表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

232/308

信じるモノ(3)




 男が私に対しての殺害予告を口にした途端とてつもない殺気が横から溢れ出る。

 同時に二人の影が私と男を遮った。


「おまエ、我が主に触れる前ニ、その手を切り落としてやろーカ?」

「言葉必要なシ。ただ死ネ」


 アズィンケインよりも前に出て今にも男に切りかかりそうなルビーンとザフィーアに制止の言葉を掛けようと思ったが、その前にお兄様に口をふさがれてしまった。

 顔を上げるとお兄様がとても素晴らしいが、全く笑っていない笑みを浮かべているのが見えた。


「あれでも元は近衛隊の一部隊を率いていた男だからね。ここは二人に任せたほうがいいと思う」

「ですが、二人では本当に殺してしまうかもしれません。一応参考人では?」


 私とて別に人道的な意味合い助けたいわけではない。

 けれど、捕まえて聞きたい事はあるのだ。

 ただ、先程から感じる違和の原因を知りたかった。

 下を見るとアズィンケインは相変わらず泣きそうな顔で男を見ている。

 そんな彼の姿に私は何となくモヤモヤする。

 別に怒りを表せとは言わない。

 所詮、アズィンケインとの関係なんてそんなモノだ。

 それよりも幾ら冷静さに欠いているとはいえ、私が気づいた違和感に欠片も気づいていない事にこそ、この感情は向けられている。

 男は言葉の割には凪いでいた。

 真っすぐ私を見る目には憎しみが宿っているのに、それでいて別の感情も潜んでいる気がした。

 その感情こそが私の感じる違和感を解消してくれるのだろう。

 だからこそ、男を喋る事の出来る状態で確保したかった。

 

「ルビーン、ザフィーア。と、いう事ですので殺してはいけませんよ」

「りょーかイ」「承知」


 一瞬だけ私を見た二人は改めて男に対峙すると再び場に緊迫した空気が流れる。

 いくら男でもこの二人を相手にするのは難しいらしいのか、男も直ぐには動かなかった。


「獣人か。混じり物に暗殺者紛いの獣人。そんなものしか部下にいないとは。主である女狐の格が知れるものだな」

「あら。クロイツはワタクシの大切な子。ルビーンとザフィーアも優秀ですわ。生まれ育ち、種族、外見など、ただそれだけでしょうに。たったそれだけの事で能力高き者を見逃すなんて何て勿体ない。……第一陛下とて実力主義だったはずですが?」

「知ったような口を! 陛下の事を貴様風情が語るな!!」


 男は挑発とも言えない挑発に簡単に乗って来た。

 けど、これで分かった。

 男の信仰の先は変わらず陛下にある。

 ならばこの教団に身を寄せていたのは利があったからか。

 それは一体?

 この時になってようやく私は教主と呼ばれる人間が出てこない事が少しだけ気になった。


「女狐。災厄。貴様のせいで私は陛下の信を失い、部下を失った。人を狂気に陥れる貴様が陛下や殿下の近くにいる事は許されない。貴様によって堕落したものまでいる。……貴様だけは処断せねばならない」

「まぁ逆恨み甚だしい事」


 勝手に狂気に堕ちたくせに。

 けど堕落?


 一体誰の事を?


 その時、私は脳裏にアズィンケインの事が過った。

 先程からあの男の言葉には僅かな違和感が付き纏っている。

 狂気を宿しながらも理性が垣間見えている。

 言っている事も私に対する逆恨みは甚だしいが、対話が成り立たない程破綻していない。

 だからこそ言葉の端々に出る言葉に違和感が大きくなっていく。


 狂っているからと切り捨ててもいいかもしれないけど、どうしてもそれで、すませてはいけない気がする。


 私はチラっとアズィンケインを見る。

 彼は呆然とした表情で男を見ているだけだった。

 あれ程までに慕っていた男に切り捨てられて反論もせず、怒りもせず、感じるのは絶望だけなのだろうか?

 先程感じたモヤモヤが少し大きくなった気がした。

 全く以て男もアズィンケインも煩わせてくれるものだ。

 現状をひっくるめて、はっきり言って全てが面倒だった。

 うんざりした表情を読まれたのか男は私を強く睨みつけて剣を構えた。

 それに合わせてルビーンとザフィーアも臨戦態勢に入った。


「貴様達は殿下には相応しくはない。ここで滅びろ」

「魔物扱いされる謂れはありませんわ。――っ!? ルビーン! ザフィーア!」


 色々思う所はあるけれど、まずは男の捕縛と考え、指示しようと思った時、男の後ろで何かが光を弾いたのが見えた。

 それが何かは分からなかったが、このままでは良くない事が起こると二人の名を叫ぶ。


 だが、遅かった。


 私の意を汲んだルビーン達が男にたどり着く前に男の口から血が吐き出されて床まで赤色に染まる。


「ごふっ」

「……キャーーー!!」


 後ろから女性の悲鳴が礼拝堂に響き渡る。

 男は口に手を当て、血塗られた手を見た後、呆然とした表情で視線を下げた。――剣が飛び出した胸元を。

 誰もが突然の出来事に動けない中、男の胸元から剣が引き抜かれる。

 前のめりに倒れた男の後ろには一人の青年が血塗られた剣を持ち立っていた。

 

「き、さま」

「何か? 元々私達は利害の一致により手を組んだ仲。それが決裂してしまえば敵対するのは必然ではありませんか?」


 穏やかに微笑みながら言い切る青年の姿に私は背筋に冷たいモノが走る。

 何処までも穏和な笑みを浮かべて、穏やかな口調で話す青年。

 手に血塗られた剣が無ければ、話している内容が限りなく物騒でなければ世間話をしているようにしか見えない。

 だからこそ、この場において青年は何処までも異質だった。


「たいちょう!?!?」


 アズィンケインの絶叫に対しても青年は笑みを崩さない。

 

「何故ですか? この男は犯罪者です。しかも貴方の大事なお嬢様を害そうとした存在。そんな男の死を貴方が嘆くのは筋違いでは?」

「そ、れは……」

「そう。この男はやってはいけない事をしました。確かに男が何を目的としているかは知っておりましたが、まさかここまで勝手に動こうとするとは。この男と契約したのは間違いでしたかね?」


 血を流し倒れる男を全く温度の無い眸で見下ろす青年。

 口元になおも浮かぶ笑みだけが、何処までもこの場において異質だ。

 青年は剣を振り血を振り払うと、その場で剣を手放し歩き出す。

 人を刺したという事に何の感情も抱いていないという風情に流石の私も眉を顰める。


「ああ。私は執務室におります。そこの男の事が終われば是非おいで下さい。――聞きたい事もあるでしょうし」


 最後まで浮世離れした場違いの笑みを浮かべて青年は奥の通路に消えていった。


「……一体、あれは誰?」

「この教団の教主、だと思いますが」


 トップの逃亡を許してしまった。

 だが、それを責める言葉は誰も浮かばなかった。


「た、たいちょう?」


 青年の異様さに皆が気圧される中アズィンケインが震える声で男を呼んだ事で時が動き出す。

 その声に誰もが、人一人の命が消えそうな事をようやく思い出したのだ。

 足を縺れさせながらも近づくアズィンケインの後ろ姿を見送り、ルビーン達を見上げるが、二人は揃って首を横に振った。

 

「無理だナ。心臓を一突きダ」

「……そう」


 出来れば捕縛して聞きたい事があったのだけれど。

 叶わぬなら私達に出来る事は無い。

 

 そもそもこの先に私達が行く理由はあるのかな? 私達はアズィンケインを追ってきただけなのだけれど。


 結果的に黒幕かもしれない青年に誘われた以上、いかない訳にはいかないかもしれない。

 結局完全に巻き込まれてしまった事に内心嘆息した。

 

「たいちょう……ナルーディアス隊長!」


 もはや男しか見ていないアズィンケインの後ろ姿に私は眉を顰める。

 最期の別れの時くらいは色々、見逃すべきなのだろうか?

 青年も逃げ出す様子も見えなかったのだし。

 私は此方に問うてくる皆に緩く首を振り、手だし無用を伝える。

 男は“まだ”生きている。

 アズィンケインはそんな男の真っ赤な胸元に手を当てて、これ以上の出血を抑えていた。

 自身でも無駄であると分かっているのだろう。

 その表情は悲しみに怒り、そして絶望に彩られていた。

 

「隊長! 何であんたはこんな事してるんだよ! あんたの、あんたの騎士としての矜持は何だったんだ! 俺達は……俺はあんたから陛下や民を護る事の大切さを教えてもらったのに! どうして、そのあんたがこんなことになるんだよ! あんたは…………あんたにとって俺は本当に駒でしかなかったのか?」

  

 悲痛な叫び、というやつなのだろう。

 確かに、男の言動は矛盾だらけだ。

 だが、それを死に際に叫ぶぐらいなら、もっと前に出来たのと思うのは流石に非道すぎるだろうか?


 信じていた者に裏切られれば、絶望するのは当たり前、なんだけねぇ。やっぱりちょっとモヤモヤするなぁ。


 このモヤモヤが一体何なのか分からない。

 その間にも男の命の灯火は消えようとしていた。


「へい、かをまもれ。めぎつ……ねを……はいじょ、しろ」


 男は目の前にいるアズィンケインの事など見えていないかのように、ただ私を見ている。――まるで全ての憎しみを込めたような目で。

 男は最期まで憎悪に身を任せて逝く。

 その姿は私にとってはどうでも良い事で、けれどアズィンケインにとっては何よりも悲しい事だった。


「ナルーディアス隊長!?」

「はいじょしろ。――を」


 男の最期の言葉は誰にも聞き取れなかった。

 それこそ一番近くにいたアズィンケインにも。

 男は命を吐き出すように血を吐くと、ゆっくりと瞼を閉じた。

 その顔は思っていたよりも穏やかだった。――そう、最期の言葉には不釣り合いな程に。


「たいちょう。……あぁぁぁぁ!!!」


 アズィンケインの慟哭が礼拝堂に響き渡る。

 護衛としてきた騎士達が瞑目する中、私は何とも言えない感情に囚われながらも男の亡骸に縋りつくアズィンケインを見ていた。

 影から出て来たクロイツも何か思う所があるのか、何とも言えない表情でアズィンケインを見ている。

 此処で同じように男の冥福を祈り、アズィンケインに同情出来ない自分の非道さに小さくため息をつくと、ゆっくりとアズィンケインに近づく。

 直ぐにでも奥にいる首謀者らしい青年を追ってもよいのだが、アズィンケインは未だにラーズシュタイン家の騎士だ。

 せめて事情聴取などを素直に受けるように伝えなければいけない。


「アズィンケイン」

「お、じょうさま?」

「あんな書置き一つでは騎士を辞める事は出来ません。ですから追いかけて来たのですが」

「そう、ですか。……お嬢様。俺は何もかも間違っていたようです」

「……は?」


 アズィンケインの言葉にモヤモヤが広がる。


「隊長……ナルーディアスは俺達を駒だとしか思っていませんでした。俺等の……俺が抱いていた思いすら間違っていた。ずっと中途半端な自分の不甲斐なさを嘆いていたのに。それも作られた感情でしかなかった。結局、俺が教わってきたと思っていた事は全てナルーディアスに都合の良い、間違いでしかない身勝手なものだった。それなのに、俺は……」


 項垂れるアズィンケイン。

 本来ならば、彼を裏切られた被害者として同情の一つでもするべきなのだろう。

 だが、私が抱いた感情は「怒り」と「失望」だった。

 先程まで抱いていたアズィンケインに対するすまない気持ちが冷えていく。


「俺は一体、これからどうすれば良いのでしょうか?」

「……それをワタクシに聞くのですか?」

「え?」


 顔を上げたアズィンケインが私を見て驚いた顔をしている。

 仕方ないかもしれない。

 私は今、白けた目で冷たい表情をしているのだろうから。

 溜息をつく事すら彼には勿体ない。


「そう言えば、貴方様は書置きにラーズシュタイン家の騎士を辞めたいと記してありましたね。ご安心下さい。今、此処で解雇を宣言させて頂きますわ」


 目を見開く彼に私は冷笑をおくる。


「元々ワタクシがお父様の反対に対して説得した訳ですから、ワタクシが辞めさせたいと言えば、きっとお父様も分かって下さいますわ。良かったですわね? 誰にも迷惑がかからずにすんで」

「おじょうさま?」


 何を驚いている事やら。

 貴方が望んだ事でしょうに。

 もはや私は彼の心情を慮る気も起きなかった。


「けれど疑問ですわ。貴方様はこの男が咎人であると最初から知っていたのでは? だってワタクシ達に「自分の知る隊長の姿を知って欲しい」と言っておりましたものね?」

「そ、れは。ですが、それは偽りの」

「この男の言動もおかしな所が多かったのは事実ですけれどね。本当に不思議ですわよね? 何故今更あんな告白をしたのかしら? ワタクシなら言わないけれど。だってあんな告白がなければ剣先は鈍る可能性は高いでしょう?」

「確かにナ。慕っていた相手を本気で殺せるやつなんザ、そうそういないだろうしナ」


 今まで感じていた違和感を口にする私。

 場違いとも言える、空気を全く読まない、けれど何処までも冷えた私の声音に誰もが口を挟めない中、私の変化に然程影響されていないルビーンが笑いながら言ってきた言葉に私は頷く。


「ええ。態々相手の未練を断ち切るような愚かな真似をするなんて、本当にこの男は何を考えていたのかしら?」


 そこで彼はようやく男の言葉に違和感を感じたのか、目を限界まで開いた。

 けれど、私に鼻で笑われ次の瞬間には今度は困惑に顔が歪む。

 私にしてみれば今更としか思えなかったのだ。


「まぁ、一対一なら動揺を誘うには良い手かも知れませんけれど、此方側が多数になった時点で、あまり賢い手は言えないのでは? ――あの男の事はともかく、貴方様の事でしたわね。貴方様はワタクシが間違っていると、危いのだと言っておりましたね? ワタクシの性格は危ないのだと。ワタクシにそんな事を言った方は今までおりませんでした。ええ。ですからワタクシ、面白いと思いましたの」


 無言の彼を見下ろして私は嘲るように言葉を紡いでいく。

 胸に広がるモヤモヤに名前が付いていく。――それの名は「失望」だ。


「別に咎人を慕うな、なんてワタクシは思いませんわ。きっとワタクシとて慕わしい方が罪を犯そうとも慕う気持ちは薄れる事はないのですもの。だから貴方様がワタクシにこの男の事を幾ら語ったとしても、別に咎めようとなどとは思いませんでしたわ」

「ですが! それもナルーディアスが自分の手駒を作るための偽りでした!」

「それが何だというのですか」

「え?」


 私の切り替えしに今度こそ彼は言葉を失った。

 偽りである事に何の問題あると云うのか。

 だって、そんなモノ受け取る側次第で何にも変化してしまうモノ。

 元々あやふやなモノだと言うのに。

 大体、男に関心の無い私でも男の言動は不可思議なモノに映っていた。

 自身に向けられた感情が“彼にとって本物”だと信じたいはずの彼がどうしてその事に一切気づかないのか。

 幾ら盲目になりやすい性格だとしても、これは聊か問題だろうに。


「今更全てが偽りだったのか、そうではなかったのか……などという不毛な争いをする事は致しません。知っている人間は既に死しているのですから」


 この世界に幽霊は存在するが、私達は見えない。

 【精霊眼】ならば視えるかもしれないが、少なくとも私も視た事はない。

 死者は何も語らないのだ。

 出来るのは受け取った生者がどう感じ、どう思うかのみ。


「ですが、それが偽りだとして、受けた優しさも意味がないとでも? だから全ては意味の無いモノだと? ……本当に貴方様には失望しかありませんわ」


 どうやら私は彼に少しばかり期待していたらしい。

 真っすぐ私を否定し「変える」と宣言した彼に対して。

 この失望もある意味勝手なモノだろう。

 だが、だからと言って口を開く事を止める事は出来なかった。


「何とも芯のない事ですわね。本当に情けない事。そんな誰かの言葉に思想に依存した心でワタクシを止めようと、変えようと思っていましたの? もしかして、あの言葉はその場しのぎの言葉だったのかしら? ラーズシュタイン家に士官したいがために嘘でも言っていたのかしら?」

「まさか! そんな事はありません!」

「そうかしら? はっきり言って、あの頃の貴方様ならこの男の仲間になっていてもおかしくはないと思うだけれど。それにワタクシも、この男の仲間になったと伝えられた方が余程すっきりして良かったというのに」

「なっ!? 貴女は裏切りを良しとするのですか!?」

「裏切り? 何を言ってますの? 貴方様は元々ワタクシが間違っていると、ワタクシを正そうと、男を忘れるワタクシが許せなくてラーズシュタイン家にいらしたのでしょう? 何時から目的が変わったのかしら? 何時から裏切る、裏切らないなんて関係をワタクシと築いていましたの?」


 黙ってしまう彼にもはやため息もでない。

 この程度の存在に少しとは言え期待してしまうとは。

 もう少し私も人を見る目を養うべきかもしれない。


「他者の思想に依存した心でワタクシを計り、ワタクシに間違っていると突き付けるなんて! どれだけワタクシを侮辱するつもりですの?」

「そんな、つもりは」

「ですが、貴方様は自身の全てが間違っていたのでしょう? なら、そんな間違っていた人間に「間違っている」と言われたワタクシは一体何なんですの?」

「っ!?」


 そう、私が何よりも怒っているのは其処だ。

 自分勝手なのは百も承知だ。

 彼は被害者なのだろう。

 裏切られて憔悴している人間にこうして畳み掛ける私こそが加害者なのだろう。

 けれど、彼は男が咎人である事を知っていた。

 それでも自分は男を慕っているのだと言っていた。

 その上で私が間違っていると言っていたのだ。

 だと言うのに、今更「今までの自分は間違っていました。全部隊長の言葉のせいです」なんて言われればモヤモヤするし、怒りも沸く。

 こんな存在に面白みを見出していた自分が恥ずかしい。


「他者の言葉や思想に依存した心でワタクシの心を計らない下さいまし。心底不愉快ですわ」


 私は彼の横をすり抜け、男を一瞥すると大きくため息をつき歩き出す。

 後ろからルビーンとザフィーアが付いてくるのが分かった。


「もはや貴方様にラーズシュタイン家は干渉致しません。好きになさい。書置き一つで消えた事は不問して差し上げますわ」


 青年の消えていった通路の前に行くとふと気になり、振り返ると殿下達を見やる。

 殿下達は特に私に怒りを抱いているようでは無かった。

 こんな自分勝手な事を、自分に対してではないとはいえ言った私に対して嫌悪感が欠片も見えない事に少しだけ驚く。

 一体彼等はどれだけ心が広いのだろうか?

 それとも隠しているだけだろうか?

 何方にしろあの姿こそが王族としての心構えの現れなのいうのならば、私は絶対に王族にはなれないだろう。

 なる気なんて更々ないが。


「ワタクシは招待預かりましたので、この先に行きたいと思います。殿下達は此処でお待ち頂けますか?」

「その方がいいかもしれませんね。ですが、代わりと言っては何ですが護衛の騎士達を数人つれていって下さい」

「……分かりました」


 何時もついている三人以外の騎士達がお兄様と共に此方にやってくる。

 あえて騎士達の目は見なかった。

 どんな目で見てくるかは分かり切っているし、別にお兄様を護って下さるなら良いのだから。


「お兄様は行きますの?」

「妹だけ危険な場所に行かせるようなひどい兄にしないでほしいな」

「もう。そんな事を言われたらお待ちくださいと言えないではありませんか」


 私はお兄様の腕を見やる。

 そこには私が付加を施したブレスレットがつけられている。

 これがあれば少しはましだろう。

 溜息をかみ殺すと苦笑する。


「では、行きましょう」


 私は未だに呆然と此方を見ている彼を一瞥すると踵を返し礼拝堂を出ていった。

 その時足元でカツンと言う音がした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ