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初対峙(2)




「――こんな場所でレディを呼び止めるなんて何を考えているのかしら? ああ、しかも呼び止めておいて無言だなんて。少々れいぎがなってないのではなくて?」


 高飛車に、けど少しだけ背伸びをして。

 我が儘なお嬢様が「ワタクシはもう大人なのよ」と言わんばかりの気持ち込めて。

 私は事態を動かすための一言を言い放った。


 さぁ私は無言を壊した。

 彼はどうでる?

 言葉を封じられていないのなら、私が問いかけた事に答えないといけない。

 呼び止められたのは私で呼び止めのは彼なのだから。


 次の手を待っていた私だったが、何故かフェルシュルグは無言で私を見下ろしたままだった。

 言葉を発する訳でも無く、動くわけでも無く、ただ微動だにせず私を見下ろしている。


 私は威圧でもされているんだろうか?


「(え? 話しかけられたのは聞き間違い? いえ、けど呼ばれたまま振り返ったら彼がいたし。聞いた事の無い声だったし)」


 私は心境のまま訝し気にフェルシュルグを見上げる。

 するとようやくと言えば良いのかフェルシュルグの眸が少し変わった気がした。……まぁ憎しみとかあまり良い感情では無かったけど。


 これは少しばかりヤバイかもしれない。

 まさかラーズシュライン家の中で何かするとは思えなかったけど、切り抜ける事が出来る手段があるのかもしれない。

 

「(考えてみれば此処でフェルシュルグと私が対峙している事を知っている人間はいない。私に何かあっても言えない状態にされてしまえばフェルシュルグが何をしても露見する事はない)」


 例え、それが私を外に連れ出す事でも……誘拐じみた行為だとしても。


 あまり悠長に考えていい場面でもないよう。

 私はさっさとこの場から離れる事を選択した。

 

「(逃げるが勝ちだよね!)――ワタクシもひまじゃありませんのよ? 話が無いようなのでこれで失礼いたしますわ!」


 いう事は言ったし、高飛車演技は出来ている。

 私は言葉の通りにこの場を去ろうとする。


 ……けど出来なかった。

 振り返ってこの場を去ろうとした瞬間、フェルシュルグを取り巻く精霊が輝いたから。

 行き成りだったし輝きを増した精霊が特定の精霊だったって事もある。

 特定の精霊――【光】の精霊はフェルシュルグの周囲を舞う精霊の中では一、二を争う数で、それが一斉に輝きだしたから、とてもじゃないけど此処から立ち去る事が出来なかった。

 だって背後から何かの魔法をかけられる事が無いと言えなかったから。

 私を憎む人間に対して無防備な背中を晒せる訳がない。


 思わず防御態勢に入ってしまう程フェルシュルグを取り巻く精霊の輝きは異常だった。

 例え私に精霊が視える事がバレてしまったとしても、フェルシュルグから目を逸らすな、身を守れって本能が命令した。

 勘にも似た何かに従い私はフェルシュルグから目を逸らさず後退りする。

 一応飛びのく程の大きな動作はしていないし小さな女の子程度で淑女としてはしたないと言われる程ではないはず。……まぁ一歩引いた時点で十分はしたないかもしれないけど。


「お前は何だ?」


 やっぱりさっき私を呼び止めたのはフェルシュルグだったらしい。

 その時と同じ声で私に誰何をしてくるフェルシュルグ。

 けど、正直、それは私の台詞じゃないかと思うんですけど?


「失礼な方ですわね! ワタクシはキースダーリエ=ディック=ラーズシュタイン。ラーズシュタインのモノですわ!」

「では何故“コレ”が効かない?」


 フェルシュルグは言うと同時に指を私に突き付ける。

 そして指先に集まった【光精霊】を何かに変換させると私の頭を狙い何かを囁いた。


「(【発動呪文】!?)」


 私は反射的に指を向けられた場所――頭を庇う。

 それでも視線をフェルシュルグから外さなかったのはもはや意地に近かった。

 こんな状況のおいても無感動な眸が気に入らないと思った。


 フェルシュルグの指先から発せられた光精霊は最光度ともいえる強い輝きで私の頭に突き抜けようとした。……より正確に言うと私の頭に対して何かをするのが目的のようだった。

 物理的な攻撃力は無い。

 だって庇った腕をすり抜けたから。

 更に言えば頭に被弾する事も無かった。

 その前に闇精霊が私を守ってくれたから。

 

 その事に少しだけ安堵しつつ、今私は何をされそうになったのかが気になった。


「(光精霊が普通なら有り得ない光度を放っていた。まるで閃光みたいに。けど物理的な攻撃力は無かった。なら一体何が理由であんな変換を?)」


 発動呪文を唱えたって事は魔法やスキルを発動させたって事。

 今彼は私に“何か”をしようとした。

 そしてそれは頭に被弾する事で何かの効果が出る代物。

 一体私は今、何をされそうになった?


「――やはり【闇の愛し子】だからか」


 ……今、彼の憎悪が濃くなった気がした。

 【闇の愛し子】という単語を口にした時に特に。


「(もしかしたら私が憎まれる理由は其処?)」


 この世界を創造せし神々の祝福を強く受けた【愛し子】

 髪と眸に同じ神々の貴色を纏い生まれた人間がそう呼ばれる。――時々後天的にそうなる事もあるらしいけどね。


 【愛し子】は神々に愛された証拠である反面、これからの生涯が平坦ではないことの証でもある。

 過去文献に残っている【愛し子】と呼ばれた人達の生涯は波乱万丈であった。

 まぁ一応色々あったから文献に乗る訳で、平穏無事に生きて死んでいった【愛し子】もいるんだけどね。


 ただ【愛し子】に対して此処まで憎悪を露わにする人間は私も始めて会った。

 妬み嫉みからの逆恨みかもしれないけど、多分違うだろう。

 フェルシュルグの眸に宿る純度の高い悪意は彼に根深く張り巡らせられていて、とてもじゃないけど逆恨み程度の人間が出来る濃度じゃない。

 

 【愛し子】である事が彼の憎悪の対象である理由だというならば確かに私以外には強い憎悪が見えない理由が分かる。

 シュティン先生は普段隠しているから対象外になるだろうしね。

 初対面の人間でも嫌う理由にはなる……納得できるかどうかは別問題なんだけど。

 

「(憎まれている理由を予測できても解決に繋げる事は出来ない、か)」


 今更同情出来る理由があったとしても私と敵対すると分かっている時点で何かが変わる訳じゃない。

 どれだけ悲惨な事情があったとしても、自分でその道を選んだ。

 その道中で私と敵対としたというなら、私は一欠けらだって同情はしない。

 だって彼は他の道を全て潰されたからこの道を歩んでいるようには見えないから。

 何処かで自分の意志で選択した結果“此処”にいる。

 そんな相手に同情してやる謂れがあるはずがない。


「(それでも理由がはっきりしてすっきりはしたけどね)」


 憎まれている理由が分からないなんて座り心地の悪い事この上なかった。

 それが分かった事で少しだけすっきりした。

 ……現状何かが変わった訳じゃないけど。


「公爵家の人間たるワタクシに対して何かをしようとするなんて、余程命が要らないんですわね」


 幾ら命を尊ぶラーズシュタインだって、家族が害されてなぁなぁで済ませる訳がない。

 物理的な被害がないからと言って見えなかったふりなんて出来る範囲を超えている。


 けどフェルシュルグは自分の命が脅かされているというのに怒りも悲しみも……恐怖すらなかった。

 生き物は「死」に対して怯える。

 生命活動を止められる事に対して本能的な恐怖を抱くのだ。

 なのにフェルシュルグからはその本能的な恐怖すら感じられない。

 リアが言った事が少しだけ実感として知る事が出来た気がした。

 

 この男は命を諦めている。

 生命力を燃やす事を諦めている。

 無感動なのは諦観の末の結果だったのかもしれない。

 だってこうして自分の先にあるのが「死」かもしれないと分かっているのに相変わらず恐怖の一欠けらも抱いているようには見えないのだから。


「命? 何時消えようとも知った事か」

「ワタクシ、死にたがりは嫌いですの」

「恵まれた貴族如きに何が分かる」

「分かりませんし分かりたくもありませんわね。死にたがりのたわごとなど。――ワタクシに何かを施そうとしたんですわね。魔法かスキルで」

「……まさか『光信号』まで視えているとでも? 【闇の愛し子】は精霊まで視えるとでも言うのか?」

「え?」


 今、この男は何と言った?

 精霊が視えると看過された事も問題だけれど、それ以上に聞き捨てならない単語があった。


「(『光信号』? 今この男は『光信号』と言った?)」


 頭に向けて最高光度まで上げた光精霊を被弾させようとした。

 そしてそれは『光信号』だと言った。

 手をすり抜けた……つまり物質を透過した。

 頭では無く脳内に被弾させる事が目的だった?


「脳内に『光信号』を放つ事で『脳内信号』を乱して、相手の脳内で分泌される『ホルモン』を意図的に、そして確実に自分の望む方向に操作する?」


 そんな事が本当に出来るんだろうか?

 幾らこの世界がファンタジーで『地球』でより正確な知識を得たとしても。


 自分の考えた事が半信半疑のまま私は反応を見ようとフェルシュルグを見上げて……驚きに目を見開く事になった。


 私はフェルシュルグが激変する様を確かに見た。

 

 無感動であり無感情で私に対する憎悪だけを眸に宿していた人形のような男。

 そんな彼が今酷く人間らしく見えた。 


 大きく目を見開き、驚愕を眸に宿し、琥珀色が銀色と金色に点滅し目まぐるしく変化している。

 口はわななき、言葉にならない音を発している。

 

 発露された感情は決して良きモノじゃない。

 けれど私は今初めて彼を“人”だと思った。


「……あ、んた。なんで……このせかいのやつは……わかんねぇ、はずなの……に」


 喘ぐように言葉を紡ぐフェルシュルグを今度は私が無感動に見上げる事になった。

 

 フェルシュルグは『私』と同類なんだろう、きっと。

 『地球』というこの世界とは違う世界で得た知識を持つ人間。

 地球には銀色と金色のオッドアイの人間なんてあまりいないだろうから、多分魂だけ此方の世界来た、転生した人間。

 けれどそれは私と多くの類似点を持つまさしく同類。

 私にとって会いたくて、でも会えなかった理解者になり得る存在。

 

 そんな砂漠から金を見つけ出す程の確率で出会ったであろう存在を前に私の心は何処までも冷え切っていた。


 私は『私』の同類と会いたいと思っていた。

 文献において同じ経験をしている人間が存在していると分かった時から。

 どんな人間かは分からない。

 地球からの転生者、移転者ではないかもしれない。

 それでもこの世界に同じ人間がいない事への恐怖よりはマシだと思っていた。

 家族はいる、親友もいる。

 私は恵まれている。

 それでも……心の奥底にある孤独と飢餓感は満たされる事は無かった。

 満たすためにはこの世界で自分は独りでない事を知らなければいけなかった。――そのためには「同じ」存在が必要であり、出逢える確率の低さは私に絶望を齎した。

 そういった存在が居る事を知っているが故の絶望感を私は受け入れるしかなかった。

 だって私は今の「私」が嫌いな訳じゃなかったから。

 私を愛してくれた人たちを私も愛している。

 私が異端だと知り、それでも受け入れてくれた人たちの愛を真っすぐ受け取りたい。

 だから私は飢餓と絶望を飼いならした。

 それが一番良いと思ったから。

 消す事は出来なくても受け皿を作り受け入れる事は出来ると思ったし、実際飢餓も絶望も私を苛む事は無くなった。


 それを見計らったように満たす事が出来るかもしれない存在が現れるなんて思わなかった。……しかもそれが明確に敵という立場として現れるなんて考えた事も無かった。


 思わぬ真実に心が騒めいたのは一瞬だった。

 幾ら渇望し絶望感まで抱いた、それを埋める事の出来る相手が現れたとしても、それが私の愛したモノを害するというのなら要らない。


 知識を持つ事は多分この世界では生きづらいだろうという事は何となく分かる。

 私はかなり運が良かったという事も分かっている。

 けど選択肢が全く無かったとは思えない。

 異世界の知識は自分を傷つけるかもしれないが、自分を救う事が出来るかもしれない諸刃の刃だ。

 

 目の前で驚愕した男だって此処に至るまで数々の選択肢があったはず。

 その中で私と敵対し私を憎み害するという道を選んだ。

 知識を持つ同郷かもしれない人間というだけでは私が気にかけ手を抜く理由には決してなり得ない。


「(何も知らずその道を選ばざるを得なかったのならば、もしかしたら私は僅かに手が鈍る事があったかもしれない。けど彼は違う)」


 彼に同情する理由も手心を加える理由も私には無い。

 

 それよりも彼の驚愕から読み取れる情報の方がよほど私にとっては重要で。

 自分でも驚く程私の中での切り替えはうまく行った。

 自分の薄情さを嘆く時期はとっくに過ぎてしまった。

 私は私以外にはなり得ないのだから些末事でしかなかった。


「(彼のスキルは【光精霊】の力を借りて脳内信号を乱して洗脳紛いの事をする事? そうだとすればタンゲツェッテが自信満々な理由にも説明が付く。タンゲツェッテは彼にそのスキルを使わせる事で私がタンゲツェッテに惚れるように仕向ければ良い)」


 細かく何を指示する事は多分出来ない。

 けれど惚れた腫れたなんて脳内のホルモンの一つで簡単に錯覚を生み出す事が出来る。

 ただタンゲツェッテを前にして興奮するように仕向けるだけで、それは恋のトキメキに変換される。

 子供ならなおさら。

 もしかしたら【属性検査】の際もそれを強化する効果でも施されていたかもしれない。

 繰り返しスキルを使われれば、それは嘘から真実にすり替わる。

 本当の恋心となってしまえば、「私」の性格ならば全てを受けれてしまう。

 そうすれば後はやりたい放題と言える。


「(……けど、それならば姿を偽る事は別のスキルという事? どう考えても【洗脳】なんてゼルネンスキルだと思われるのに、結界をすり抜けるスキルまで……彼は二つゼルネンスキルを所有しているの?)」


 全く無い話ではあるけど、現実的じゃない気がする。


「(なら彼の持つスキルはもっと自由の利くモノ?)」


 例えば光精霊を自在に操る事の出来るスキル、とか?

 光の屈折を利用して幻のように姿を変える。

 詳しい原理は私も分からないけど、もしかしたら?


 【精霊眼】は精霊を視る事の出来るスキル。

 そして魔力の流れを視る事の出来るスキルでもある。

 もし、私が彼の姿を見破ったのが、無意識に精霊と魔力の流れの両方を視ようとしたためならば。

 スキルとして変換された光精霊を私が見分けた結果だとしたら。


「(動揺している今なら綻びを見つける事が出来るかもしれない)」


 本当ならこの場で逃げる事を選択した方が良い。

 相手は動揺しているけど、私の特異性を感じ取ってしまっているから。

 最初の敗北条件を私が今満たしてしまっているから。


 けど、此処で逃げる事は今後の計画に支障をきたす。

 せめてフェルシュルグが私の事をタンゲツェッテに報告させない。

 それが出来なくても相手の弱点に予測が出来る程度に情報を集める必要がある。

 

 結構な崖っぷちだった。

 まぁフェルシュルグも中々瀬戸際にいるって言うのが唯一の救いな気がするけど。

 なおフェルシュルグは困惑の中にいるようだった。


「なんで、しってる? まさかおれとおなじ? そんなはずが……だっておれのだいきらいないとしごが? おれがずっとのぞんで、それでもてにはいらなかったそんざい? なんで?」


 かなり動揺しているフェルシュルグは私の欲しい情報は落としてくれないけど、彼が本当の意味で同郷であるという確信が出来る情報は口にしていた。

 口調が違うけど、こっちが素らしい。

 同時に姿がブレブレになっている。

 本当の色彩が表に出るたびに光精霊が何かに変換する所が視え、茶色に戻っていく。

 けど動揺して再び本来の色彩に戻る。

 その繰り返しだった。


 ……それは私の予測が強ち外れていないという事の証でもあった。


 自分の推測が当たっているかもしれない事は安堵の理由になるはずなのに、今の私にとってはむしろ苛立ちの理由になっていて。

 みっともなく目の前で正気を失う男に苛立ちが募っていた。


「ちがう。そんなはずはない。だって、だっておれは――「そろそろ魔力が枯渇するのではなくて?」――っ!?」


 優しく声を掛けても良かった。

 多分付け入る隙が全く無い訳じゃないと思う。

 此処で引き入れて牙城を崩すという道もない事も無かった。

 けど私が彼を引き入れる気にはなれなかった。

 最大の障害を取り除くための行為だとしても、私は目の前の死にたがりが気に入らなかった。

 感情で動いていると冷静な部分がブレーキをかけているけど、理性に従えなかった。


 かなり冷たい声が出たと思う。

 一瞬で彼の目に冷静さが宿る程度には。……だとしても全く後悔していない所、私も救えない。

 むしろ我が儘お嬢様の仮面すら被る気が失せていた。

 タンゲツェッテとは別方向でコイツに演技をする必要はないと思った。


「別にワタクシは貴方が暴走すればするほど優位になるので構いませんけれどね? あまり精霊を酷使なさって欲しくありませんわ」

「……精霊が視えているんだな」

「さぁ?」


 答えてなんてあげない。

 敵に答えを求めるなんて愚かな事。

 敵対している人間の情報など求めるモノではなくて奪うモノじゃないかな?


「本当なら此処で貴方を確保して口を塞ぐ事も考えてましたの。その方が手っ取り早いですしね? けれど考えてみればあの親子が貴方の言葉を素直に聞くはずがないという事を思い出しましたわ。なら此処で貴方を逃しても何の問題もありませんわね?」

「……やっぱり貴族は貴族か。どいつもこいつも偽善の仮面を剥げば命の価値など考えてもしねぇロクデナシか」


 吐き捨てる様に言ったフェルシュルグ。

 そこにはちょっと前まで見ていた無感動のお人形さんは居らず、何処か子供のような男がいるだけだった。

 筋が通っているようで通ってない事を言う彼に私はため息を隠さなかった。


「命の価値を論ずる以前の問題ですわね。――ワタクシを害そうとした、今なお憎悪を宿し機会をうかがっているような人間に対しても気にするなと? そんな人間がいればただのアホウですわよ?」


 命を失う事は恐ろしい事だ。

 それは終わりなのだから。

 そんな事百も承知である。

 じゃあ、だからと言って自分の命を狙う相手を受け入れて慈悲深き心で接しろとでも?

 馬鹿らしい。

 貴族だから、ではなく、人としてそんな事が出来る人間がどれだけいると思っているのか。

 

「(それこそ物語の聖女様や他を圧倒する力に絶対的自信を持つ魔王くらいしか出来ないと思うけれど?)――物語のお姫様じゃあるまいに、随分幼い夢をもっているんですわね」


 物言いは業とだ。

 事実子供の私に言われれば相当堪えるだろう。

 案の定フェルシュルグはぐっと言葉に詰まった。

 怒りが眸に宿っているけど、何時も宿っている憎悪よりも何処か勢いが弱い気がした。


「お前は違う。オレと同類じゃない。……『地球』の倫理観を持っていればそんな事言えるはずがねぇからな」

「……はぁ。愚かですわね、本当に」


 違うと思っているならば、そんな相手に対して自分の情報をバラスなんて。

 もっと冷静で恐ろしい男だと思っていたのだけれど、相当動揺しているのかしら?

 意外と行き当たりばったりを能力でどうにかしていったタイプなのかもしれない。

 それとも『記憶』のすり合わせが上手く言っていなくて二重人格みたくなっている事もありえるかな?


「『テレビ画面』の向こう側で誰が死に、誰が怪我しようとも対岸の火事としか見れないような『地球』の倫理観も相当だと思いますけれどね。むしろこの世界の方がより“死”に近い分、命に対して真摯である方が多いとワタクシは思いますけれど?」


 こうやって同郷である事をちらっと出せば思った以上に動揺してくれた。

 いっそ憐れな程だ。


「(『地球』においての記憶が何歳まで生きていて、どれだけ持ち越したかは分からないけど、この世界ではまだまだ子供でしたね。……まぁ人の事は言えないけど)」


 冷静になり切れてないのは私も一緒だ。

 身体に精神が引きずられているのも。

 だからこそ二重人格と疑われかねない程のテンションや精神に差が生まれる。

 彼ももしかしたらその口なのかもしれない。

 それほどまでに普段の彼と目の前の彼の態度には違いが見えた。


「……嘘だ。オレは認めない! 認めてたまるか! お前が同郷だなんて絶対に認めない! お前はオレの憎しみの対象でしかない!」

「お好きなように? 精々信じて頂けるように努力致しませ」


 言葉外に「まぁ無理でしょうけどね」という意味を含ませニッコリ笑う。

 貴族以外でもこの程度は読み取る事は出来るはずだ。


 相当煽っている自覚はある。

 もしかしたら躍起になって報告するかもしれない。

 その必死さにタンゲツェッテ達も信じるかもしれない。

 けど私は言った事を後悔していない。

 それくらい私は目の前のフェルシュルグという同郷の記憶を持つ男が気に入らなかった。


 諸刃の刃を持ちながら、好きに生きる道を選べたのに選ばなかった愚かな男。

 どんな過去を持っているかは知らないけど、憎悪に身を任せ命を諦めた死にたがりの男。


 はっきりと言える、私はこの男が「嫌い」だ。

 欠片程あった遠慮とか手加減って事はとうに吹き飛んだ。

 タンゲツェッテ共に潰してあげる……全力で。


「精々足掻いて下さいませ……もうワタクシ達が止まる理由などないのですから」


 私は冷ややかに、そして愉悦を込めて微笑むとフェルシュルグにそう言い放つのだった。


 ――悪役みたい? 放っておいてくださいな、自覚はありますから。




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