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アタシをここまで掻き乱したのだから、アタシのやることも諦めて受け入れて(4)






「(そう。あれを人族は“きょうしんてき”と言うのね)」


 あの出来事は未だにアタシの心に刻み込まれている。

 けれど、あれに名を付けられて、アタシはようやく落としどころを見つけた気がした。

 未知への恐怖が薄れていく感覚に内心、苦笑する。


「あの、どうかしました?」


 目を上げると、黙り込んでしまっていたからかお嬢さんが恐る恐るアタシを伺っていた。

 アタシは今度こそ苦笑すると大まかにあの出来事を説明する。

 話すことで少しだけ記憶が蘇り、震えもきたけれど、思ったよりも大丈夫だったわ。

 これも落としどころを見つけることが出来た効果かしらね?

 なんてことを内心考えつつ説明を聞いたお嬢さん達は揃って微妙な顔をしていた。


「はン。大変なこったナァ」

「心が籠ってないわね、アンタ」


 獣人族は皆、こんな感じなのかしら?

 顔を顰めているとお嬢さんが獣人の男を窘めた。


「ルビーン。少しは心の声を外に出さない努力をしたらどうなの? ごめんなさい。獣人族は【主】を定めると、他への扱いがどこまでもぞんざいになるようなのです」

「ああ。そういえば文献に、そんなことが書いてあったわ。そう。なら仕方ないわね」

「正直ルビーンの素の性格もある気がしますけれど、まぁ獣人族の本能も大分含まれているかと。従者が失礼な態度をとり申し訳御座いません」

「別にいいわ。その男には何を言っても無駄そうだもの」

「否定できませんわね。ありがとうございます」


 微笑むお嬢さんは先程とは違い貴族の令嬢として完璧と言えるのだと思う。

 けれど、温度の無い笑みはまるでお人形さんのようでうすら寒くなる。

 アタシのそんな心の変化に気づいたのかお嬢さんは肩を竦めて笑んだ。

 今度はさっきまで見ていた温度のあるものだった。

 人形から人へと変わる様は美しい。

 これが生に対する美しさという奴なのかしらね?


 これだとノエルみたいだから少し微妙な気分になるわね。


 心の中でそんなことを考え、小さくため息をつく。


「それで先程のお話ですが。多分貴方の思っていらっしゃる通り、遭遇した相手は狂信的な思いを貴方に抱いたのだと思います。それが貴方に与えられた【枷】の強大さが故か元々の素質かは分かりませんが」

「オマエらだってカミサマを信仰してんだろーけど、誰もその男みてーにはなってねーんだろ? だから元々の素質じゃねーの?」

「そうですね。そうじゃなければ人族は皆、潜在的に狂信者となる素質を有するという事になってしまいますからね。それはあまり笑えません」


 そこで何かを思い出したのかお嬢さんが顔を顰めた。

 同時に獣人族から物騒な気配がにじみ出る。

 あまりの変化に顔を顰める。


「ちょっとアンタ達、息苦しくなるからやめなさい」

「おぉット。ちょっとばかし思い出したラ、腹が立っちまったゼ」

「何があったのよ、一体」


 【主】を持つと全ての意識が主に向かうと言われる獣人族だとしても、思い出しただけであれは有り得ないわよ、普通。

 アタシの問いかけにお嬢さんは首を横に振った。


「話すと長くなりますし、話したくないので話しません」

「はっきり言うわねぇ」

「必要がなければ媚びませんし、忖度もしません。面倒ですし」

「必要がなくてもしてはいけないことでしょう、それは」


 しかも理由も「面倒」って。

 人族って皆、こうなのかしら?


「(いえ、きっとこのお嬢さんが変わってるのでしょうね)」


 でも、だからこそアタシはお嬢さんとこうして話していられるのだろうけれど。

 




 あの人族の男と出逢ってしまってからアタシはこのチカラをコントロールしようと訓練し、もっと効率のよいコントロール方法を探るため、鏡の魔道具を使うことも殆どなくなった。

 一応巡回のために一日一度は見てはいるけれど、時間は凄く短くなったわ。

 その空いた時間にコントロールする術を探し、訓練する。

 なにかに追い立てられるかのように行動するアタシはきっと傍から見て凄く奇妙だったのでしょう。

 あのノエルが心配してアタシにお伺いをたてたぐらいだもの。

 それぐらいでは止められない程、アタシは追い詰められていたわけだけど。

 あのままだとアタシは倒れていたか、もっと疲弊して心が壊れていたかもしれないわ。

 止まることが出来たのは不本意だけどノエルの御蔭。

 アタシは彼にとても驚かされたのよ。

 全く、心に余裕がないアタシを驚かすなんてノエルも何を考えていたのかしらね?

 ……それぐらいしか止める方法がなかったのかもしれないけれど。

 どんな方法で驚かされたかですって?

 本当に驚いたわ。

 だって、ノエルはね、アタシのチカラに対抗したのよ。

 あの時、アタシは一体どんな顔をしていたのかしら?

 多分、とんでもなく驚いた顔をしていたと思うわ。

 ああ、そうね。

 抗われたのが初めてというわけではないのよ。

 少なくとも、前から彼は他のヒトよりもチカラに抗っていたわ。

 アタシを宥めることが出来るくらいにね。

 けれど、あの時の彼は確かにアタシのチカラを「跳ねのけた」。

 そう、完全に跳ねのけたのよ。

 つまり、一時的とはいえ、あの時アタシは一人のヒトだったの。

 その時に感じたモノは言葉にしきれないわ。

 それに、一時とはいえ、冷静になるには充分な時間だった。

 自分を見つめる時間があれば、冷静になる時間があれば。

 アタシは自身がどれだけ無茶をしていたかを理解するには充分だったのよね。

 自分の追い詰められた姿を思い返して羞恥心が湧いてきたり、その後のノエルの言動に素直にはお礼を言えなくなったり。

 心の均衡は取り戻したけれど、代わりに溜息つくことばかりが起こったりもしたけれどね。

 よくよく考えて騒動の中心には何時もノエルがいることも溜息の原因だけど。

 色々あったけれど、その後ノエルと話したり、自分を見つめ直したりしてアタシは自身が心身を壊しかねない無茶をしていることに気づいたわ。

 手探りとは言え、色々試して、心の中を整理したりして、ようやくアタシはアタシになって落ち着いたのよ。






 今のアタシになることが出来た日々を思い出して、それを誇らしく思いながらも、それでも残った傷はアタシの心に影を差す。


「(同族に対して、落ち着いて接することが出来るように、前と同じように振る舞うことができるようになったのはいいことだけれど、人族に対しての恐怖心は残ったままになってしまった)」


 ここまでは来ないけれど、人族は時折集落にやってくる。

 けれど決してアタシは会おうとはしなかった。

 あの時と同じ恐怖に再びあってしまえば、アタシはきっと壊れてしまうと思ったから。

 そう、会う気はなかったのよ。

 昨日ノエルが押しかけてくるまで。

 だって、アタシは……。


「よく会う気になりましたね? 人族に対して恐怖したと言うのに」


 アタシの心を聞いていたのかと思うぐらいのタイミングでかけられた問いかけに対してアタシは咄嗟の答えに詰まってしまう。

 このお嬢さんは心を読むことができるのかしら?

 お嬢さんは再び心が聞こえたかのように微笑んだ。


「別に心なんて読めませんよ?」

「随分、信憑性の薄いことを言うのね」

「ただの疑問だったのですが、どうやらタイミングが良すぎたみたいですね。それで? 何故会って下さったのですか?」


 本当に心が読めないのかしら? なんてことを思いながらも思案する。

 アタシを見る目に“あの光”は見えない。

 ただあるのは好奇心と僅かばかりの心配。

 比重が違うのでは? と思わなくもないけれど、ずっと見たことのない、真っすぐアタシを見る眼差しが心地よいと感じる心の方が強い。

 

「どうして、ね」


 言ってしまえばノエルに押し負けただけ。

 けど、少しだけ。

 ほんの少しだけ後押しする気持ちが無かったわけじゃない。

 それはきっと……――

 

「――……運命に後押しされたのかもしれないわね」


 だって、あの時、アタシは自分の手でその扉を開けたのだから。





 ノエルが突然やってきて「君にあって欲しいヒトがいるんだ!」と言ってきた時、最初アタシは拒絶した。

 当たり前でしょう?

 だって、アタシの知らないヒトってことはエルフ族ではない可能性もあるのだから。

 よくよく話を聞けば人族だというのだから余計、その気持ちは強くなったわ。

 あの時の恐怖をアタシは忘れていない。

 だから、ノエルが何故、アタシにあわせようとしているかが理解出来なかった。

 だってアタシの恐怖を一番近くで見ていて知っているのは彼なのに、と。

 心の奥底に刻み込まれた恐怖を掘り起こすようなことを何故貴方はしようとしているの?

 そう問いかけても彼は笑って答えてくれなかった。

 悲しみと怒りに声を荒げてしまったのは美しくはない行為だと思っているわ。

 頭ではそう考えてもいても止められなかったけれどね。

 

 けれど。


 けれど、あの時ほんの少しだけ心に訴えかけてくる声があったの。

 「会うべきだわ」という声が。

 自身の声だったと思う。

 思うけれど、本当に自分の心からの声だったのかしら? と疑問はある。

 けれど、結局、その声に後押しされてアタシは扉を開けた。

 その時、手が僅かに震えていたのはきっと気のせいじゃない。

 それでもアタシは扉を開けた。

 恐怖と同時に感じていた閉塞感。

 それを吹き飛ばしてくれる……――


「(――……嵐が来ることを期待するアタシがいたのだから)」



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