さざなみとほろ酔い
今日は二人が酔います。私が表現できるなかで一番可愛くしました。ただ私がお酒を飲めないので酔うとこんな感じなのかっていうのは完全にウス=異本由来です。
二人が立ち寄ったのは海が見渡せるいわゆるオーシャンビューのレストラン。二重王国ヴィラ地方最大都市で最大の観光地でもあるイリツィニはありとあらゆる人とものがそろっている。そこで二人は海の幸を堪能していた。アヴローラはカルパッチョ、リーリヤはアヒージョを注文した。ただし、二人とも料理にはあまり詳しくないので、感想は『おいしい』位しか出てこない。リーリヤはあまり魚介類が得意ではなかったが魚介類の入ったメニューしかなかったので聞き覚えのある名前の料理を頼んだ訳でしかなかったのだが、魚介類に対する印象が百八十度入れ替わった。
食事と会計を済ませ店を出る。
「おいしかったですねぇ。アヴォーチカ」
「食べている途中にもさんざんおいしいと言っていたぞ。耳にタコができるくらいな」
「ほんとですかぁ?ついつい口からこぼれちゃうくらいおいしかったんですよぉ」
「しかしやはり観光地でもあるからか少々値が張るな」
「お金に糸目をつけてちゃぁ旅行は楽しめませんよ?」
この休暇に際し、軍から慰労手当てを十分に給付してもらっている。戦時の二年間に強制的に物欲を抑え込まれてたまった貯金も含めると一ヶ月遊んで回っても残るほどに有り余っている。
「せっかくですし、パーっと遊びましょ~。次いつこんなことができるかわかりませんし」
「だいぶテンションが上がっているぞ。落ち着け、そういう浮かれているときに悪意のあるやつらが近づいてくるんだぞ」
「あははぁ、こんな砲弾を撃ち込んでも死ななそうな軍人と元軍人の二人組になんて近寄りませんって」
「さっきの店で酔ったのか?酒を飲んでたようには見えなかったが」
「まっさかー、飲んでないですよ。ぶどうジュースらから酔ってません」
「ろれつが回らなくなってきてるぞ、千鳥足だし。はぁ、さっさとホテルにいくか…もうちょっと街を回りたかったが」
リーリヤを担ぎ上げ、アヴローラは歩き出す。
いつだったか…講和条約が結ばれた頃にこんなことがあったな…立場は全く逆だったが。
「ねぇ、アヴォーチカ…私のこと、すき?」
「どうしたんだ、急に、当たり前じゃないか」
「好きって言って」
「好きだよ」
「もっと感情を込めて」
「好きだよ」
「んふふ~」
心の中でちょっとめんどくせぇと思い始めた頃に予約していたホテルに到着した。チェックインを済ませ、部屋の鍵を渡される。階段を担ぎながら上るのは軍での負傷兵の運搬の訓練が役に立った。やっとのことで部屋の扉を明け、リリューシャをベッドに寝かせると、ふとさっきのやり取りを思い出した。
もちろん好きであることは間違いないし、そうでなくなることもあり得ない。だが、シラフの時に一回でもそう伝えたことがあっただろうか。
「ねぇアヴォーチカ…明日はどこへいこうかしら。私、あなたとならどこへでも行けるわ」
目が覚めてしまったのかリリューシャが私にささやきかける。
「そうだな、海は見たから港でも見に行こうか。だから今日はおやすみ、リュビーマヤ(愛しい人)」
「…そんなこと言われたらうれしくて目が冴えちゃうわ。ふふふ。…ねぇ、私が眠るまで近くにいて?」
「もちろん。ずっといるよ」
翌朝リーリヤが目を覚ましたとき、アヴローラはすでに目覚めてシャワーを浴びていた。昨日の晩からの記憶が曖昧だった。ただなんとなく幸せな気分だった。シャワー室からアヴローラが出てきた。
「おはよう。リュビーマヤ。気分はどうだい?」
一気にリーリヤの顔が紅潮する。
「…いつの間にそんな呼び方始めたんですか」
「昨日の晩からさ、酒に酔っていたとはいえ昨日の君はひどかったぞ?」
「え"っっ!!忘れてください!今すぐ!」
「忘れるものか、あんな可愛らしい姿。目に焼き付けてしまったぞ」
「なんで突然かわいいとか言うことに恥じらいがなくなったんですか!?」
「そりゃあ、かわいいからなぁ、仕方ないよなぁ」
「わかりました、わかりましたからもうやめてください!顔が赤くなって戻らなくなります!」
ホテルで朝食をとり、歩いて港へ向かう。その途中で昨日ラウラから聞いた鉄道のひかれた二本の鉄橋の下を通った。大型船でも下を通過出来るよう非常に高く作られた鉄橋は、下から見ると天に橋がかかっているかのようであった。常に心地よい潮風が肌をなで、時折船の汽笛が街を走る。寄港する船の汽笛には停泊している船が一斉に歓迎の汽笛を返す。出港する船は別れの汽笛を鳴らす。国同士がいがみ合っていても関係のない、国境や言語を越えた共通のルールがそこにはあった。イリツィニの民間港は第一、第二、第三ポートと呼ばれ、その一つ一つが他の場所では大規模な港と呼ばれるほどの大きさであり、二人がスケールの大きさに息を飲んだことは想像に難くない。
「確かにこれは想像を遥かに越えてましたね」
「共和国の軍港をちらっと見たことがあるがここのポートひとつの半分以下の規模だったぞ」
「それほどまでに海上輸送による利益は大きいものだということなのでしょうかね」
「そうだろうな。共和国含めてスヴェルナ湾がなければ内陸国である国もいくつかあるからな」
港を一旦離れ、600メートルほどの橋を歩いてわたり、対岸、ノーブルにある水族館に足を運んだ。水族館といっても厚いガラスの加工技術が未熟なため生け簀を上から眺めるようなかたちである。海峡には様々な生き物がやって来るため、餌などでおびき寄せれば珍しい動物などもみることができる。ちょっと前にはシロイルカの群れが現れたらしい。
「魚は食べ物って認識しかなかったです」
「それはさすがに単純思考すぎないか?」
「で、でもきれいな魚もいるものですね。初めて見ました、こんな色してて見つかりやすくないんですかね?」
「何か色々と理由があるんだろう。人間が想像もできないような理由が…」
再び橋を渡ってイリツィニに帰っていると鉄橋を列車が黒煙を吹きながら通過していった。アルマリネからヴィラ方面へ向かったその列車は操縦要員以外の人をのせておらず、代わりに載せていたのは大量の貨物だった。
「あの貨物も共和国の復興支援物資でしょうか」
「おそらくはな」
「なんとなく私たちがこんなに休暇を楽しんでて申し訳ないって気持ちになってきました」
「なに、私たちが休んでいる間、他の人に頑張ってもらって、戻ったらそいつらを休ませれば良いのさ」
ホテルに帰り、夕食をとった後、アヴォーチカは久々に体を動かした疲れからか、まどろんでいた。多少アルコールも入っている。アルコールは私がしきりにすすめたから飲んだのだが。
「なぁ、リリューシャ、お願いがあるんだ」
「なんでしょう?」
「膝枕してくれ」
「…いいですよ」
微笑みかけながらアヴローラの頭を膝へと促す。そして頭を撫でてみたりする。
「なぁ、リリューシャ、私はお前が好きだ」
「知ってますよ」
「酒の力を借りないと言えないようなこんなやつだが、私のことを好きでいてくれないか」
確かにこれはひどいな、昨晩の私もこうだったのだろうか
「もちろんですよ、離れてくれってお願いされたって離れるものですか」
「それは恐ろしいな」
ふふ、と微笑みながら言う。とても普段厳格な軍人だとは思えないほどの甘えたがりだった。私のお腹に顔をうずめる。呼吸でちょっとくすぐったい。だが無下にやめさせるわけにもいかない。
「疲れているんでしょう?お休みになったらどうですか」
「…そうだな、もう休む。おやすみ、リュビーマヤ」
おやすみなさい。アヴォーチカ、よい夢を。…さて、この膝どうしよう。
夢から覚めたのは真夜中だった。膝枕のせいか、無茶な姿勢でリリューシャが寝ていたので体を痛めないよう抱き上げて姿勢を直す。そこで不意にリリューシャが抱きついて私もベッドに倒れ込んでしまった。無理矢理離すわけにもいかない。
「ちょっと、離してくれ」
全く反応する気配がない。反射で抱きついてきたようだ。仕方がないので一晩だけ抱き枕になることにする。眠っていることを良いことにそっと口づけして。
朝日が顔を照らす。カーテンを閉じきれていなかったようだ。眩しさで目を覚ます。目の前でアヴォーチカが眠っている。こんな幸福はないだろう、なんて、もう何度思っただろうか。起床ラッパを鳴らせばすぐにでも起きて準備を始めるであろうこの女性が、私の腕のなかで寝息をたてている。ふと時計を見ると、もうすぐ午前十時、昨日はあまり日が眩しいと感じなかったのに、今日は眩しいと感じたのは三時間近く寝過ごしていたかららしい。
「ねぇ、アヴォーチカ。起きて、もう十時ですよ。今日はどこかいくんですか?」
「うぅん?今日はどこにもいかない。ずっと寝てよう」
「そんなこと言ったって起きなきゃ仕方ないでしょう」
「ちょっと待っててくれ。すぐに起きるから。」
大きく深呼吸して起き上がる。シャワーでも浴びようかと思っていたところにコンコンとノックする音が響いた。
ノックしてきたのはホテルのスタッフだろうか?と思いながら扉を開けると、リーリヤ様にお電話です と言われた。
『やっほい!リーリヤ、おひさ!』
「どうしたの!ラルーニャ?なんで泊まってるホテルがわかったの?」
『そりゃあ、大使の特権をフルに使ってチョロチョロっとね』
「冗談でしょ?ほんとに?職権濫用じゃないの」
『嘘に決まってんでしょぉ。品行方正なアタシがそんなことするわけないわよ』
「それで、何か用があって電話したんでしょう?」
『そう、そうだ!あのおねーさんに伝言!えーっと…共和国の独立に勇気付けられた他の連邦構成国が次々連邦からの独立を宣言してる。もうすぐ連邦も崩壊するかもね。それで、近々警備隊の国境審査が厳しくなる。帰ろうにも帰れなくなるってこともあるかもしれないよ』
「嘘でしょ!聞いてないわよ」
『聞こうにもヴィラ語なんてわからないでしょうし、わかったとしても旅行先の新聞なんて読まないでしょう?それじゃ伝言はこれだけ。気を付けてね』
電話が切れてしまった。
スタッフが帰った後、アヴォーチカに内容を伝える。
「友好国の二重王国から帰るんなら大丈夫じゃないのか?」
「まぁ、最悪の事態を…なんて考えなくても、一応頭の片隅においておきましょうか」
……想像していたなかで最悪の事態が近づきつつあった。
お読みいただきありがとうございます。ついに四千字を越えました。長い文章を書くのは構成を考えるのが非常に難儀です。やはり小説家はすごいと再認識させられています。