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夢の中に咲く無垢の花

キースダーリエの自称婚約者でフェルシュルグの実質雇い主だった「タンゲツェッテ=ヴァイト=マリナートラヒェツェ」視点です。




 僕はタンゲツェッテ=ヴァイト=マリナートラヒェツェ。

 ディルアマート王国の誇り高き貴族であり気高き血を引きし貴き身である。

 平民を上手く使う事が貴族の必須条件であり、僕は貴族らしくあれと常々考え生きている。

 今はまだ「ヴァイト」だけど、直ぐにもっと上に行けるのだと僕は疑わなかった。

 それは父上も同じで、僕等は自分達が貴族の頂点に立つ事を当然と思っていた。

 だって僕は将来的にラーズシュタイン公爵に入り次期当主となるはずだったのだから。

 少なくともそれは決して夢物語では無かったはずだった。……予期せぬ出来事が起こらなければきっと叶っていた。


 ラーズシュタイン公爵はディルアマート建国時から王家を支えている古くからある公爵家であり、現在ラーズシュタイン公爵家当主は宰相でもあらせられる。

 ただ嘆かわしい事にラーズシュタイン当主は貴族としての自覚が足りない方だと噂されている。

 平民をまるで対等のように扱ったり、周囲の貴族の意見を跳ねのけ自分の考えを押し通したり。

 少々変わり者であるらしい。

 母上が学園時代勉学を共にしたらしいけど、その頃から変わり者だったとおっしゃっていた。

 まぁ母上の場合現ラーズシュタイン公爵夫人の方に敵愾心を抱いているけどね。

 何があったのか聞く義理は僕には無いから聞いていない。

 聞いても公爵夫人を貶すだけだろうし。

 

 母上は貴族の女性としては感情的になりやすい性質のように思う。

 メイドに当たり散らして周囲の婦人方の欠点を広めて回る。

 あまり美しいやり方ではないと子供ながら思っていた。

 母上の御友人方も似たような気質の方々のようだから、母上のような女性は多いのかも知れないけれど。

 

 父上は家格を上げる事にしか興味のない方だ。

 だから母上にも無関心だし、家に何らかの不利益を齎さなければ目を向ける事も無いだろう。

 

 僕だって父上にしてみれば「今後使えるかどうか分からない駒」程度の認識だろうしね。

 

 この家に生まれた事に文句はない。

 貴き血を持つ者として生きる事を嫌だと思った事も無い。

 僕にとって家とは血を繋げるための囲い、という認識でしかなかったのだから嘆く理由も無かった。


 家庭教師も貴族である誇りを持て、と言う事を教えていただいたがそれ以上に貴族らしかぬ存在と認定している方々への言葉が多かった。

 ほぼ毎回講義から逸脱して貴族らしくないラーズシュタイン公爵家に対して「嘆かわしい」と言っていた。


 ラーズシュタイン公爵家はマリナートラヒェツェの主家に当たる家だがとても敬意を持っているようには思えなかった。


 ラーズシュタイン家は王家から公爵の地位を賜っている。

 それ故に地位に見合った振舞いをして頂かなければ示しがつかない。

 王家の覚えも明るい家だと言うのに平民風情に情けをかけすぎる。

 それでは平民が調子に乗る。

 露骨な点数稼ぎは見苦しい。


 家庭教師の言葉を要約するとこんな感じだった。

 それを派閥の家の子息である僕に言う所、コイツも所詮下級貴族という事なんだろうな、と何時も思っていた。


 全てを鵜呑みするつもりはない。

 ただ貴族らしかぬ振舞いが目につくという事は事実なんだろう。

 平民はあくまで平民であり僕等貴族に使われるべき存在だ。

 それを対等に扱う事は今後の支配にも差しさわりがある。

 身分の差は明確にしておくべきだ。

 替えの利く平民とは違い僕等貴族の中に流れる貴き血には替えは無いのだから。


 貴族らしかぬ貴族と講師が嘆き馬鹿にしている存在。

 父上が成り代わりたいと羨望している地位。

 母上が目の仇にしている人間が集う公爵家。

 ラーズシュタイン公爵家に対して僕が持つ印象は決して良きモノではなかった。

 

 父上は言っていた「何時かあの地位は自分達のモノだ」と。

 母上は言っていた「貴族失格であり何処までも目障りな家」と。

 講師は言っていた「貴族の品格を持たぬ異端者達」と。

 

 そんな家をどう良く思えと言うんだい?

 僕の家に擦り寄る家の子息達だって僕に対して口々にラーズシュタインの事を悪しきように囁いてくる。

 うんざりする程同じフレーズだった。

 其処まで言われれば逆に凄いと思ったくらいで、むしろ少し興味が沸いた。


 僕が初めてラーズシュタイン家に言ったのは一回目の成人の義をしてから直ぐだった。

 初めて入る公爵家は僕の予想とは違っていた、ような気がする。

 まぁ僕の想像があり得ない方向に育っていた、というのもあるんだけどね。


 使用人が僕等を案内してくれた。

 父上は家とは違って妙に低姿勢だった。

 家では大言を吐いているのに、現実はこの程度だ。

 今では情けないと嘆く事すら面倒だと感じるけど、当時は豹変した父上の様子に驚いていた気がする。

 多分、だから僕は早々に応接室から出されて庭を散策していたんだろうから。


 僕はその事に今でも感謝している。

 だって僕は其処で運命に出逢う事が出来たのだから。


 僕とあの娘の出会いは花咲き誇る庭だった。


 一本一本がまるで上等のシルクのような陽によって煌く銀色の髪。

 人々を安寧の眠りへと誘う優しい夜空のようなラピス色の眸。

 花びらを愛でるように撫ぜている白く綺麗な細い指先。

 

 そして何よりも花を慈しむ、無邪気で無垢な笑顔。

 

 ラーズシュタイン家令嬢、キースダーリエに僕は一瞬を奪われてしまった。

 【闇の愛し子】である類稀な魔力を有するであろう公爵家の愛娘。

 彼女を手に入れる事が出来れば貴族としてこれほど誉な事はないだろう。

 ……いや、違う。

 ただ僕は庭で花に微笑み愛でるキースダーリエという女の子に心惹かれたんだ。

 初めて出会った時、僕は何を話したか覚えていない。

 情けない事に舞い上がってしまって、覚えているのは父上に手を引かれて家に戻った記憶だけだ。

 あの時は何かとんでもない事をしでかしたんじゃないかと後で凹んだものだ。

 後に何かお咎めがあったとは聞かないから問題は無かったようだけどね。


 僕はキースダーリエが欲しい、と言う気持ちを押さえる事は出来なかった。

 父上は公爵家への良き足掛かりだと言って反対しない処か積極的に場を整えていた。

 母上は反対していたけれど、母上の場合、誰であろうと反対するだろうから意見を聞き入れる必要はなかった。

 我がマリナートラヒェツェ家よりも家格が下であり、自分を主張しない令嬢ならば受け入れるかもしれないが、それは自分がいびる事が出来る相手が欲しいというだけであり、其処に情は存在しない。

 母上の好む娘と婚姻を結んでも母上にいびられて気を病む未来しか見えてこない。

 とは言え公爵家に相当恨みを募らせていた母上の事だから、他よりも反対は強固だったんだけどね。

 

 母上にマリナートラヒェツェ家の決定に口を挟む権限は存在しない。

 それを父上に言われて母上は一時的に静かになった。

 本当に一時期だったけれど。

 前以上に周囲を罵り、自らの不幸を嘆く。

 取り巻きとも言える人間の表面上優しい言葉に心を預け傾倒する。

 

 僕にとって父上も尊敬できるか? と問われれば悩む所だけど、母上の権限を取り上げた事だけは英断だと思っている。

 母上は権限を持つに値しない人間だった。

 それでも貴族令嬢だったのだから頭が痛くなる。

 母上の話は話半分に聞いていたけれど、多分真実は一割にも満たないんだろう。

 ご機嫌伺いだとは言え話を聞いてやってる周囲の存在はスゴイな、と思う。……主に嘲笑の意味合いで、だけど。


 父上の計らいにより僕はキースダーリエとそれなりの距離を築く事が出来た。

 それでも足りない。

 僕はキースダーリエが欲しいし、出来ればラーズシュタイン家の愚かな思想に染まってほしくはない。

 無垢な彼女はきっとこのままではあっという間に染まってしまうだろう。

 現に使用人に対して平等に接している場面に鉢合わせした事がある。

 その時は後で使用人に釘を刺したから大丈夫だろうけど、ディルアマートの誇り高き貴族である僕等が使用人、それも平民に対して頭を下げるなんて事はあってはいけない。

 貴族と平民では同じところに立つ事すら本来なら出来ないのだから。

 

 無垢で何も知らない真っ白なキースダーリエ。

 僕はその愚かしい程の無垢な笑顔が好きだった。


 例え正しき思想に染まっても変わらないでいて欲しいと思う程度には焦がれていた。

 決して母上のような女にはなってほしくはない。

 

 母上の事はともかく、そんな事出来る訳はないと思っていても願ってしまうくらいには僕はキースダーリエの微笑みを愛していた。


 キースダーリエを完全に手中にするためにはどうすれば良いのか?

 その方法を見つけたのは彼女と出逢ってから一年ほどの事だった。

 僕は偶然にも、その術を手に入れたのだった――ある一人の男と出逢ったために、ね。


 それは僕にとって彼女との出会いとは雲泥の差とは言え、確かに未来を左右する出逢いではあったのだった。




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