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【ONE】

作者: つちふる

 型にはまらない奔放なコード進行。

 抽象的で掴みどころのない詞。

 不協和音を突き抜ける絶叫。 

 

 僕らが目指したのは何処にもない、誰にも真似できない音楽。

【ONE】というバンド名には、そんな意味が込められていた。

 初ステージは小さなライブハウス。

 デビュー曲は 【エコー】 。

 三分七秒を、一つのコードと一つの言葉だけで駆け抜けてみせた。

 演奏を終えて見た光景は、観客のあんぐり開けた口と拍手一つない静寂。

 それはでも、僕らを失望させなかった。

 いずれ誰もが 【ONE】 の音に熱狂する日がくるのだから。 

 

 一年が過ぎた。

 僕らの歌は十三曲にまで増えたけれど、客の反応は変わらなかった。

 演奏後は適当な拍手がちりばめられるだけ。熱狂的な声援はいつだって次のバンドへ向けられる。

 ありふれた詞と、ありきたりの旋律に。

 僕らはそれでも古今東西あらゆるジャンルの音楽を聴き、研究し、それらを越える音を目指した。

 

 二年が過ぎた。

 小さなライブハウスからは幾つかのバンドがメジャーへと羽ばたき、世間を賑わせた。

 ありふれた詞と、ありきたりの旋律で。

 僕らはそれでも自分たちの音を作り続けた。

 焼き直しの音で溢れたこの世界を、いつか覆すために……。



 その日はいつもと違って、どの参加バンドも落ちつきがなかった。

 無理もない。何しろ、あの 【ジグ】 が来ているのだから。

【ジグ】 は、ここからデビューをして最も成功した、そして、僕ら 【ONE】 が唯一認めるバンド。

 その独自の音と世界観は、僕らの目指す理想にとても近かった。

 最近は独自性が行き過ぎて迷走していると言われているけれど、彼らが次の曲を出せばそんな批判はすぐに吹き飛ぶだろう。

 このライブハウスに来たのは、あるいはその壁を破るためかもしれない。

 だとすれば僕らの音は―― 彼らに近い 【ONE】 の音は、そのきっかけになるはずだ。

 それは同時に、僕らの未来を開く扉にもなる。

【ジグ】 が認めたバンドを、業界連中が放っておくはずがない。

 

 ライブが始まる。まばらな拍手の中、僕らはステージに立つ。

 前座みたいな役割も今日は役得だ。何しろ一番始めに、あの 【ジグ】 へ僕らの音を届けられるのだから。

 緊張を押し隠し、マイクを手に取る。 

 一瞬の沈黙の後、ドラムスティックを打ち合わせる音が三度。

 同時に、ギターとキーボードが歪んだ波を作りあげ、BPM260のリズムに僕の絶叫が走り出す。

 それは、誰にも理解されない音。誰にも届かない音。 ―― 昨日までは。

 でも、今日は違う。

 あの 【ジグ】 が聞いている。

 ドラムのケイが。キーボードのシンが。ギターのヨウが。ヴォーカルのカズが。

【ONE】の音に聞き入っているのだ。

 サビに入る瞬間、カズと僕の視線が重なる。

 彼は頷き、唇を微かに動かした。

「そうか」と。

 

 演奏を終えた僕らに、どん引きした顔が向けられ、まばらな拍手がおくられる。いつものように。

 けれど、次の瞬間。いつもとは違うことが起きた。

「ありがとう」

 カズが。

 あの 【ジグ】 のカズが、僕らに歩みよって。

「君たちの音で目が覚めたよ」

 そう言ったのだ。

 何と答えたのか、覚えていない。言葉にならず、頷いただけかもしれない。

 ただ。その奇跡の瞬間の中で、僕は確かに聞いた。

 固く閉ざされていた未来の扉が、開く音を。

 その日の夜、僕らは気を失うまで飲み明かした。 

 


【ジグ】 の新曲はそれまでの迷走が嘘のように記録的なヒットとなり、三年ぶりのツアーも大盛況だった。

 そのステージで、カズが語る。

「俺たちの目を覚ましてくれたのは、あるバンドだった。ライブハウスで聞いた彼らの音。その音が、本当に――」

 二分休符の沈黙。

「酷くて」

 カズが笑い、観客もつられて笑う。

「彼らは自分たちにしかできない音楽をしてるつもりで、独りよがりの騒音をまき散らしていた。その酷い演奏に、お客さんも俺たちもどん引きだった」

 四分休符の間。

「…でも、その時。ふいに思ったんだ。今の 【ジグ】 も、彼らと同じじゃないかって。自分たちにしか作れない音を求め過ぎて、独りよがりになっていないかって」

 静寂の中、スポットライトがステージを照らす。 

「彼らは本当に酷いバンドだった。でも、その彼らのおかげで、俺たちは間違いに気づくことができた。最後の曲はそんな彼らの音から生まれた、俺たちの新曲です」

 カズが右手を振り上げて、下ろす。

 ドラムスティックを打ち合わせる音が三度。

 同時に、ギターとキーボードが、共鳴と反発を繰り返して速度を上げていく。

 そして。

「聞いて下さい。 【ONE】」 

 BPM260のリズムにのせて 【ジグ】 の旋律が走り出す。      (了)

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