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耐え忍ぶ時






「しんっっっっそこウザイ!!」


 肺の中の息全てを込めた一言は離れの中に溶け込んで……ない気がする。

 確かに厄介事が舞い込んできたと思いましたよ?

 一筋縄じゃいかないとも思いましたけどもね?

 あさってな方向の厄介事過ぎて対応できませんけど?

 有り得なさすぎて勘弁してほしいんですけど!


 もう今までの淑女教育とか異質さを隠すための我が儘お嬢様の演技とか、全部かなぐり捨てて排除したいです。

 ってかあの中庭の、あの時殺ってしまえば良かったと心から、本当に心から思います。

 実際行動に起こしていたらそれはそれで厄介な事になってたんだけどさ。

 もうどっちが良かったのかなぁと黄昏れてしまう程度には現状がウザイです。


「お嬢様」

「なんですか、リア?」


 美味しいお茶を飲んで少しだけ落ち着いた私は、リアの声がやけに無感情な事にようやく気づく。

 というよりも普段なら表情の変化が分かるのに、今のリアは本気で感情が見えませんが、何事?


「お嬢様の平穏を脅かす害虫を駆除する許可を下さい。お嬢様の視界に二度と入らないように致します」

「リアさん?」

「前々から目障りでしたが、こうしてお嬢様の御心を煩わせる輩など綺麗に排除してみせます。勿論お嬢様含めラーズシュタインの方々には一切の御迷惑をおかけいたしません。――ただ一言「許す」と」


 ……うん、すこーしだけ心が揺れたのは私だけの秘密です。


 そんな事出来るのかな? なんて多分愚問なんだろうね。


 クロリアがどんな過去を持っているか、私は知らない。

 けど動きがただ者じゃない事には気づいていた。

 あー、確信したのは私も戦闘技術を教わるようになってからだけどね。

 ともかくリアは私なんかじゃ敵わないくらいの身のこなしを身に着けている。

 ただの元貴族の人間じゃないんだという事に私は気づいている。

 私が聞けばリアは話してくれるだろう事も。

 けどどんな過去だろうとリアはリアであり、私にとって一番の親友である事には変わりない。

 聞く必要性を感じなかった。


「(本人が気にしているなら憂いを除くために努力するけど、リア自身全く気にしていないからなぁ。私も気にしない、って感じになるんだよね)――クロリア、ダメです」


 リアの提案に少しばかり心が揺れたのは確かだけど「許す」と言えない理由が私にはあった。

 リアは反論したそうだったけど、結局口にはしなかった。

 別に口にしても私は罰したりはしないんだけどね。

 警告、忠告、その人を思い告げる耳に痛い言葉は疎むモノじゃないのだから。

 

「確かに気を煩わせているのは確かです。ですが元凶であるあの男を排除しても問題は解決致しません。……問題は既にワタクシだけでは収まらなくなっているのですから」


 既に自体はそこまで大事になっている。

 タンゲツェッテ=バイト=マリナートラヒェツェ一人を排除してもこの厄介事は終結しない。

 だからリアが「今」動いても意味が無い。

 止める理由があるから私はリアを止めるのだ……それも決して人道的な問題じゃなく、ただ意味が無いからという酷い理由で。

 全く酷い主だと思う。

 私は人格者には一生なれないだろうね。

 外側も外側に居る、しかも敵に近しい人間に対しての情けをかけなきゃいけない理由も思いつかないけど。

 

「クロリア。貴方の心は嬉しく思います。ですが「今」はダメなのです。ワタクシと耐え忍びその時を待ちましょう」

「――御意」


 一応今スグどうこうする気は無くなってくれたようで一安心。

 とは言え、此処まで私達を引っ掻き回す所あの男――タンゲツェッテ――は別の意味で大物なのかもしれないと現実逃避的な考えが浮かぶけど。


「これで全部分かってやっているのなら策士と言えるのだけれど……」

「多分何も考えてはいないかと」

「だよねぇ」


 だからこそ脱力感半端ないんだけど、ね。

 本当に目的が他にあって分かってやっているのならば「敵ながら――」って奴なんだけどなぁ。

 残念ながら自称君的には100%マジでやっているっているのが何とも言えない。

 別の意味で疲れるから問題なんだよね、本当に。


 

 あの中庭の一件からタンゲツェッテ――フルで呼ぶのは至極面倒だから色々省略で名前呼び――はちょくちょく……本当に在り得ないくらいちょくちょく我が家に来るようになった。

 最初は匂いがキツイ『薔薇』のような花を持って。

 多分金銭的に余裕のある人間しか購入できないお高い花なんだと思うけど、正直言って私の好みではありません。

 中庭に咲いている花は季節に合わせて色鮮やかに目を楽しませる。

 一つの花が突出していれば、それだけで庭の調和を壊してしまう。

 そんな事を気にしもしないで、ただ自らの権威を誇示した花はまるでタンゲツェッテ、その人そのものを表しているようだと思った。


 まさか我が公爵家に再び足を踏み入れられるとは思っていなかったから驚いて言葉を失った事は失態だと思ってる。

 言い返して二度と来るなとあの時言っていれば良かった。

 そうすればこんなにイライラする事なんて無かったのに。


 そう、本来ならタンゲツェッテが来れる訳がないのだ。

 だってあの中庭に誰も招待無く足を踏み入れるって言う事はそういう事なんだから。

 お父様も良き笑顔を浮かべていたし、出入り禁止くらいにはなるはずだった。

 あわよくば分家からも外してしまえば? と思っていたのは多分私だけじゃない。

 でも箱を開けてみればはほぼ無罪放免状態。

 タンゲツェッテはおざなりの謝罪を花と共によこし、もう過去の出来事にしてしまっている。

 

 私は当然お父様に抗議した。

 幾ら私がまだ公爵家の人間として認められたばかりとは言え、権力の一部を有しているのだし、あそこにはお兄様も居た。

 そこに土足で踏み入った男をどうしてそんなあっさり許してしまうのか、と。

 

 ……まぁ結果として言っちゃうと、お父様は「許した」なんて一言も言っていないのだという事が分かった。

 私――キースダーリエ公爵令嬢――に対しての謝罪する事を勧めただけ。

 それは別に水に流すって事でも無くて、ただ一般常識的に謝罪するのが当たり前だよね? って話でしかない。

 お父様はそれで許すなんて一言も言ってないし、罪咎は無くなりはしない。

 つまり「謝った? うん、それって人として当たり前だよね? けど謝って許されたら『警察』はいらないよね?」って事だ。

 『警察』に当たる組織はこの世界では騎士団や自警団の類かな? とまぁそこらへんはともかく、そんな感じである。

 

「……自称君が今なお罪を重ねているのはいいんだけどね。許されていたと思っていた罪が許されないと分かった時の顔が早く見たいと思うくらいはウンザリしている訳だし」

「裏を読む事も知らずに貴族を名乗るとは浅はかな男ですね、どこまでも」

「リア辛辣! けど同意しかないわ」


 貴族とは笑顔でニッコリ、裏では相手の暗殺計画を立てる程度の使い分けが出来ないといけないと思ってる。

 まぁ此処まで過激じゃなくても、それに近しい事はやってるよねって話だ。

 確かに清廉潔白で穢れの無い貴族も居ると思う。

 けどそんな人には裏で暗い部分を全部持ってくれる仲間や部下が居る。

 暗い部分を受け持ってくれているからこそ清廉潔白でいられるんだ。


「(あ。けどそんな部下や仲間のしている事を知り、受け入れるからこそ、か。つまり清廉潔白な貴族なんて居ないって事になる、か)」


 ゲームに置いてのヒロインは純粋で心優しい、物語の聖女のような性格だった気がする。

 他人の悲しみに共感し涙を流し、他人の不幸に憤り、他人の寂しさに寄り添い、自分の喜びを人と分かち合う。

 現実には絶対に居ない、まさに聖女という存在を体現したような設定だった。

 まぁ攻略キャラの闇に寄り添い救う事で相手と親密になっていくんだから、そんなキャラ設定になるよなぁと思ってた。

 穿った見方だけど、其処まで出来た人間じゃないと人の心の闇を暴き、癒す事なんて出来ないって事なんだと思う。

 たった一人の心に寄り添う事だって普通に考えれば難しいのに、色々な形の闇を抱いたキャラが多数いるんだから。

 全てに適応するにはそりゃ物語の聖女様級の出来た設定じゃなきゃダメだよね。

 ……ちなみに『地球』で似たような事は言った事がある。

 乙女ゲームのファンに言ったら殴られそうだと言う事も自覚していた。

 けど流石に私の友人達、皆一様に爆笑してたね、うん。

 誰一人として否定しなかったのが逆に印象的だったよ。

 類友って言葉を強く実感したね、あの時は。


「(裏表がない事は美徳と言えるけど、貴族として生きていくなら、清濁併せ呑む器と人を惹きつける人望が必要になると思う。けどそんな器があるようには到底思えない)」


 子供が子供なら親も親って感じだし。


 マリナートラヒェツェ現当主は典型的なダメ貴族主義の魔法至上主義者である。

 小賢しい知恵も持ち合わせていない、強きに尻尾を振り、弱きを虐げる俗物。

 生きてる年数はそれなりだから完全に潰される事が無いギリギリを見極める程度の事は出来ているけど、それだけ。

 お父様含め本家であるラーズシュタインを完全に見下している。

 お父様が錬金術師であるためにお父様に対して「魔法を使えぬ者」として蔑み、お母様に下卑た視線を向け、お兄様を傀儡にしようと虎視眈々と狙っている。

 多分私も将来愛人にでもとか思ってそう。

 私を見る目が気持ち悪過ぎる。

 まぁ今は息子であるタンゲツェッテが私を娶ると勝手に決めているから手を出す気がなさそうだけど。

 親子揃って怖気が走る程気持ち悪い。

 

 けどまぁ詰めが甘いと言うかなんと言うか、私とかお兄様を子供と侮っているので普通に私達にお父様への悪口とかお母様への気持ち悪い願望を口にしてるんだけどね。

 話の内容を理解出来ないとか思ってたのかねぇ?

 お兄様は勿論の事キースダーリエだって人の悪意には聡かった。

 悪意を注がれて気づかないはずが無いし、言葉だって結構理解していた。

 まぁキースダーリエは一々傷つく脆い部分があったけど。

 私は一切ないし、むしろ利用してやる気満々でした。

 ただ流石に半人前と認識されてからは目の前で話す事は無くなった。

 ……言質が取れなくて残念としか思ってないけどね。


「総評して小物って事になるんだよねぇ」

「本来ならばお嬢様にお目通りなど許されない程度の者です」

「階級自体はあんまり気にしないけどね。平民でも良き人なら友達になりたいし」


 元々『一般人』だったから、そこらへんの階級意識は薄い。

 リアは誰が何と言おうと私の親友だし、トーネ先生は素晴らしい講師の一人だし、シュティン先生だって階級を越えて皮肉を言いあえる仲である……ん? やっぱりこれって打ち解けているって言えるのかな?


 今後外に出れるようになれば階級関係無く友人が欲しいと思う。

 『地球』の時に得る事の出来た親友や悪友達に負けない関係を築ける相手が欲しいと思ってる。

 ……まだまだ先の話だけどね。


「このまま罪を重ねればさっくり退場させられると思うけどね。その前に色々な人の堪忍袋が切れそうだけど……私も含めて」

「ウッカリ暗殺してしまいそうです」

「うん、リアさん物騒! 我慢してね? やっても意味ないから」

「はい」


 相変わらず酷い言い方で引き留めつつ、現状維持しか出来ない事に再びため息をつく。


「分からないのは従者の方なんだよね。……名前がフェルシュルグって言う事しか分からないし」


 俗物親子はこの際どうでも良い。

 問題は傍付きとして共に来るフェルシュルグの方である。

 初めて会った時から今に至るまで、彼の表情が動いた事が無い。

 相変わらず無感動で無表情である。

 と、同時に私に対する深い「悪意」の感情も健在なのだ。

 器用だなぁ、と思いつつ笑えない。

 どうやら彼の悪意への対象は私だけらしくお兄様もリアも彼のそれに気づかなかった。

 感情に聡い二人が気づかないって事は多分私に対してだけだという事なんだろうと思う。

 だから原因になり得る出来事を必死に探ったんだけど、結局思い当たらなかった。

 記憶を幾ら浚ってもフェルシュルグに会った事は無い。

 会った事も無い相手に其処まで悪意を抱かれるのは微妙な気分だった。


 別に私は聖人君子じゃないし?

 人の恨みを買う事だって十分にあり得る。

 全てに愛されている人なんて存在しないし。

 とは言え、まだ殆ど外に出た事もない子供に対してあそこまで悪意を抱く事なんてあるんだろうか? とは思ってしまう。

 あれって多分「憎悪」とか「憤怒」とかの類だと思う。

 殆どを心の奥底に押し込んでいて、それでも隠し切れない暗い感情。

 それをフェルシュルグの眸から感じ取ったんだろうね。

 ……一体私の何が其処まで彼の憎悪を掻き立てているか分からなかった。


 ラーズシュタイン公爵令嬢に対してなのか、それとも私に対してなのか。

 分からない事だらけど、彼は何時か行動に出るという事だけは分かっている。

 その対象は、私であろう事も。

 ……だって彼は一度「私」に危害を加えているのだから。


「ねぇリア。彼……フェルシュルグは貴族だと思う?」

「……難しい所だと思います。一応の礼節は教えられているようですが、仕草に慣れが感じられませんでした。生まれながらに学んでいる者の動きとは思えません」

「私もそう思う。だとしたらフェルシュルグは平民って事になる。なのにあの貴族至上主義であるマリナートラヒェツェ子息の傍付きになっている。それが私には信じられないの」

「はい」

「何かしらの取引の結果だとは思う。けど平民を嫌う人間が平民を受け入れるような条件も、其処までして貴族と共にいる事で果たす目的も私には思いつかない。だから私には彼が全く理解できないの」


 平民に対する普段の言動を見る限り、フェルシュルグのマリナートラヒェツェでの扱いは決して良いとは思えない。

 それは息子である彼からもれる言動から推測できる。

 それでもなお共にいる理由も、本家であるラーズシュタインに強く出れる訳も……私には分からない事だらけだった。

 分からないから迂闊に動く事が出来ない。

 だってそれは隙を作る事と同義だから。

 歯がゆくてイライラして最悪の気分なのに、現状を維持する事か出来ない。

 実力不足の自分に対するやるせなさも混ざって私の心はガタガタだった。


 リアにこうやって弱音を溢しては、言ってしまった事に後悔する……悪循環だとは分かっていても止める事の出来ない。

 現状に私はウンザリしていた。

 何かきっかけが欲しかった。

 些細な切っ掛けで良い。

 それがあれば撃退の道筋を考えて見せるというのに。

 思考がから回っている自覚はあった……それが決して良い状態ではないと言う事にも。

 けど、だからこそリアの言葉は凄く嬉しくかったし、冷静になる事も出来たんだと思う。


「お嬢様――ダーリエ様。そんなお顔をなさらないで下さい。貴方が不足を憂いているのは知っておりますが、相手は何時かボロを出すはずです。それは本当に些細な、一瞬の隙かもしれません。ですがダーリエ様なら、そのチャンスを無駄にしないとリアは分かっております」

「リア。……有難う。そして御免」


 私はリアの主として親友として弱音ばかり吐いてはいられない。

 だって私はラーズシュタイン公爵家令嬢、キースダーリエなのだから。

 

 軽く両方の頬を叩くと私は笑った。

 淑女たる者、優雅に笑顔を忘れず、ですわね。

 笑顔の裏で一欠けらも悟らせず相手を叩きのめす計画を立てて見せる……それこそ貴族という相手の土壌でね。

 相手がボロを出すまで耐えて見せる。

 

「今は忍耐の時……耐えきって見せるわよ、リア」

「はい。何処までもお供致します、ダーリエ様」



 その時は案外早くやってきた。

 気が抜けるくらいあっさり、ね。





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