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あの子達の親として胸を張るためにも(2)



 さて、と。

 仕切り直しをしないとね。


「一応、君達からの報告も聞かないとね? ダーリエの報告は簡潔で分かりやすかったけど、意識してか話していない部分があったみたいだから」


 無意識の可能性もあるけれど。

 僕の言葉に顔を見合わせた二人は、何とも言えない顔で報告してくれた。

 大体はダーリエと同じかな?

 ダーリエ自身の無茶を話さなかったぐらいの違いと見ていいかもしれない。


「――――。以上だ。……確かにキース嬢の報告は簡潔かつ問題は無かったが、まだ学園に入る前の幼子だ。その幼子の報告を全面的に信用してどうする」

「実際問題ないじゃないか」

「問題あるなしではない。外聞の話だ」

「僕だって人は選ぶよ? 君達だから本音を隠していないだけで」


 ダーリエが【神々の気紛れ】により精神的に成熟していることを知っている。

 尚且つ、あの娘のある種の異質さを受け入れているパルとトーネだからこそ、僕は本音を隠していないだけ。

 他の人間が相手なら、そもそも娘にこの場で報告なんてさせていない。


「僕はダーリエも君達も信用しているだけの話だよ」


 笑って言うと何故かパルに溜息をつかれた。

 酷いなぁ。

 今回は含みなんて全くないのに。


「お前は誰よりも貴族らしいというのに、時々貴族の側面をどこかに落としてくるな」

「アストも似たようなもんだけどな」

「そうか? そうだな。全く、王族と高位貴族がこれとは嘆かわしい」

「あはは。僕達だって堅苦しいものは嫌いなんだ」


 本当に、こんな堅苦しいものを好き好んで守ろうとする人の気がしれないよね。

 全部が必要無いとまでは僕だって言わない。

 国家として、王族として、貴族としてあるために必要な堅苦しさもあるのは重々承知している。

 けれど、必要以上にそれらを背負う輩の気持ちは全く以て共感できないよ。

 

 そんな風に自分達を縛り付けて堅苦しさで息苦しい状態でいるものだから、あんなに生きずらそうなんだと思うんだけどね。まぁ息抜きが上手過ぎて色々舐めている輩もいるから、何事も程々がいいのかもしれないけど。


 苦言を呈してくるパルに僕は微笑みかける。

 こうやって言っているパルだって、僕達がそうなることを望んでいるわけじゃない。

 ただ生真面目な性格だから時折こうして注意してくるだけで。

 僕はパルのそういった性質が彼らしくて好ましいと思う。


「場面によって変えているから大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

「心配などしていない。呆れているだけだ」

「うんうん。そうだね」


 笑みを崩さない僕にパルが目を眇めた。

 暫し睨み合いのようになるが、パルが先に眼を逸らした。


「はぁ。もう良い。……ああ、そうだ。聞きたい事があったのだ。オーヴェ。今回の旅を許可した理由は何だ?」

「ん? 使用人の里帰り程度なら誰でも許可しているよ?」

「そういうことを言っているのではない。お前も分かっているだろう? あれらの経歴を?」


 ダーリエと【契約】を交わした赤髪と青髪の獣人二人。

 嘗てダーリエ達を襲った暗殺者。

 確かに僕はあの二人のことを調べたから知っている。

 と、言うよりも二人について調査を依頼したのはパルとトーネになのだから、彼等の素性について僕が知っていることも二人は当然知っている。


「けれど【従属契約】を結んでいる。あの【契約】が僕達、人には理解できない程苛烈なものなのは君だって知っているだろう?」


 獣人にとって【主】とは命は勿論のこと魂すら捧げて足りない程の存在だと言う。

 僕達人族だって命をかけて魂をかけての忠誠を誓うことはある。

 けれど、それは獣人族の比ではない。

 人族の言葉や態度で示す忠誠とは次元の違う【契約】

 言葉一つで命を絶つことさえ厭わないあれは僕達人族には決して真似できない。

 

「知識としては知っている。だが、それだけで暗殺者と娘を外に出す程、お前は優しくは無い」

「酷い言い草だよね」

「事実じゃないか」

「トーネまで同意してしまうのかい? これでも、子供達には優しい人だと言われているというのに」

「お前が優しいのは敵にならないか身内にだけだ。だからこそ今回のことは異様だ。お前は娘の身に少しでも何かあるならば、あの獣人達を始末することに戸惑いはない。むしろ娘に気づかれない様に始末することすら容易いだろう?」


 僕は微笑み答えない。……それが答え。

 そんな僕にパルは「ふん」と腕を組み真っすぐと僕を見据える。

 答えるまで追求を緩めないと言う態度に内心苦笑するしかない。

 学園からの友人はこういった時、手を緩めてくれることはない。

 あの頃から変わらないパルに少しだけ学園時代が脳裏をよぎった。

 懐かしさを隠して僕は両手を上げると降参を示した。


「今回の旅では従者の二人、そして使い魔君の立場を明確にしたかったんだ。けど、僕が付いていく理由はなくてね。だから、もしも娘の害になる存在だった場合、護る存在が必要だよね? だから君達を護衛として付けた。企みと言っても、この程度だよ」

「充分だと思うが。……立場を明確に? あの使い魔もか?」

「うん。獣人君達にとっては周囲の眼が無い場合の立ち回りについて。使い魔君は本当にダーリエの味方足り得るのか。それを今回見極めたいから旅の同行を許したんだよ」


 ダーリエも学園に入学する。

 その場合従者として付き添うのはあの獣人君達だし、使い魔君は学園の中でも常に一緒だから。

 彼等がダーリエにとって真に味方足り得るか。

 その確証が僕は欲しかった。

 だから今回里帰りを言いだしてきたのは本当にタイミングが良かった。

 何かしらの方法で試すつもりだったけど、ダーリエに疑われることのない方法を取ることが出来たのだから。


「オーヴェならそれくらい考えてもおかしくはないが、どうして俺達にいわなかったんだ?」

「そうだな。勝手に試験官にしておいて、事前情報を寄越さないなど。一体何故だ?」

「うーん。言ってないのに、ばれたか。確かに君達には護衛兼試験官になってもらったわけだけど。――君達は最初から獣人君に対しては警戒していたし、使い魔君に関してはダーリエとの日常の状態を知りたかったから、少しでもダーリエに悟られないために、かな。僕が何も言わなくても君達ならダーリエを護りつつも見極めてくれると思ったしね」


 仮に獣人君達がダーリエに危害を加えようとしてもパルとトーネなら問題無く事前に防げる。

 だから獣人君達に対する見極めは心配してなかった。

 けど、二人は使い魔君に対しては然程警戒していないから、事前に頼んでしまうと態度に出たと思うんだよね。

 ダーリエ達に向ける視線が多くなっただけでも、ダーリエが何かを感じ取ってしまう可能性があったし。

 

 あの娘は自分に対する視線は無頓着だけど、自分の懐に入れた相手に対しての視線には敏感な所があるから。


 使い魔君の“前”を知っている僕としてはどうしてそこまで信頼しているのか分からないけど、きっとダーリエとしては信じる何かがあったんだろうね。

 そんな心情をそのまま伝えると二人して苦虫を噛み潰したようような顔をされてしまった。


「信頼されてるのか、されてないのか悩む所だなぁ」

「信頼しているよ?」

「お前の信頼は分かりずらい。……今更か」

「だなぁ。まー今度は事前に話てくれよ。俺等にも心の準備は必要なんだぜ?」

「んー。そうだね。その方が良いと思ったらそうするかもね?」

「そこは了承しろ」


 無理かな。

 僕はこんな性格だからね。

 諦めてね。


「それで、どうだった?」


 答えなかったことに気づいていただろうけど、僕が答えないことにも気づいたパルが盛大にため息をついた。

 お互い長い付き合いだもんね。

 

「獣人二人は問題ないだろう」

「ちょっと変わった主従関係になってるけど、大丈夫だ。あの獣人達は絶対にキース嬢ちゃんを護る」

「獣人は本能で自分にとって最良である【主】を選ぶと言われているが、納得してしまう程度には主従は成り立っている」

「成程。それは重々」

「ああ、だが……――」


 そこでパルはくいっと口元を上げた。


「――……お前の娘は苦労するだろうがな」

「それ、どういう意味?」

「主従としては問題無いが、あの獣人達の性格がかなり歪んでいるのも事実だ。それを制御せねばならぬキース嬢は大変だろうな。既に振り回されているようだしな?」

「えぇと、味方、なんだよね?」

「それとこれは別の話だろう? 安心しろ。見極めが巧いのか、本当にしてはいけないことはしない。せいぜい親愛をこめておちょくられるだけだ」

「それはそれで問題だと思うんだけどねぇ」


 あの娘が振り回されるなんて、あの獣人君達ってそんなに歪んでいるのかい?

 僕は二人がメイド長に叱られている所とか、メイドを揶揄っている所しか見たことがないから知らなかったのだけれど。

 いや、経歴から考えて、相当癖が強いのは当たり前か。

 娘のこれからの苦労を思い溜息が出てしまう。


「一線を越えない限り僕が手を出すべきではない所が、ね。あまり目に余るようなら注意はするけど、聞かないだろうし」

「聞くはずもあるまい。獣人共にとって【主】以外の人間族はどうでも良い存在だからな」

「【主】を見つけるまでは人間族に対してある種の手加減をするけど、【主】を得た途端無くなる、だったかな? なら【主】を得た従者君達にとって僕なんて主の親という名の他人でしかないってところか。そりゃ注意なんて聞かないよね」

「他の獣人なら分からんがあの獣人共には求めるだけ無駄だ」

「みたいだねぇ」


 全く、厄介な獣人が娘を見初めたものだよ。

 最強の戦力を手に入れたとも言えるけど、心労は拭えなさそうだ。

 娘には出来るだけ穏やかな道を歩んで欲しいんだけどねぇ。

 本人もそれを望んでいることだし。

 ……【闇の愛し子】である以上、願うだけ無駄かもしれないけど。

 過去の文献、いや記録と言うべきかな。

 記録に残っている【愛し子】達に降りかかった試練の数々を思い出して僅かな頭痛を感じる。

 神様に愛されているのに、神々は愛し子に試練を与える。

 きっと記録には残っていない所では平穏に一生涯を過ごした愛し子もいるのだろうけど。

 少なくとも記録に残っている【愛し子】に対する試練の数々は思い出すだけで頭痛が酷くなりそうだ。

 もしかしたら愛し子が国の中枢に近ければ近い程事件に巻き込まれる確率も上がっているのかもしれない。

 単純に記録に残りやすいだけかもしれないけれど。

 ただ国の中枢に近い程試練が苛烈化するならば、宰相である僕の娘であるダーリエはきっとこれからも様々な事件に巻き込まれることになる。

 少しでも穏やかに生きて欲しいのだけれどね。

 ままならないものだよね。

 そんなことを考えていたからトーネの言葉に対する心構えが出来なかった。

 御蔭で一瞬心臓が止まったかと思ったよ。


「けどよ。このまんまだとキース嬢ちゃん王族入りするんじゃないか?」


 思考と身体が一瞬で硬直したのが分かった。

 今の僕はさぞかし面白い顔をしていることだろう。

 視界の端でパルが深くため息をついているのが見えた。


「トーネ?」

「ん? なん……あーすまん。俺が悪かった。だから、その顔は辞めろ!」

「何時もと同じだと思うけれど?」

「どこがだ!」


 笑ってるよ、きっと。

 うん、笑ってるよね?

 ほら、何時もと同じだよ?


「眼が笑ってないんだよ!」

「あはは。そんなことはないよ。うん。そうだね。王族入り、ねぇ。うちは公爵だしねぇ。殿下達と仲も良いし?」

「だから悪かったって!」


 必死なトーネに少しだけ冷静になったけど、少しこのままでもいいよね?

 それに間違ったことは言ってないのがねぇ?

 家格的には問題ないし、殿下達とも仲が良い。

 殿下達もまだまだ子供だけど性格その他に問題は無い。

 うん。

 ……そうなんだよねぇ。

 全く、忘れたいことも思い出させてくれたものだよ。

 

「ちょっと思っただけだ! 本気で言っているわけじゃないって!」

「何をそんなに焦っているんだい? 有り得ない話ではないんだろう?」

「そう思ってるなら普通に笑ってくれ!」

「だから普通に笑っているじゃないか」


 本気で怒っているわけじゃない。

 少し迂闊な発言してくれたなぁとは思っているけど。

 だからこれはちょっとした八つ当たりだ。

 そう思って笑みを深める更なる言葉を言おうと思ったけど、それをパルの溜息がさえぎった。


「そのへんにしておけ。こいつは揶揄うと煩くて敵わない」

「へ?」

「何だ。パルにはばれてたのかい?」

「シュティンヒパルだ。……当たり前だ。そもそも最初から怒ってはいなかったではないか」

「そうなのか?!」

「まぁね。色々なことを考慮すればダーリエが殿下達の婚約者候補になるのは分かっていることだしね。面白くはないけど」

「不敬だぞ」

「何言っているんだい? 僕はアストにも同じこと言っているからね。今更だよ」

「不敬だな」

「笑って流されてる問題ないよ」


 実際豪快に笑って流されたし。

 更に言えば「候補には上げない」って言質も取れなかったのだけれどね。

 本人次第だから今までダーリエに何も言ったことはないけど、実際の所、有り得ない話じゃないんだよね。

 考えれば悲しくなるからまだ考えたくないんだけど。

 ダーリエもアールもまだまだ巣立つには早すぎる。

 少しでも長く近くで成長を見ていたものなんだけどねぇ。


「まぁトーネを揶揄うのはこれくらいで。……使い魔君の方に何か問題でもあるのかい?」


 さっき君は獣人“は”と言ったよね? と言うと何故かパルに盛大にため息をつかれてしまった。

 今回は理由が分からず小首をかしげると「お前はそういう所が貴族らしいな」と言われた。

 確かに言葉の裏を探るのは貴族の必須技能だけど、君だって貴族じゃないか。

 パルは貴族にしては真面目で真っすぐだけどさ。

 色々言いたいことはあるけれど、とりあえず先を促す。


「あの使い魔は嘗て人だった。違いないな?」

「違いないよ」


 無色の魔女・アカリ=シューヒリトの作品。

 それによってあの姿となった。

 

「今の技術じゃ決して錬成することの出来ない魔道具……いや、もしかしたら無色の魔女しか作れないのかもしれないね」


 どうやって手に入れたのか分からないけど、それによってあの姿となり、今は娘と使い魔の契約を結んでいる。

 はっきり言って死して、記憶を持ったまま魔獣とはいえ、別の個体になるなんて禁術に近い。

 今ならやろうとすれば国に捕まること間違いなしだ。

 

「一錬金術師としては現物を見れなかったことだけどは惜しいと思ってしまうね」

「そこは同意するが、問題はそこではない」

「同意しちまうのかよ」

「煩い、口を挟むな。……お前はあの使い魔が娘と同類であることを知っていたのか?」

「同類?」


 婚約者を自称していた家に仕えていた平民。

 錬金術師ではないみたいだけど、何故か魔道具を操っていた、きっと特別な魔法かスキルを持っていた青年。

 彼とダーリエには特に共通点は無かったみたいだけど?

 分からないと言う顔をした僕にパルは眉間に皺を寄せると深く深くため息をついた。


「お前ともあろうものが詰めが甘いな。どうやらあの使い魔も【神々の気紛れ】を囁かれた者らしいぞ」


 一瞬言われたことが理解出来なかった。

 今までの使い魔君の言動が頭を巡り、混乱しているのに、何処かで「ああ、成程」と納得している自分も居る。

 そうやって思考と光景が巡る中、最後に思い浮かんだのはどこまでも無防備に笑うダーリエと共にいる使い魔君の姿だった。


「……へぇ。だからダーリエはあんな簡単に気を許したのかな?」

「オーヴェ」

「あ、冗談だよ、冗談。……うん。言われてみればと思う場面が沢山あるかな?」

「知らなかったのか?」

「調べてみようとも思っていなかったよ。娘がそうだったし、彼女のこともあったし、ね?」


 【神々の気紛れ】が起こる可能性は凄く低い。

 百年単位で一人いれば多いと言われるほどだと聞いたことがある。

 それくらい珍しいことが娘の身に起こったのに、まさかもう一人同世代にいるなんて考えもしなかった。

 

 ただでさえ、大まかな区分で言えば同時期にもう一人いたというのに。まさか、同時期に三人目とはね。


 何かが大きく変わる、ということなのかもしれない。

 しかもその渦中に娘がいるなんて。

 今後起こる何かの可能性に顔を顰めると溜息をつく。

 と、今はそうじゃないな。

 取り敢えず使い魔君はそういう意味で娘と同類ということでいいのかな?


「けれど、同類だと言うなら問題はないんじゃないのかい?」

「それがそうでもないみたいでな」


 トーネは苦笑いを浮かべパルは眉間に皺が寄った。

 二人の態度が僕には不思議だった。

 僕が見る限りダーリエと使い魔君の仲は悪くなかったみたいだけど。

 首を傾げると何やら言いづらそうにトーネが口を開いた。


「どうやらな? キース嬢ちゃんはフェルシュルグが嫌いだったらしい」

「あの娘が? 嫌いと言っていたのかい?」


 素直に珍しいと思った。

 それほどあの娘が「何かを嫌い続ける」のは珍しいことだから。

 娘だって人の子だから勿論嫌悪する相手もいただろうし、嫌いな相手もいたと思う。

 けれど、あの娘はすぐに「忘れてしまう」。

 ことが終わってしまえば無関心になり、最後には記憶の隅に追いやられる。

 どれだけ自分を傷つけた相手でさえも、だ。

 その潔すぎる性質を笑えないほどに。

 少しだけあやうい性質だとは思っているし、どうにかならないかな? とは思っている。

 そんなあの娘が「嫌い続けている」?


「そんな存在が現れるとは思わなかった」

「けど、この耳で聞いたから事実だぞ?」

「聞いたって。あの娘が君達の近くで話していたのかい? 随分懐かれたんだね」

「あー。いやー」


 別に裏無く賞賛したんだけれど?

 何故か口ごもるトーネにもう一度首を傾げるとトーネはバツが悪そうに視線を彷徨わせた。

 その後数度口を開いては閉じてをした後、意を決したのか彼は口を開いた。


「嬢ちゃん達が話してたのは結構離れていたんだ。だからまぁオーヴェには悪いがそこまでも信頼されてるわけじゃないんだよなー」

「つまり、遠く離れている娘たちの話を勝手に聞いたと? 君達ねぇ。盗み聞きはあまり褒められた行為ではないよ?」

「仕事の一環だ」

「開き直らない」

「そーは言うけどな、仕方ねーんだって。あの使い魔が急に人型になっただろう? しかもキース嬢ちゃんも知らなかったみたいだったんだ。だってのに、護ることの出来るギリギリにいたもんだから、話だけでも聞いてねーと危なかったんだよ」

「ん? ダーリエが護衛を遠ざけていたのかい?」


 あの娘はそんな我が儘をいう子ではないと思うのだけれど。

 しかも襲撃を受けた直前のことだし、良く聞き入れたね?


「あの場にいたらお前も同じ行動を取ったと思うが、あの時のキース嬢は少しおかしかった。何かを悩み、苦しんでいた。それは人が近くにいると解消できない類のものと判断した。だから護ることのできるギリギリで一人にすることが私達に出来る最大限の譲歩だった」

「キース嬢ちゃんも気にしていたのか、凄く気にしてたな。だから、まぁあんまり嬢ちゃんを責めるなよ?」


 出来れば俺達もな? と笑うトーネに僕は頷く。

 事情があるならばある程度は仕方ない。

 それでも盗み聞きはやりすぎな気がするんだけどねぇ。


「それで? 一体どんな話をしていたんだい?」

「どうやらキース嬢は使い魔の過去であるフェルシュルグに対して抱いている感情を現在においても捨てていないらしい。使い魔が人型になったことで改めてその感情を突き付けられ混乱したといった所だろう。……多分、な」

「うーん。納得いくような、いかないような?」

「正直な話、聞いていた私達にも難解過ぎて理解できなかった」

「使い魔的には“フェルシュルグが嫌い”なのは問題ないらしいんだよな。それだけでも俺にはさっぱりだったんだが、最終的にはあの二人の中では「嫌い同士の両想い」で決着がついちまってな?」

「嫌い同士の両想い? また面白い表現だね」

「私も聞いていて頭を抱えた。途中の会話を聞いていても、どうしてそこに着地したのか分からん」

「うん。それってその場にいなかった僕には理解することは出来ないってことにならないかい?」


 【神々の気紛れ】を囁かれたせいか、少々突飛な思考を持っているとは思っていたけれど、二人の話を聞いてもさっぱり分からない。

 娘と使い魔君は仲が良いのかな? 悪いのかな?


「俺が聞いて思ったのはフェルシュルグが嫌いってのと使い魔を信頼するのは同時に成立するんだなって所だな。俺としては気持ちが移り変わったのかと思ったが、違うらしいからな」

「生涯嫌いでいると告げた相手を信頼するなど私には有り得ない思考だが、どうやらあの二人の中では成立するらしい」

「聞けば聞く程不可解な関係になってしまうね」


 娘とは言え同じ人間ではないのだから思考の全てが読めるわけじゃないし理解できるわけでもない。

 けれど、それにしても不可解だとしか言いようがない関係だと思う。

 そしてこの件に関しては幾ら僕等が頭を悩ませても解決しないということも分かった。

 なら、そういうものだと受け入れるしかないよね。


「この際言いたいことは色々あるけど、全部受け入れる方向でいった方がよさそうだね。なら、僕が聞きたいことはこれだけかな? ――あの使い魔君はダーリエに危害を加える存在だと思うかい?」

「「それはない」」


 即答に苦笑する。

 あれだけ不安を煽ることを言ったわりに二人とも使い魔君のことを心底疑ってはいないのだから僕はもう笑うしかないじゃないか。


「君達ねぇ。なら含みを持たせて話さないでくれないかい?」


 ぼやくと二人は顔を見合わせて中々に善人とは言えない笑みを浮かべた。


「私達が不可解な会話を聞いたことは事実だからな」

「全部話しておかないとだめだろう?」


 言っていることは尤もだけど二人とも目が笑ってるよ?


「どうしてあんな切り出し方をしたのかな? 何か気にかかることでも?」

「特にない。心配しなくとも、わざとだ」

「それはそれで問題じゃないかな?」

「オーヴェの困惑する顔が見たかった」

「素直なことが必ずしも美徳とは限らないからね、トーネ?」

「たまにはお前の貴族然とした表情を崩したいと思ってな」

「君は君でこういう時だけ生き生きとしているよね?」


 結局深刻そうなふりをして僕を揶揄いたかっただけ。

 全く二人とも、真顔で騙すんだから性質が悪いよね。

 ……人のことは言えないと突っ込まれそうだけど。

 僕は深々と溜息をつくと両手を上げて「降参」を示す。


「キース嬢と使い魔の関係が不可解なのは事実だ。だが、問題はないだろう。あれはキース嬢に自発的に危害を加えるものではない」

「心配しなくても護ってくれると思うぞ」

「……そうかい」


 娘が大丈夫だという安堵と回りくどく困惑させられた疲労に頭痛を感じる。

 全く、二人とも案外悪戯好きだから困る。

 ――人のことは言えない? 聞こえないからね。


「獣人君達も使い魔君も問題ないのは朗報なんだけどね」

「あの未確認の魔物は意味深なことを言っていたがな」

「そこなんだよね。娘を変なことに巻き込まないで欲しいのだけれどね」


 それこそが【愛し子】の試練なのだとしたら私は神々を恨むよ?

 決して良い親とは言えなくとも僕はあの子達を愛しているのだから。


「学園入学後が問題かもな」

「あー。殿下達も【愛し子】だからな。騒動が起こる可能性が高い、か」

「それはアストも頭を抱えている。現状、警戒しておくこと以外できないのが難点なんだけどね」


 【愛し子】が三人。

 【神々の気紛れ】を囁かれた者が二人。

 それだけの存在が同じ空間にいることになる。

 騒動が起こらないと考える方が難しい。


「だからこそ、この時期にあいつらを見極めたかったというところか?」

「そうなるね。そこが問題ないと言うのは素直に良かったと思うけど」


 基本的に学園は親は不介入な場所だから。

 簡単に手だしは出来ない。

 だからこそ娘の護りは完璧にしておきたかった。

 出来れば息子にもそういった強固な護りを置きたいのだけれど、あの子は基本的に殿下と行動しているからなぁ。

 いや、入学までに信頼できる従者をを見つけることが出来なかった僕の不徳だね。

 なら今からできることとなると……。

 僕は目の前の二人に視線を向ける。

 

「ねぇパル、トーネ。君達の負担になることは分かっているのだけれど……」

「息子のことか?」

「うん。アールの家庭教師もしてくれないかな?」


 今付けている家庭教師が悪いわけではない。

 けど、僕は最も信頼している二人に子供達を任せたい。


「構わない。とは言っても息子の方は錬金術師ではないからな。基礎を強化することと魔法攻撃に対する対応しか教えられんぞ?」

「俺もいいけどよ。貴族らしさからは離れるぞ?」

「充分だよ。後、トーネ。貴族らしさなんて命よりも大切なことではないからね。僕はあの子達が貴族らしく育たなくてもいいんだ。ただ健やかに育ってくれればね」


 僕だって貴族社会ではらしくない扱いをされているんだ。

 その子供達がらしくなくても問題ないだろう?


「なら遠慮なく扱くからな」

「まだまだ成長期なんだからお手柔らかにね」

「地頭は良さそうだし努力も厭わないようだからな。多少手荒でも構うまい。……そしてパルと呼ぶなと何度言わせるつもりだ」


 無茶を言っているのに、そう言ってくれる二人に僕は心の中で感謝する。

 学園という場所は二人みたいな生涯の友と会える場所でもある。

 掛け替えのない時間を過ごすことが出来る場所なんだ。

 そんな学園時代を子供達には満喫して欲しい。

 そのために出来ることがこんなことしかないのは不甲斐ないとしか言いようがない。

 友にも負担になっている。

 それでも……それでも少しでも子供達が楽しい学園生活を送れることを祈っている。

 

「何度でも? ……本当にお手柔らかにね」


 僕自身も今出来ることをやらないとね。




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