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ままならぬ心




 悪役染みた台詞を吐いた後私はフェルシュルグの言葉を碌に聞かずその場を離れた。

 別に背後から狙われる危険性が減った訳では無かったけど、あれだけ動揺している相手の隙くらいならつけると判断したから。

 まぁ私も冷静にならないといけないとは思ったし、あのまま話していると本気で計画とか色々なモノをすっ飛ばして暴走しそうだったからってのもある。

 

 こういっては何だけど私は誰それを「嫌う」事は少なかった。

 嫌う程関心を寄せる事自体少なかったし、大抵は何をされてもどうでも良いと思ったから、何も感じなかった。

 勿論「痛い」とか「苦しい」とかは感じていたし、そうならないように自衛手段をとったりもした。

 けど、そこには「憎悪」とか「嫌悪」とかって感情は付随していなかった。

 嫌がらせをしてきた相手ですら私にとっては「どうでも良い」相手でしかなかった。

 実際『地球』で私に嫌がらせをしてきた相手の顔を私は殆ど覚えていない。

 髪色とか眼の色とかそんな事ぐらいしか覚えていない。

 それくらいの関心しか抱けなかったのだ。

 

 タンゲツェッテの事だってそうなると思う。

 今私は彼を明確に敵と認識している。

 だから顔を覚えているし、名前だって憶えている。

 じゃあ「全部無事決着がついた後覚えているか?」と問われれば「覚えていないだろう」と答える。

 ウンザリしているし許せない気持ちはある。

 だって私の大切な人達を悉く貶めているのだから。

 けれど、じゃあ「タンゲツェッテが嫌いなのか?」と聞かれれば「存在を排除したい、けど目の前から消えればどうでも良い」と答える。

 私にとってタンゲツェッテは大切な人間にとって害になるから排除すべき存在でしかない。

 私個人の好き嫌いはそこに介在していないとも言える。


 好きの反対は無関心である。

 この言葉こそ私は常々実感しているし親友達は私はこの事を体現していると言われた事もある。

 『地球』で私は親友に「アンタを見ているとその言葉の意味が良く分かるわ」と言われていたぐらいだ。

 私もそう思う。

 私自身も認める程、私は誰かに対して「嫌い」と感情を抱く事が無かった。


 そんな私が久々に感じた「嫌い」という感情。

 それを抱いた相手がフェルシュルグだった。

 

 フェルシュルグは私の同郷であり理解者になり得たかもしれない存在である。

 出逢い方が違えば唯一の人になった可能性すらある存在だけど、私は彼が嫌いだ。


 どうして私は其処まで彼を嫌うんだろうか?

 思わずそんな自問自答してしまう程度には久しぶりに「嫌い」と感情を抱いた。


 少しだけ悩んででた答えとしては、多分彼が「私の有り得たかもしれない未来」の姿でありながら「私が絶対に取らないであろう道」を選んでいるからだと思う。


 どういった経緯で【神々の愛し子】をあそこまで嫌悪し憎悪するかは分からない。

 彼は『地球』の記憶という諸刃の刃を使い道を切り開き、たった一つの目的のために突き進んでいる。

 私が同じ立場ならば? 彼の様に何かに対して強い憎悪を抱くのならば? 

 やはり自分の使える全てを使い、目的を達するために邁進したと思う。

 自分の持ちうるモノ全てを最大限使い目的を達するために突き進む姿は私にとって思い浮かべる事が容易い姿だった。

 

 同じ立場で同じ能力を持っていれば同じ事をしようとした、私の有り得たかもしれない可能性の未来の一つである彼。

 だというのに彼は私とは決定的に違う部分がある。


 私は例えどんな状況だろうと「自分」という存在を最後まで諦めない。

 命の灯火が消える事を諦観を持って見送るなんて絶対にしないし、というか出来ない。

 足掻いて足掻いて、最後の最後の時に私の命と引き換えでしか大切な人を守れないというならば、私は命を差し出す。

 それに関してはシュティン先生に言った通りだけど。

 それでも私は最後まで足掻けるだけ足掻く。


 私の根底には時にぶつかり合い、時に寄り添う二つのモノが宿っている。

 

 内側に入っている人間に対する重すぎる程の過保護さと「自分」という存在を諦める事への嫌悪にも等しい激しい拒絶感、だ。

 

 矛盾していると感じる事もあるけど、何だかんだで綺麗に収まる所に収まっているから私はこうして生きている。


 私は死にたがりが嫌いだ。


 最後まで足掻いた先に待つのが死であり、最期を心安らかに逝きたいと言うならともかく、まだまだ出来る事があるというのに命を諦めてしまう輩に対して私は強い嫌悪を抱く。

 

 リアも死を望んでいたようにみえたけど、リアの場合、あれだけの怪我を負って、それでも歩き続けた。

 血の跡はリアがあの場まで這ってでも移動した証だと思う。

 つまりリアは足掻いた人間だ。

 最後まで命を諦めず、足掻き、それでも自分の力ではどうしようもない絶対的な死に対して安らかな最期を望んだ。

 だから私の嫌いな死にたがりには当たらないと思っている。

 今のリアは絶対に私と共に生きようとしてくれると思うしね。

 ただ、まぁ私のために死にかねないっていう新しい心配はあるんだけど。

 

 フェルシュルグとリアは全然違う。

 フェルシュルグは私の有り得たかもしれない未来だというのに、私が一番嫌いな命を諦めた人間だった。


 命を諦めて、私と敵対し私の大切なモノを害する可能性を秘めた男。

 私が彼を心から嫌うのも仕方ない事だと思う。

 全てが終われば忘れてしまうであろうタンゲツェッテとは違いフェルシュルグの事はずっと忘れないだろう。

 

 正直、それはお互いにとって嫌がらせに近いと思うけど。 


 「キースダーリエ」になってから此処まで嫌いだと思う人間が現れるとは思わなかった。

 人を嫌う事はメンドクサイ。

 だと言うのに忘れる事も早々に出来ない。

 今後簡単に割り切れないと言う事が分かってしまってちょっとだけため息をつきたくなった。

 嫌いだからこそさっさと忘れたいっていうのに。

 まぁ嫌いだと感じてしまったからこそ無関心にはなれないんだけどさ。

 後に引きずると分かっていてもどうにも出来ない。

 感情っていうのモノは好悪に関わらず湧き出て急に名前が付くモノだと思うから。

 

 ……今はフェルシュルグを嫌いとかそんな事考えている暇はないけど。

 

 もっと大事で直ぐに考えないといけない事がある。


 どうせフェルシュルグに対しての感情には名前がついてしまった。

 それも早々には消せない「嫌い」という名前が。

 こうなってしまえばもうどうにもならないのだから、後はなるようにしかならない。

 今後の行動に私的な感情が混じり過ぎない事を注意する事しか私に出来る事は無い。

 

 放置するしか出来ないのだからグダグダと考えている時間を他に回すべきだ。

 もっと大事で早急に考えないといけない事……フェルシュルグのゼルネンスキルに対する対策とか、ね。

 考える事が出来る時間はあまり多くは無いのだから。


 私は入れてもらった紅茶を飲み干すと音が立たないようにカップを置いた。


「――リア。お兄様の所へ行きますからついてきて下さいますか?」

「承知致しました」


 名前がついてしまった感情はさておき、取りあえず分かった事とこれからの計画を立てないと。

 ……今更だけどこれじゃあ私がフェルシュルグに「恋」をしたみたいに感じるかも。

 冗談じゃないし真逆の感情なんだけどね。


 貴族である私が恋をする事が良い事が悪い事かは分からないけど、あれだって急に落ちるモノなのだから。

 願わくば成就しそうな方と恋をしたいモノですね。

 まぁそこらへんをコントロールできるならば恋に狂う相手なんて生まれないでしょうけど。


「(今まで考えた事の中では一等どうでも良い事だけど)」


 私はちらっと思った内心に苦笑しつつ自らの離れを出てお兄様の所へと向かうのだった。




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