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心穏やかなお茶会を(2)




「キースダーリエお嬢様」


 私にお茶を継ぎ足したリアはポットをテーブルに置くと、私の横に徐に跪くと頭を垂れた。

 普段リアには明確な主従関係を示す事を私はあまり好まない。

 他人がいるならばまだしも、身内しかいないのならば、そして公私を分ける事の出来る人間ならば、私的な場所では時に友のように、時に親のようにふるまう事を私達は許容している。

 私にとって一の友はリアだし、今後も変わる予定はない。

 そんな私の我が儘を聞いてくれているリアは基本的にはその態度を崩さない。

 

 それでも、そんな普段に当てはまらない時がある。

 前回のような「私の敵を排除しようとする時」のような場合や今回のような場合……リアと私の関係が明確に主従関係を主張する場合においては「普段」が適応されない。

 今回、私は幾つかの頼み事をした。

 自身の身の安全を絶対確保した上で探れるだけの情報を得る事。

 それが私のリアにした頼み事だった。


 頼んでから数日しかたっていないのに、少なくとも一つの情報を得たんだろう。

 リアは私には勿体ないぐらい優秀なメイドさんである。

 この姿が友人として大好きなリアの公の部分である。


「何が分かったの?」

「ある程度の事を」


 本来ならリアぐらいの年の子に頼むには大きすぎる事ではある。

 頼む側の私だって、そんな事を本来は思考し頼む歳とは言えない。

 子供の頃から子供らしくは無い姿は、他から見れば疑問を齎し、異端を呼ぶのだろうと分かってはいる。

 けれど、考える事を辞める事は出来ない私は周囲の甘さによって見逃されている。

 今だってお兄様も家の者も、そしてリアの言動を咎めないお父様お母様の許容によって私は異端視される事も無く、此処に普通にいられるのだ。

 私や黒いのだけじゃなく多分リアも。

 異端を異端視せず、普通として受け入れる度量を持つラーズシュタインだからこそ“普通”でいられるのだと言う事を忘れちゃいけない。


 生き方を変える事は出来ないけれど、周囲に感謝しつつ、周囲に愛を情を返して生きていきたいと思う。

 ――世界とは本来、異端者に優しくはない、それを『わたし』は知っているのだから。



 命令とほぼ同義の私の頼み事をリアは嫌がる事無く、引き受けてくれた。

 リアに頼んだのは四つ。

 

 私に絡んできた令嬢サマについて噂の収集。

 王妃様の噂についての王都の人間の評判。

 第二王子についての噂。

 私について流れている噂の少し突っ込んだ情報。


 どれも王都に長居する気が無かったが故に集めなかった情報だった。

 リアに探ってもらったのは、別に深く聞き出せという話ではなく、使用人や民間で流れているレベルである。

 私が直接情報を収集する事は出来ないが、リアならばそれと無く情報を集める事が出来ると判断したからだった。

 無知な主のために噂を集める事ぐらいは使用人なら誰でもする事だしね。

 私は一応色々な事により領地で療養中の病弱なお嬢様である。

 王都の事情に疎くても然程おかしくはない。

 そんな後押しもあるので危険も高くは無いと思ってはいた。

 ただ集める情報が多いから時間はそれなりにかかるのだと思っていたのだけれど。


「(本当に優秀よね、リアは)」


 頼み事という名の命令に近いモノを嫌がる事無く短期間で遂行する。

 それは多分リアがそういった事が出来るように訓練されているから。

 リアの過去の片鱗が時折顔をのぞかせる瞬間でもあった。


「(だからと言って何がある訳でもないけど)――教えてくれる?」

「はい、お嬢様。――まず、例のお嬢様に対して勘違いを抱いてた令嬢様の事ですが……」

「あーゴテゴテしぃ令嬢サマね」


 見ていると色彩感覚がマヒしそうな身なりだったと思う。

 顔立ちは可愛らしい感じだったから余計残念感が酷かったかなぁ。

 まぁ口を開いた途端、可愛いとかそういった感想吹き飛んだけど。


「名前は取りあえず要らないわ。と言うかほっといても自滅しそうだったし」

「言いにくいのですが……多分それは無いかと」

「え?」


 あの礼儀作法レベルで?

 と言うか王子様にベッタリで、あの家格の上の人間を上とも思わないあの態度で?

 どんだけ大きな後ろ盾がついてるの……あー、そういう事か。


「王妃様が溺愛なさっていらっしゃるようです。家は伯爵。古参にはあたるようですが」

「公爵家の令嬢に喧嘩売る程の家格じゃないわよねぇ、本来なら」


 そうゴテゴテ令嬢サマは実は伯爵の人間だったのだ。

 だから実は私はあそこで過ぎる言葉の数々を咎める事が出来た。

 幾ら何でも公爵家の令嬢たる私を馬鹿にし過ぎだったのだ。

 別に敬えとか、ヘコヘコしろと言っている訳では無い。

 媚びるのも見ていて気分が良いモノじゃないから要らない。

 けど、あそこまで馬鹿にされるいわれも無いのも確かだった。


 私があの場でそれをしなかったのは、王家主催のパーティーであり、相手もれっきとした招待客だった、それだけだった。

 彼女に私をパーティーから去るように命令は出来ないけど同じように私も彼女に去れ、と言う権利は無かったのだ。

 そこらへんを丁寧に説明にしても彼女が理解できたかどうかは分からないけれど。


「王妃様の溺愛を自分の格だと勘違いしちゃったのかぁ」


 権力者の庇護を受けた人間が陥りやすい状況である。

 それがどれだけ危いのかを考えない。

 いや、考えるだけの思考が奪われているのかもしれない。

 過度の庇護は時に正常な判断を奪ってしまう。

 

「どおりで殿下に対してあそこまで出来る訳だ。王妃様のお墨付きって事なんでしょ?」

「だと思われます」


 王子様に対して憧れを抱いていた令嬢サマが王妃様に認められて王子様の妃候補となった。

 典型的なシンデレラストーリーと言えなくもない。

 王妃様の溺愛が純粋なモノかどうかは別だし、王子様が相手に惚れこむかどうかも別の話だけど。

 

 夢を見たまま感覚が段々狂っていった結果がアレなのだとしたら王妃様も酷な事をするモンである。

 純粋に気に入り溺愛したのか、それとも思惑があるのか。

 少なくとも思惑があって利用されている方がマシかもしれない。

 利用されている令嬢サマにしてみればとんでもない話だけどね。


「確かに思惑があっても無くても後ろ盾としては強力だね。けどやっぱり自滅するのがオチだと思うよ?」

「そうかい? そこらへんの貴族の後ろ盾よりもよっぽど安定していると思うんだけど?」


 お兄様と同意見なのかリアも不思議そうだった。

 確かに、お兄様達の言い分も分かる。

 後ろ盾が貴族ならば、その貴族が没落でもすれば終わりだ。

 家格が上な程簡単には落ちぶれる事はない。

 とは言え、政戦に負ける事だってあり得る。

 絶対ないとは言えない。

 けど後ろ盾が王家のモノならば問題はない。

 王家が没落、つまり国が滅ぶ事など現時点ではほぼ有り得ないのだから。

 王妃様が気紛れな方で飽きてしまうなどの危険は孕んでいるけど、外的要因で没落するなどの事は有り得ない。

 そういった意味で言うならば王家が後ろ盾というのは強力なカードとなるのだ。


 けど、今回の後ろ盾があくまで王妃様ならば問題ないと私は思っている。


「国のトップは国王様だからね。王妃様でも国王の決定に意見する事は出来ても完全に拒否する事は出来ない。今回の場合で言えば令嬢サマの振舞いは決して次期王妃に相応しいとは言えない。だからマトモな国王様ならそんな女を取り立てたりはしないよ」


 国王様が王妃様に骨抜きになっているなら有るかもしれないけど、盲目になっている訳じゃないんでしょ?

 なら王妃様が言われる事は「徹底的に王妃教育を施すか」「後ろ盾を取りやめるか」のどっちかだ。

 何らかの思惑により駒として見ているならばすぐに手を引くだろうし、ただ単純に溺愛しているなら目が覚めるはずだ。

 どっちしろそうなってしまえば彼女は自滅する道しかないだろう。

 家ごとの破滅か自分だけの自滅かは家の出方次第だろうけど。


 つらつらとそんな事を説明すると、納得したのかお兄様達も頷いてくれた。

 黒いのは「思惑がある前提で物事を話すなよ。気持ちは分かるが」と突っ込んでいたけど。

 別にそんなつもりは無かったんだけど、そう聞こえても仕方ないじゃない?

 王子様の対応を見ている限り王妃様の噂の何方が真実かなんて……まぁわかると思わない?


 私の中で天秤がかなり傾いている事は事実だった。

 先入観は禁物とは思っていても、姦計を練る程の技巧者だとは、ねぇ?

 もう少し噂を吟味する必要があるとは思うけどね?


「それにしても伯爵家の人間とは思えない振舞いだったんだけど、親は何も言わないのかな?」

「一緒になって騒動の中心にいるらしいです」

「うわぁ。伯爵家の人間が情けない」


 ってかさ伯爵家って元々王妃になれる身分だよね?

 そりゃ家格が高い方が望ましいけどさ。

 多分、男爵ならば本人に相当の才覚がなければ難しい。

 王妃教育というのはそういうモノだから。

 けど伯爵は暗黙の了解で最低限必要な身分ではあるはずだ。

 勿論どの家格でも努力は必要だけど、上の家格の人間程帝王学? 経営学? 領地経営? と言われる類を幼い事から教えられている。

 将来経済を回す担い手である事を教え込まれているのだ、普通は。

 そりゃ領民と一緒に畑仕事しちゃう伯爵家当主とか、研究職として領地を持たない貴族もいる。

 ただ大抵の貴族は幼い頃からそういった類の事も学ぶか、そこまでいかなくても身近な存在として馴染みがある。


 基礎教育を施されている人間と全く一からスタートで差が出るのは当たり前の事で。

 無用な苦労を背負わないためにも最低伯爵家程度の身分が暗黙の了解になっているはずだ。


 つまり令嬢サマは普通に努力していれば伯爵家の人間なのだから周囲の反対も然程なく王妃になれるはずだったのだ。

 幾ら同世代に公爵家の娘――この場合私になるけど――がいようともそこで細やかなる後押しで王妃様に気に入られているって話になれば、そっちが婚約者になる可能性がかなり高い。

 くどいようだけど公爵家の娘である私が権力を笠にごり押ししない限り婚約者の座は転がり込んでくるモノだったのだ。


「(そう考えると平民が王妃様になるって本人の努力の他に才覚も必要なる訳で)」


 文字通り血反吐を吐くレベルの努力が必要となるんじゃないかなぁ。

 あ、だからこそ他の有力貴族子息との関係も必要なるのか。

 後ろ盾が多くないと王妃になるなんて夢物語って訳だ。


 と、一般的な物語への考察はともかくとして。


 令嬢サマは努力すれば良かったのだ。

 王妃に相応しい人間となる努力を惜しまなければ王妃の座は転がり込んできたというのに。

 今の彼女を国のトップレディとして扱う事は出来ない。

 今のマイナス印象を払拭するのは相当大変だ。

 一世一代インパクト大のなにかが起こらない限り彼女が王妃になる事は無いだろう。


「(王子様も別段彼女を好いている訳じゃなさそうだったしね)」


 まぁあんな風に突撃してくる令嬢サマに惚れる人間はそうそういないと思うけど。

 好いている相手の不調すら気づかなそうな令嬢サマをどうやって好きになれというのか。

 王妃様はそこらへんどう思っているのだろうか。

 

「(傀儡としても扱いずらそうだけどねぇ)」


 駒としては相当扱いに困る部類だろうに。

 それとも暴走するからこそ使い道がある?

 ……考えすぎか。


「ま、家ごと自滅しようと私には関係のない話だけどね」


 むしろそうなってしまえばスッキリして忘れられるって話だし。

 今後目の端にチラチラと入るようならば幾ら私でも無関心ではいられない。

 そういう意味ではさっさと自滅して視界から消えて欲しいモノである。

 ――非道と云うなかれ。

 私は間接的だろうと家族を見下されて大人しくなどしていられないのだ。

 これで今後令嬢サマが直接家族を馬鹿にする言葉でも吐こうものならば、誰が何と言うと私は自身の手で潰すだろう。

 かの家のように、なんの躊躇いも無く。


 流れた思考の行き先に私は内心苦笑が漏れる。 

 そういった部分を私は持っているはずなのだ、そうであるはずなのだ。

 一瞬でブレた思考に何とも言えない気分になってしまう。


「(色々考える事が多いってのに)」


 王妃様の人柄。

 王子様が私にとってどんな相手となるか。

 令嬢サマ以外にも勘違いしている人間、今後の私にとって明確な敵がどれだけいるのか。

 

 家族や大切な人達が健やかに生きていけるように私が出来る事は何なのか。


「(そう。だから自身の問題くらいさっさとどうにかしてしまいたい)」


 幾ら自身の問題が一番解決しずらいとはいえ、原因も分かっているのに、解決方法が導きだせない事がもどかしくてしょうがない。

 しばらくは考えずに済んでいたけど、本当にひょんな事で思い出すもんだ。

 他人事のように考えても問題は解決しないんだけどね。


 本当に厄介な問題だった。

 

 かの家のように、令嬢サマのように敵対したモノに対して手心を加える気持ちは更々沸かない。

 フェルシュルグにだって私は死によって逃げられる事に激高しただけであって「死」自体に激高した訳じゃないのだ。

 一度懐に入ってしまった人間を本気で切り捨てる事は難しいとはいえ、敵対した相手に何の情を抱く事も無い。

 見捨てたという感情すら抱かないのだ。

 現に没落したであろう自称婚約者の顔を私はもう覚えてすらいない。

 それが人でなしと言われる気質だとは重々承知の上で私はそれをよしとしている。

 

 ここら辺の自己分析は間違っていないはずだ。

 『前』から引き継いだ、この世界でもまた同じ根幹であるのだから今更違うなどと思うはずもない。

 

 ならどうして此処まで思い悩み振り切る事が出来ないんだろうか?


 結局無意識に刷り込まれた『倫理観』は本当に厄介だと言う事なのかもしれない。

 人を殺してしまうかもしれない、その事に刷り込まれた倫理観が悲鳴を上げる。

 それをねじ伏せるために一瞬の隙が産まれてしまう。

 一瞬の隙は何処までも刹那の事なのに、致命的なミスとなり得る。

 優先順位は明確に定まっているのに、それを一瞬だけ越えてしまうのだ。

 厄介処の問題じゃない。

 世界が異なっている事をこんな事で強く意識するとは思わなかった。

 既に私は間接的とはいえ人を害しているというのに。

 意志の力でねじ伏せる事が出来る部分では乗り越えているというのに。

 相手が自分の無意識ではどう対応すればよいのか。

 本当にお手上げ状態だった。


「ダーリエ? 心配する事でもあったのかい?」


 お兄様に声を掛けられて、私は自分が難しい顔で黙り込んでしまっていた事に気づかされた。

 ただ令嬢サマや王妃様の事で悩んでいると思われていたみたいだけど。


「あ、いえ。令嬢サマは現時点では手出しできませんし、しなくても良いと思ってます。いよいよの場合は家の問題としてお父様におしt――ゴホン。頼めば良いかと」

「……今、押し付けるって言おうとしたよな、お前」

「何の事? 黒いの?」

「誤魔化す気ねぇだろ、むしろ」

「まぁあまり面倒なら私よりもお父様に丸投げした方がいいよねぇ、とは思ったけど? 適材適所だと思うけど?」


 あの令嬢サマやそんな娘を育てた家と真っ向対峙するなんて面倒な事したくないし。

 お父様なら家ごとさくっと片付けてくれるって。


「冗談抜きで家の問題にした方が良いかもしれないとも思うしね」

「確かに。あそこまで、となると家が全く関係ないとは言えないからね」


 明らかに教育を間違えた娘になってしまった罰は受けないといけないと思う。

 ま、没落するかどうかはその後の家の頑張りであり、私達には一切関係ない事だけどね。


「じゃあ何が心配なんだい?」


 少なくとも何かを悩んでいたのは確かだよね? とお兄様に言われて一瞬口ごもってしまった。

 これじゃあ正解だと言っているようなモノである。

 人に話してどうにかなる問題じゃない、と突っぱねる事は出来るんだけど……。

 あまりお兄様にはしたくないなと思った。


「(さらに心配をかける事になるから言うのもどうしようかなぁって感じなんだけどね)」


 隠しても隠さなくても心配をかけてしまう状態に私は内心苦笑した。


「……お兄様は戦術訓練をしてますよね?」

「ん? うん、そうだね。まだ基礎の基礎と言った所だと思うけどね」


 実践的な動きの訓練も一緒にやってるし、それはダーリエもだよね? と言われて私も頷いた。


「今までの話とは全く違う事を考えていたので少し言いずらいんですが――お兄様は敵対した“誰か”を倒す……いえ、殺せると思いますか? ご自身の手で?」


 お兄様だけではなくリアも息を呑んだ音が聞こえた。

 真実外見と年齢が合致してるお兄様に聞く事じゃないのは百も承知だ。

 けど思うのだ。

 護身だろうと実践的な訓練をしているという事は心構えもまた教えられているはずだ。

 その時にならなければ分からないとはいえ、覚悟だけはしていてもおかしくはない。

 

 私は敵対した相手を殺す事を恐れている訳じゃない。

 勿論積極的に殺したい訳じゃないけど、仕方ないのなら、何かを守るために相手のこれからを奪う事だって覚悟している。

 意識上は覚悟しているし、実際隙が出来るのは一瞬なのだから、私の覚悟は決して無駄ではないのだと思っている。

 だから私のこの質問の答えは明確には私の悩みの解決につながらない。


 けれど思ったのだ。


 人を殺す事は怖い。

 手が血濡れになる事を好しとする人間はそうそういない。

 子供なら尚更。

 けれどそんな子供にだってこの問題は降りかかるだろう。

 その時どういった事を考えて、どういった答えを出すのだろうか?

 

 賢くとも子供であるお兄様なら一体どんな答えを出すと言うのか。

 私の悩みの解決には決して繋がらないだろうけど、一つの結論として聞きたいと思った。


 じっとお兄様を見る私の目にはお兄様は覚悟を決めている様に見えた。

 それがどういった覚悟なのかは分からないけど。

 知りたい、と思った。


「難しい事を聞くね。けど、そうだね。講師の人にも言われた事はあるんだけどね。僕も同じ類の質問を投げかけられた時は困って、悩んで、そして苦しいと思ったよ」


 明確には私が悩んでいるのは自らが相手を殺せるかどうかではないんだけど、普通の人は其処でまず引っかかるのだろう。

 自分がそれを簡単に乗り越えている事は言えないなぁ、とちょっと思った。


「けれど僕の手はもう真っ白じゃない事に気づいたからな。案外簡単に答えは出たんだ。――僕は殺すよ」

「そう、ですか」

「うん。それがどうしようもない事だった時、その後の人生でどれだけ嘆き悲しんでも僕は相手の人生を奪う。僕にとって大切なモノを守るために、ね」


 それでも無辜の相手を殺す事だけは無いように努力したいとは思うけどね。

 お兄様は真っすぐ私を見ていた。

 その眸に偽りはなく、ただ静かな決意が眼に宿っていた。

 子供だから、と侮れば足元を掬われる、と思った。


 無意識下の事を全く制御できない私よりも、全てを承知の上で覚悟を決めているお兄様の方が強いのだな、とすとんと落ちてくる。

 心はそう簡単に鍛える事は出来ない。

 人は些細な切欠で成長するけど、どんな出来事が起きようとも変わらない生き物でもある。

 心が強いという事は何よりも貴いモノなのではないかと思うのだ。


「(やっぱり家を継ぐのはお兄様の方が適任だ)」


 まだまだ先の事だけど、再認識してしまう。

 何かある時生き残るべきなのは誰なのか……そんな時私もムザムザと殺される気は更々ないけれど、ね。


「ダーリエ。僕等は貴族なんだ」

「はい」

「だから戦争時でもない今、武器を持ち前に出る必要は無い。むしろ出てしまえば邪魔になる可能性とて否定できない。相手を人に限定するならば、僕等は武器を持つ事すら本来ない方が良いんだ」

「ええ。分かっています。想定外が起こった時、私達がしなければいけないのは自らの身を護り、状況を把握する事」


 命令系統を邪魔する事無く、必要とあれば立て直す司令塔である事。

 それが貴族に課せられた役目。


「最悪の覚悟をしておく事は必要だけどね。――ダーリエは少し完璧を望み過ぎなんじゃないかな?」

「え?」

「多分、僕に質問した事とは少し違うんだろう、ダーリエの悩みは?」

「そ、そうですね。もっとどうしようもない処を悩んでいる気がします」

「僕やクロリアと模擬戦闘した後も悩んでいたようだし、そう簡単に解決できる悩みじゃない事は分かっていたんだけどね」


 そんな前から見抜かれていたとは思いませんでした。


 あぁ、本当に敵わないなぁと思った。


 悩んでいる事を悟らせていないと思っていたんだけど、お兄様は本当に優秀で、人の機微に聡い方ですね。

 私が懐に入れた人間に対して分かりやす過ぎるのもあるのかもしれませんが。


「ダーリエの悩みは一人で悩んで解決する事なのかい?」

「分かりません」

「じゃあ悩むだけで考えるだけで解決できる事かい?」

「……多分、今のままでは考えるだけ無駄かと」

「じゃあ解決するにはまだ何か切欠が無いんだね」

「そう、なんでしょうか?」


 この問題を解決出来るのは私自身だけだ。

 それは変えようのない事実だ。

 だから一人で考えて考えて、何か解決案を出さないといけない、と思っていた。

 けれど違ったんだろうか?

 

「僕等にはダーリエの問題を解決する事は出来ないかもしれない。話したとしても全く分からないかもしれない」


 ダーリエは僕の知らない『世界』を知っているから余計ね、と苦笑するお兄様。


「けれど一人で悩む事は無いと思うよ。色んな人の意見を聞いて、話をしてみて、違う視点を取り入れる事も時には必要なんじゃないかな?」


 悩みを誰彼構わず話すのではなく、いろんな人の話を聞いて視野を広げる。

 それは必要だけど、私にはちょっと難しい事でもあった。


「もしかしたら、あっさり切欠がやってきて解決するかもしれないしね?」

「それは……少し楽観的かと」

「そうかな? 一人で悩み過ぎて自滅しかけた人間が此処にいるんだから間違った事は言ってないと思うよ?」     


 そういう意味ではダーリエと僕はそっくりなのかもしれないけどね、とそう言って微笑むお兄様は、些細な、しかも欠点だというのに、同じ部分を持つ事を喜んでいるように見えた。

 そして私の心も何処かで喜んでいるような気がした。

 

「……お兄様とそんな所だとしても似ていると言われると少しだけ嬉しい気がします」


 お兄様の言った事全てを飲み込めた訳じゃないけど、少しだけ心が軽くなった、そんな気がした。





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