風の神殿へ(3)
殿下達と護衛騎士さん達との合流はあっさりと終わった。
さっきまでの心配を返して? って言いたくなるほどあっさりでした。
エルフさんが少々気の立った小動物のようになったけど、思ったよりも落ち着いていたし、私のエルフさんへの対応も突っ込まれる事は無かった。
内心はともかくとして、問題はなさそう。
悩んだ時間を返して下さい、と考えてしまう私以外には何事もない合流でした。
そうして問題無く対面は終わり、いざ神殿へ、という事になったのですが……。
「うーん。これは想定外」
ぼそっと呟いた言葉にクロイツが大きく頷く。
思わずそんな言葉が零れてしまう程には驚いているのだ。
なにせ目の前には幻想的とも言える光景が広がっているのだから。
神木? 大樹? ともかくエルフさんが護っていた神殿の入口を開くための儀式はハープ演奏による魔力の奉納だったらしく、あの変人エルフ……もといエルフの男性があっという間にハープを用意。
エルフさんが大木の前の祭壇らしき場所の前に座るとハープを奏で始めたのだ。
その姿はさすがエルフというべきだろうか?
幻想的であり、壮大。
その美しさは気圧される程だ。
“美”というモノはこういう光景を言うのだろうな、とうっかり納得してしまうぐらいには圧倒的な光景だった。
「(考えてみれば水の神殿に入るためにも儀式が必要だったし、これは想定しておくべきだったかなぁ?)」
光闇の神殿には入る事に条件なんて必要なかったし、推定土の神殿はそもそも建物の姿すら見てないしその場所に行く相当前にいた例のアンドロイド? に追い返されたから考えもしなかったけれど、本来は神殿に入るには儀式が必要なのかもしれない、と今になって思う。
「(と、いう事は置いといて。神殿に入るには儀式がいるってのはおかしくはないんだけど、『ゲーム』には無かった設定な気がするんだよなぁ。だって、ここまで幻想的な『スチル』なら有名になってもおかしくないし。ってか『スチル』にするでしょ、これは。けどなぁ、全く記憶にないんだよねぇ)」
いくら『わたし』がミニゲームにしか興味がなくても、ここまで“圧倒的な美”の光景なら話くらい聞いていてもおかしくないはず。
なのに、一切『わたし』の記憶にない。
そもそも神殿に入るために儀式が必要な事すら初耳なのだが。
「(『ゲーム世界』にはエルフがいたのか、いなかったのか。いたとしても同じ境遇だとは限らない、か)」
『ゲーム』とは違う道を私達は歩んでいると思っている。
そもそも『ゲーム』と極々似た世界であると一応考えている。
だが、それすらも甘い考えだったかもしれない。
「(こうなると、もしかしたら『ゲーム』の時系列ですらあてにならないかもしれない)」
今更だが、気合を入れ直した方がいいかもしれない。
……私達は来年騒動の舞台となる学園に入学するのだから。
内心色々な事が渦巻きながらも演奏を聞いていると水の儀式と同じように魔力が引き出される。
少しばかり他所事を考えていたために制御が一歩遅れてしまう。
「うっ」
「大丈夫か?」
「……はい、大丈夫です。ヴァイディーウス様こそ大丈夫ですか?」
ヴァイディーウス様も光ってるし、前回同様魔力の奉納をさせられているらしい。
前回もだけど何で私達だけなんだろうか?
違いと言えば私達は闇の愛し子でロアベーツィア様は光の愛し子って事ぐらいだけど……あー。
「前回は水で今回は風?」
「キースダーリエ嬢?」
「あ、いえ。もしかしたらワタクシ達だけが魔力を奉納しているのは奉納先が「水」や「風」のためだからかもしれない、と」
「成程。土や火なら奉納を促されるのは弟かもしれませんね」
「可能性はあるな」
ロアベーツィア様も頷いている。
そういえば、お二人はまさに人外の美しさと言えるエルフさんに魅了されていないのだろうか?
魅了を完全に防いでいる私でさえ、圧倒的な美に気圧されたというのに。
探る様に、だがそれを気づかれないようにじっと見ているとヴァイディーウス様は何故か微笑み手を差し伸べてくださった。
どうやらいつの間にか膝をついていたらしい。
その手を取るとゆっくり立ち上がり、さり気なく服の汚れをはらう。
その間にも演奏は続いている。
続いてはいるのだが、殿下達の目には強い熱が無い。
「(魔力量が多いと魅了はかかりにくいのかな?)」
よくよく見てみると叔母も強い魅了に掛かっているようには見えない。
ただ騎士の方々は殿下方や私に比べて魔力量は多くないはず。
その割には騎士の御一人は魅了に掛かっていないような?
「(表に出ないだけ、かな?)」
と、そこらへんは今考える事じゃないか。
それよりも暴走しそうなら止めないと。
私は注意深く、皆を見回すが、暴走するほどのめり込んでいる人はいなさそうだ。
あ、ルビーンが欠伸してる。
あの神がかった光景に対してあの態度は凄い。
本当に獣人族って【主】以外どうでも良いんだなぁ。
何となくどうでも良い事を考えている間に演奏が終わり、透明だが緑色が混じったような階段が発生する。
地味に透明ではなく、薄っすらと色が付いている事に驚く。
「(もしかして水の神殿の時は青色かがっていたのかもなぁ。光ってるって意識の方が強かったから気づかなかったけど)」
そしてここでも階段。
今度は天空にでも連れて行かれるのだろうか?
自分は高所恐怖症だったかなぁとぼんやり考えているとあの男性エルフが両手を開き大仰な手振りでエルフさんを褒めたたえているのが目に入った。
魅了には……かかっているのだろうか?
「(何と言うか魅了されていてもいなくとも対応が変わらない気がするんだよなぁ、あのエルフ)」
目でも見れば違うかもしれないが、見えないしね。
その後、それなりの時間をかけて思う存分賞賛したのか、それとも時間制限でもあって途中で切り上げたのか、どちらにしろ男性エルフは振り向くと再び両手を開く。
「さぁ、聖獣様の御座す場所に行こう!!」
一つ突っ込みたいのだが、何故この男性エルフは自分もついてくる気満々なんだろうか?




