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砂嵐と守護者(2)




 開けた景色は変わらず岩場と言えるモノだけど、造られた景色とは比べ物にならない程に力に溢れ、何よりも違和感が無い。

 其の上で人の手が入れられ、道と呼べる物が存在している。

 この光景ならば神殿への道と言われても納得出来る。

 隠されていた理由を考えると少しばかり頭が痛いが、今は置いておこう。

 人の手によって作られた道を進む中、周囲を見やると生物の気配を感じる。

 こうしてみると先程までの光景がどれほど異質が分かる。


 精巧に作られた絵を見せられていたようなものなんだろうなぁ。


 人を襲う魔物の類は少ないのか、道中特に問題無く歩む事が出来る。

 それとも道に細工でもしてあるのかな? なんて考える余裕もあったのだ。

 けど、順調な道中も途中で大きな障害によって阻まれたのである。

 私達は推定神殿があるであろう場所に行けずにいた。

 それというのも何故か進む道を砂嵐が塞いでいるせいである。

 しかもとても奇妙な砂嵐が、だった。


「こちらには一切こない。だと言うのに威力が収まることがない。明らかに作為的な代物だな」

「【力】は感じるが【魔力】ではないようだ」

「これは……多分【神力】だと思います」


 私には水の神殿で感じた力と同系のモノのように感じた。

 クロイツもなのか、砂嵐を睨みつけていた。

 私達が聖獣様にお逢いした事は存じているのか先生方は特に言葉を疑う事なく、砂嵐に視線を戻した。


「ふむ。つまり神殿に入るためには“ここを通り抜けてみろ”と言うことか」

「迷宮じゃあるまいし、随分な造りだな」


 うんざりしたトーネ先生の言葉に私は水無月さんを思い出す。

 水の聖獣様は水無月さんが聖獣様方と御友人だと言っていた。

 そして水の神殿のギミックの考案者であるとも。

 水無月さんが私達とほぼ変わらない時代からやってきたとしたら、こういったギミックを思いついてもおかしくはない。

 ただ仕掛けているのは土の聖獣様だろうから、土の聖獣様は水の聖獣様と同じような性格という事なのかもしれないが。

 

「ここを通り抜ける術は知っているのか?」


 シュティン先生の問いにルビーンは肩を竦めてザフィーアは首を横に振った。

 二人でも流石にお手上げらしい。


「結界を張れば通れなくはないだろうが」

「この人数全員分を張るのはかなり難しいな」

「更に結界を維持している間に何かあれば対処できる人数が減る」

「ここでパルを動かせないのは困るな。だからと言って次に結界が張れるのがキース嬢ちゃんとなると、なぁ?」

「シュティンヒパルだと何度言わせる。……一応護衛として来ている人間が何をほざいている。キース嬢は護衛対象であり、緊急事態でもあるまいに頭数に入れるな」


 此処を通る話を真剣にしている所すみませんが。

 トーネ先生、私を頭数に数えないで下さい。

 シュティン先生、緊急事態は容赦なく使う宣言してません?

 使える人間認定を嬉しく思えばよいのか、子供でも使うと言い切る所を恐れればいいのか悩む所である。

 戦く私を他所に先生方は対処法を論じている。


「いっそのこと、攻撃でもしてみるか?」

「ふむ。それも一つの手か」

「は? いえいえいえ。先生方。もう少し穏便な手を考えましょう? 相手は聖獣様のお造りしモノに御座います。迂闊に攻撃などすればどんな反撃が来るか」

「だが、ここでは迂回路を探すことも出来まい?」


 周囲を見回して嫌そうに言う先生に釣られて私も周囲に視線を巡らす。

 切り立った崖のような岩盤に挟まれた道と、先を塞ぐような砂嵐。

 先生の言う通り迂回路を簡単に探す事が出来そうな雰囲気ではないのは確かだ。

 だからと言って強硬手段を積極的に支持する事は出来ないのですが?


「主ぐらいなら抱えて岩壁の上に連れていけるけどナァ」

「護衛から対象を引き剥がすな」

「上で何が起こるか分からないからなー」


 その前に抱えられてこの岩壁を昇る事自体やめて欲しいのですが?

 トーネ先生の言い方では、上が安全ならば、その方法もやむなしと言っているようですよ?

 え? 違いますよね?

 何とも言えない気持ちになっている間に先生方は砂嵐との境界線まで行っていた。

 フットワークが軽いのは冒険者だからですかね?


「砂嵐に物体を弾く魔法はかかっていないようだがな」

「だな。通ろうと思えば結界が無くてもいけるか?」

「先生方! そんな無造作に手を突っ込まないで下さい!」


 止める間も無く砂嵐に手を突っ込んだ先生方に思わず突っ込みを入れてしまう。

 トーネ先生は勿論の事、シュティン先生ももう少し考えて下さい。

 案外危険に突っ込む事に躊躇の無い先生方に少々の頭痛を感じてしまう。

 多分、二人とも自分の実力を把握しているからこそ、大抵の事では大丈夫だと言う自負があるのだろう。

 けど、今回は迂闊ではないかと思ってしまうのだ。

 今回は相手が聖獣様なのだ。

 実体を拝見した水の聖獣様は勿論の事、声だけだった光の聖獣様から感じた威圧感を私は忘れていない。

 どちらも人の身が耐えられる程に抑えていらっしゃたに違い無い。

 それでも感じた圧迫感。

 聖獣様達に勝つ事は出来ないと体に叩きこまれたとすら思った。

 私は砂嵐を見つめる。

 目の前の砂嵐から威圧感や圧迫感は感じない。

 けれど、土の聖獣様が本気で私達を拒絶しているのならば、私達は決して神殿にたどり着く事は出来ないのだろうと漠然とだが感じる。

 更に言えば、考案者が水無月さんのギミックだとしても基準が、あの伝説の魔女だとしたら先生方はともかく私は絶対に突破する事は出来ないだろう。

 神殿への道を阻む砂嵐を甘く見てはいけない。

 相手は強大な力を持っているのだ。

 場合によっては退却すら視野に入れなければいけない程の。

 それほどまでに砂嵐が私には脅威として映っている。


「一端引いて文献を読み直した方がよろしいのではありませんか?」

「うーん。それもいいけどなー。一度くらい魔法で攻撃しても大丈夫じゃないか?」

「攻撃魔法が神殿へのモノだと誤認される可能性が御座いませんか?」

「あー。確かに、それもそうか」


 良し。

 先生方の意識が退却によってきた。

 そう思い安心したというのに、それをぶち壊す出来事が起きてしまった。

 砂嵐の向こうに影のような通り過ぎたのが見えてしまったのだ。


「あ」

「影を確認! 戦闘体勢を取れ!」


 体が宙に浮く感覚と共にトーネ先生の指示する声が響き渡る。

 ザフィーアに抱えられた私は一瞬の間に離れた場所にいた。

 隣にはルビーン。

 少し前にはシュティン先生とトーネ先生を中心に護衛の方々が陣を敷いていた。

 その間にも影は現れては消えていく。

 だが段々影が大きくなり近づいてくるのが分かった。

 緊張高まる中、遂に影は砂嵐の中から出て来たのだった。


 現れた何かは女性の人型を取っていた。

 髪は長く黄色なのだが、柔らかさは無く何処か硬質なモノに見える。

 全身を体の線に沿うように布が覆っている。

 この世界では異質な装いと言える。

 何より肌が人のモノでは無かったのだ。

 光を受けメタリックに輝く様は明らかに人とは違うモノ。

 更に何かは翼を持っていた。

 しかもこの世界では目にする事が無い形であった。

 直線の板を両翼に平な場所から炎と風を噴射し飛んでいる。

 この世界の魔物の中には空を飛ぶ存在もいるが、それとは明らかに別だと見ただけで分かる。

 現れた何かはこの世界ではあまりにも異質であり、明らかに異物であった。


 私達は知っている。

 『前の世界』でああいった存在が何と呼ばれていたのかを。


「「<<アンドロイド!?>>」」


 私とクロイツの叫びが重なる。

 

「<はぁ? あれってロボット……いや、えーと、あ、そうだ! あれってアンドロイドだよな?!>」

「<えー? えー!? 私にもそう見えるけど……>」

「<<この世界にアンドロイドは駄目(でしょう!/だろう!)>>」」


 砂嵐を抜けて出て来た影は『前』の世界では『アンドロイド』と言われる類の存在だった。

 勿論この世界にはそういった存在はいない。

 もはやいるだけでオーパーツ……いやオーバーテクノロジーだ。

 

「<科学? いえ、この場合魔導工学? 魔科学?>」

「<名称の問題じゃねーよ!>」

「<分かってるけど! けどさぁ! それ以外どう言えと!?>」


 お互い大分混乱していた。

 けど、声に出さないだけ良かったと思って欲しい。

 クロイツと【念話】越しに一通り怒鳴りあっている間に先生方も異質な存在に対してのショックから抜け出したらしく、皆改めて警戒心露わに相手の動き注視していた。

 そんな姿に少しだけ落ち着きを取り戻した私も再びアンドロイドを見つめる。


「<一.この世界にもアンドロイドを創り出すレベルの研究者が存在している>」

「<ありえねーな>」

「<私もそう思う。――二.外見はアンドロイドだけど実は魔物>」

「<新種っていいてー所だが、生き物の気配がしねー。魔力は感じるけどな>」

「<やっぱり? それじゃあ――三.水無月さんと聖獣様による合作>」

「<んな所なんだろーなー>」


 出た結論に揃って溜息をつく。

 水無月さんにとってはギミックの一つかもしれない。

 又は『地球』が恋しいがための行為かもしれない。

 ただ、ならばせめて文献に残して欲しかった。

 事前情報無しは厳しい。

 私達は世界に合わな過ぎて違和感しかなく、その違和感を払拭する事が出来ないでいた。

 けど、此処で思考を止める訳にはいかない。

 考える事はまだまだあるのだ。


「<結論が出た所で次――敵か味方か?>」

「<……目をみれば分かるんじゃね?>」


 あの敵意に満ちた目をみりゃーよー、とクロイツが笑った。

 自然と臨戦態勢に入るクロイツに合わせて私もカタナを取り出し構える。

 未だ一言も話さないアンドロイドの視線は私達に対する刺すような敵意に溢れていた。


【【この先には何人も通すことは出来ぬ。故に我は警告する。……疾く、去れ】】


 無機質な音が響く。

 硬質な響きは私達の考える『アンドロイド』まんまだった。

 だが、その事に気づく事が出来るのは私とクロイツだけだ。

 おかしな声に護衛の人達が怯む中、先生方が一歩前に出るとアンドロイドに問いかけた。


「この先にあるのは土の聖獣がいる神殿か?」

【【答える必要はない。警告する。去れ】】

「おいおい。神殿が人を拒むってか?」

【【……我が主は嘆き悲しみ、傷ついている。故に何人も近づけぬ】】


 先生方とアンドロイドの会話に眉を顰める。

 「アンドロイドの主=土の聖獣様」と仮定すると、土の聖獣様が現状を嘆いているという事になる?

 それは水の聖獣様や光の聖獣様が憂いたのと一緒なのかな?

 何となくだが、違う気がした。

 尚も会話もする気も見えないアンドロイドだったが、突然先生方から視線を外すと無機質な眼差しが私達……ルビーンとザフィーアを貫いた。


【【偽りの守護者を連れてこようとも通しはしない。真の守護者たる我は主の憂いの全てを絶つために存在している】】


 強い言葉に思わず振り向いてしまうが、当の本人達は何処吹く風。

 むしろ、敵意露わな相手に対して「何言ってんだ、こいつ」と言わんばかりの眼で見ている。

 ルビーンなんて鼻で笑ってるし。

 

「<こいつら、相手を怒らせることだけは立派だよなー>」

「<確かに>」


 思わず心の中で同意してしまう。

 何かを争っている場合、片方がそのモノに対して一切関心が無い態度を取られると、普通に争うよりもイラつくものである。

 案の定アンドロイドもルビーン達の態度に怒りが一段階上がったように見える。

 天然でこれなのだから、ルビーン達は性質が悪いのである。


【【人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族。地上に住む全ての生物が我が主の憂い。ならば我はそれを取り除くまで】】

「おいおい。突然、魔王みてーなこと言い出したぞ、アレ」


 クロイツの突っ込みに私も口元が引き攣るのが分かった。

 色々突っ込みたい所はあるのだ。

 エルフは存在しているのか? とか。

 主って本当に土の聖獣様ですか? とか。

 けど、クロイツの突っ込みの通り、オーバーテクノロジーの粋が突然魔王みたいな事を言いだす事に何よりも突っ込みたかった。


「この世界は種族間の争いを嫌っているのでは?」


 遠くからであったし、思わず零れた言葉だったのだが私の声が聞こえたのかガラスのような目が私を射抜く。

 途端アンドロイドの眼差しから感情が消える。


【【――スキャニング。――スキャン中――スキャン第一段階終了。水無月灯の魔道具の所有を確認――第二段階スキャン開始】】


 突然感情が一切消えた機械音が響く。

 同時に何かが体中を通った気持ちの悪い感覚に襲われる。

 思わずカタナから手を離し腕をさする。


「<うわっ! 気持ちわる!>」

「<どうした?>」

「<スキャニングって言っているし、分析されてるっぽい?>」

「<そりゃ気持ちわりーわ>」

「<そういう事!>」


 クロイツと話しているうちに気持ち悪さは無くなったが、代わりと言ってはなんだが、相手の標的が私になったようだ。

 先生方などには全く見向きもせずただ私達――私、ルビーン、ザフィーア――をアンドロイドは見ていた。


【【スキャニング全工程完了。対象を【運命の子】と認定。聖獣との接触を確認。証の所持を確認。未だ覚醒に非ず。――……】】


 眼が閉じられ沈黙する。

 数秒の後、開けられた目には私達に対する強い殺意が満ちていた。



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