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舞台裏は密やかに【シュティンヒパル=バロニア=コルラレ】

キースダーリエの座学の講師であるシュティンヒパル先生視点です。






「お前の娘は【神々の気紛れ】を囁かれたらしいぞ」


 薄々感じていたのかオーヴェは私の言葉に動揺する事無く苦笑している。

 むしろ後ろにいるツィトーネの方が驚愕しているのか喧しい。

 そんな後ろを無視して私は向き直る。

 【錬金術師】シュティンヒパル=バロニア=コルラレとしてラーズシュタイン公爵であるオーヴェシュタイン=ディック=ラーズシュタインに自分の見て来た事を報告するために。

 私がラーズシュタイン家の息女であるキースダーリエ嬢の家庭教師に付いたのはある疑惑を見極めるためだった。

 今この時だけは私とコイツは学園時代の友人ではなく【錬金術師】と公爵家当主なのだ。

 緊迫した空気が部屋を支配するのは当たり前の事だろう。

 私の報告如何によってはキースダーリエ嬢の進退が決まるのだから……一応の所だが。


 ――相当の事が無ければコイツはあの娘を排除などしないだろうがな。


 キースダーリエという人格が完全に消え、代わりに悪しきモノがあの娘の体を支配している。

 滅する事こそ救いだと……そう断定しない限りコイツが自分の娘を害する事は無い。

 下手をすると中が別人となったとしても新しい娘として迎え入れかねない。

 今までの娘の死を悼み、だが新しい娘が生まれた事を尊ぶ。

 その程度の事をコイツ等はしかねない。

 コイツもラーヤもそういう所は全く貴族らしくは無い。

 これでいて社交界では「悪魔」だの「死神」だの言われているのだから貴族どもの見る目の無い事を、と思ってしまう。

 ……だからこそ私のような人間とも付き合いが途切れないのかもしれないがな。


 私がオーヴェに頼まれたのは娘であるキースダーリエ嬢に起きた変異についての調査だった。


 キースダーリエ嬢は【属性検査】の際害され深い眠りについた。

 七日程で目が覚めたらしいが、その時【神々の気紛れ】が起こしたらしい。

 そのためキースダーリエ嬢は「前」とは違う人間となった……かもしれないという話だったため調査が必要となったのだ。


 【神々の気紛れ】とはこの世界とは違う魂が流転してしまう現象の総称である。


 異界よりその身ごと移動している「渡り人」

 魂のみがこの世界に渡り肉体はこの世界のモノであるという「巡り人」


 彼、ないし彼女等は自らの意志でこの世界に来る訳では無い。

 それら全てはこの世界を創りし神々の御業と言われている。

 実際この世界で渡り人も巡り人も度々文献に現れる。

 その誰もが世界を動かす力を持ち、事実世界を変えて来た。

 ただ文献に残っているという事は目立っているという事。

 本来はもっと多くの人数がいるのだろうと私は思っている。

 その多くが平凡な人生を歩み、一部はあっさりと儚くなってしまったのだろう。

 その中で何かしらの力を有して世界を動かした人間だけが文献に残った。

 真実とはそんな所なんだろうと思っている。

 

 現在【神々の気紛れ】は国の長や最側近の極一部、そして私のように「異界」を調べた事のある人間しか知らない現象だ。

 ツィトーネのように偶然居合わせて知った人間もいるかもしれないが数は多くは無いはずだ。

 大半の人間にとって渡り人も巡り人も御伽噺に登場する幻想の存在と言える。

 

 ただし教会は神々から神託を受け取る事でそう言った人間を保護したりしている、らしい。

 ただ本当にその人間が「異界」からの客人かどうかを知る術は私には無いが。

 

 現象を知る人間の身近で【気紛れ】が起こった場合対象は徹底的に調べ上げられる。

 現象を知る人間とは国の上層部とイコールで結ばれるからだ。

 身近に危険人物を置く危険性を考えての必要な処置と言えるが、まさかオーヴェの娘に起こるとは思わなかった。


 【神の気紛れ】が囁かれた場合、それまでの記憶が残るか残らないかは人によるらしい。

 一切前の記憶も人格も継続しなかった場合もあるし、逆に人格も何もかも前と同じであり、ぼんやりと異界の記憶を有する場合もあるらしい。

 人格が変わらない場合は問題は無い。

 記憶を有した事で暴走さえしなければ国に貢献するかあるいは静かに前と変わらず生きていく事も可能だ。

 問題は人格が別人に代わってしまった場合だった。

 代わりに宿った人格が危険人物ならば元の身内として始末する必要性が出てくる。

 顔は愛した人間と同じなのに、持ちえたモノを悪用し災厄を振りまくというのならば、最後の慈悲として我が手で始末するのだ。

 それは貴族としての責務であり神より与えられし試練とされている。


 だから今回キースダーリエ嬢が別の何かに成り代わっていればオーヴェが始末するはずだった。

 ただオーヴェやラーヤにそんな事が出来ると私は到底思えない。

 貴族らしくない、だが貴族の世界で生きている二人は全うに子供を愛し、家族を愛する人間だ。

 そんな人間が最後の慈悲だからと言って娘を始末する事が出来るのか?

 出来るはずがない。

 ギリギリまで回避できる道を探すに決まっている。

 例えその事で自分の身を幾ら圧迫しようとも諦めない。

 それがオーヴェシュタインという人間なのだから。

 貴族としての生き残るだけの能力を有しながら貴族らしくない精神。

 コイツこそ神に何かしらの試練を与えられているのではないかと。

 ラーヤも大概同類だと思うがな。


 だから私は勝手に決めていた。

 私にとって数少ない「友人」と呼べるコイツ等に代わり、その時が来たら私が手を下そう、と。

 その事で二人から憎まれようとも、嘆かれようとも。

 愛されていた人間からの最後が幾ら慈悲だと言われようとも、私には関係がない。

 私にとって友人はオーヴェとラーヤであり、その身内は考慮の外なのだから。

 これは二人のためですらない。

 私が勝手に決め、勝手に行動する事だ。

 自己満足であり、誰かのためなんて言う綺麗事を言うつもりは毛頭なかった。

 

 私の狭い世界にとってオーヴェやラーヤは内側であるが、その息子や娘は外側の存在だ。

 だからこそ最期の慈悲など施してやるつもりは全く無い上、躊躇する事も無い。

 内側に入っていない人間がどんな風に死のうが、私にはどうでもよい事だからだ。


 私は自分が破綻した人間だと自覚している。

 生来のモノか培われてきた環境によるモノかは分からないが、強固な壁に囲まれた狭い世界、それが私にとっての全てなのだ。

 だから世界の外側から何を喚いたとしても心に欠片も響く事は無い。

 表面上繕う事すら普段はしない。

 だから私は変わり者として爵位を持ちながら領地も持たず、普段は山中に居を構え一人で暮らしている。

 貴族と関わる事の少ない今を私は心から歓迎している。

 

 今回の子供への指導とて本来なら絶対に引き受けはしない。

 【神々の気紛れ】が起こったかもしれない。

 そうオーヴェに告げられたからこそ私は此処にいる。

 見極め、場合によっては始末するために。


 結果は問題ないという事が分かっただけだったがな。


「……やっぱりそうか。多分、前の記憶はあると思うのだけれど」

「あるだろうな。兄に対しての言葉は前を覚えていなければ出てこない発言のようだからな」

「人格も基本はダーリエのままだと思うんだ。ただ……急速に「大人」になってしまったようだけれどね」

「考える知能は持ち合わせている。精神もそれなりに成熟している。だがあのままでは意識して無茶をするだろう。思考する事を辞めない奴が思考を止めず暴走する方が余程厄介だ。……そういう意味ではお前そっくりだがな」

「パルに言われると褒められてる気になるなぁ。君だって思考を回したまま暴走する性質の癖に」

「シュティンヒパルだと何度言えば。――お前と良いツィトーネと良い。いい加減その呼び名は辞めろ。そして私は一切褒めてはいないし、お前のように暴走したりはしない」

「そぉかぁ? パルもオーヴェもそこらへんは同類だと思うぜ? どっちも自覚して全部分かって無茶するんだよな。御蔭で俺じゃ止められん。口じゃ勝てねぇしなぁ」


 相も変わらず私をふざけた呼び名で呼ぶツィトーネを一睨みして私はオーヴェと向き直る。


「それにしてもキース嬢ちゃんが【神々の気紛れ】を囁かれたねぇ。確かに妙に大人びてるとは思ったが。けど嬢ちゃんはオーヴェそっくりだったぞ? 言動と言えば良いのか? 物事の価値観あたりが」

「人格は殆ど変わっていないのだろう。前と変わらない交流をしている所を考えれば異界の記憶を持っているだけと考えられる」

「成程なぁ。基本人格が変わらないならオーヴェに似ていても当たり前だもんな」

「人を観察して自分の動きを決めたり、自分の影響力を把握していたりしているから、そこらへんは異界の記憶の影響を受けているとは思うけれどね」

「異界の人間特有の無邪気さも持ち合わせているように感じられた。だからこそ冷静に暴走する可能性も出てきたがな」

「あーあの年で戦術を考えて戦う事が出来るのはそのせいか。――にしても、嬢ちゃんが俺の言葉に納得していなかったのはそのせいか」


 ツィトーネの言っているのは多分【魔力の枯渇】により倒れた時の事だろう。

 あの時ようやく「キースダーリエ」という存在の本質に触れたようだった。

 だからこそ余計な事にも気づいてしまったのだが。


「外にアールが居たのにも気づいてたんだよね?」

「まぁな。最初から気配消す気は無かったみてぇだし。あのまま入ってくるかと思ったけどな」

「入れないさ。ダーリエのあんな話を聞いちゃったらね。アールも聡い子だ。無意識にだけど概要を掴んでいたんだろうね。……聞いてくれて良かったと思うよ。貴族としてはちょっといただけない行動だけど、ダーリエの正直な気持ちを聞いた事はアールにとって大切な事だった。御蔭で子供二人がもう一度仲良くなれた」

「親馬鹿は健在のようだな」

「最愛のラーヤとの宝物だからね。だけど親馬鹿に値する力を秘めていると思ってもいるよ」

「……否定できねぇんだよな、これが」


 全くだ。

 キースダーリエに関してもそうだが息子であるアールホルン、彼もしっかりオーヴェとラーヤの気質を引き継いでいる。

 年にしては聡いし成熟している。

 キースダーリエと違い生粋の子供である事を考えれば、もしかしたらアールホルンの方が神童と言えるのかもしれないな。

 世間的には確実にキースダーリエがそう呼ばれるだろうが……いや、もしかしたら奇才と呼ばれるかもしれんが。

 神童だろうと奇才だろうとラーズシュタインの人間である限り問題は無い。

 そういった意味ではオーヴェの娘に【神々が気紛れ】を囁いたのは必然、なのかもしれんが。


「何はともあれ、あの娘が悪しき存在ではなくて安心したよ。そして間違いなくダーリエであった事も、かな」


 前の記憶を全く持たず人格も違うのであれば外見はともかく別人と言える。

 それは自らの娘の「死」を意味する。

 別人となった娘を新たな子供として迎えたとしても、オーヴェとラーヤは前の子供の死を悼み悲しむ。

 そういった所が貴族らしくはないと言うのだ。

 これでいて公式な場では一切真実の感情を表に出さずにいられるのだから、無駄な才能と言えばよいのか。

 貴族らしくは無いというのに誰よりも貴族としての能力を有している。

 コイツこそ神に愛され気紛れに構われているのではないかと思ってしまう。

 実際学生時代からコイツは騒動に巻き込まれ、物事の中心にいるような奴だった……いや、少し違うか。

 コイツともう一人、二人で時に騒動を起こし、時に騒動に巻き込まれ、だというのに苦難を乗り越えて最後には騒動の元凶と笑いあう。

 そんなとんでもない二人組だった。

 今でこそ少しばかり落ち着いてはいるが、生来の気質は変えようがない。

 今回の娘の一件とてコイツが引寄せた騒動と考えれば、諦めもつくというもの。


 ――そう言った意味では全くもってそっくりな親子だと言えるな。


 無自覚で騒動を引き起こし、巻き込まれそうな娘の姿を思い浮かべて私はため息をつく。

 息子の方は共に巻き込まれて苦労する姿が今からでも思い浮かぶ。

 だがコイツの息子に生まれ、あの娘の兄に生まれたから、と諦める方が良いだろう。

 

 全ては神々の気紛れであり、試練だ……私は神に世界を創造した存在という敬意しか持ち合わせてはいないがな。


「その点は問題無い。キースダーリエはお前等を裏切る事は無いだろう。……むしろ我が身を蔑ろにし過剰に周囲を守らないように気を配った方が良い」

「……随分ダーリエの事を気にかけているんだね?」

「そのような事は無いが?」

「ふーん。……ダーリエは大事な娘だからなぁ。幾らパルでも簡単にはあげないよ?」

「シュティンヒパルだ。そして何恐ろしい勘違いをしている」

「えー。親子程の年の差はよくある話だからなぁ、貴族の社会では」

「私には全く・塵ほども・その気はない」


 恐ろしい事を言いだしたオーヴェを睨みつけると、コイツは肩を竦めた。

 大半は揶揄いだろうが、一部に本気が見える所本気で質が悪い。

 幾ら貴族社会では親子程年が離れている夫婦も存在しているとは言え私には全くその気はない。

 独身でいるのは貴族の女性という生き物が苦手であり、継ぐ領地も無い、結婚を強要される立場にないからだ。

 私自身貴族の女性を迎えるくらいならば一人でいた方がましだと考えているから問題は無い。

 【錬金術】に関してはその書物に残すか、有り得ないが弟子を取る気になれば弟子に教え込めばよい。

 今更誰かと一生を共にする気など無い。


「けどさ。少なくともダーリエは成長しても普通の貴族の女性とはならないよ?」

「貴様は全くその気がないのに、何を考えている?」

「まぁ確かにダーリエは可愛い僕の宝物だし、今の時点で誰かに嫁がせるなんて考えてもいないけどさ。……例えそれが一般的に貴族の女性の幸せだとしてもね?」


 貴族の女性とは貴族の男性に嫁ぎ、子を成し、家を守る事こそ幸福とされている。

 騎士には女性の騎士も存在する、又【錬金術師】や【魔術師】の中にも女性は存在する。

 だが女性が自らの力と意志だけで生きていると「変わり者」の誹りは免れない。

 【錬金術師】としての観点で言うならば、至極馬鹿らしい事だが、貴族社会ではそれが「当たり前」なのだ。

 ラーヤのように【魔術師】で有りながら公爵家の奥方の務めを果たしているような人間もまた変わり者の称号は免れないが。


「僕はダーリエが心から幸せでいて欲しいと思っている。そのために貴族と言う地位が邪魔ならば貴族で無くなっても良い。そうなったからと言ってダーリエと僕等が家族である事には変わりはないからね。勿論、心から愛する人と一緒になりたいというのならば最大限の助力はする。寂しいと思ってもそれがダーリエにとって幸せであるなら、ね」

「オーヴェならマジでやるだろうな」

「やるよ? ああ、とは言えダーリエが心から愛して、相手もダーリエを愛してくる人が理想だけどね。思いも重ねなければ寄り添っていても虚しいだけだから。――けど、もし……もしもダーリエが心から愛し相手に愛されるなら、その相手はシュティンヒパル、君でも構わないと思っているよ? 君は僕の自慢の友人なんだからね」


 ……こういう時だけ「パル」とは呼ばないんだ、コイツは。

 何時もの軽口ではなく、誠意を相手に示す時、言葉は通常と変わらない癖に言葉に力がこもる。

 そうやって紡がれた言葉は人の心を動かす。

 コイツは誠意という武器でもって相手を説き伏せる。

 全く持って厄介な存在だ。


「……残念ながら完全なる杞憂だ。私がお前の娘に親しみ以上の感情を抱く事は絶対にありえない」

「随分言い切るんだな?」


 後ろから怪訝そうな事が聞こえてくる。

 オーヴェの眼も又理由を問うていた。


「アレは私と似ている。どのような記憶を継承したかは分からんが、私は自分に惚れる趣味は無い」


 講師として接する中、薄々感じていた事だが、この前の心の一部を聞いた時に確信した。

 キースダーリエと私は同類なのだと。

 前の時はどうかは知らないが、少なくとも今接しているあの娘の思考回路は至極読みやすい。

 それは娘が考え取ろうとしている言動は私が考え取ろうとするであろう行動に酷く近しいからだ。

 勿論性別の差、経験の差なども含めて細かい部分は違うし同じ事をした場合抱いた感想も違う。

 ただ狭い世界の内側と外側に分け、その両者に大きな隔たりがある、外側に向ける冷徹さは私にも馴染みのある感覚だった。

 同じ状況で同じ問題に直面した時「こう動く」が分かる。

 それはつまり、私とキースダーリエの根幹が似通っているという事なのだろう。

 私の今までの生きた軌跡をキースダーリエが歩む事は絶対にありえないのはオーヴェとラーヤの子に生まれた時点で分かっている事だ。

 ならば似ているのは継承した記憶の人格の方なのだろう。

 

 私は断言できる。

 もしもキースダーリエと私の立場が逆だった場合、キースダーリエは同じ事を考え決意する、と。

 二人の手を汚す事無く、慈悲など考えず、始末する……例えその先に訣別があろうとも。

 

 今の所キースダーリエ本人は気づいていない。

 だがそれも時間の問題だろう。

 何時かは気づくし、あの娘も同類の私に親愛以上の思いを抱く事は無い。


「同じようにあちらも自分に惚れるような趣味は無いはずだ」

「気づくまでに惚れたりしたらどうなんだ?」

「今の時点で薄々感じ取っているはずだからありえんと思うが……例え気づくまでに何かしらの感情が芽生えようとも、それが芽吹く事は無い。気付いた時点で自らの意志で摘むだけだ」

「……だから有り得ない?」

「ああ。だから今後は可笑しな考えはしない事だな」

「そっか。――ダーリエはパルと似てるのかぁ。それは確かに親愛以外にはなり得そうもないね。うーん。パルならまだ考える余地があったんだけどなぁ」

「シュティンヒパルだ。――まだ半人前だぞ。今から考える事でもあるまい」

「ま。そうだね」


 あっさりと意見を翻した所、オーヴェも本気では無かったのだろう。

 公爵家のご息女であり【錬金術】の才を持つ人間だ。

 それが知られれば縁談の話は数多く来るだろう。

 禄でもない人間も多く混ざっているに違いない。

 その前に、と多少思ったのだろうが、そこで私を当てはめてどうすると言いたい。

 せめて同世代の人間を探してやれ……幾ら中が今よりも幾分成熟しているとはいえ、子供である事には違いないのだから。


 そもそももっと重要な事があると思うのだが?

 囁かれた事が確定したのならばそれがどういった類のモノなのか知らないといけないのではないのか?


「本人に聞く気はないのか?」

「今の所は無いよ。調査も慣例があったからだし、危険性が無いと分かれば、後はダーリエの自由だからね。一人で苦しんでいるって訳でもないようだしね?」


 ……コイツはこういう所が恐ろしいんだ。

 時々私はコイツに全てを見透かされているのではないかと思う時がある。

 多分キースダーリエは側仕えのメイドにはある程度の事を打ち明けているのだろう。

 一時期は疎遠だったメイドが最近は再びキースダーリエの傍にいる。

 互いに信頼している様子も見て取れた。

 今の時点でキースダーリエが一人思い悩む事はないはずだ。

 だがそんな事を私は一言もオーヴェには言っていないが、その事は既に把握しているようだ。

 

 オーヴェは家族を愛している。

 だがそれは時に厳しく、試練を課すような方法をとる事がある。

 乗り越えるための助力はするが最終的に乗り越えるのは自分の力なのだといわんばかりに突き放す。

 コイツから向けられる「出来る」という絶対的な信頼は裏切る事は難しい。

 オーヴェ自身を知っていれば知っているほど、それは顕著だ。

 実際コイツの息子も一度は突き放された。

 だがその事で腐る事も無く乗り越えて今がある。

 ギリギリの所を見極める事も上手いコイツの方が実際は講師に向いているのではないかと思う。

 公爵を継ぐと決めた時点で講師の道など選ぶはずも無いのだが。

 

 これは突き放しだろうか? それとも別の理由なのだろうか?


「別に異界の記憶があろうとなかろうと僕の大事な娘である事には違いない。だから無理に話させる必要は無いと思っているだけだよ。……教えてくれたらとても嬉しいけどね」

「……そうか」


 心を読まれている気分になってくるな。

 前にツィトーネも「オーヴェって【読心術】のスキルもってるんじゃね?」と言っていたが、持っていても驚かないな。

 他人のステータスを聞くのはマナー違反だから聞きはしないが。


「――シュティンヒパル。調査有難う。【神々の気紛れ】が実際起こった事、其の上で娘はほぼ人格が前のままだと言う事。二点は上に報告しておくよ。これで君達が講師をやる意味が無くなったわけだけど……どうする?」


 「講師を辞めるなら今が丁度良いと思うんだ」と言うオーヴェ。

 確かに調査は終わった。

 私の本業は【錬金術師】であるのだから此処で家庭教師の任を降りても構わないはずだ。


 ――だが……。


 オーヴェを見ると笑っている。

 心の揺らぎを見透かされている気分になり、少しばかり気まずいモノを感じる。

 らしくは無いのは分かっている、がどうやら私は自身に似ていると知ったあの娘に絆されたらしい。

 頭は悪くは無い、言動も私の嫌う子供のそれではない、更に言えば貴族の女性という苦手な存在でもない。

 絶対的に「敵」にならないという確信が持てた事もあって一人の講師として接する事を悪くは無いと感じるのだ。

 アイツからも一人くらい弟子を取れと五月蠅かった事だし、教え子の一人でも取ればいい訳も出来るという打算もある。

 いつの間にかオーヴェとラーヤの娘という肩書の認識からキースダーリエという個別の認識に変わる程絆されていたらしい事には自身の事ながら驚きしかないが。

 

「あ、俺は続けるからな? キース嬢ちゃんは面白いし、これから【採取】に出るようになるなら戦闘力は必須だろ? ――パルも諦めたらどうだ? お前が即答しなかった時点でキース嬢ちゃんをそれなりに気に入ってるって事だろ?」

「シュティンヒパルだ」


 あっさりと言ってくれるモノだ。

 間違っていない所が更に面白くは無い。

 が、ツィトーネが言った通りではあるのだ。

 それなりに教え甲斐のある、私が苦手としない類の存在。

 ……打算などと言いながら続行する理由を考えている時点で答えは出ているという事か。


「――私も行く末が少しばかり気になるからな。もう少し付き合おう」

「有難うシュティンヒパル、ツィトーネ。ダーリエを宜しくね?」


 オーヴェが父親としての顔をして私達に頭を下げる。

 此処で命令をしても許される地位だというのに。

 貴族らしくは無く、だが好ましいと感じる所、もうお手上げと言う事だろう。

 隣を見るとツィトーネもらしくなく苦笑している。

 コイツも何だかんだ平民だという事で苦労してきた口だからな。

 オーヴェがこうでなければ繋がる事は無かった関係だ。

 ……それを心地よいと思っているんだがな。


「おう!」

「ああ」


 万感の思いで私達は短く答えるのだった。



 行く末が気になるというのは強ち言い訳でもない。

 私と根底が似ているが決定的に違う部分を持つあの娘がこれからどう生きていくか。

 私の見えなかった道を世界を見る事が出来るのか?

 それを知るために傍にいるのも悪くは無いだろう。

 ……何処までが言い訳か、私にも分からんがな。



 破天荒な【闇の愛し子】が本来辿る軌跡を知り驚愕するのはもう少し後になってからだった。

 今はただ絆された破天荒な夜が起こす騒動に振り回される、騒がしいが案外悪くない日々を過ごすだけである。

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