エルフの寵児(4)
「君はやはり素晴らしい!」
沈黙を破ったのは案の定? というべきか、好奇心だけで成り立っているようなエルフだった。
「僕達にはない視点! 更にそこから数多の可能性を考えだし、更に検証してみる気概! 君は本当に研究者向きだね! 是非討論を戦わせてみたい!」
「お断りします」
おっと本音が。
幸いにも誰にも突っ込まれなかったけど。
むしろクロイツからは同意までもらったりしたけど。
失言は失言です。
申し訳御座いません。
撤回はしませんけどね。
さりとてこのエルフは折れるという言葉を知らないらしい。
満面の笑みを浮かべたままだし、諦めはしないだろう。
「僕は諦めが悪いんだ」
ほら、ね。
「さようですか。ワタクシには関係のないお話で御座いますね」
ああ、猫がボロボロと剥げていく。
けどさ。
もう良いよね?
……あ、エルフさんがいるか。
けどまぁ今後会う事もないだろうし、もういいや。
私は猫を豪快に剥ぐ。
気づいたのかクロイツなんて影で応援しているざまだ。
相当目の前のエルフにイライラが募っていたらしい。
気づいているのか、いないのか。
いや、関係無いのだろう。
エルフは相変わらず舞台上のような大仰な仕草で手を広げ口を開いた。
「何時か君の心の扉が開く時を待っているよ! 勿論アプローチはするけどね! 偶にで構わないから僕からのノックに耳を傾けてくれたまえ!」
「開く前に寿命が来ますが、それでもよければ幾らでも頑張って下さいまし。退屈しのぎにもならないと思いますけれどね」
もはや皮肉が隠れておらず、皮肉の形式をなしていないが、いいだろう。
そうやってどこまでも辛辣に返し続けていると前からゴホンと言う音が聞こえた。
視線を向けるとエルフさんが何とも言えない表情で私を見ていたのだった。
「アンタ、凄いわね」
「凄い?」
「この男が好奇心旺盛でどうしようもないのは事実よ。けれど、口が回るのも事実なのよねぇ。後、勢いも凄いでしょう? なのに負けず言い返すことが出来るなんて。これはノエルが気に入るわけだわ」
「嬉しくないですね」
「でしょうねぇ」
この男が気に入る相手って凄く気が合うか完全に嫌われるかのどちらかだもの、とあっさりと言うエルフさんに私は頭痛を感じる。
この場合前者は叔母で後者は私である、という事なのだろう。
心の底から認めたくは無いのだが。
「諦めた方が建設的よ?」
「お断りします」
この集落を出れば会う事はない! ……はず。
「アタシは諦めたけれどね。……いえ、アタシのために色々してくれたのも事実だから断り切れなかったと言った所かしら」
小さく笑うエルフさんは外見の突飛さを除けば普通のヒトと言った感じなのかもしれない。
少なくとも他のエルフ族と違い、私達の嫌悪を掻き立てる要素は少ないのではないかと感じた。
私はエルフさんの方を向く。
「簡単にお話はお伺いいたしました。ですがワタクシは貴方では御座いません。ですので勿論心の内までは分かりません。ですからお聞きしたいのです。貴方は今でも魅了の力を制御なさりたいと思っているのですか?」
話を聞くのは良い。
まぁエルフの目的も果たされたと言って良いだろう。
【完全遮断】は神々から与えられし【枷】ですら防ぐ事が出来る。
と、分かったのだから。
だが、今回の邂逅にはエルフさんの意志は介在していない。
知っている事なんてエルフさんが嘗て魅了をコントロールしたがっていた事とある程度しかできなかった事、そして今は同族と離れて暮らしている事ぐらいだ。
私は何となくエルフさんの意志を確認したいと思ったのだ。
突然の質問に驚いたのかエルフも口を閉ざし、エルフさんは軽く目を見開いたまま口ごもる。
答えをじっと待っているとエルフさんは小さく嘆息して口を開いた。
「ええ。アタシは今でも魅了の力をコントロールしたいと思っているわ」
「そうですか。……なら、試してみますか?」
私は空間から腕輪の魔道具を一つ出す。
「これは装備をした存在が無意識下で放出した魔力を吸収し腕輪を通して体内へ循環させる効果があります」
より正確に言えば体外に放出された魔力の他にも周囲を漂う魔力も、だけど。
まぁそこまでは言わなくても良いだろう。
後、用途だが“多分魔力の精錬に役に立つとは思う”程度に考えている。
あまり役に立つ魔道具とは言えない。
ただ今回に関しては諸刃の剣ではないかとも考えている。
エルフ族の魅了の源が魔力である場合、この魔道具により体外に放出され相手を魅了する前に吸収する事は出来るだろう。
ただ体内に循環した場合高濃度になり戻っていく。
つまりその魔力を使い魅了の力を発動させると生来よりも強い力となる可能性があるのだ。
なら使わないで体内に留めておけばよい?
普通の人ならそれでいいけど、私達のような高い魔力量の存在はそうはいかない。
体内の魔力が許容量を超えてしまえば暴走するし、その被害は甚大なモノになってしまう。
結局、こまめに魔力を放出する必要性があるのだ。
その点を考えればこの魔道具は諸刃の剣と言えるのではないだろうか?
「かりにこの魔道具が上手く魅了の力を抑えたとしても気休めにしかならないと思いますし、何かしら別の方法で魔力を放出する必要性が高いです」
そもそも魔道具として完成とはいえないのだ、コレは。
魔力を吸収し体内に流して循環させる、その効果は使用し続ける間は永遠に繰り返される。
結果高濃度の魔力に酔うか高まり過ぎた魔力が暴走するか。
多分この魔道具は何処かで無害な魔力として放出されるまで組み込んで初めて完成する。
つまり、今の時点では安全性も確認できない未完成品なのだ。
未完成品を渡すのは未熟とはいえ錬金術師として許しがたい気持ちはある。
だから、これを譲渡する気はない。
「ただ、検証のためにこの場でお貸しする事は出来ます。この魔道具で何か変化があるか、無いか」
「アタシ達エルフの魅了の力が魔力由来の魔法やスキルに値するのか、別の物なのかを判別するため、ね?」
「はい」
どうするかはエルフさん次第だ。
別に他の方法で検証しても良いし、似たような効果の魔道具を錬成してもらうのもいいだろう。
今すぐ検証する必要性が無い以上、別に私はどのような結果でも構わないのだ。
だから判断を相手に委ねた。
エルフさんは暫し悩んだようだったが「借りるわ」と言って腕輪を受け取った。
私達は無言で家の外に出るとエルフさんは数歩前に出て瞑目した。
様々な思考が巡っているのか、今までの出来事が巡っているのか。
理由は分からないにしろ集中している事だけは伝わってくる。
固唾をのんで見守る中、エルフさんはゆっくりと腕輪を嵌めた。
変化は顕著だったのだろう。
エルフが。
そう、あのエルフが息を呑んだのだ。
目を見開き、有り得ないと言った表情でエルフさんを見つめるエルフの男性。
瞬きすら忘れてしまった彼に何かしらの変化があった事を知る。
変化があったのは分かった。
だが外見に変化ない以上私達には変化は伝わらない。
少し迷ったが、私はエルフさんに声をかける。
「何か問題はありますか?」
「……いいえ」
「変化は?」
「…………ある、わ」
「そうですか。では、申し訳ありませんが、まずは体内の魔力を使い魔法を使っていただけますか? 腕輪を外すのでも構いませんが」
「いいえ! いいえ。魔法を使わせてもらうわ」
腕輪を逆の手で掴み振り返るエルフさんに、私は本人にも分かる程の変化があったのだと知る。
エルフさんは暫し沈黙していたが、意を決したかのように天へ向けて風魔法を発動した。
余波で周囲の木々が揺れる。
鳥も突然の出来事に驚き何処かに飛んでいった。
私達も顔を覆うなどして風を防ぐ羽目に。
「(出来れば一言言って欲しかった! 後、やっぱりエルフ族って魔力が多いみたい)」
これは未完成のあの腕輪では到底間に合わないだろう。
直ぐに外すように言った方が良いかもしれない。
魔法を放ち、何処かすっきりした顔をしているエルフさんの様子に隠れて嘆息する。
一筋縄ではいかないのだろうな、と諦観を感じながらエルフさんが戻ってくるのを待つのであった。
腕輪を強く握りしめたエルフさん。
そんなエルフさんを心配そうに見ているエルフ。
懸念が事実になりそうな予感に内心嘆息するしかない。
「(さて、どうしたもんだか)」
腕輪は未完成品だ。
そして完成品を錬成する事が今の私には出来ない。
関わってしまった、推論を言い出した人間として、どうにかする義理がある、とは考えている。
ただ無い袖は振れない。
錬成できないものは出来ないのだ。
今更ながら、中途半端に手を出してしまった事に嫌悪しながらも私に出来るのはあの魔道具を回収した上で推論の裏付けを取る手助けをする事ぐらいだ。
エルフさんに関しても冷静になれば、と思わなくもない。
今までの悩みが解消したように感じ、その魔道具に執着している。
だが、魔道具が未完成品であると説明はしたし、それを理解出来ない程愚鈍ではない、はずだ。
少し間を置けば冷静になり魔道具を返してくれるとは思う。
「(ただなぁ。その“少し”がエルフ族的な“少し”だと困るんだよねぇ)」
私達は明日この森を出る。
その前に返してもらわなければいけない。
私にエルフの集落に留まる気は一切無い。
幾ら私のせいだとしても、エルフ族と長い間共に居る事は私の精神的に無理なのだ。
「<――……切れて森を焦土にしてしまいそうだし>」
「<うぉおい! 何だ急に! 物騒!>」
「<あ、ごめん。つい心の声が漏れた>」
「<しかも本心かよ! 猶更物騒だっての! そもそも、何考えて、そうなったんだよ!>」
「<あー。億が一の確率でこの集落に留まらないといけなくなった時の事を考えて?>」
素直に白状すると盛大にため息をつかれてしまう。
いや、端的に言うとそうなっちゃうんだよね。
端折り過ぎたのは自覚あるんだけどさ。
「<いやさぁ。私としてはさっさと魔道具を返してほしいわけよ。発端を開いてしまった身として、今後細々と関係が続くのは嫌だけど、本当に嫌だけど仕方ないとして>」
「<どんだけ嫌なんだよ>」
「<本当に嫌なの。あのエルフが絶対しゃしゃり出てくるから本当に嫌なんだけどさ>」
「<ああ>」
そこで納得されると少しだけ悲しいのですが。
一瞬悲しみが過ったが気を立て直すと話を続ける。
「<仕方ないとして、ね。そういった話をするためにも魔道具の回収をしたい訳なんですが……>」
「<返してくれなさそうだと?>」
「<うん。多分一時的に執着しているだけだとは思うんだ。今までの悩みを一時とはいえ解消してしまったわけだから。だから冷静になれば返してくれるとは思う。思いたい>」
エルフさんの方が常識があると信じたい。
「<ただ、その冷静になる時間が少し必要だって際に、長命種的な“少し”だと困るわけでして>」
「<あー。少しって言って一か月後やらになる可能性があるってことか。そこまでいかずとも一週間とか言われた時に集落に滞在するか? って話なんしな。――そりゃ集落が焦土とかすな>」
「<決定事項ではないけどね!>」
最悪の想像って奴ですよ! ……多分ね。
完全否定できない悲しみを他所に一つ嘆息。
気持ちを立て直す。
「<さぁてと。何とかして取り返さないとなぁ>」
「<既に言葉が物騒だな>」
クロイツの突っ込みを無視して私はエルフさんに近づいていく。
気づいたエルフさんが一歩引いたけど、お構いなしに腕輪に触れられる位置まで近づく。
「それ、試作品ですので返して頂けますか? 検証なら終わりましたしね?」
まずは言葉ではっきりと。
他の選択肢は与えない、と。
エルフさんは私の言葉に眉を下げ、此方を伺うように見ていたが、私が意見を翻さないと分かり俯いた。
が、それも一瞬だった。
直ぐに上げた顔には何か余計な決意のようなモノが伺えた。
ああ、面倒な事になりそうだ。
内心溜息をつきつつも言葉を待つ。
「もう少し検証が必要じゃないかしら?」
「ならばそれに相応しい魔道具を用意し本格的に検証した方がよろしいかと。その魔道具ではなく」
だから返せと言う意志を込めて言い放つと、裏の意味も無事通じたようだ。
唇を噛むエルフさんに私はニッコリと笑い退かないと態度で示す。
「もう少しだけ、だめかしら?」
「残念ですが、その申し出をお受けする訳にはいきません。あくまでそれは試作品……未完成品ですので」
一定の安全性を確認できない魔道具を手放す事もある程度の期間貸し出す事も私は許さない。
未熟とはいえ錬金術師として。
後、地味に『日本人』として。
「(これも一種の職人気質? 未完成品を人様に預けるなんて絶対に無理。しかも安全性が確認されてないものなら猶更)」
何を言っても退かないと分かったのだろう。
エルフさんは苦し気な表情のままゆっくりと、それはそれはゆっくしりと魔道具を外し此方に渡してくれた。
途中で私が意見を翻すのを待っていたと考えるのは穿ち過ぎだろうか?
少なくとも良心に訴えかけて自分の思い通りにしたいという意識がありそうな気がするのだが。
「確かに返して頂きました。……まずは雑な考察を纏めて検証する点を洗い出す事ですかね」
「……アンタは本当に魅了が効かないのね」
「今更では?」
本当にいきなり何を言いだすのだか。
「アタシは自分でも気づかない内に魅了の力に依存していたのね。こんな感情知りたくもなかったわ」
自棄になったかのように吐き捨てるエルフさんに眉を顰める。
「ごめんなさい」
「何に対して謝っているのかが分からないのですが?」
「アタシが力で自身の意見を押し通そうとしたことへの謝罪よ」
「ふむ」
つまり先程考えた事は強ち間違っていなかった、と。
まぁ生まれてこの方、自分の思い通りにしか動いた事のない人生を送って来たわけだし、あの程度は普通にやりそうだとは思ったけど。
むしろ謝ってもらった方がびっくりだ。
我を通したという自覚があるのか、この人は。
それだけでエルフ族の中では異端だろうに、と思ってしまった自分に内心苦笑する。
致し方ないと自分を慰める。
他のエルフ族のヒトであれば「どうして此方の意見を聞いてくれないの?」と無自覚に考えるだろうし、危険性の事を理由にあげても「考えすぎだ」と笑われそうなのだ。
危機管理能力の欠如と相手に自分の意見が通るのが当たり前だという意識(勿論自分も相手のお願いは断らない、という前提があるが)が最悪のコラボをかましているのが今のエルフ族なのだろう。
心の中に浮かんだ他のエルフ族の不愉快な言動を振り払う。
「別に構いませんよ。今まで悩みの種であった事柄が解決するかもしれない。更に言えば一時的とはいえ解消された事への解放感が冷静さを削ったのでしょうし」
エルフさんの性格は知らないが常識知らずというわけでもないのではないかと思う。
少なくとも好奇心の僕であるエルフのように暴走する事はなさそうだ。
……比較対象が規格外なのはご愛敬だ。
「それに、その力は生まれてずっと貴方と共にあったのですから、無意識でも使ってしまうのは仕方ないですし。それが相手の意見を押しのける行為だと気付き、謝罪するだけ貴方は潔癖なヒトなのだと思いました」
これから多少歩みよる必要があるからか、誠実であろうとしたのだろう。
自分の中に宿った嫌悪感に吐き気がしながらも。
それだけで潔癖なヒトだという事は伝わってくる。
善性のヒトであるエルフの身でありながら、抱いた負の感情にはご愁傷様としか思わないが。
「……アンタ達はこんな感情を良く抱いていられるわね」
「良く抱くからこそ解消する術も知っていますし、昇華させる事も可能だという事を知っています」
とは言え、エルフさんが抱いたのが何の負の感情かによるけど。
罪悪感、とかだったら、まぁ解消するのは大変かもね。
「それにしても、今まで負の感情を感じた事がないとは、中々特殊な環境ですね」
羨ましいとは一切思わないけど。
「まさか。アタシ達エルフだって負の感情は抱くわ。けれど、そうね。強く感じることはあまりないかもしれないわね。怒りや悲しみも感じたこともあるわけだし。ただ、そうね。相手を押しのける行為というのは、しかも、それが当然だと思ったことに対するこの感情は重くて、苦しいわ。初めての感情に押しつぶされてしまいそう」
「そこまで重く考える必要はありませんよ。少なくとも、ワタクシには何度挑戦しようと成功する事はないのですから。此処で気づいたのならば他の方には気を付ければよい。それだけの話なのでは?」
罪悪感らしきモノを始めて感じるって、それはそれでどんな環境にいたの? とか思わなくもないが。
いや、ある種の純粋培養なんだろうなぁ。
『天女』とか『天使』みたく穢れに弱そうだな、エルフ族って。
そこで視界の端に何とも言い難い表情をしているエルフを見かけて内心首を横に振る。
「(うん。ないな。少なくともあのエルフが穢れに弱いとか絶対ない。むしろ穢れすら「あの圧倒的な力が素晴らしい!」とか言い出しそうだし)」
規格外がいると標準を定めにくい。
だからと言って例外とするには強烈過ぎるし。
位置付けが難しい存在がいたもんだ、と他人事のように考えたくなる。
いやいや、何を言っているのだろうか、自分は。
実際、あのエルフのやる事や考える事は全てにおいて他人事である。
少なくとも、この集落を出ればそうなるはずなのである。
……なるよね?
心の中で恐ろしい未来が思い浮かんでいる間にエルフさんは少しだけだが吹っ切れたようだ。
晴れやかとは言いにくいが、少なくとも酷い顔色はしてない。
「自分で昇華する方法を見つけるしかないのかしらね」
「そうですね。ワタクシ達はみな、そうやって生きているわけですから」
「……分かったわ。アタシも見つけ出してみせるわ」
決意に溢れている所、申し訳御座いませんが、そんな大層な話ではないと思うのですが。
いや、何も言うまい。
「さて、もう少し現実的なお話をしましょうか?」
「そうね。もう一度入って頂戴」
「分かりました」
私はようやく話が進みそうな予感に内心安堵の息を吐くのだった。




