風の神殿へ(2)
そもそも当初の予定とは違い騎士達を此処に呼ぶ事になったのは殿下達も神殿に行く事になったからである。
最初は私達だけでさっさと行ってこうと思っていた。
けれど、殿下達も神殿に興味があるという事が分かり、結果として予定の時間までに森の外にでる事は困難だと言う話になってしまった。
と、いう事で異例の事ではあるが騎士達にもエルフの集落に入る許可が降りたのである。
後々魔法で【誓約】を結ぶ事になったらしいが、それも仕方ない。
騎士達には一応選択肢は与えられた。
けどまぁ、この状況で「では入りませんね」とは言えまい。
「(それにしても、あの真面目さんも魅了にかかるのかねぇ?)」
職務に忠実である事に全振りしているような御仁である。
魅了すらも跳ねのけてしまいそうな気がする。
「(あー。けど洗脳は効いたのか。じゃあ無理かな?)」
だとすれば後々酷く落ち込みそうである。
ん? いや大丈夫か。
エルフの集落には入らないらしいし、案内はあの変人エルフである。
場を弁えるのならば、魅了のチカラを抑えるだろう……多分。
「(……なんだろう。凄く不安になってくるんだけど)」
ま、まぁ、垂れ流しの他のエルフよりはマシという事で。
そうなれば騎士達はエルフに好感を覚えるだけで終わるはず。
そして殿下達も若干魅了されているのでエルフに対して無条件で好感を抱いている。
つまり、騎士達と殿下達が敵対する事もなさそうだし、その事で揉める事はないだろう。
揉めさえしなければ魅了により殿下達に何かを抱く事も何かをする事もない。
最終的に後々落ち込むような出来事も起きない、という話である。
エルフ達も善人である以上、業と何かを仕掛けてくる事もないだろうし。
あの御仁が殿下達の事で落ち込む事はなさそうである。
「(問題は此処に来た時に私のエルフに対する態度の悪さに対して何かしらの苦言が呈される可能性、か)」
騎士の一人はなーぜーか、私に対して敬意? 信仰とまではいかないが、その類の情を抱いている。
魅了され思考がエルフよりになったせいで板挟みにでもなられると後が面倒で仕方ないのではないだろうか?
「(けどなぁ、今更態度を変えるのもなぁ。今度はエルフさんの精神が不安定になる気がする)」
あれ?
もしかして大変なのって私?
えー。
勘弁して欲しい。
「<殿下達の同行を断れば良かったかも>」
「<いきなり何言ってんだ??>」
思わず念話が零れたら、それをクロイツに拾われた。
なので、むしろ巻き込む気満々でクロイツにこれから起こるかもしれない事やエルフさんの事、そしてクロイツ曰く信号機トリオの騎士さんの事を簡単に説明すると「<あー>」と納得した風で頷かれてしまった。
「<確かに、あのエルフはオマエに依存しかけてるな。後、信号機共が魅了されるのは確定だろ。けどまーそっちはそこまで気にする必要はねーと思うぞ?>」
「<何で?>」
「<すこーしばかり板挟みなったとしても、結局は魅了に塗り替えられるだろーしな。一度そうなっちまえば板挟みの時のことなんて忘れちまうんじゃね?>」
「<ふむ。結局私達は魅了を跳ねのけたけど、実際魅了にかかるとそういう風になるのかな?>」
「<じゃねーかとオレは思ってる>」
「<そうなら、確かに、そっちは問題ないね>」
さて、どうなんだろうか?
自分が魅了されかけた時の事を思い浮かべる。
……うーん。
確かに自分の意志みたいのを急速に塗り替えられる感覚と言われれば、そうだったかも?
これが継続して効力を発揮するなら、板挟み自体ならないか。
「<魅了って、対象から離れたら薄れるとかならないのかな?>」
「<なってたら今頃エルフは幻じゃなくなってんじゃね?>」
「<成程。なら大丈夫、かな?>」
私自身は私の態度に対して苦言を呈されても聞き流すだけだし。
それであの真面目な騎士さんがその後板挟みにならないならいっか。
そうすればエルフさんに対して対応を変える必要もないって事だし。
「<うん。問題ないかも>」
「<だろ? 大体、オマエなんでそんなこと気にしてんだ?>」
別にあの信号機共なんてどーでも良いくせに? とストレートに言われて苦笑する。
言っている事が間違っていない事もそれをあえて聞く所も……流石クロイツである、と思ったのだ。
「<まぁ職務をきちんとこなすなら別に気にする事でもないんだけどさ。中途半端に苦悩されると殿下達に護りが薄くなるでしょう? それは問題だなぁと思って>」
「<そういやデンカたちは一応オトモダチ枠か。あいつら、その護衛筆頭だもんな。そりゃ半端は困るか>」
「<そういう事です>」
別に真面目さんがどんだけ悩んでも仕事に影響でないなら幾らでもどうぞ? って感じなんだけどさ。
実際の所真面目過ぎて、影響でそうなんだよねぇ。
「<ま、そこまで気にするこたーねーよ。影響が出るなら護衛から外されるだけだろーよ>」
「<私以上にドライだねぇ>」
「<オレ、あいつらなんて別にどーでも良いし。オマエだってそーだろ? 何、関係ないって顔してんだよ>」
ニヤリと猫らしかぬ笑みを浮かべるクロイツに私も笑む。
「<まーね。問題として私の身に降りかからないならどうでも良いよ>」
殿下達の事が心配なのは事実。
けれど、凄く心配か? と問われれば「否」と答える。
殿下達は愚かではないと知っているからだ。
騎士である彼等の仕事に不安があれば人を変える事ぐらいは出来るし、決断を下す事も出来るだろう。
自分の我が儘で側にいる人間を変えるのであれば、その内周囲から人はいなくなる。
けれど、手抜かりのある人材を何時までもそばに仕えさせていれば?
起こりうる結果を考えれば、それは心優しさではなく怠惰なだけだ。
王族として優柔不断さを指摘こそされ、賞賛されはしないだろう。
勿論、些細な失敗で直ぐに切り捨てるのは苛烈すぎると言われそうだけど、護衛ならば一度のミスが命に係わる訳だし、一定の支持は得られるんじゃないかな?
「<ま。エルフの魅了の効果次第だろうけど>」
「<それこそオレらが考えることじゃねーな>」
「<確かに>」
私はそう答えると、もう少しで来るであろう殿下達を出迎えるために立ち上がるのであった。




