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死者の言葉  作者: stranger
1/3

ケース1の場合

「ふぅ、今日も一仕事したし、帰るか」


男性がポツリと呟きながら歩いていた所、悲痛な叫びが耳に入った。


「どうして…どうして…!!」


ちょっとした好奇心で、男性は声のする方向へ足を動かした。

仕事柄こういう声は耳にする。

だから普段は見て見ぬ振りをしていたけれど、今回はなぜか男性の興味をそそった。


それはあまりにも悲痛すぎる声だからか。

はたまた、ただ単純に今日の仕事が楽だったからか。


そういったことは置いておき、近くに植えてあった銀木犀の側へ行き、身を潜める。

盗み聞きはよくないんだよなぁ、と男性は被っていた黒いハットをとり、天を仰ぐ。


男性は、先程悲痛な叫びを発した人の方へ、ちらりと視線を向けた。

そこには下を向きながら、強く拳を握りしめた制服姿の青年の姿があった。


あぁ、そういう年頃だもんな。

そう思ったって、仕方がない。


男性はそう思いながら、胸ポケットに閉まっておいた煙草を取り出し、1本手にとった後火を点ける。

そして軽く煙を吸い込み、口から煙を吐き出した。


「あの時に……てれば…………んなこ………のに……!!」


青年は泣いているのか、言葉がうまく口から吐き出せていないようで、何度も詰まらせていた。


「どうして………どう……あの時………!!俺だって………ったよ!!………のに……」


何度も嗚咽を上げながら、青年は言葉を紡ぐ。

必死で紡ぐ。

そうしないと、青年自身がどこかへ行ってしまいそうだな、と男性は思う。


「分かって………でも………返事を………返事を………せてほし………」


男性は大方、青年の言いたいことが分かった。

というより、分かってしまった。

そして、これ以上隠れているのはバツが悪いな、と思い、煙草の煙を消して携帯灰皿へ吸い殻を入れ、銀木犀からそっと離れて青年の方へ歩く。


青年はずっと下を向いていたせいか、それとも時間のせいか。

随分と距離を縮めない限り、青年は男性に気付かなかった。

青年は男性に気づいた時、はっとした表情を一瞬見せた後、目元にわずかに残っていた涙を服の腕の袖で乱雑に拭った。

それでも目は赤く、腫れ上がっているのを男性は眺めていた。


「誰ですか?……俺に何のようですか?」


先程まで嗚咽を上げていたから仕方ない。

しゃくりあげながら、それでも気丈に振る舞おうとする青年に対し、男性は内心ニヤッとした。

これは話が早いな、と男性は思いながら、口を開いた。


「偶々この辺を通ってね。君の声が聞こえたものだから、どうしたものかな、と思って」


飄々とした態度の男性に対し、青年は睨みつけるように見ていた。

青年は、この場で自分に何をしてくるのかを考えていたのかもしれない。


「そういう場ですけど、他人に近づくのはマナー違反だと思います」


青年は出来る限りの言葉を並べ、男性に対し警戒をする。


まぁ、警戒するのも無理ないかなー。

けれど場所が場所だしなぁ。


と思いながら、男性は言葉を続ける。


「確かにマナー違反かもしれない。けれど」


ここで男性は一呼吸置いた。


「死者の声を聞く仕事をしている、っていったら、君は信じる?」


青年は驚きを隠せないようで、驚愕の表情を見せた。

だが、この手の話は胡散臭く、簡単に、はい信じます、なんていう人はいない。


それでも、あえて男性は青年に対し、言葉をストレートにぶつけることにした。

そっちのほうが効果的かもしれない、と思ったからである。


「なんですかそれ…。俺をおちょくっているんですか…?」


青年は男性を睨んだまま、怒りを含ませるかのように言葉を吐き出した。


まぁこれが当然の反応だよな、と男性は思いながら、それでもちょっとした好奇心を抑えられなかった。


「おちょくっているわけじゃないんだよねぇ。だってさぁ」


またしても男性は一呼吸置いた。


「もう夕方なのに、俺に影、ある?」


ここでようやく青年は、驚愕した表情から変えずに、いや変えれないまま男性の言葉を待った。


「まぁ影がないってことはさ、こっちの世界の住民じゃないんだけれど。

 かといって、あっちの世界の住民でもない」


口調は軽やかに、だが言っている事は理解しがたい事を、男性は続けていく。


「自分で命を放り投げちゃった人に対しては、こういう仕事を与えられてしまうみたいなんだよねぇ。

 めんどうだよねぇ、どっちの世界でも居場所がないまま、こうやって仕事を淡々とこなしていくなんてさぁ。

 まぁ、俺の場合は死者の声を生者に届けるのが仕事なんだけれどねぇ。

 大体の死者は、言いたいことも言えずにあっちの世界にいっちゃうからさぁ」


最後の方はどことなく悲しそうに、男性は自らの素性を証した。

かといってそれを青年が鵜呑みに出来る程ではないことを知りながらも、黙ったままなのをいいことに話を続けていく。


「今日は1件だけだったから、さくっと終わらせてきたんだけれど。

 君の場合は両者の想いを伝えておきたいなって思って、こうしてきてみたんだけれど、話を聞く気にはなった?」


男性は夕陽を背後に、手に持っていた黒いハットを被った。


青年はただ、目の前の事が現実かどうかを確かめるのに必死だったのかもしれない。

黒いハット、黒いスーツ姿の、二枚目俳優のような男性。

夕陽を背にしているのにも関わらず、影は一切なく、表情もはっきりと見える。


青年はゴクリと喉を鳴らして、言葉を発した。


「あなたのいう事は、とりあえずわかりました。

 それが真実かどうかは、わかりません。

 俺の知っている、常識から外れているので」


男性はそこで軽くハハッと笑った。


「何がおかしいんですか」


一気に訝しんだ青年に対し、男性は一歩近づいて、先程より少し低い声で呟いた。


「一つも影がない手品は誰も作れやしない。

 影がない奴を見れるってことは、君は丁度中間地点に今、存在しているんだ」


青年は微動だにしないまま、男性の言葉を待つ。

男性の言っている事が正しければ。

もしかしたら、自分の願っている事が叶うかもしれない。

摩訶不思議な現象でもいいから、些細なことにでも縋り付きたかった。


「まぁ、逃げ出したりしないようだし。

 君は想いを聞きたいってことで、問題はないかなぁ?」


先程とはうって変わって、のんびりとした口調で男性は青年に声をかける。

青年は考えを巡らせた後、半信半疑のまま、首を縦に振った。


「じゃあ今回は特別に何も貰わずに伝えよう。

 本来ならば何かしら生者死者共に貰うのが仕事だけれど、今回ばかりは特別ってことで」


男性は青年の口の前に人差し指を縦に置き、シーッといった風に青年の言葉を飲み込ませた。


「君がずっと泣き叫んでいたのは、彼女がそこにいるからだよね?」


男性はすっと目で墓標を指した。

先程まで青年が泣き叫びながら、それでも綺麗に手入れしていた墓標だ。

青年は口先に指先があるせいからか、こくりと頷くだけに留まった。


「彼女は確かにまだそこにいる。

 君がここにくるのを知っているみたいに、待っていたみたいだよねぇ。

 健気な彼女だね、いい子だったんだよね」


男性が言葉を紡いでいく。


「本来ならあっちの世界にいく時期なんだけれど、それでもギリギリまで彼女がここにいるのは、伝えたいことがあるからなんだよねぇ。

 君に対して、言いたいことを言えずに逝ってしまったから、余計にだよねぇ。

 後悔の念が強すぎるから、ここに留まっていられるんだろうねぇ。」


青年の瞳から、また涙が溢れだした。


「そっかぁ、君は彼女に告白した後、彼女は轢き逃げに遭っちゃったんだねぇ。

 まだまだ若いのに、勿体無いし、轢き逃げ犯は捕まっていないっていうのは、やるせないよねぇ」


青年は何かを叫びたそうだったが、男性の人差し指が口先にあるだけで、何も言葉を発することもできなかった。

身体を動かそうとしても、無理だった。


「彼女はいっているよ。

 勇気を振り絞って告白してくれて、ありがとうって。

 生きていたら、ちゃんと告白を受けて、付き合おうって思っていたみたいだよ」


そこでようやく男性は、青年の口先に置いていた人差し指を、すっと下におろした。

青年は金縛りから開放されたかのように、膝から崩れ落ち、そして言葉を発した。

目の前に彼女がいるような風に、言葉を。


「ありがとう、そういってくれて。

 ずっとずっと、好きだった。

 幼馴染としてずっと一緒にいたけれど、いつの間にか恋愛感情が生まれていた。

 幼馴染という関係を壊したくなかった、怖かった。

 それでも、やっぱり恋人関係になりたかった。

 ずっとここまで待っていてくれて、ありがとう。

 ここに来れなくて、ごめん。

 勇気がなくて、ごめん」


男性は青年をちらりと一瞥した後、小声で何かを発した。

その後青年の肩に白い手袋をしている手を乗せる。


「君の言葉、確かに受け取って彼女に渡したよ。

 今回は特別だから、これでおしまい。

 君はこれから、大変だろうけれど、彼女のことを時たま思い出しながら、もがいてねぇ」


男性はそういうと、青年の前から姿を消すように、歩いて行った。

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