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時間によって縺れた糸





 お父様、お母様、ワタクシキースダーリエは早急にお二人にお伺いしたい事が御座います。


 一体叔母様は何者なのでしょうか?


 思わず、届くはずの無い両親へ念を飛ばしてしまう程、今の私は混乱の中にいる。

 確かに馬車の中で「王都は寄り道」と思わせる事を言ってました。

 言ってたけどね?

 冗談だと思ってたんだよね。

 だって王様からの招集だよ?

 人命が掛かっている大事とか災害への対策とか、そういった緊急事態以外は断る事すら難しい王命って奴を。

 まさか、一貴族の叔母様が本気で「ついで扱い」するなんて。

 そんな事思わないじゃないですか!


「<すげーな。いや、まさかの対応。オマエ以上に変わりモンだな>」

「<私は陛下相手にあんな事言えませんけど!?>」


 目の前には陛下に対して優位に立ち楽しい楽しい? お話合いをしている叔母様の姿があった。

 何が凄いって?

 だって叔母様遠まわしだけど「姪っ子と至急行きたい所があるからさっさと用件を話して解放しろ」って言ってましたけど?

 思わず二度見しましたよね。

 そして叔母様の言葉が事実言った言葉だと理解した瞬間、土下座しようかと思いましたけど?

 殿下達の驚きの表情に物凄く申し訳なさが込み上げてきましたけど?

 陛下が一切気になさってない事にこっちの方が度肝を抜かれましたけど?

 もはや何に驚いているのか分からない状態である。


 一体叔母様は何者なのでしょうか?

 いや、本当に。

 だって此処まで言って咎められないなんて普通にあります?

 え? 実はこの世界って研究者の地位が高いとか?

 それか、叔母様は世紀の発見をしたとか?

 もう、混乱から抜け出せず、叔母様と陛下のお話し合いも殆ど頭に残ってません。

 ……ん? これも不敬かな?

 だと言うのに、クロイツが私も出来るなんて言うものだから、更に混乱が増したのですけれど?

 いっその事クロイツの額を弾いてやろうかと思ったけど、次の言葉にその手が止まる。


「<いや、コイツ等のどっちかがオーサマになったら、オマエもこんくれー言えるんじゃね?>」


 クロイツは殿下達を指して、そんな事を言ったのだ。

 一度否定しようしたが、よくよく考えるとその言葉を否定出来ない自分がいる。

 お二人とも非公式の場の軽口を咎める程狭量ではない。

 それを私は知っている。

 だから、殿下のどちらかが国王になった時、今の良好の関係の私が叔母様の立場にいたとしたら?

 朧気だけど、想像できなくもない。

 

「<うーん。……うん。言える、かも?>」

「<いや、ぜってー言えるって>」

「<言い切る程? けどさ。今の関係のままだって条件があるけど?>」

「<それこそ問題ないんじゃね? アイツ等、オマエが性格わりぃのも知ってるし。よっぽどのことがなけりゃ、関係もかわんねーだろーよ>」

「<誰の性格が悪いのよ、誰の。……いやまぁ確かに私は自分でも自身が他者への優しさ溢れる善人だとは思ってないけどさ>」

「<認めてるよな、それ?>」


 いや、記憶喪失になっても聖人にはなれないのは分かってるし。

 もはや魂レベルで非道だろうし。

 ただ人に言われると反発したくなるよね? って話な訳で。

 何時ものようにクロイツと【念話】をしているとふと此方を見ている殿下達と目が合った。


「あんな父上は初めてみたな」

「私も初めてみました」


 私が見ている事に気づいたからか殿下達が苦笑しながら近づいてきた。

 そんな彼等に苦笑を返し、視線を戻すと何やら陛下が項垂れ、叔母様が微笑んでいた。

 いや、本当に何事?


「彼女は確かラーズシュタインのジェイド石と呼ばれた方でしたね? まさか父上と懇意だったとは思いませんでした」

「ラーズシュタインのジェイド石?」


 ジェイド……って事は翡翠石かぁ。

 へぇ、叔母様ってそんな風に呼ばれていたんだ。

 いやまぁ確かに才色兼備だし、次期女公爵だったし、そんな風に呼ばれていてもおかしくないかも。

 宝石言葉がこの世界も同じかどうかは知らないけど『地球』の宝石言葉だとぴったりだし。

 感心しているとクロイツの呆れた視線を感じた。


「<それをオマエじゃなくてデンカが知ってるのは問題じゃねぇの?>」

「<うるさい>」


 基本的に人に興味の無い私が知る訳ないでしょう?!

 敵にもならなさそうだったし。


「ワタクシも知りませんでしたわ。……あの、それで、一体叔母様は何用で呼ばれたのでしょうか?」


 実は用件に入る前に叔母様が陛下にご挨拶をかましたせいで本題に入ってないんですよねぇ。

 そして、今の陛下達の間に割って入るのは私には無理です。

 だから、恐る恐る殿下達に問いかけたのだが、お二人は顔を見合わせた後、苦笑なさってしまった。


「実は俺たちも父上からなにも聞いてないんだ」

「そうなのですか?」

「ええ。非公式の場ですから、公務ではないとは思っていましたが」


 子供の私と貴族でありながら貴族としてではなく研究者として生きている叔母様がいる時点で公務ではないのは分かる。

 けど、なら殿下達が呼ばれた理由は何なんだろうか?

 殿下達と叔母様に頼み事?

 うーん、共通点が無さすぎて想像も出来ない。

 本題を聞きたい所だけど、まだ楽しい? ご挨拶中だしなぁ。


「暫く待つしかなさそうですね?」


 何とも言えない顔で呟いた私に殿下達も苦笑しつつ頷くのだった。






 叔母様と陛下のお話合い? じゃれ合い? まぁとにかくそれが終わった後、仕切り直しとなり、私と叔母様は並んで陛下の前に立っている。


「オーヴェからそなたが彼の地へ行くと言う話を聞いたが事実か?」

「はい、陛下」


 叔母様は先程のが幻だったかのように静かな態度で返事をする。

 そんな叔母様に殿下達が戸惑っているのが分かる。

 うんうん。

 私も切り替えの早さにびっくりしてるから気持ちはよーく良く分かります。

 この切り替えの早さって貴族の淑女として必須な能力なのかな?

 だったらあまり自信がないのですが。

 と、考えていると陛下は「そうか」と口を開いた。


「そうか。……ならば彼の地へ息子達も同行させてくれないか?」

「殿下方を、ですか?」


 叔母様の冷静であり、何処か冷徹さすら感じる眼差しに殿下達の肩がピクリと揺れる。

 だが、叔母様を叱責する事も無く、それでいて怯む事も無く、殿下方は真っすぐ叔母様の視線を受けとめていた。

 叔母様はきっと殿下達の“何か”を見極めようとしている。

 上位の者への振舞いではないと分かっていても譲れない一線のために。

 それを殿下達も無意識に悟っているのだろう。

 一度も叱責の言葉は無かった。

 暫く無言の攻防が続いたが、先に相好を崩したのは叔母様だった。


「年齢を考えれば早いかとも思いましたが、問題はなさそうですわね」

「年齢を言ってしまえばお前の姪も幼いだろうに」

「まぁ! この子は問題ないと私が判断しましたのよ?」

「ならば息子達が大丈夫と判断したのは俺だが?」


 そこで攻防が始まるの!?

 え、笑顔で攻防しないでもらえませんかね?

 いやまぁ、火花が飛んでいると言うよりもじゃれ合い程度のようだからいいのかもしれないけど。

 ……大丈夫だよね?

 攻防を終わらせたのは意外にも陛下だった。


「……いや。今回に関してはそなたが専門だな。それで、息子達は合格か?」

「ええ」

「そうか。なら息子達を頼む」

「承知いたしましたわ、陛下」


 何やら大人達の間で殿下達も同行する事が決まったらしい。

 えぇと。

 私も何処に行くか知らないのですが?

 あ、殿下達も首を傾げていますね。

 すみません。

 私も行先は知られていないので、視線で聞かないで下さい。

 答えが私にも存在しないので。

 取り敢えず、これから忙しくなるだろう。

 あっと言う間に同行者が増えた事もさることながら同行者が殿下達である以上護衛が必要である。

 と、いう事であの三人に護衛のために来るように命令を出し、馬車などの手配を素早くすませる陛下。

 こういう所を見ると有能な人なんだよねぇ、陛下って。

 頭の回転は早そうだし、決断力もある。

 誠実だし非情な判断を下す事も出来る。

 国王としては物凄く有能な人だよね。

 普段がフランク過ぎて、有能な人って印象が薄れるけど。

 けれど普段がフランクじゃないと怖い人って印象になるかも?

 あ、もしかして、能ある鷹は爪を隠すを実践している人なのかな?

 

「<普段のフランクさは演技なのかな?>」

「<いや、素じゃね? さっきのやり取りみる限り>」

「<あー。うん。そうだね>」


 一瞬で論破されました。

 うん、叔母様とのやり取りを見る限り、素はあっちだよね。

 まぁ決める時は決める、庶民派の王様という訳で決着という事にしておこう。


 いやまぁ、物語の中に出てくるような無駄に偉そうな王族とか、無能なのにプライドだけ高いのとか。そういうのがいないのは幸運だよね。……いても淘汰されるのかもしれないけど。


 そう言えば『ゲーム』のロアベーツィア様は所謂『俺様キャラ』だったっけ。

 今はその欠片もないけど。

 ああいったキャラって『ゲーム』だからいいけど、現実に居たら足元掬われてそうだしね。

 今のロアベーツィア様でいる事を素直に喜んでおこう。


「殿下達の準備が済み次第出立したいと思います」

「息子達を頼む」


 微笑みカテーシーをした叔母様は振り返ると私達の方へ近づいてくる。


「リキューンハント」


 控えの間に行こうとした私達を陛下の静かな声がとめた。

 叔母様は振り向くと小首をかしげる。


「あーいや。これは個人としてだが……オーヴェ達もだな、うん。……俺達は貴女に話したいことがある」


 目を泳がせ、けれど最後には真っすぐ叔母様を見据える陛下。

 その姿からは何かの“覚悟”が見て取れる。

 

「時間をとってはくれないか? 今更なのは分かっている。分かっているが、一区切りがついたことでようやく気付いたことがある。俺もオーヴェ達もな。そして謝らねばならぬことも、だ」


 一個人とは言え王が臣下に此処まで覚悟して謝罪しなければいけない事がある?

 内容を聞きたくはないが、かなり深刻な話なのだと思った。

 そして、それにお父様もまた関わっているのだと。


 叔母様は一体、どう思っているのかしら?


 見上げると叔母様は微笑んでいた。

 けど、それは何処か不格好な代物だった。

 完璧な淑女の微笑みを瞬時に浮かべる事が出来る叔母様の不格好な微笑み。

 私はむしろそれが叔母様の本心な気がした。


「ええ。私も色々話さなければいけないことが御座います。楽しいだけのお話にはなりませんでしょうが、避けられぬこと。縺れた糸を解すこととなりますことを祈りましょう」

「ああ。感謝する」


 陛下の言葉に叔母様は頭を下げると振り返り部屋を出ていった。

 私も後を追い部屋を出る。

 叔母様は後ろ姿しか見えないが、淀みは無い。

 けど、少しだけ何時もと違う、そんな気がした。


「本当ならば私こそ謝らなければいえないのです。怒って下さっても、軽蔑なさってもかまいません。ですが、ですが、最後までお話する事を。そして貴方達のこれからを見守ることだけはお許し下さい。」


 そう、言った気がしたけれど、分からない。

 小さな声だったし、聴き直す事は出来なかった。

 ……それは私の役目ではないと思ったから。




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