「………………ろ、60日以上!?」


 理解するのにしばらくの時間を費やしてからやっと、少女の口から驚愕の声が出た。

 ヌンは唸りながらその少女を見ると、少し眉をしかめた。


「なあアイン、このヒトまさか炎に当てられたか?」

「炎……あぁ、炎、はい。」

「それぁマズイ」


 アインの返事を聞くや否や、慌てた様子で部屋のドアの前を本棚で抑え始める。人1人通るにはちょうどいい2メートル弱の高さだが部屋の大きさに対しては小さすぎるそのドアは、一つ棚を動かせばすっぽり隠せるものだ。しかしヌンは更に本棚を2台ほど動かして、自身の背中をそこにもたれさせた。

 そんなヌンを落ち着いた様子で見るアインと、不安を煽られて落ち着かない様子の少女。2人にヌンは「剣が飛んでくるぞ…」とだけ言った。


 少女にとって、「炎」と「剣」というこの二つの単語が出てきて発想するものは一つしかなかった。


「ま、まさか……」


 怯えた声が部屋の中で消え入るその時、バチバチッと激しい稲妻のような音が聞こえ、ドアの前に置いた棚の向こう側が激しく揺らぎ始めた。熱気で景色が歪んでいるのだ。

 棚に背中を預けていたヌンは思わず「アッッツ!?」と声を上げて飛び退く。見た目年齢に合わず俊敏な動きだ。


「……くっ、アイン!」


 そして、何かを決心したように顰めた顔で名を呼ぶ。アインは無言で目線を合わせると、ヌンは轟々と鳴り響く炎に負けないように叫んだ。


()に穴を開けろ!」

「何処まで?」

「リリスのアホ毛が見えるあたりかなぁ!!」


 アインは頷くことで了承するとボソボソと何かを唱える。そして一定の時間をおいて自身の腕を蕩けさせハサミの片刃のように変形させた。少女がその光景を見るのは二度目だが、まだ慣れないのか大きく息を吸い込んだ。

 その腕の切っ先が部屋の床へ向く。その状態で少し腕を上げると、一切の迷いなく勢いをつけて床に突き刺した。


 少女はケルビムから逃げる際に見たあの綺麗な空間の裂け目を想像していた。アインが突き刺したその床にはスッと切れ目がつくのだろうと。


 しかし実際は違っていた。無音どころか、むしろ黒板を引っ掻くよりずっとずっと不快な金切音のようなものが部屋を突き抜けた。

 ピッチの外れた弦楽器100本がバラバラにビブラートをかけているような不協和音に、脳が頭蓋骨から飛び出そうとするような甲高い音が混じっている。


 その音の発生源からは禍々しい深紅の色をした稲妻が雷樹のように天井まで伸びており、その稲妻の根本にはそれに気づいていないのかと思うくらい表情の無い死神が床を突き刺した状態で立っていた。


 少女は音の暴力に耳を塞ぎ蹲っている。ヌンは「あぁ、すまないね…。辛いだろう。」と、応急処置として多くの本やファイルをバサバサと少女の上に掛けたり毛布で何重にも覆ったりして、音を遮断させる努力をする。


「やっぱり無茶だったかな……。」




 ♢♢♢♢




 お願いだタウ。命令なんだ。



 ーー私は物質的世界と乖脊界を繋ぐパスなんです。しかしアナタ様は今、枝葉の世界まで貫通させようとしている。



 出来ないことはないだろう。だって今回だけじゃない。



 ーー以前のは例外ですよ。偶然()()()()()()()しただけで。



 今回もそうなる。ヌンさんが言ったことだから。



 ーー……結構痛いんですよ。この悪魔……いや、悪魔的死ガミ!




 その言葉を最後に腕の抵抗は無くなった。しかし意志の明らかな反発からか、片刃の形態がグニャリグニャリと蠢き歪んでいる。

 それでもやらなければならない。


 受けた命令をそのまま行動に転換させようとする自分のこの姿勢を、「愚直だ」と言われたことがあった。僕が愚かしく真っ直ぐなら、意志を持った者は皆お堅く捻くれている。なら僕はこれでいい。


 もう片方の腕を勢いよく広げ形状を崩させる。そちらも片刃に変化させれば、僕はそのまま突き刺した方の片刃に向かって振り下ろした。脳裏で叫び声が響き思わず目を瞑る。


 そして、ついに堪忍したのか床にみるみる穴が開いていくのが見て取れた。上に伸びていた稲妻はその穴一点に集中して伸びていく。やがてその稲妻が光速で深く深く開拓していき、約5秒後命令を遂行した光たちは消え全身の力が抜ける心地がした。


 腕の重みに負けて前へ、穴の方へ重心が揺らぐ。直後、背中から床に倒れていた。あぁ、おそらくヌンさんが後ろから髪を引っ張ったのだ。落ちていたら厄介なことに……。


「……。」


 起き上がって視界に捉えたヌンさんは、ちょうど少女を穴へ突き落とすところであった。僕は虚空に飲み込まれていく色気ない叫びをただただ聞いていた。

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