馬車内にて
ルビーンとザフィーアの里帰り、もとい集落跡に行く話は驚く程すんなりとまとまった。
あまりの早い決定に思わず「あの二人にそこまでの根回しが出来たの?」と素で驚いたくらいだ。
同時にこの世界の人って時折だけど、少しばかり警戒心が足りないのでは? と思ったりもしたわけだけど。……側近として身近に置いている私が言って良い事ではないかもしれないけど。
一応あの二人暗殺者、しかも私殺されかけたんですけどね?
お父様達の私達への愛情は疑っていないし、お父様は本当に慎重な方である事も知っては居る。
知っているからこそ、二人への警戒心がそこまで早く解消されるとは思ってもみなかったとも言えるのだ。
確かに現在は側近ですけど、そこまで無条件に信用していいんですかね?
とは言え、現状こうして里帰りが可能な所、どうやら獣人との【契約】はそこまで重たいモノらしい。
それくらいしかお父様が早期に警戒心を解いた理由が説明できないんだよねぇ。
ここらへんはこの世界の“普通”についていけない事もしばしば。
どうやら転生者の性らしくクロイツも同じ事をブツブツ言っていたし、孤独感はないんだけどねぇ。
と、言う訳であっという間に決まった帰省? に向けての準備に入る事になった。
とは言え、私にできる準備は殆ど無い。
帝国に行く程大掛かりでもないけど、王都に行く程簡素でもない。
中間くらいの忙しなさで準備は進められた。
その間私は何もしてないけどね。
と、いう事であっという間に準備が完了した私達は二人の元集落へと向かう事になったのである。
うん、私自身はそれなりに暇だったけど、周囲は結構慌ただしい出立だったんじゃないかな?
むしろ私は今の方が内心大焦りなのですが?
「なぁ。なんで俺まで馬車の中なんだ? 俺は冒険者なんだぞ? 普通は外で護衛じゃね?」
「貴様はキースの護衛だ。ならば馬車の中に居ても問題はあるまい? それとも外に出て散歩でもしてきたいのか?」
「散歩って。それは暗に周囲の魔物を狩ってこいとか言ってないか?」
「ふん。その程度のこと、貴様なら簡単ではないのか?」
「ひでぇこというなパルは」
「シュティンヒパルだ」
もはや見慣れたとも言えるシュティン先生とのトーネ先生の掛け合い。
確かに、高位冒険者であるトーネ先生ならば馬車の外で護衛任務についてもおかしくはないし、そうなれば心強いだろう。
後“散歩”がとても物騒だけど、シュティン先生も高位冒険者ならのだから、お二人にとって“外でお散歩”は“周囲の魔物殲滅”と同義なのかもしれない。
物凄く物騒だけど。
いやいや、そうではなく!
一番気になるのは其処では無くてですね!
「何故先生方が此度の旅に同行なさる事に?」
これである。
思わず心の声が漏れ出た私にじゃれあいを辞めたお二人が此方を見た。
「ん? 邪魔だったか?」
「いえ、そのような事は御座いません! むしろ先生方がいらっしゃるのはとても心強いです。ですがお二人ともお忙しい身ですのに、ワタクシの私的な用事に付き合っても大丈夫なのですか?」
正確に言えばルビーン達の里帰りだから「私の」とは言えないかもしれない。
けれど私の側近である二人の用事なのだから、私の用事と言っても良いだろう。
私も現地で採取などが出来ないか楽しみにしている所もあるので、余計にである。
そんな完全に私的な用事に忙しい二人を巻き込むのは少しばかり気兼ねするのだ。
そういった事を必死に言いつのったのが、トーネ先生は「そんなことかぁ」と笑って居るしシュティン先生にも鼻で笑われた。
「それならば問題はない。元々も私は領地を持たぬ貴族だ。こいつも御大層に依頼を選べる身の上だからな。時間を取ることなど容易いことだ」
「おいおい、言い方。ま、パルの言い方はともかく、俺達の心配はしなくても大丈夫だぞ? オーヴェにも頼まれたしな」
「ああ。お父様が。納得致しました」
お父様が心配してお二人をお付けになったって事なんですね。
それでもルビーンとザフィーアを警戒していた二人が一緒に同行した事には驚きだけど。
ん? それとも二人を警戒していからこそ付いてきてくれたのかな?
後、お父様、警戒心が無いなんて一時でも考えてごめんなさい。
「あ、別に無理は言われてないから安心しろ。俺達も納得して付き添う事になったんだからな」
「私は場所柄、珍しい素材があるようだから同行したまでだ。……そして貴様、パルと言うな」
「って、今更突っ込むのかよ」
と、お二人は再びじゃれ合いを始めてしまう。
そんなお二人を見つつ、私は苦笑した。
大分お父様はお二人に無理を言ったらしい。
後、少々自惚れるなら、私を心配なさって下さったらしい。
この二人、特にシュティン先生は教え方などは先生向きではないと思う時もあるが、根本的に情に厚い方々らしい。
過去に私に似ていると思った所もあったが、私などよりも余程“ヒト”らしく優しい方々だと最近は思って居る。
「<オレとしては馬車まで一緒なのはメンドーなんだが?>」
「<そう言えばクロイツって先生方とあんまり仲良くないよね?>」
と言うよりもクロイツが一方的に避けている感じ?
ルビーンとザフィーアとは積極的に嫌味の応酬をしてやりあっているけど、それと比べると控えめだ。
嫌いというよりも苦手? と言った感じに見えた。
「<死神野郎はオレを実験体みてーに見てたからな。当たり前だっての>」
「<死神野郎って。更に渾名が酷くなってない? えぇとじゃあトーネ先生は?>」
「<オマエ、それ半分認めてるからな? あの能天気野郎は何をするにも豪快過ぎて命の危険を感じる>」
「<そこまで!?>」
驚きだ。
トーネ先生の性格からすると、聊か動作が豪快なのは理解できるが、そこまでとは。
一体どんな力でクロイツを構おうとしたのだろうか?
それなら避けるのは理解出来るかな?
うーん、何となく別の理由もありそうだけど、まぁいっか。
「<取り敢えず渾名はもう少し考えようね?>」
「<へいへい。かんがえておきまーす>」
「<完全棒読み>」
これは今後もバラエティーに富んだ渾名が出てきそうである。
私しか聞いてないからいい……のかなぁ?
「それにしても国境沿いに行く予定だが、よく許可が出たな?」
「それはワタクシも思います。一体二人はどんな方法で許可を取ったのでしょうか?」
「小賢しい上口も回る。オーヴェ以外ならば丸め込むことも可能だとは思うが」
ルビーン達に対する評価が辛い上にお父様の事大好きですねシュティン先生は。
トーネ先生も口を挟まない所同じ考えだろうし。
お父様と先生方の関係を見ていると垣根を越えた絆って存在するのだなぁと思う。
家格がそれぞれ違う貴族であるお父様とお母様にシュティン先生。
そして平民のトーネ先生と王族のコートアストーネ陛下。
皆さんは学園という特殊な空間において友人となった。
その絆は未だに続いている。
学園の理念からすれば創始者の方々にとっては喜ばしい事なんだろうなぁ、きっと。貴族にとって学園は卒業後の社会の縮図でありながら価値観が違う人達との交流の場、なんだろうし。そんな中で末永く続く関係を育む事が出来たお父様達は創始者にとって誇りですらあるかもしれない。
そう考えると『ゲーム』でのヒロインと攻略者達の関係はイビツに思わなくもない。
あれはあれでゲームを盛り上げるために必要だったのだろうけど。
「あのオーヴェが許したのだ。何かしらの重要な事柄を知っているのではないか?」
「時折意味深な事は言っておりますわね」
「その言葉に信憑性はあるのか?」
「さぁ? どうなのでしょうか?」
少々シュティン先生の視線が鋭くなったが、とぼけている訳では無く本当に分からないのだ。
ルビーンは特に畳みかけるように言葉を紡ぎ煙に巻くのが得意だ。
言っている事のどれだけが真実なのか私も把握していない。
私は鋭い視線の中に違う色の見えるシュティン先生に苦笑した。
心配されているというのは分かるが、中々怖い眼差しである。
年相応ならば泣いてしまうか知れない。
「【契約】を交わしている以上問題はないが、【命ずる】事もしていないのか?」
「はい」
「それは縛りたくないってことか?」
トーネ先生の考えはとても優しい。
そして真っ当な感性の人でもあると言える。
思考ある存在を縛る、というのは酷く負担になる。
それがどれだけ恐ろしく、どれだけ非道であるか、そこまで考えが至っている人程、掛る負担を考えて避けるだろう。
けど、それは全うなヒトの場合である。
私のような人間には当てはまらない。
「いいえ。必要ならば幾らでも【命じましょう】。それを怠る事でワタクシの大切な人達が害を被るならば」
「つまり、そうならないと言う確信があると?」
「そうですね」
私は窓から外を見る。
見える赤と青に再び苦笑する。
「あの二人は享楽的で刹那主義。自らの快楽に対して素直であり、破滅的ですらあります。ですが、そのために【主】であるワタクシの境界線を見極める事に長けているのです」
私にとってあの二人は懐に入ってはいないが、視界に入る事も許しているし、側近と遇している。
それはあの二人は本当の意味で私の境界線を越える事が無いからだ。
私の地雷を見極め、それを踏む事だけはない。
その見極めるための嗅覚だけは素直に賞賛出来る程だ。
逆に言うと地雷を踏まない程度のやらかしは普通にするんだけどねぇ。ギリギリを見極める事もしないだけましかもしれないけど。
安全圏内で主だろうと人をおちょくり、自由に快楽を貪っているのだ。
御蔭でおちょくられるのに遠ざける決定的な理由が無く出来ないという状態に陥っている。
本当に性質が悪い事である。
「獣人にとって【主】という存在については人であるワタクシが真に理解する日は来ないでしょう。ですけれど、二人にとって【主】の側に居る事はどんな快楽よりも勝るようです。本当に不思議なのですけれどね」
人でなしである主に分かりずらい忠義を誓い、身体、どころか魂すら捧げる。
それを当然としている。
獣人の性質は厄介であり、そして酷く重い。
「快楽を手放す事を絶対にしないあの二人が真の意味でワタクシを害する事はない。それはワタクシの心も含まれている。それが分かってしまえば、言葉の真偽など些細な事ではないかと」
「随分、信用してるんだな?」
「まさか」
トーネ先生の感心という態度に即答する。
私は私を殺そうとした事を忘れない。
何よりお兄様を殺そうとした事を絶対に許したりはしない。
私があの二人に心から信を置くことは生涯無い。
「遠ざけたり排除したりする理由がないので傍に置いているだけです」
「価値がなくともか?」
「価値ですが? ええ、まぁ。元々あの二人は何を思ったのか殺そうとした相手を【主】に乞いました。その結果最初の【命令】が自身の命を断つだった可能性があったとしても」
そういえばあの二人も私に「価値の有無」を聞いてきたなぁ。
本人達が一番、その事に拘っていないくせに。
まぁ、あれは私を試す行為だったのかもしれないけど。ん? いや、そこまで大層なモンじゃないな、きっと。軽くからかう程度の事だよね、あれ。
先生の口からまで「価値」という単語が出てくるとは思わなかった。
ふと、私はとある時の事を思い出した。
気になって聞いた事があるのだ。
私に自死を望まれるとは思わなかったのか? と。
直感に頼りすぎだと少しばかりの心配すら籠めたというのに。
あの二人は同じ顔で笑って言ったのだ。
「「それは障害になるのカ??」と全く同じ言葉を。
答えを聞いた時、頭痛がした。
私はあの時【獣人】の底知れ無さと共にその事で考える事をやめたのだ。
だって……――
「――……ワタクシの善性を信じたのではなく、それでも構わないと心から、惰性でも諦めでも無く考えて、悩む事無く欲望に素直に。人の価値からするとあり得ないですよね?」
溜息を一つ。
「その時、ワタクシはあの二人の“欲望に素直な所”だけは疑うだけ無駄なのだと思いました。そしてワタクシ達とは全く違う価値で動いているという事も理解させられました」
人間、それも貴族の定めた価値などあの二人には関係無い。
それで計っても、覆され、徒労に終わるのが目に見えている。
意味など無いと分かっていて態々価値を計るなんて無駄でしかない。
「だからこそワタクシはあの二人の価値など興味がありません。今後あの二人にワタクシ、この場合貴族として、ですわね。貴族にとっての価値が上がろうとも重用する気は御座いませんし、逆に価値が無くなろうとも、それを理由に遠ざける事もありません」
お互いに価値観が違い、見えない価値を計る事が出来ないならば分かる部分を基準に考えるしか無い。
「困った事にあの二人は側近としての才能は御座いました。ですから見える能力分を発揮出来る配置にしたに過ぎません。――ああ。そう言った意味では信用していると言えるかもしれませんね」
懐には入っていないが能力的に問題無い事は知っている。
才能や能力もまた目に見えない事を考えれば「能力を信用している」と取れるかもしれない。
人間性については全くもって信を置いていないわけだけど。
「ワタクシはあの二人を生涯信頼する事はないでしょう。今でも問題を起こすならば何の躊躇いも無く排除する事も出来ます。そこに価値などは一切介在せず、関係ありません。だってあの二人は……――」
二人の先生に向き直り笑う。
「……――それを承知の上で、こんな“人でなしの主”を望んだのですから」
息を呑む先生方に私は苦笑する。
どうやら少しばかり“普通”を逸脱してしまったらしい。
言葉を失ってしまった先生方に内心苦笑しつつ私はパンと一つ柏手を打った。
「と、色々言いましたが、単純にワタクシはあの二人を真に理解する事は無く、そも理解する気も御座いません。ですからあの二人が見せている“表面”の能力に即した役を与えているに過ぎません」
虚を突かれたような顔のお二人に私は笑いをかみ殺す。
二人、特にシュティン先生のこんな表情は本当に珍しいのだ。
ここに『カメラ』があれば撮ってしまいたいぐらいだ。
「そこに確固たる絆など無く、あるのは表面的な真実のみ。ワタクシはあの二人が何を考えているか知りませんし、あの二人が何かを隠しているかも存じません。興味も御座いません。そしてそんなワタクシの無関心さをあの二人は理解して受け入れています。その上であの二人は出来る範囲で好きにしているのです」
溜息を吐く。
「本当に困った事にあの二人は分かっている上で職務の邪魔をしない程度に奔放に振る舞い、ワタクシ達をからかうのです。けれど決して一線を越えたりしないので解雇する理由もなくて」
馬車の窓から外を見る。
先程と変わらない赤と青が目に映った。
「全くもって理解しがたい二人ですわ」
「それでも遠ざけないのだな?」
「ええ。どれだけ不意打ちだとしても、どれだけ不本意だろうとワタクシはあの二人の【主】になってしまったのですから」
溜息をつき、三度外を見ると、今度は赤と青が此方を見ていた。
「「主」」
二人の通る声がここまで聞こえてくる。
「「愛してるゼ」」
そっくりの笑みを浮かべて言い放つと前を向いてしまった二人に今度は私が虚を突かれる。
色々言いたい事はあるが、言葉を飲み込んだ私は大きく溜息を吐きつつ先生方に向き直る。
「本当に理解しがたい。あの様子では先程の会話も全て聞こえていたでしょうに」
頭痛がするが先生方の前だ。
頭を抱えるわけにはいくまい。
盛大に溜息をついてしまう。
「クッ、クク。キース。問題はあるまい。そなた達は“それで”良いのだろう」
「シュティン先生?」
「案外良い主従関係なんじゃないか?」
「トーネ先生?」
二人の突然のお墨付きに私は首を傾げる。
人でなしの主と自由奔放で享楽的な従者。
傍から見れば健全とは言い辛い主従関係だと思うのだが。
「【獣人の主】とは選ばれるくして選ばれると言われている。戯言だと思って居たが、君を見ていると強ち間違って居ないのかもしれないと感じるな」
「あまり褒められている気がいたしませんわ」
「大丈夫だ。パルは滅茶苦茶褒めてるぞ。だから安心して主をやれば良い!」
「シュティンヒパルだ。――オーヴェにも良き報告が出来そうだ」
どうやら先生方は私達の主従関係に何かを見いだしたらしい。
私にはさっぱりなのだが。
どうも、ルビーン達との関係においては私よりも周囲の方が理解しているんだよねぇ。それはそれでいいのだろうか?
私にもっと理解するように、という遠回しの忠告かと思ったが、どうもそれも違うらしい。
一体どういう事なんだろうか?
よく分からないのだが、別に不快なわけでも無く、切羽詰まってもいない。
うん。まぁその内気が向いたら関係を見直してみようなぁ?
取り敢えず、諸々を放り出すと私は再び先生方の会話に飛び込んでいくのであった。




