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戦後を君と  作者: 来栖百合堊
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二つの願い

どう頑張っても百合しか書けない

 九月九日正午、休戦協定がつい先ほど発効した。銃を放り投げ敵味方関係なく肩を組み自らと戦友の生存を喜びあう。

「少佐殿…ここまで羽目を外すのは流石に…」

隣の副官から少佐と呼ばれた女性は煙草に火をつけながら

「まぁ、いいんじゃないか?ノミとシラミにまみれて航空機のエンジン音に怯える日々もこれまでだから。君も内心嬉しいだろう?」

「…それもそうですね、二年もやっているとこっちの方に慣れてしまいましたが」


 この戦争…共和国側は独立戦争、連邦側は地域紛争と呼称していた武力衝突は二年の月日がたった後、連邦国民の厭戦感情がピークとなり、デモやストライキが頻発するようになったことを受け、連邦が独立を承認する休戦協定を提案し、それを共和国が受け入れる形で終結した。共和国は自国の領域と主張するほぼ全ての地域を獲得、連邦は二十一パーセントの領土と三十四パーセントのGDPを失った。


「なぁ、リリューシャ」

隣に立つ副官を頬を赤くしながら愛称で呼ぶ。

「リーリヤとお呼びください。で、なんですか?」

咎めておきながらまんざらでもない表情をする副官。

「帰ろうか、私たちの家へ」

リーリヤは驚いたように目を見開いた後に顔を綻ばせた。

「家と言うから何かと思いましたが、帰るのは駐屯地でしょう?」

「いや、そういうことじゃないんだ」

少佐は副官に向き合い、両手を肩にのせる。頬は紅潮し、深呼吸をした後、覚悟を決めたように言う。

「一緒に暮らさないか?」


 沈黙が流れる。リーリヤは大粒の涙を流していた。

「…わたしと暮らすのそんなに嫌だったのか?」

青ざめた顔で少佐は問いかける。

「いえ、そうではないんです。まさか、少佐が…わたしを好いてくれているとは思っていなくて…」

「戦争してるのにこんなことを言うのはどうかと思って、言わないでいたんだが…それと少佐なんて呼ぶのはもういい。これからはアヴローラと呼んでくれ」

「アヴォーチカ…ふふ、慣れませんね。家はもう決めたんですか?」

リーリヤに初めて愛称で呼ばれたことにアヴローラはフリーズしてしまっている。

「アヴォーチカ?」

「…いやなんでもない!家も君と決めたくてまだなにもしていない」

「戦災もありますし、あまりいい場所はないかもしれませんね」

「どんな辺鄙なところでも君といれば都のようなものだ」

「でもまずは駐屯地に帰りましょう。そこでダンスしている彼らと一緒に」

「…そうだな。みんなで帰ろうか。開戦時にいた仲間のほとんどはとっくに死んでしまったからな。そいつらも弔ってやらないとな」


 戦後処理はつつがなく行われた。休戦協定から約半年後の二月二十九日、共和国の首都となった国内最大都市アリヴィネにある議事堂で講和条約調印式が行われた。一、共和国の独立の承認 二、共和国への賠償金の支払いが主となる条項でさらに共和国の武装中立宣言がなされた。戦災による被害は相当なものになると推定されたが、なんとか経済を復興させることができる程度の賠償金を得たことは共和国の未来に希望を繋いだ。


 アヴローラとリーリヤがアヴォーチカとリリューシャとして会えるのは、戦後処理の合間、二人以外に誰もいなくなった数分間と帰宅してからだった。別に隠していると言うわけではないがわざわざ言いふらすことでもないので周りのものには言っていなかった。

「なぁ、リリューシャ」

「なんですか?しょ…アヴォーチカ」

「疲れた」

「あと少し頑張ってください」

リーリヤはここ数日でアヴローラが少々甘えたがりであることを感じていた。副官であったときにも気づかなかった彼女の性格だ。

「ちゃんとできたら後でなんでもしますよ」

「!!本当だな!?約束だぞ!」

ご褒美を見せられた子供のようだなぁなんて感じながら着々と仕事を続けた。


 本日分の仕事を終わらせて待ち合わせたのは運良く戦災を逃れたアリヴィネ駐屯地近くの喫茶店。アヴローラの心は絶対制空権下で近接航空支援機が敵戦車を吹き飛ばしたときより高鳴っていた。

「おまたせ、リリューシャ」

「あっ、お疲れ様です。アヴォーチカ、じゃあ行きましょうか」

そう言って左手を差し出す。アヴローラは照れくさそうに右手でリーリヤの左手をつなぐ。

 アヴローラはちらとリーリヤの横顔をみる。夢なのではないかと錯覚するほど幸福なその状況につなぐ手もつい強くなってしまう。彼女らはほんの数日前、条約調印式の前々日から同棲を始めていた。


 アヴローラは、勤務中にリーリヤが言ったことを忘れてはいなかった。自分から言うのも気恥ずかしいので言い出せなかった。が、リーリヤのお風呂上がりの濡れた銀髪をみて我慢ができなくなった。

「ねぇ、リリューシャ…」

「なんですか?」

「お昼のこと覚えてる?」

「…覚えてますよ…何がしたいですか?」

「………キ…ちゅーして」

顔を真っ赤にしながらお願いするアヴローラをリーリヤはこれも副官と大隊長という関係のままだったら見ることができなかったんだろうな、なんて思いながらしばらく眺めていた。

「じゃあ目を閉じて待っててください。…ちゃんとキスしますよ。嘘はつきません」

アヴローラは言う通り目を閉じてキスを待つ。キス待ち顔もいいなぁなんて思いながら数秒焦らしてみる。

「ま…まだ…?」

「すぐしますよ。いい子で待っていてください」

いつの間にか軍での上下関係と逆転してしまっている。

リーリヤはすぐにアヴローラの唇にキスをした。

アヴローラは腰が抜けたようにペタんと座り込み蒸気が出そうなほど紅潮した顔でリーリヤをみつめている。そのリーリヤも顔を真っ赤にしている。

「続きはまた今度…しましょう…ね?今日はもう休みましょう」

「ふぁい…」

アヴローラは完全に呂律が回っていない。結局リーリヤに担がれて寝室のベッドに入った。


 リーリヤは戦場にたっていた。アヴローラも隣にいる。大隊に向け突撃を命令する。血と硝煙の匂い、頭部を吹き飛ばされた戦友の死体が転がるなかを敵機関銃陣地に向け走る。だが機関銃相手ではどうしようもない。横一直線に薙ぎ払われて終わった。自らも腹部に銃撃を受け動けない。敵歩兵の小銃弾がリーリヤの側頭部を抉り飛ばしたところでリーリヤは目を覚ました。ぐっしょりと冷や汗で濡れている。


 ふと隣のアヴローラを見る。すやすやと寝息をたてている。

(そうだ、もう戦争は終わったんだ。砲兵の昼夜問わない砲撃も戦術爆撃機の爆撃もない)

一度深く息を吐き改めてゆっくり眠れることへ感謝しながらリーリヤはアヴローラに両手を回し抱き締める。目を閉じてゆっくりと深呼吸する。

「ねぇ、アヴォーチカ…二度と離れないで、わたしより先に死んでわたしを一人にしないで…お願い…」

(聞いてなくていい、これはわたしのわがままだから、あなたが隣にいてどれだけわたしが救われたか…今度はわたしが貴女の心臓になるの)

そこでアヴローラの腕がリーリヤに回される。起きていたのかと驚いたが、いや、起きてる訳ではないらしいと感じた。無意識でも離さないと言ってくれたようで嬉しかった。


 明朝、目が覚めたアヴローラは、心配そうな顔をして

「寝られなかったのか?ひどいクマだぞ。戦場の夢でもみたか?」

「見たには見たんですけど…それを吹き飛ばす位幸せなことがあったんです…」

アヴローラは不思議そうな顔をしてリーリヤをみていたが、リーリヤは話をそらすように

「アヴォーチカ、今日から大隊再編でしたよね?」

「そうだ。戦争が終わったから全軍の規模を三分の二にするらしい。これからかなり退役するものが出るだろう」

「それなんですけど、私も退役しようと思うんです」

「!それは…」

「退役軍人には年金が支給されるらしいですし、あの戦争を経験してなお続けようとは思えないんです」

「…確かにな。武装中立を宣言したとはいえ攻め込まれないとは限らないし、だが…」

「アヴォーチカも家に帰って誰かが待っててくれるのは嬉しいことではないですか」

「……なら私も慰労休暇をもらおうかな、来年度に繰り越せない分が一月分くらいあるから。さんざん国のために働いたんだ。一月くらいゆっくりしたっていいだろう」

「じゃあ、二人でどこかにバカンスにでも行きます?」


 アヴローラも軍再編の際に歩兵大隊長から教導連隊副連隊長に異動となった。それにともない駐屯地もアリヴィネから教導連隊が駐屯しているヴィンストン駐屯地に変わった。アリヴィネから列車で一時間ほどである。休暇申請と営外居住の申請はヴィンストン駐屯地で許可を得なければならない。幸いにも駐屯地司令が戦時、アヴローラの大隊を指揮していた師団の元師団長であり、顔を互いに覚えていたため特に事情を聴かれることもなく両方許可された。


 荷物をまとめながらリーリヤがポツリと言う。

「アヴォーチカが先生になるとは思っても見ませんでした」

「早速休暇を使ってしまっているがな」

「まぁ、休暇がなくても新兵との初めての顔合わせは基礎能力試験の終わった四月の終わりだったのでしょう?私たちが1ヶ月ゆっくりしても帰ってくるのは四月の中旬、気にせず遊びましょう」

「…そうだな。折角の休みだ。楽しまなきゃあな」

「でも、新聞を見る限り、戦勝ムードで軍への入隊希望が数倍に跳ね上がったらしいですよ。」

「…忙しくなりそうだな、まぁバカンス中は全部忘れてゆっくりしよう。じゃあ…いこうか」

「はい」

 もう二人は手を繋ぐことにいちいち照れたりはしない。再開通したばかりの列車の窓から再建が進む町並みを見ながらいつまでもこの人が隣にいてくれれば。とお互いに思いながら肩を寄せていた。

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