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作者: みすみちよ

昨日はひどい雨だった。西から強い雨雲がやってきてたくさんの雨を吐き出した。たくさんの雨はまず山に降り雨粒は河を伝って降った先の平野で散り散りになった。

私は朝四時ごろ父に起こされた。その時まで床が水で濡れていたことに気づかなかった。深い眠りに落ちていたらしい。起こされた後は家族総出で動かせるだけ必要なものを二階にあげた。作業の合間に水が家の中に入り込んだ。膝まで使った冷たい水に恐怖しながら私と家族はラジオや洋服、食べ物を運んだ。作業にかかった時間は1時間ほどで、その頃にはすっかり雨は止んでいた。けれどもすでに一階は水没して辛うじて階段から先の二階は無事だった。

呆けた目に夏の日差しが飛び込んで視界が白む。兄がカーテンを開くと見えたのは一面のうみだった。空と海との境界はなくゆらめく水面が静けさを讃え私はしばし息を失った。

朝食に作り置きの冷めた野菜炒めを食べ少しでも水が引く気配を待っていた。父が屋根へ出て滑り慌てて救出するなどのてんやわんやを経て、その騒ぎを標にしてか、一艘のボートが私たちの家に寄った。窓を叩く音がして浅黒く焦げた男がこちらを覗いていた。

男は水の使用制限の話と、自衛隊のヘリが向かっていることを話してから、人手として父と母を借りたいと申し出た。説明を砕くと要するに高台にあって無事なところに取り残された人を誘導する作戦があるから大人は手伝えということらしい。なんだかわからないうちに話はまとまり、私と兄とは両親の帰りをここで待つことになった。

10時。夏の日差しは暑く照りつける。

兄は自室に籠り、受験勉強をしていた。

私は潮の香りのする水に足をつけてじっとしている。階段から下は海。足をバタつかせるとばだばたとしぶきを上げ水底の陰はゆれた。時折窓を叩く強い風が吹く。すると階段から覗く水面も共鳴して細かい網目を描いた。しばらくして連絡船の男がまた部屋の窓を叩いた。彼に両親は向かったことを伝えると男は困ったような顔をした。肌に張り付いた前髪を書き上げていうには、どうやら大人組の間で連絡が混戦しているらしい。そのせいで航路がぐちゃぐちゃで貴重なガソリンを浪費してしまっているのだとか。

それを聞いていた兄は顔を出してこう言った。太陽を基準に考えて動けば迷うことはない。当たり前のことをと私は思ったが男はなんだか合点がいった様子で顔を綻ばせた。大変嬉しかったらしく男は私に釣竿と餌をくれた。

どうせ暇なんだから魚釣りでもしてな。

兄と私はそれからしばらく階段の生簀に糸を垂らしていた。

本当に魚はいるのだろうかと兄は呟いた。

私はこう答えた。

いるのかもしれないし、いないのかもしれない。だけどいたらおもしろい。

兄は水中でもがくミミズを見つめてまた、言う。

たしかにいたらおもしろい。

私は握った釣竿を揺らしているとなんだかそんな気がしてきて、いつだったか大きな魚影が釣り針の周りを旋回した。

スズキだ。

兄は声を上げた。

そこでスズキは物音に驚き闇に消えていった。

私は呆れたが、確かにいるらしい、と呟いた。

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