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心穏やかなお茶会を




 暖かく丁寧に入れられたお茶に時折摘まめるお菓子。

 絶妙なタイミングで入れてくれるリアに穏やかに笑って一緒にお茶を嗜む事の出来るお兄様。

 黒いのは珍しくテーブルに乗っているけど、そも動物じゃないから毛が散る心配もない。

 状況は選ばないといけないとはいえ、今ならば問題無い。

 あたりを見回せば目に優しい色とりどりの花々。

 裏を読む必要のない面子と本当に美味しいお茶とお菓子。

 心が安らぐ空間が此処にはあった。


「(うん。これこそお茶を飲むって事だよね。……胃が痛くないってなんて素晴らしい)」


 例のパーティー中は精神的にとは言え、胃がキリキリしていた気がする。

 ……この世界に胃潰瘍ってあるんかね?

 そんな現実逃避すらしてしまう程には中々試練のパーティーでした。


「大丈夫かい?」


 何となく胃の辺りを抑えているとお兄様が心配そうな顔で私を見ていた。


「大丈夫。一応無事に戻ってこれたし」

「辛うじて、だろうけどなぁ」


 次の約束取り付けられてりゃ世話ないぜ、と思い出したくもない事を言われて顔を顰める。

 

「面倒事は勘弁してほしかった、んだけどねぇ」


 美味しいお茶のはずが、何処か苦味が増した、気がした。

 全部精神的な負担のせいだってわかっているんだけど、ね。





 あの騒動だらけのパーティーから幾日か。

 今、私は王都のラーズシュタイン邸の中庭でお兄様とリアに癒しを求めていた。

 経験値を稼ぐなんて甘くみていたせいか、一度のパーティーで私の精神力はガッツリ削られてしまった。

 ほんとーに、一連の騒動を理由に領地にずっと引っ込んでいたい程度にはガリガリ削られました。


 そもそも行った当初から針の筵ってのが有り得ない。

 確かにね? 噂を概要しか調べていなかった私にも否はあるよ?

 けどねぇ、まさか噂に此処まで周囲が振り回されるなんて思ってもみなかったよ。

 悪い噂も良い噂も流れているならば、見極めるべきだ。

 どっちに真実があるかなんて調べないの分からないのだから。

 何方を鵜呑みしても良き結果は得られないに決まっている。

 その程度には貴族とは冷静な判断力を求められるのだと思っていた。

 子供だろうと大半は教育が始まっているのだから、猶更。


 私や黒いのみたいに前世を持つが故の判断力と同じだけのモノを持ってくれ、と言っているんじゃない。

 少なくとも同世代よりは見たくも無いモノを見た事も、それに対しての対処法も知っている私達と同じ事を考えて同じ判断をしろという事が難しい事は分かっている。

 伊達に大人と判断された社会で生きて来た訳じゃないのだから。

 ただリアやお兄様みたいな判断力と冷静さを持ってくれ、と言っているだけなんだけど。

 どうやら私のハードルは相当高い処にあったみたいです。


 同世代と付き合いが無い事が此処まで問題だとは思ってもみなかったよ。


「(案外、自称婚約者様は楽観主義なんじゃなくて、標準だったのかねぇ)」


 いや、自分の家を没落させる嫡子はやっぱり標準とは言えないか。

 

 大体の勢力図を見極めるには良かったけど、あれが標準なのだとしたら、私は私の中の標準や基準を変更せざるを得ない。

 黒いのが誰かを主として選ぶにしても、せめて貴族としての最低限度を弁えている人を選んで欲しい処である。

 まぁ参加客に関しては黒いの自身もドン引きしていたから、大丈夫だとは思うけど。


「お兄様。あの……令嬢様方は、いつもあんな風なんですか?」


 恐る恐る聞いているのは恐怖からだけど、苦笑しながらも返答が無いのは、無言の肯定という事なんですね、お兄様?


 外聞も無くテーブルに突っ伏したくなるのを必死に我慢した私。

 あれが普通。

 あの肉食獣真っ青のサファリパークが普通。

 渦中の王子様そっちのけで自分の思いを押し付けるのが普通。


「(と言うよりも、あれって本当に王子様が好きなのか、疑問なんだけど)」


 恋に恋しているならまだマシ。

 下手すると王妃になりたいがためのある種の財産狙いの可能性も否定できない。

 ……そういう意味ではあの令嬢サマは、きっと本気で王子様が好きなんだろうけど。


 私に突っかかって来たゴテゴテ装いの令嬢サマを思い浮かべて私はため息が出てしまう。


「基準がかの令嬢サマ達なら『ハードル』低すぎて、何しても好感度高くなるって話だよね」

「はーどる?」

「……最低限度、ですかね?」


 本来の意味は違うけど、今回はそういった用法で言ったつもりです。

 いや「境界線」「線引き」……うーん、越えるべき壁、でもいいかもしれないけど。


「令嬢サマが普通だと思っていたら、何をしても何を言っても相手に好意的に見えるだろうなぁ、という話です」

「ああ。そうだね。令嬢として弁えているだけで、最高の礼儀を身に着けた淑女に見えると思うよ?」


 ダーリエは誤魔化しなしに最高の淑女だけどね、とほほ笑むお兄様。

 お兄様こそ貴族子息として誰を前にしても恥じる事の無い私の自慢です。

 同世代の方々が霞む程度には出来る兄である、と私は疑わない。


「(何と言うか別の意味で私の相手を見極める目が厳しくなりそうなんだけどね)」


 愛すべきお兄様を超える男性、とか言ったら一生結婚出来なさそうだ。

 いや、政略結婚だから問題ないんだけどね。


 出来る兄を持つ妹は見る目が養われ過ぎて困るものである。


 そんな事はともかくとして……。


「どんな経緯があろうとテメェがもう一度会わなきゃなんねー事には変わりねーんじゃねぇの?」

「……分かってるから現実叩きつけないで、黒いの」


 分かってる、分かってるんだけどね!

 こうしてお忙しい中お兄様に構ってもらっているのは、ほんとーにキツイからなんですよ。

 折角持ち直したテンション叩き落とさないで、黒いの。

 泣きたくなるから。

 それしか道が無かったのは分かっているけど、一体何処で間違えたのか……考えるだけで涙が出てきそうです。

 





 結局、私の言葉がどう王子様に響いたかは分からない。

 あの沈黙を壊したのは私でも王子様でも無かったから。

 王子様を遠くから呼ぶ声。

 多分令嬢サマのだろう。

 素を垣間見せていた王子様の表情がすぐに取り繕られたのが私にも分かった。

 まぁ次の言動を予測するためにとか、他にも理由もあって王子様の表情一つ取りこぼさないように見ていたから分かって当たり前と言えば当たり前なんだけどね。

 鈍くても分かるような変化だったし……あの恋に恋する令嬢サマにも分かるかは知らないけど。

 取り繕った王子様は私と令嬢サマを合わせる事は流石に問題があると分かったのか、自らが動く事に決めたらしかった。

 其処で私に言葉の一つでもかけて去るならば私も此処まで悩んではいないし、此処で癒しを求めて項垂れていない。

 王子様は何故か私に対して笑いかけ――しかも年相応っぽかった――次の約束を置いていったのだ。

 

 私と王子様の地位を考えれば、今後交流を持つ事で起こる問題も分かっているだろうに。

 ってか互いの年齢差――多分違っていても一つ程度――考えれば当然出てくる柵が発生する。

 それは確実に厄介事の第一歩って奴だった。

 それが分からない程愚鈍ではないと、そう思っていたんだけど。


「(別に私の容姿に惚れたって感じじゃなかったし)」


 こういうととんだ自意識過剰な気がするから微妙な気分になるんだけど、キースダーリエの容姿は『わたし』の感覚からすれば絶世の美少女である。

 自分だと分かっていても時折鏡を見て「うぉ!」と思うのだ。

 これを保たなければ、なんて云う義務感まで生まれるレベルである。

 そしてどうやらこの世界においても容姿端麗な部類には入るらしい。

 見る人見る人麗しいし美しいでこの世界の基準を見誤る所だったけど、まぁ黒いの曰く「この世界もそこらへんはかわんねーよ」らしいので、美少女と言っていいと思う。

 だからまぁ外見に惚れる輩はいないとは言わないんだけど。

 王子様からはそういった浮かれた? 熱情的な? そういったモノは感じられなかった。

 私もそこらへんは鈍い部類、というかあまり気にしないタイプの人間だから、絶対とは言わないけど、まぁ違うと思う。

 

 それに幾ら琴線に触れたからと言って会話と言える程の会話ではない掛け合いを少し、毒にも薬にもならない言葉を交わした相手に対して将来を預ける程無謀な人間ではないだろう。

 だからこそ約束を置いて去った意味が分からなくて困ってるとも言えるんだけどね。


 王子様からは『ゲーム』のような俺様に成長するような片鱗は一応見えなかった。

 我が儘かどうかはあれだけじゃ分からない。

 けど……正直王子様に関しては、王族の男子らしい子供という印象を受けたのだ。

 王子に一番影響を齎すであろう母親……王妃がどっちなのか分からない以上、決めつけるのは早計だけど、今の所第二王子は王族らしい子供という事しか分からなかった。

 今のまま成長するならば、積極的に交流を排除する事無く、傍観するだけでいいんじゃないかなぁ、と思った。


 令嬢サマの事もあるし積極的に交流したい相手ではない事は事実だけど。


 王子様の思惑は分からないけど、彼は確かに私に「次」の約束を置いていった。

 多分、数日中に先触れが来るだろう。……王城に再び招待される先触れが。


「(断る理由もない以上私には受ける事しか出来ない。……強制力はないと分かっていても)」


 相手の事が分からない以上、何が心象を損ねるか判断出来ないのだ。

 全く持って厄介な事である。


「第一王子、第二王子共に問題があるって話は聞いてないよ」


 実はお兄様を誘ったのは、情報が欲しいと言う事もあったのだ。

 いやまぁ理由の大半は癒しが欲しかっただけなんだけどね?


 私よりも先に【検査】を受けラーズシュタインの人間として認められたお兄様は、身内以外のパーティーにも参加している。

 私の事が心配で【検査】の前後は領地に戻って来てくれていたし、例の一連の騒動の時も心配して下さってずっと領地にいらっしゃって下さっていた。

 そのため色々な事に出遅れただろうに、お兄様は私に「気にしないで」と笑って下さった。

 自分もラーズシュタインの人間として巻き返す事の出来る範囲だし、私の事の方が大事だから、と言って下さった。


 キースダーリエを避けていようと、やっぱりお兄様は私の優しく自慢の兄なのだ。

 今だって私の事を心配して、時間を作って下さっている。

 本当に家族って言うのは暖かいものだったのだなぁと思う。

 こんな暖かさを感じられるのなら転生したのも悪くないと思ってしまい程だった。

 

 それはともかく、領地から出ていない私よりも王族や貴族の事に詳しいお兄様にとっても両殿下の悪しき噂は聞こえていないらしい。

 

「仲も悪くない、と思うけどね? ただあまり一緒にいる所は見られていないかな」

「互いに反発している様子ではないと?」

「うん。そんな感じかな」


 表面上だけの仲良しって感じでもないって事かな?

 側妃様の御子であるらしい第一王子と正妃の御子である第二王子。

 第一王子に野心があれば第二王子は邪魔。

 第二王子が傲慢な人間であれば第一王子は見下す相手だ。

 周囲が騒げば何れ反目しあうかもしれないけど、現時点では仲は悪くないらしい。


 さて、王妃様はどっちなのかな?


「王妃様については?」

「其方は……あまり大きな声では言えないけど中々難しい方のようだよ?」


 何とも言えない顔で微笑むお兄様。

 あー、うん。

 お兄様でもそういった事を言ってしまう程度には難儀な人な訳だ。

 ふむ。

 その割には王子様は「普通」な気がしたんだけど、まだ教育が始まっていないという事なのかな?

 ……いや、もしかしたら珍しいパターンが適用された可能性もあるのかもしれない。


「両殿下と王妃様の関係は城に出入りできる人間ならば周知の事実だしね」

「血の繋がった実の息子だけではなく側妃様の御子息である第一王子とも何かしらの関係があるの?」


 しかもあまり良くはない方面での関わりが?


「自分の血を引いた息子が王太子である事は当然だと思っていても、まぁ年齢的には兄殿下にも充分に可能性はあるからね。本人がどう思っていようと、周囲が放っておく事は無いと思うよ」

「成程。両者共に実力が充分なら、第一王子が継承権を完全放棄でもしない限り可能性はゼロじゃないって事になるもんね」

「そうだね。その上で現時点では御子は二人だけだから」

「あーうん。今の時点では継承権を放棄する事も難しいって事かぁ。……あ、けど今側妃の方が一人いたよね? その方が今後御子を、それも男子が産まれる可能性はあるよね?」


 現国王の妃は二人だ。

 亡くなった方を含めても三人なので歴代の国王の中では少ない方である。

 数代前の国王なんて後宮はハーレムだったらしいし、そういった色を好む国王も居たと歴史は教えてくれる。

 まぁ王族が側妃を迎えるのは半ば義務な訳だから仕方ないとは言えば仕方ないんだけどね。

 『わたし』の感覚では微妙でも「私」は納得している事ではある。

 それでもお父様のようにお母様一人を愛すると誓っている男性の方が素敵とか思っちゃうのは、仕方のない事である。

 

 とまぁそんな私の個人的な趣向はともかくとして、第一王子は亡くなった側妃様の御子で第二王子は正妃様の御子である。

 つまり側妃の方は現時点では御子を授かってはいない。

 確か地位的には正妃でも可笑しくはない家格だったはずだから、ただ単に御子が授かりにくい方なのだろう。

 現時点でも二人御子はいる訳だから周囲にせっつかれる事もないんじゃないかな? と私は思っている。


 もしかしたら色々な政治的な思惑が絡んでいる可能性もあるけど、そこらへんは私が知るべき事ではないので考えない事にしている。

 知ってしまえば引き返す事は出来ない事柄だとしか思えないのである。

 王家の問題に首を突っ込むなんて自殺行為に等しいと思う。……年齢的にも。


「可能性はあるんじゃないかな? 流石に僕も其処までは分からないけど……お噂に聞いた王妃様の気質を考えると、あえての現状じゃないかと思わなくも無いんだけどね」


 父上なら詳しく知っているかもしれないけど、教えてはくれないと思うよ? と言われて納得してしまった。

 お父様が知っている事は確定事項だけど、私達に教えてくれるか? と言われると、無理だと言う事も分かってしまう。

 王家の内情なんか子供が知るべき事じゃないし。

 

 実際こうしてここで話しているのもギリギリの所なんだと思う。

 外見詐欺の私や黒いのはともかくとしてお兄様やリアは幾ら賢く思慮深いと言っても子供である事には変わりない。

 この年で此処まで考えられる頭脳は神童と言うに相応しいけど、周りから浮く可能性も孕んでいると言う事も忘れちゃいけない。


 私はこの前のパーティーで自分の期待値が高すぎるという事にようやく気付いた。

 勿論、あそこにいた人間が基準だとまでは思っていない。

 けれど、ああいった人間が一定数いるという事は分かった。

 

 私の期待値が高いのは基準がお兄様だったからだった。

 私のような反則技も無しに此処まで話す事が出来る事自体本来なら有り得ない。

 年齢不相応にも程があるのだ。

 そしてそれはリアにも言える。

 リアも又私達の話についてきている。

 ただ聞いているのではなく、理解しているのだ。

 これもまた年不相応である。


 私という変わり者がいたからなのか、それとも私が居なくてもこうだったのか。

 それは分からないけど、私の中にある基準が今後下がる事はないだろうし、お兄様やリアが同世代の中ではずば抜けて優秀である事は事実として覚えておくべきである。

 私が防波堤になれる事となれない事があるのだから。


「(ラーズシュタインの人間だから、で済まされてしまう可能性も無きにしも非ず、だけどね)」


 王子様がラーズシュタインの人間だというだけで納得したように。


 お父様達が変わり者である事は分かっていたけど、まさかこんな所で思い出す事になるとは思いもしなかったけど。


 ラーズシュタインの人間として恥じぬ、けど年相応に、は両立するには難しい事である、少なくとも私には。

 だからせめてお兄様とリアは今後神童として、優秀な人間だからといって周囲から浮かない事を願うばかりである。




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