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ばかで可愛い最愛の妹【アールホルン=ディック=ラーズシュタイン】

キースダーリエの兄であるアールホルン視点です。







 黒・銀・瑠璃の三色に染まった宝石を守るように輝く七色の翼。


 それは高い力を持つ事の証であり【属性】の力すらも使いこなすであろう証。

 今後慢心せず精進さえすればその溢れる才能により輝かしい道が確約された証。

 ……公爵家の女当主となる事すら不可能ではないという事だった。


 妹――キースダーリエ――はボクよりも遥かに豊かな才能に溢れていたのだ。

 ボクはいきなり足元がみえなくなる不安感と共に自分のやって来た事が酷く色あせていくのを感じた。

 

 妹の嬉しそうな後ろ姿がみえる。

 ボクは上手く笑えているだろうか?

 あの娘はボクや家族の感情の機微に聡いから気づかれてしまうかな?

 それは嫌だなと思う反面、気づかれてもいいやと投げやりな気持ちも沸いてくる。

 

 喜ばしい事なのに、素直に喜ぶ心とは別に燻る思いが消えてくれない。

 

 「良かったね」と言ってやりたいのに、声を掛けるのを引き留める心がある。

 「綺麗だね」と一緒に見たいのに、その綺麗さが心苦しく感じてしまう。


 家族の慶事なのに一人喜べない自分が悪いのに、無邪気に喜ぶ妹の姿こそ正しい姿なのに……。

 

 ダーリエが振り返った時ボクは咄嗟に笑みを浮かべた。

 浮かべる事が出来たと思った。

 妹には……ボクを尊敬していると言ってくれた妹に自分の曖昧で醜い心を知られたくはなかった。


 けど……ダーリエはボクを見て驚き、不安に眸が揺れていた。


 ――ああ。本当に聡い娘だね、ダーリエ。


 悲しいくらい感情に聡い可愛い妹。


 だけど、今ボクはそんな可愛い妹と向き合う事を恐ろしいと感じている。






 我がラーズシュタイン家は王国の建国時からある公爵家だ。

 爵位を賜ったのは【錬金術師】であり初代国王の友である人であったと言われている。

 故に我が公爵家は代々【錬金術】の才に恵まれ、優秀な【錬金術師】を輩出している家でもある。

 ボクの父も高位の【錬金術師】であり現国王とご学友であったらしい。

 勿論何時も【錬金術】の高い才を持つ子供が生まれる訳ではないので、当主を継ぐ際に【錬金術師】である必要は無い。

 暗黙の了解でも存在はしていないし、数代前などは【魔術師】の当主が我が公爵家を守り切ったと言われている。

 その事は家庭教師に教えられているし、自分で本を読み確認もしている。


 それでもラーズシュタインの始祖が【錬金術師】である事は変えようがない事実なのである。


 ボクは【錬金術】の才を有さない。

 より正確に言えば才が皆無な訳では無いし【新式】ならば努力次第では大成する事は可能である。

 それでもボクは始祖と同じ、そして父と同じ【古式】で大成する事の出来る才能を有さなかった。

 それを知った分家筋の者達の言葉をボクは今でも忘れられない。

 

 「【錬金術】の技を受け継ぐ事こそラーズシュタインを継ぐという事。だというのに才持たぬ子とは、残念な事だ」

 「それが嫡子とは嘆かわしい事だ。せめて妹に才があればよいのだが」

 「これも生まれのせいか」

 

 過去に【魔術師】であり当主を勤め上げ、ラーズシュタインを守り切った当主の事を切り捨て、妹をただ次期当主としての扱いやすい傀儡としか見ず、母まで侮辱した大人達。

 彼等はボクが意味を理解している事に気づいていない。

 だから好き勝手言って本家筋である家の者を侮辱する。

 そのくせ他家がいる時は横柄に振舞いさも本家を敬っていると嘯く。

 彼等は結局自分の優位を確認し安心したいだけなのだと言う事は分かっている。

 気に掛ける価値も無い相手であるのだろうと言う事も。

 それでも注がれる悪意は確実にボクの中に降り積もり淀みとなっていく。

 

 分かっていても言い返す事の出来ない弱い自分が嫌いだった。


 ボクは【魔術師】である母上の才能を受け継ぎ研鑽さえ怠る事がなければ高位の【魔術師】になる事も可能だと言われている。

 特に【光】と【水】に関しては【上級】だけではなく自ら【魔法】を編み出す事も可能とする力を有している、らしい。

 ラーズシュタインの当主としての資格は十分であるとされ次期当主としての教えも受けていた。

 今の所ボクはそれらを疎ましいとは思っていないし、公爵家を継ぎたくはないなどの思いも抱いた事はない。

 家庭教師となった人達も分家筋の者達とは違いボクを厳しく導いてくれている。

 家族だってそうだ。

 父上は分からない所を聞いたボクを邪険にせず、分かれば褒めてくれた。

 母上はボクの勉強の進展状況を聞いたり息抜きをさせてくれたりしてくれた。

 ……ダーリエだって煮詰まっているボクを心配して散歩などに誘ってくれたりした。

 ボクが家族に恵まれているという事は間違いのない事だった。


 そんな家族の言葉ではなく悪意ある言葉を忘れられないのは、ボクが自分に対して考えていた事だったからだ。

 勿論母上への侮辱の言葉など一切考えた事はない。

 ただ【錬金術】の才を持たないボクがラーズシュタインを継いで良いのか? という疑問はずっとあった。

 妹を傀儡としか見ていない大人には怒りすら覚えたが妹にその才があるのならば、ボクは潔く当主の座を妹に譲るべきではないのか?


 そんな思いが心にあったが故に悪意に飾られた言葉を完全無視する事が出来ず、何時までも心の中に残り続けていた。

 

 妹は賢いと思う。

 視点がボクとは違い、時に突拍子の無い事をしでかすが、決して人を苦しめようとはしない優しい娘だった。

 クロリアの時だって、妹は誰もが厄介事と避ける子供を掬いあげて、心を救った。

 ある時を境にクロリアと名乗りダーリエに付き従う姿やダーリエの笑う顔を見て少しばかり羨ましくなったモノだった。

 ボクもあのような心を許す事の出来る友ともいえる存在が出来るのだろうか? と思って。

 社交界にはいくつか出る事が出来たが、大人の思惑に操られた子供の仮面は剥がれやすい。

 大人の悪意にさらされた事がある身としては子供の思惑など何となく気づいてしまう。

 そんな子供に心を開く事は出来ず、結局表面上の付き合いをするに留まってしまっている。

 貴族として生まれた以上仕方のない事だが、むなしく感じる事もあるのは確かだった。


 仮面を被り当たり障りのない事を話すしかないボクは本当に父上の跡を継ぎ次期当主としてやっていけるのか、と思う時もあった。

 

 ダーリエのように人の心を開き心を救う事の出来る人間にボクはなれない。

 出来るのは経験則から来る相手の思惑を見抜く事だけだった。

 今の所はそれでダーリエを守れるのだからいいが、ダーリエとて頭の良い娘だ、その内自力でどうにかするだろう。

 何時までも可愛い妹でいて欲しいと思ってしまい、自嘲した事もある。

 そこにはボクのエゴが混じってないとは言えないのだから。


 【属性検査】によって明らかにされた妹の才能。

 それはボクに決断の時は近いのだと突き付けていた。

 才能溢れ、何れその力を開花させるであろう妹。

 その才能はきっと【錬金術師】として公爵家に貢献する事が出来るだろう。

 当主としての務めとて賢い妹の事だ、恙なくこなす事が出来るはずだ。

 

 ボクは公爵家にとって最良となる道を選ばなければいけない。

 ……それが例えボクが次期当主としての座を降りるのだという事だとしても。


 今までの事が無駄になるかもしれない。

 そう考えるだけで虚しいような、胸がぽっかり空いたような空しさを感じる。

 それが一番最良の道だというのに。

 それが決断できない自分の優柔不断さが嫌だった。

 同時に奥の奥にある何かだけは絶対に考えてはいけないのだと思っている。

 自分自身の警告を示す何かがそう囁いている気がした。


 ……分かっている、決断の時は近いのだと。

 ただ今は心の整理をつける時間が欲しかった。












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