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エルフという種族





 エルフの案内で歩き出すと、案外直ぐに集落の入口につく事が出来た。

 もしかして、エルフ特有の魔法でも使ったのでは? と思うぐらい早かったのだが、まぁ魔法を使った気配も無かったので気のせいだろう。

 集落は考えていたよりも大きかった。

 とは言え、人族の集落を基準に考えれば、小規模集落と言った大きさだが。

 

「(ただなぁ。幾ら結界を張り、森の奥に居を構えていたとしても、やっぱり人族の生活圏と近いし、無防備なんじゃないかなぁ? とか思うんだよね)」


 エルフ族にとって人族は脅威ではない、と言うエルフの言葉はどうやら単なる事実らしい。

 人族を舐めすぎでは? と考えてしまう所、自分の性格の悪さを再確認させられる訳だが。


「ここが僕等の集落だよ! まずは長に挨拶に行くかい?」

「そうですわね。皆もそれでいいですよね?」

「お任せいたします」


 此処に来た事がるのは叔母だけだし、任せる他無い。

 他のエルフに会って大丈夫なもんなの? と思わなくもないけど。

 来てしまったものは仕方ないと、私は先程習得した【スキル】を発動させると叔母に続くのであった。





 私、エルフって種族自体が嫌いかもしれない。


 長のいる家に行くまでの道中のせいで私の心の中は荒み切っていた。

 別に蔑ろにされたり蔑まれたりした訳では無いのだ。

 むしろ、私達一行は歓迎された。

 久々の違う種族なのだ。

 しかも人族と獣人族が入り交じった集団。

 此処にドワーフ族がいれば、現存する種族全てが揃うであろう、珍事であるのは分かる。

 だからこそ大歓迎を受けたのも分かる。

 分かるのだが、私は会うエルフ会うエルフの此方の見る目が気に入らなかった。

 獣人族に対して警戒心が無いのは、まぁ脅威にさらされた事がないための危機感の低下だと思えば、理解出来なくもない。

 ノエルと言われたエルフが例外なのか、警邏に当たるエルフならば大丈夫なのかは定かではないが、ルビーン達も今の所、何かする気はないだろうし、それは良い。

 問題は私達人族に向ける感情だった。

 あれは私達を対等の存在として見ていない。

 あれは、猫や犬……ペットに対する感情と視線だ。

 いや、百歩譲って赤子に対する感情と言えばいいのかもしれない。

 気が立っているがために私が穿ち過ぎなのかもしれない。

 けど、私は見られた瞬間「愛玩動物に対しての眼差し」だと認識してしまった。

 最初のインパクトは強く、中々抜けないものだ。

 相手の出方が変わらないため、先入観が抜ける事がない以上、私はエルフから向けられた感情の全てが「愛玩」からきていると判断するしかない。

 だからこそ、その眼差しがとことん気に入らない。

 ペットを家族ととらえるヒトも居る。

 それは否定しない。

 だが、初めて会った犬猫に対して「家族的な親愛」を向けるヒトは存在しないだろう。

 だから、私はこう思ったのだ。


 対等ではなく格下と決めつけられた、と。


 思考がそこに行きついてしまえば、私に沸き上がるのは吐き気と強烈な嫌悪感である。

 普通ならば魅了の力によって好意的にしか見れない訳だから、ああいった視線も嬉しさしかないかもしれない。

 会って初めから好意的な対応をされるのだから、喜ぶべきなのだろう。

 けれど、魅了を完全に遮断している私にしてみればエルフ族の対応も向けられる感情も気持ち悪くて仕方ない。

 更に性質が悪いのは彼、彼女等にとってはそれら全てが善意である点だ。

 今まで出逢った人族は皆、自分達に好意的だ。

 だから、警戒する必要もない。

 しかも人族はエルフ族よりも寿命も短く、どうしても能力的に劣る。

 だからこそ庇護しなければいけない。

 エルフ族の思考は多分、こんな所なのだろう。

 つまりエルフ族のヒト達は善意しか無いのだ。

 貴族同士によくある互いを悪意的に見下すのでもなく。

 貴族が平民を人と知りながらも人扱いしない訳でもなく。

 しいて言えば神の視点だとでも言えば良いのだろうか?

 遥か高い地点から慈悲を振りまいている神々と同じようにエルフ族は人族を無意識に下に見て慈悲深く接しようとしている。

 魅了と言う好意的なフィルターを持たない私にとって、その扱いは神経を逆なでされているようなものであり、胸中が荒れ狂い暴れだしそうだ。

 本格的に吐き気を感じ、我慢できなくなりそうだ。

 いっそ、此処で吐いてしまえば、こんな不愉快な視線もなくなるのでは? と考えてしまう所、自分の思考の末期さに苦い思いしかない。


「<大丈夫か?>」

「<今の所は>」


 心配そうな声音に少しだけすまない気持ちになりつつも簡素に返す。

 クロイツは気分を害した様子もなく、何処か私に同情的だった。


「<オレはまだしも、オマエはなぁ。いや、オレも気持ちわりーけど>」


 声音に潜む、本気の嫌悪感に救われている。

 こんな醜悪な感情を抱くのが一人だけはない事に少しだけ喜んでしまう浅ましい心。

 清廉潔白なんてごめんだけど、少々自分の身勝手さは自己嫌悪にも繋がるが、今は心の安定の方が大事だと黙殺する。


「<善意と好意に溢れる聖女サマや英雄サマからの慈愛の眼差しってこういう感じなのかもね>」

「<うげ。勘弁してくれ。気持ち悪過ぎて、攻撃しちまう>」

「<本当にね。ここまで心に来るとは思わなかったわ>」


 いや、本当に。

 物語に出てくる「聖女や英雄と最期まで相容れない悪役」であり、しかも「最初から最期の時までずっと事情があるのだと敵と思われていなかった」やら「最期に「貴方を許します」と言われた悪役」の気持ちってこんな感じなのかもしれない。

 

 遥か高みから慈悲を与えられた。

 許しを与えられた。

 最期の時まで寄り添いたいと敵対しながらも考えていた。

 

 ――それを私は無意識下で格下と思われていたのだと判断する。

 

 そんな風に解釈してしまうのは私が捻くれているからかもしれないけれど、私はそういった悪役に心の底から同情する。

 「聖女や英雄のお相手は大変でしたね」と。

 私ならば、相手がどれだけ慈悲深く言ってこようとも覚悟は揺るがない。

 むしろ、そんな風に言ってくる相手を煩わしく思うだろう。

 自分のやる事が悪だろうとも、その道を歩むと決めたのならば、間違っていると言われても止まる気など一切ない。

 だってのに、その先の破滅の時、慈悲を掛けられるなんて、屈辱しか感じないに違いない。

 その時、あんな慈愛の眼差しなんてモノを投げかけられたら……――。


「(――……どれだけ死にそうだとしても力を振り絞り相手を殺してしまいそう)」


 つくづく、そういった人種とは価値観が違うと感じる。

 そしてエルフ族に対して、私はそういった人種――聖女サマや英雄サマの側――だとしか思えない。


「<あー。うん。無理。友好的な態度も無理。どうしよう>」

「<全力で猫被れ! じゃねーとオニーサマたちに嫌われっぞ>」

「<それだけは絶対嫌! 頑張る!>」


 今だけは猫を全力で捕まえる。

 丁度話しかけて来たエルフの一人にニッコリと笑い「ありがとうございます」と答える。

 内心は吐き気で一杯だが、大丈夫だ。

 相手には絶対ばれない。

 だってすっごい鈍いし。

 実際、気づかれなかった。

 私は長との話し合いが終わったら一人にさせてもらおうと固く心に誓うと全力で猫を捕まえて被るのだった。




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