アタシをここまで掻き乱したのだから、アタシのやることも諦めて受け入れて(2)
「(多分、アタシはあの時“愚かになる”という道もあったのでしょうね)」
同族に傅かれて、賞賛と敬意だけを受け、自分は神に愛された子であると。
その内、アタシは神すら超える存在へと変わっていく。
そんな愚かなことを恥じることなく口にする生き物になる道もアタシにはあった。
今まで知ったことから目を背けて、目に入る賞賛だけを受け取る日々。
そちらに傾くことは簡単だったはず。
けれど、アタシはそんな愚か者にはなりたくはなかった。
「(アタシの矜持はそんな愚かな自身を絶対に受け入れることはない)」
今、アタシの進んでいる道は決して楽とはいえない道だわ。
だとしても愚かな道を選んだ愚かな自身を羨む心はない。
それが答えなのよ。
あるだけの知識を吸収し、アタシは一度立ち止まることになってしまった。
それは元々人族の【枷】として与えられた代物であるこのチカラをどうにかする方法が思いつかなかったから。
神より与えられしモノをアタシ如きがどうにか出来るはずがない。
思い込みと言われればそうだけど、そうとしか考えられなかったことも思考の停止を招いていた。
文献にもアタシと同じ存在は記されていなかったし、村長を始め大人達はコレに対して何かをしようとする考えすらなかった。
結局、アタシは愚か者にならないように自制するしかなかったの。
それから、この場所に落ち着くまでの日々はあまり思い出したくないわね。
アタシの自制心を試すかのように周囲はアタシを「肯定」し続けた。
賞賛しかないということがここまで恐ろしいとは思わなかったわ。
アタシを叱る相手がいないと言うのはアタシという存在を自身で形作るしかないってこと。
善悪を知るために“アタシという存在を含まない集団”を観察するしか方法なかった。
それがどれだけ難しいことか。
今、アタシは自身がそれらを正確に認識しているか自信がないのよね。
多分、大丈夫だと思うけれど、ね。
ともかく……ヒトによってアタシに対するのめり込み度が違うことに気づくまでが本当に長かったわ。
正直に言ってしまえば、あと少しその期間が長ければアタシは楽な方へと逃げていたかもしれない。
それぐらい長くて苦しい日々だったわ。
それを打破するきっかけはやっぱりというべきかしら。
ノエルだったわ。
彼は初めて話をした時から他のヒトとは少し違っていた。
そうね。
彼もアタシを叱ることはできなかった。
けれど、彼だけはアタシを窘めることはできたのよ。
その事実がアタシとってどれだけ希望だったことか。
本人には絶対言ってやらないけどね。
そんなノエルでもアタシに完全に逆らうことは難しかった。
それでも彼はアタシにコントロール方法を教えてくれて、訓練にも付き合ってくれた。
おかげでアタシは他のヒトよりも大分強いとしても、ノエルのようにアタシを窘めることが出来るヒトが出来る程度にはコントロールすることができるようになったわ。
そうして神殿への正規の道を護る守り人としてこの場に移ることも出来た。
もしも【チカラ】が強いままでは決して実現しなかったわ。
だって、手元に置いておきたいと。
目を離すことに強い忌避感が大半の大人にはあったみたいだから。
「(今でも分からないのよね。どうしてあの人たちはアタシが離れることにあそこまで強い忌避感を抱いていたのか)」
小競り合いとも言える騒動を思い出し、小さく嘆息すると、それに気づいたのかお嬢さんが振り返り首を傾げた。
「何かありましたか?」
「いえ? 森に魔法はかかっているし、魔力も順調に抜けているわ」
「では、何か他に懸念でも?」
全くアタシの影響を受けないお嬢さん。
アタシは何となく、未だに謎になっている部分を話しても良いのではないかと思ったの。
答えが出れば良いし、出なくとも時間潰しくらいにはなると思ったから。
軽い気持ちでアタシは話を切り出す。
けれど、アタシの説明にお嬢さんは思ったよりも真剣な表情になってしまった。
「本当ニ、アンタは箱入りなんだナ」
馬鹿にした声というのはきっと、こういうモノなのね、といわんばかりの獣人の言葉と態度にアタシは眉を顰める。
「箱入りだから、かな? 普通のヒトは信仰の対象になんてならないし、それが分からなくても仕方ないなんじゃない?」
「信仰?」
言っている意味が分からなかった。
信仰がどういったものが知らないわけじゃないわ。
アタシ達は皆、神々に護れられ、育まれた命だもの。
だから神々を信仰するのは普通のこと。
けど、その時の神々への眼差しとアタシに向けられた不可解な感情は決して同じものとは言えない。
なのにあれも信仰と言ってしまって良いの?
そう伝えるとお嬢さんは頭を抱えて、獣人達はしかめっ面になった。
「うーん。流石というべきですかね。……善人集団おっかない」
前半はともかく後半はエルフであるアタシですら聞こえない小さな声だった。
「えぇとですね。ワタクシはその方とあった事もないので憶測になりますが。その方達は貴方に“狂信的”な思いを抱いているのでは?」
「きょうしんてき、というのは文献で見たわ。あれがそうなの?」
「うーん。話を聞く限り、間違っていても、遠くないモノではないかと思います」
「そう。あれが」
ああ、あれがそうなのね?
何となくすっきりした気分だわ。
きょうしんてきな信仰心は時に相手を害することすら辞さないと書かれていた。
あの人達がそんなことするとは思えないし、アタシだってそんなことは絶対に頼まない。
けれど、もしも頼めば実行してしまいそうな危うさをあの時感じた。
すっきりはしたけれど、更に疑問はわいてくる。
「その感情は酷くなるとどうなるの?」
「そうですね。色々だとは思いますが。……たとえば貴方に狂信的な思いを抱いた場合、貴方の心情を勝手に推測して動くとかですかね? 貴方が少し不愉快な表情をしただけでその相手を排除してしまったり?」
「っ!?」
お嬢さんの言葉に過去にあったとある出来事が鮮明に浮かび上がって来た。
忘れていたのに。
……いえ、忘れてなんかいなかったのね。
ただ記憶の奥底に閉じ込めて、それでも恐怖心だけは残ってしまった、あの出来事。
それがただ鮮明に思い出されただけ。
恐怖心も共に鮮明になったけど、仕方ないかもしれない。
だって、あの時、アタシは人族という存在に心から恐怖したのだもの。




