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自身でしか解決出来ない事




 鳥も軽やかに囀り、お日様が窓から柔らかく陽を注いでいる穏やかなあくる日。

 外に出てお昼寝しても仕方ないと笑われるような陽気の中、私ことキースダーリエ=ディック=ラーズシュタインと言えば……鍋と格闘していたりする。


「この配合だと此処が上手くいかない。ならこっちは――」


 勿論鍋と格闘と言っても物理的に鍋と戦っている訳でなく……いや、そういったモンスターがいる可能性はあるけど、こんな所に居たら怖いよね?

 勿論そんな事は無くて、【錬成】の一環として鍋と向き合っているだけだったりします。

 

 駆け出しどころか見習い錬金術師としても烏滸がましいレベルだけど、一応シュティン先生に一人で【錬成】する事を許可された私はこうして鍋と向き合う日々を送っている。

 とは言え、貴族令嬢として必要な事に対しても手は抜いてないよ?

 例えば礼儀作法的な事とか、ね。


 礼儀作法やら“貴族令嬢”として生きるために必要な事全般を教えてくれる先生はやっぱりと言うべきか、年配の女性の方だった。

 厳格そうな見た目通り、物言いはキツイし妥協は絶対にしない。

 後殆ど笑わない。

 

 と、まぁ普通の子供なら怖いやら苦手やらでとんでもない事になる、子供と相性の悪い人と言える。

 私も普通の子供だったら怖くて礼儀作法の時間が嫌いになったと思う。

 ……『前世』で成人した女性の記憶を持ってても怖いものは怖い、と感じるくらいだし。


 『前世』では当然上流階級の集まりなんてテレビ越しの憧れ? だったし、パーティーと言えば大学の卒業パーティーくらいな人間だった私に優雅に気品を持って、とか言われても何のことだがさっぱり状態だった。

 むしろ「キースダーリエ」の方が完璧だった。

 その御蔭で私は所謂「体が覚えている」状態だったから切り抜けられている感じである。

 基礎能力があるからこそ新しい事だけに集中できるって事でまぁ一応どうにかなっている。

 

 公爵令嬢として国中の女性の見本となるべく、一層厳しく指導されたりもしているけど、意図が分かっている分反発する気持ちは無い。

 トラウマになるレベルで厳しい人とはいえ理不尽な事は言わないってのもあるけど。

 出来るレベルギリギリを見極める力を持っているからか、出来ない程の事を言われる事も無い。

 確実に自分の力になっている事を考えれば反発して時間を無駄にするのは愚策と言える。

 

「(――と、『前世』の御蔭で多少世渡りを知っている私なら色々察する事も出来るんだけど、誰にでも同じような対応しているのか? と少しだけ心配なるんだよねぇ、実は)」

 

 厳しい言葉の全てが自分を嫌いが故に言われている訳じゃないって子供に分かるか? って話なんだよね。

 キツイ事を言われれば普通は相手を嫌いになるか、そこまでいかなくても苦手にはなる。

 嫌いな人の言葉を素直に聞き入れる事が出来る? と問われれば「難しい」と答えるよね?

 負けん気を発揮するタイプなら問題無いけど、ショックを受けて泣き出す娘も実行不可能になる娘も絶対いると思う。

 そうなった時、親が出張って来ないとは決して言い切れないと思うんだけどなぁ。

 全員が全員、娘可愛さからって事はないだろうけど、結果として先生が不利な状況になる事がないとも言い切れない。

 

 例え先生が嘗て王族の礼儀作法を指導した事があるような有名な方でも権威の前には意味をなさない。

 ……先生の家格は其処まで高い訳じゃないし、ね。

 

 まぁ、有名だって事は指導方法も知れ渡っているって事だろうし、それでも良い人だけ頼んでいるとか、事前に契約を結んでいるとか、どうにかしているんだろうけど。

 それか指導レベルを子供によって変えているとか、何かしらの対策は取っていると考えるべきなんだと思う。

 つまり子供である私に心配される必要なんてないって事ではあるんだけどさぁ。

 結局、そんな要らない心配をしてしまう程指導が厳しいって事だったりするんです。

 

 ただ気になるのは、厳しい指導は先生にとって当たり前で、人によっては指導のレベルを変えているとなると……私はとことん厳しくしても大丈夫な娘って認定されてるって事になるんだよね。

 しかもお父様とお母様のお墨付きで。

 ……大丈夫、泣いてないよ? 私もう良い歳だもんね。

 あ、今世ではまだ子供の域だったっけ。

 ……いっその事大泣きしようかな?

 

 意外と泣こうと思って泣く事は難しい。

 自制が働くし、そもそもある程度自我があれば人前で大泣きする事には羞恥が先立つ。

 だからまぁ出来る訳ないって事も分かってるんだけどね。

 そんな分かり切った事を考えつつ、私は目の前の鍋に意識を戻す。

 

 考え事をしていた割には今回の【錬成】は成功しているらしく、黄色に輝く液体が鍋の中に存在していた。


「いやまぁ【属性水】を早々に失敗していたら錬金術師を断念した方が良いかもしれないけど」


 【属性水】は相反する属性の物体だろうと反発を抑えたり、場合によっては打ち消す力を持つ、いわば中和剤のようなモノである。

 【錬成】をする際の必須アイテムの一つと言える。

 これを毎回失敗するようでは【錬成】出来るモノの種類がぐっと減ってしまう。

 同属性の【錬成】しか出来ないのでは正直錬金術師としては失格と言える。

 とは言え、得手不得手がある以上絶対とは言えないんだけどさ。


「と、まぁ取りあえず成功。アレンジはまぁ今の私のレベルじゃ出来ないし。取りあえずの目標は目を瞑ってもこの程度は出来るように繰り返す事と、より丁寧に作って品質を上げる事かな?」


 アレンジは錬金術の上級スキルだから今の私が手を出すのは早すぎる。

 見習いとも言えない以上、出来る事はあまりない。

 精々反復練習をして注ぐ魔力の量とかを体に覚え込ませる事と一つ一つを丁寧に行い品質を上げる事ぐらいだ……あれ? 意外とやる事あるかも?


 見習いでも出来る事を再認識しつつ私は次の工程に進める。


 穏やか陽気に一瞬眠気に誘われた気がしたけど、まぁ目の前の鍋の方が当然大事である。

 時間は有限なのだし、一人で出来るスキルアップに手間を惜しむのは良い事とは言えないしね。

 序でに言えば今日みたいに日がな一日鍋と向き合っていていい日じゃない場合は特に、ね。

 今日の予定を思い起こして私は小さくため息をつく。


「……それも必要な時間なんだけど」


 はっきり言って前よりも苦痛に感じる時間が今の私にはある。

 それこそ、礼儀作法の時間よりも苦手な時間が。


「講師が苦手とか……そういう事じゃないのが、またねぇ」


 気鬱な理由を把握しているけど、把握しているからこそ色んな方面に対する罪悪感も感じてるもんだから、悪循環とも言えるし。

 じゃあ今すぐ改善できるのか? と言われれば困る事でもあるし。

 二進も三進もいかないってのが気鬱の大半の理由な気がしなくもない。


「……うん、不毛だからやめよう! 今はこっちに集中しないと!」


 丁寧な作業を心がけないと品質の向上なんて成功しない。

 

 私は頭に過ったモノを振り払うと目の前の【錬成】に意識を傾けていくのだった。






 こっちに魔力を流す時には少しずつ……。

 ペシン、ペシン。

 此処の時は属性を帯びた魔力を流して……。

 ――りの。

 この後は注いだ魔力を馴染ませて……。


「瑠璃の!!」

「うっさいよ、黒いの!! ……ってあれ?」


 思考の邪魔をされて思わず怒鳴り返したけど、今の黒いの、だよね?

 振り向くと間違いなく『黒いの』こと黒猫「黒豹だっての」――黒豹がちまっと「だれが小動物だ」――其処に座っていた。

 アンタ、人の思考読むやめなよね。


「え? 時間はまだ大丈夫だよね?」


 私は机の上にある時計に目を走らせる。

 時間はまだ定刻を刻んではいなかった。

 もう一度黒いのに視線を戻すと、思い切りため息をついている姿が目に入る。

 あまりに人間臭い仕草に私は苦笑するしかなかなかった……元人間だからか違和感は感じないんだけどね。


 『黒いの』は元々人間だったフェルシュルグが転生した姿……という事になっている。

 正確に言うと違うのかもしれないけど、一応生前の記憶の全てを有しているし思考回路も記憶に基づいたモノだから、転生したと言うのが一番しっくりくるのだ。

 生まれが少々特異である上、こうなった原因が分からないという幾つかの問題点はあるけど、今すぐ解明する術も持っていない私達は「黒いのはフェルシュルグの転生体である」という決着をつけるしかなかった。

 本人(本猫?)ですら分からない事を私達が分かるはずもない。

 という事で黒いのは我が家の……より正確に言えば私の使い魔候補としてこの家に住んでいる。


 『黒いの』と言う名前も仮初のモノで、互いに契約の意志がなった時、改めて【名】を私が付ける事になっている。

 つまり現在黒いのは居候の身って事である。

 私達が黒いのを危険視して追い出すのも、黒いのが私達に愛想つかして出ていくのも自由って事だ。

 まぁ私達が追い出す事は無いだろうけどね。

 

 黒いのは私を「瑠璃の」と呼ぶ。

 最初は私が仮の名を考える時外見的特徴から『黒いの』と呼んだせいなんだけど、こっちの人達にとっては「クロイノ」と聞こえるし私に対してのも「ルリノ」と聞こえるらしい。

 どっちも名前みたいだよね。

 だからまぁ対外的には『黒いの』は「クロイノ」として私の使い魔扱いされているらしい。

 契約を交わした使い魔が主を他の人と違う名で呼ぶ事もままあるらしくて私達の「クロイノ」「ルリノ」呼びは対して違和感は呼んでいない。

 実際は魔力を与える事で何かあった時頼み事を聞くというビジネスライクな関係、なんだけどね。

 勘違いは好都合なので放置状態である。


 生まれが特異な黒いのは私しか入れない場所にも出入りする事が出来る。

 この工房にも黒いの専用の入口が用意されたぐらいだ。

 だから、まぁ黒いのが此処に居る事自体は不思議でも何でもない、んだけど……。


「アンタが邪魔するなんて珍しいね?」


 そう、黒いのは良く昼寝とかの理由でこの【工房】に入り込む。

 ただ気配を消すまではいかなくても私がしている事の邪魔はしない。

 いつの間にか後ろで丸くなって寝ていたりしている。

 そんな黒いのが態々私の作業を止める事は殆どなかった。

 不思議そうな顔を隠さずに黒いの見ると彼は嫌そうな顔で私を見上げて来たのだった。


「お前のオニーサマが呼びに来たんだよ。お前、特に【錬成】の時は周囲の音なんぞ聞こえねぇからな。知らせのベルも聞こえてねぇんだろ、どーせ」

「あー……そういう事か。うん。有難う、黒いの」


 どうやら私の悪癖が発揮されてたらしい。

 意識を扉に向けると確かに人の気配がする。


 私は今の作業を終わらせると立ち上がる。

 その足で扉を開けると、黒いのの言葉通りお兄様が立っていた。


「お兄様、気づかないでごめんなさい」

「気にしないで。作業中、意識を集中させるのは普通なんだから」


 ただダーリエの集中力はずば抜けているようだけどね、と笑うお兄様に私も苦笑を返すしかない。

 集中力があるというのは、一応良い事だけど、周りが見えなくなる、まで行くと途端悪癖と変化する。

 私のそれも悪癖と呼べるレベルのため、目下矯正中なのである。


「気を付けます。それで御用向きは?」

「あぁ。先生方が別件で父上に会いに来ていたらしいんだ。ダーリエさえ良ければ講義を速めると言ってたんだけど、どうする?」

「そう、なんですか。――わかりましたわ。此方はキリの良い処ですし、先生方がそう仰って下さっているのならばワタクシに断る理由は御座いませんわ」

「そっか。なら後始末をした後何時もの場所においで。先生方にもそう伝えておくから」

「有難う御座います、お兄様」


 私はお兄様に礼を言うと片付けのために身を翻す。

 先程の気鬱が再び胸に沸き上がる。

 今の私の表情はお兄様にも見せたくなかった。

 そんな感情を振り払うかのように手早く机の上を片付ける。

 ……その程度で振り払えるのならここまで苦い気持ちが込み上げる事もないのだけれど。


「ダーリエ」

「なんですか?」


 行儀が悪いと分かっていても私はお兄様の呼びかけに振り返る事無く言葉を返す。

 お兄様は私の無作法を咎めはしなかった。

 けれど後ろでお兄様の表情が少しだけ曇った、ように感じた。


「大丈夫かい?」

「――大丈夫、ですわ」


 何かを悩んでいる、とお兄様に気づかれていると分かった。

 けれど……。


 私は振り返り笑う。

 これ以上心配をかけないように……これ以上踏み込ませないように。

 悲しませているのも分かっているけど、これがまさしく拒絶でしかない事も分かっているけれど、それでも。

 これが最善だと私は信じている。


 ――だってこればっかりは私自身でどうにかするしかないのだから。


 私の隣に居た黒いのが小さくため息をついたような気がした。




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