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感情の振り幅が広すぎてどうしよう?(2)




 境界線のような所を越えた途端、叔母様は先程までが嘘のように上機嫌に、そして饒舌になった


「研究者には二種類ありますの」


 歩きながら、それでも弾むように言葉を紡ぐ叔母様は淑女らしかぬ溌剌とした雰囲気と自由な空気を纏っている。

 はきはきとした物言いを見るに案外人に物を教える事に慣れているのかもしれない。


「一つめは誰もが研究者と言われ思い浮かべる人達ですわね。何かを研究してさえいれば誰でも名乗れますし、周囲もそれを認めています。だからといってその方々が偽物ではある訳では御座いませんけれど」

「研究者と言う名にはもっと特別な意味が込められていると言う事ですか?」

「ええ。もう二つめは【職業】としての【研究者】ですわね」


 職業として【研究者】?

 それは研究所に勤めている人達の事ではなくて?

 差異が分からず戸惑っていると叔母様が詳しい説明をしてくれた。


「一般的に研究者は【ステータス】の【職業】に【研究者】と記載されることはありません。勿論ギルドカードにもですわ」

「つまり【魔術師】や【錬金術師】のように特殊技能を必須とした、神々に認められた【職業】の中に【研究者】も存在しているという事、ですか?」


 驚きに声が震えた。

 この世界では【ステータス】に【職業欄】が存在している。

 『ゲーム』ではギルドに登録した時点で『錬金術師見習い』か『魔術師見習い』が記載されたはず。

 実際は【職業】の項目に記載される【職】はあまり多くは無い。


「(私の場合、ギルドカードを作った当初は【魔術師(仮)】なんて失礼な記載だったよねぇ。あれは思い出しても腹が立つ。何か凄い馬鹿にされた感じが拭えないし)」


 と、私怨はともかく……。

 この世界では【職業欄】に記載される【職】は特殊であり、特別な意味を持つ。

 その【職】を得るためには必須の能力を持っているか、習得し、自身が望む事でようやくステータスに【職業】が記載されるのだ。

 ただし、過去の私のように望まなくとも記載される事はある。

 その場合は神々のお遊び扱いされているが真偽は不明だったりする。


「(いやまぁ、だからこそ私も神々に馬鹿にされているのかな? なんて思うわけなんだけどね)」


 別に【職業】の項目に無い職業を名乗っても何の罰則も無い。

 だから多分冒険者の中には記載されていなくとも“魔術師”とか“戦士”とか言っている人は大勢いると思う。

 けど、神々に認められた【職業】を嵌める? 装備する? っと、何と言えば良いのか――ここら辺は感覚の問題だからぴったりの言葉が思い浮かばないのだが――選択する、と言えばいいのかな?

 ともかく、ゲームみたいに選択する事でその【職業】になると色々恩恵を受ける事が出来るのだ。

 【魔術師】なら魔法の効果が上がるとか【錬金術師】なら錬成が多少成功しやすくなるとか。

 聞いた所だと【鍛冶師】の恩恵は【不眠】らしいけどね。

 それって恩恵か? って知った時思ったもんだ。

 と、そんな感じで私達はそうやって与えられた【職業】を神々に認められし【職】と認識している。

 全ての職業を知る術は無い。

 だから、さっきは数は多くないと言ったけど、実の所総数は物凄い多い可能性もある。

 案外「騎士」とか「農家」みたいな【職】もあるかもしれない。

 ステータスかギルドカードをみないと分からないし、今後も知る方法はなさそうだけど。


「(いや、殿下達の護衛の方々に聞けば「騎士」の方は分かるかも?)」


 テルミーミアスさんとか多分そうだろうし。

 そんな無数にありそうな【職業】だけど、まさか【研究者】にもあるとは思わなかった。

 正直言って研究者って幅が広すぎるからないと思っていた。

 だって、研究だけなら【錬金術師】だってするし。

 魔法オタクは魔法の研究とかしてるだろうけど【魔術師】しか得られないみたいだし。

 だから特定の必須能力を必要とする【職業】の一つとして数えられるとは思わなかった。

 そこまで考えて私は眉を顰める。

 叔母様のいう事を疑いたくはないけど、少し現実的ではない気がする。

 そんな私の様子に気づいたのか、叔母様が足を止めて振り向いた。


「私達は【職】の項目に【真理の探究者】と記載されます。神々に認められし【研究者】の異名ですわ」

「真理を見極めんと研究する者だけが【研究者】と神々に認められる、という事ですか?」


 その真理とは世界の真理の事なのか森羅万象の事なのか。

 どちらにしろ特定の研究だけが【研究者】と認められるって言うのは少しもやもやするかなぁ?

 叔母様は私を見てクスッと笑う。


「私も最初に知った時はあまり良い気分はしませんでしたわ。貴女と同じように、ね?」


 どうやら見透かされていたようだったので、私は憮然とした態度を隠すのを辞める。


「人の役に立つ研究をしている方も自分の利だけを追求している方も「研究者」には変わりないと思いますけれど?」

「ええ。けど、神々の認める【研究者】は世界の真理の一端を知り、その偉大さ、膨大さを知り、深淵を覗き込もうとも研究をする覚悟を持った者だけなのです」

「それは……成程。だから【探究者】なのですね」


 錬金術師でもなく、研究者でもなく【探究者】と呼ばれる。

 そこまで突き抜けなければ【職業】としては認定されない。

 ある種過酷な【職】なのだと思った。

 

「(もしかしたら【探究者】を【研究者】と同一視する事すら神々にとってはイレギュラーだったかもね)」


 一番近いのは「研究者」だと思うけど。

 そんな神々の思惑はともかく、驚くべきなのは貴族である叔母様がその【職】を与えられているという事実の方だ。

 ようやく私も理解する。

 叔母様は人生をかけているのだ、と。

 

「<茨の道どころじゃなかったかも?>」

「<聞いてるとなー。規格外の親族は規格外なのかもな?>」

「<突き抜け方が私とは全く違う方向だけどね>」


 ただまぁ、禁足地へ入る事を許可する権利を持っていたりするのは、その【職】に対する信頼と敬意なんじゃないかな。

 【探究者】である限り、優先すべきは真理への探究。

 そこまで突き抜けた人間だけが与えられる。

 ああ、成程。

 ある意味叔母様は貴族向きの人間は無かったのかもしれない。

 家に収まり、采配を振るう人間ではなく、自らの足で道筋を辿り、時に創り出し突き進む類の人間。

 そりゃ今の方が生き生きとしているわけだ。

 叔母様は更に驚きの事実を明かした。


「ただ、この【職業】に関しては必須なスキルなどは存在しないようですわ。ただ心持ち一つなのかもしれませんわね」

「それはそれで恐ろしい【職業】に感じます」


 つまりいつでも剥奪される可能性があるって事にならない、それ?

 いや、一度与えられた職業が取り上げられるかは知らないけど。


「そうね。けれど恩恵もその分大きいわ」


 「これから先の場所に行くことが出来るのも、その一つね」と笑って叔母様は再び歩き出した。

 それを追いながら、つくづく叔母様は不思議な方だと思った。


「方向感覚が優れているのも恩恵の一つなのですか?」

「え? いえ、違いますわ。それは遺跡などを調査するために努力して得た感覚かしら? けれどこの森程迷わず歩くことはできないわね」

「この森こそが特別、という事なんですね」

「そうよ。私は【探究者】であるがために、この森で迷うことはありませんの。他にも正規の道を歩く方法はありますけれど、私にとっては、この道が一番慣れているという理由もありますけれど」

「先程から“正規の道”とおっしゃっていますが、これから向かう場所は正規の方法以外でも行く事が出来る、という事ですか?」


 少し気になったのだ。

 正規のルートを的確に選ぶ事が出来るから、今こうして暢気に話しながら進む事が出来るのなら、正規ではないルートだとどうなるのだろうか? と。


「(いや、正規ルート以外で入る予定がある訳じゃないけど)」


 目的地が分からない以上、絶対ではない。

 ないけど、今の所、この場所にもう一度来る気はない。

 禁足地なんて、そんなものだと思うし。

 叔母様は一瞬キョトンとした表情になったが、直ぐに相好を崩した。


「出来るわ。けれど、困難の道ではありますわね。認められれば、その限りではないけれど」

「認められる? 誰にですか?」

「ふふ。今は秘密ですわ」


 軽やかに笑ってかわす叔母様に内心溜息をつく。

 お茶目か秘密主義か悩む所だ。


「もう少しですわ。だから頑張って下さいまし」


 叔母様は弾んだ声で先頭を歩く。

 その軽快な足取りを見ていると、此処が森の中だと忘れそうだ。


「(ん?)」


 その時、ふと思った。

 「(この森ってこんなに広かった?)」と。

 入口では全長なんて分からないし、何処まで深いかなんて分からない。

 けれど、結構長い間歩いている気がしないでもない。

 それなりに体力も削られているし、太陽の位置から見ても時間もそれなりに立っている。

 それでも見渡す限り、木々は続いているのだ。

 高い魔力濃度も合わせると、何処となく、色々な曖昧に感じる気もする。

 私はこの空気を知っている気がする。

 何処でだろうか?

 高い濃度に現実を曖昧にさせる空間?

 ……まるで神殿の様に?


「おばさ「さぁ、そろそろ迎えが来てくださいますわ」ま?」


 立ち止まり振り返った叔母様はどこまでも楽し気で……そして現実感が無い姿で笑みを浮かべていた。

 ――この現実味の無い世界と同じように。



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