心の整理には趣味の錬成を
「【鉄粉】【銀粉】に後は――」
錬金鍋を前に私は必要な材料を投入していく。
材料を入れ終わった後は蒸留水を投入してグルグルと掻き混ぜる。
「あー。これなら属性水は要らないかな」
場合によっては中和するために反対属性の属性水を入れるが、今回は並び属性だから大丈夫、だね。
一人頷き、暫く混ぜた後、片手に魔石を握るともう片方を手を鍋にかざす。
「えーと。火と土かな?」
火属性と土属性の魔力を【吸収】していく。
本来なら鍋についている魔石に魔力を注ぐ事で属性を帯びた魔力を自動的に吸収してくれるのだが、シュティン先生からの課題として、どんな鍋でも出来るように全て自力で出来るように練習しているのだ。
これが結構難しい。
鍋の隅々まで探り、全ての魔力を吸収しないと錬成は成功しないからだ。
錬成って結構繊細な作業だよね。
とはいえ、これが出来るようになれば普通の鍋での錬成も可能になるのだから手を抜く事は出来ない。
造りたいモノあるし、ここで躓いてはいられないのだ。
鍋の中に残留魔力が無いのかどうかを探っていく。
「うん。問題ないかな。魔石は……うん。こっちも大丈夫だね」
火属性の赤と土属性の黄色に染まった魔石に私はようやく肩の力を抜いた。
今更だけど、独り言多すぎですね。
今はリアもいないから正真正銘一人だ。
いや、クロイツには聞こえるから一人じゃないのかな?
でもクロイツは錬金術に関しては突っ込んでこないからやっぱり独り言かも。
まぁ、独り言でもいいんだけどね。誰かに聞かれたらちょっと恥ずかしいだけで。
錬成とか一人でやるのが普通な作業って独り言とか多くなりそうだけどね。
あ、って事はシュティン先生が鍋の前でブツブツ言ってたら面白いな。――いや、内容と工房の雰囲気によっては怖いか。
脳裏に何やら怪し気な独り言を呟きながら鍋の前にいるシュティン先生の姿が浮かんだ。
…………。
「忘れよう。……さぁてと。次は属性を帯びていない魔力を【注入】して、と」
混ぜ棒で混ぜながら魔力を注入していく。
その際完成品のイメージも送り込んで、と。
この時しっかりイメージしておくと大雑把な形なら形成された状態で錬成される所不思議だよね。
細かい細工は流石に無理だけど。
「よーし。後は時間まで待つだけ、と」
一段落ついた私は「んー」と背伸びすると鍋の前を離れる。
鍋が見える位置に配置してある机の上にはつい最近つくった私の作品が雑多に置かれている。
「あー少し片づけないとなぁ。これだとお茶も飲めないや」
「その前に部屋全体の掃除しろよ」
いつの間にか出て来ていたクロイツが肩にのりため息をつく。
相変わらず人間臭い仕草が似合う猫ですこと。
「一応ある所は分かるから。一段落したら片付けるしね」
「それは掃除しない奴の常套句じゃねーか?」
「いやいや、そんな事……あるか」
確かに。
そうかもしれない。
「え? けど私普段、きちんと片付けてるよ?」
「それは否定しねーけど、何かに集中しだすと途端に疎かになってるじゃーねーか」
「ひ、否定できない」
いや、否定出来るはず。
確かに私は集中している時――錬成している時とか何冊か連続で本を読んでいる時――は周囲への注意は疎かになるし、適当に机の上とかにものを置きがちだけど。
あれ?
よくよく考えても否定出来ないような?
「よくよく考えても否定出来ない」
「だろーな」
勝ち誇ったクロイツの顔が憎らしいけど、否定できないので反論も出来ない。
がっくりと肩を落とした私はいそいそと部屋を片付け始めるしかなかったりする。
「まー、リーノはお嬢様だから、本来は部屋の片づけなんてしなくて良い身分なんだけどなー。気づいてねーな、こいつ」
クロイツが何か言っていたけど、部屋の片づけに集中していた私には聞こえていなかったり。
集中すると周囲への警戒心が霧散する悪癖も未だ健在のようである。
ある程度片付けが終わった私はお茶を入れるとようやく一息つく事が出来た。
鍋の方を見ると、もう少しかかりそうである。
「そういや。コレなんだ?」
クロイツは机の上にある錬成物を突っつきつつ私に聞いてくる。
「うーん。試作品かな」
「試作品? 何のだ?」
「【呪い除け】」
「のろいよけー?」
「だってさ。今回の事件に関しては私達は絶対に手だし無用でしょう?」
「むしろターゲットだろうからな」
「そういう事。元々事件にやたらめったら首を突っ込む気は無いんだけどさ」
今までだって私から首を突っ込むというよりも巻き込まれた事の方が多い。
そこで売られた喧嘩を買っているからダメなのかもしれないけど、それはおいといて。
ただし、私自身はもとより私の大切な人達に手を出そうとした相手から売られた喧嘩は買って倍返ししないと気が済まないので今後もそれは変えられない気がする。
今回だって、本当にならやりたい事は無い訳では無いのだ。
本当ならお兄様を傷つけた黒幕を叩きのめしたいんだけどさぁ。どうやら事件は思ったよりも大掛かりみたいだし、国も絡んできそうだからなぁ。
少なくとも貴族が絡んでいる以上子供の出る幕は無い。
仕方ない事とはいえ、溜息の一つも出るもんである。
「とっても、とーっても口惜しいんだけどね? 実行犯をもっと痛めつけておけばよかったかな? と思う程度には口惜しいんだけどさ」
「どんだけだよ」
「それくらい口惜しいの。けど、国まで出てくるなら私達の出来る事なんてないからね。なら、どうしようかなぁと思ったから」
「それが呪い除けを作るってことか」
「そういう事」
私は試作品の一つを手にとって苦笑を零す。
銀色の輪の中心に魔石がはめ込まれたシンプルなブレスレットだ。
完成品はもう少し細工を入れるつもりだが、取りあえずはこれで良いだろう。
「ソレの効果は?」
「【呪い除け】は私のレベルじゃ付加できないから【闇属性】の攻撃を遮断するヤツ」
「それはそれでスゴイんじゃね?」
「――の出来そこないで闇耐性が上がるブレスレット」
「……そりゃ確かに試作品だな」
「だよねぇ」
まだまだヒヨッコでもない私じゃそれぐらいが限界なのだ。
とは言え、自分のレベル以上の【付加】は出来ない。
やろうとしても途中で魔法陣が破綻するか霧散してしまう。
「そもそも、私が欲しい効果の魔法陣が載っている本を見たいって言っても見せてくれないしねぇ」
「少なくとも初級じゃねーってことか?」
「多分。更に言っちゃうと、もし本を見せて貰ったりして、闇属性の魔力を遮断したヤツを作れたとしても【呪術】は別物だったら意味は無し、なんだよねぇ」
「おいおい。それって無駄骨も良いところじゃねーか」
「ただ、それに関して、今回に限っては大丈夫、だとは思うんだけどね?」
お兄様を取り巻いていた【呪術】は闇の気配を纏っていた。
【呪術】=【闇属性】ではないけど、今回に関しては闇の魔力を防ぐ事が出来れば、問題無い気はするのだ。
それを説明すると「微妙なところだな」と辛辣な一言をもらってしまった。
はっきりいい過ぎでは?
まぁクロイツだからなぁ、と思ってしまう私も私なんだけどね。
クロイツはそんな私を後目に隣に置いてあるブレスレットをつっついた。
「んじゃ、こっちは?」
「それは偶然出来たヤツ。放出される魔力を一端宝石に集めて、属性をろ過した後蓄積するみたい。しかもその後の魔力の出し入れは自由って特典付き」
「は? それは初級で出来るモンなのか?」
「まさか。だから偶然だって言ってるでしょ?」
実際、出来た途端大量の魔力を持っていかれるわ、レベルは上がるわで大変だった。
どうやら宝石自体に何かしらの加工がされていたらしい。
【鑑定】したはいいけど、レベルが足りなくて説明文に欠損箇所があるから、多分他にも効果があると思う。
本当に良く成功したもんだと思う。
失敗作として台無しなってもおかしくは無かったレベルだと思うし。
……宝石が貴重だから失敗しなくて良かった。
「【巡り人の休憩所】にあった宝石を使ったんだけど、まさかこうなるとは」
「なるほどなー。けどよ? これはこれで完成品っぽくね? 試作品か、コレ?」
「いや、私もそう思う。だからこれは完成品扱いするつもり。後でブレスレットの方に意匠を入れるし」
このレベルが普通に作れるようになるためには暫くかかるからね。
「んで? 目的のモンはできてねーみたいだが、結局今のレベルで何を作るつもりなんだ?」
「うーん。無難に魔力耐性を上げるブレスレット」
「大分目標が低くなったな」
「けど、今の所、それでも大変なんだよねぇ」
『ゲーム』では魔力完全無効化が付加されたアクセサリーが存在した。
だからきっとこの世界にもあるとは思う。
とはいえ、今の私には作れる代物ではない。
後『ゲーム』では【呪術】が存在しなかった……と思う。
つもり呪術に関しては完全に手探り状態なのだ。
『わたし』のやってないルートに出ていたのでは? とか聞かれると答えられないんだけどねぇ。ただ、どのルートでもあの先生はいなかったと思う。
あんな美人で「出来る女性」がキャラとして出ていたら『あいつ』が言ってないはずないし。
攻略対象の甘い言葉を聞いて爆笑するためにゲームをすると言う変わり者だったけど、その代わり、あの手の「出来る奴」は男女問わず好きだった。
案外攻略対象キャラよりも攻略出来ないサポートキャラとかを愛でてたし。
だからまぁ、「わたし」の記憶にないって事はあの先生は『ゲーム』には登場しなかったはずだ。
そもそも呪術自体が名称として出てこなかったしなぁ。
「【呪術】について学んだ上で耐性アップの付加を付けるか、元々呪術に耐性のある素材を使って錬成するか。どちらにしろ今の私のレベルじゃ夢のまた夢、なんだよねぇ」
「それで【魔力耐性アップ】のブレスレットか」
「まぁ、土台を作る時点で大変なんだけどね」
【錬成】で作れる鉱物に対して純粋に魔力の耐性を上げる【付加】を施すためには土台である鉱物に何の属性も帯びていない状態にしなければいけない。
だけど、基本的に鉱物とは属性魔力を帯びるモノなのだ。
これが魔石なら何の魔力も入ってない時点で何の属性も帯びてはいないんだけど。
鉱物、特に宝石はそういかないのだ。
なら魔石で作れば? と思わなくもないけど、魔石じゃなく鉱物で作った方が良いと思ってしまう。
別に魔石が悪い訳じゃない。
悪くはないんだけど、鉱石の方が耐久性が高いという事実があるのだ。
後、魔力の蓄積量も魔石よりも鉱石の方が多い、というのが定説だったりするものだから余計魔石ではなく、鉱物で作りたいと思ってしまう。
魔力の出し入れに関しては魔石の方が楽なんだけどなぁ。鉱物の場合だと宿っている属性の反対属性ともなると、ほぼ力尽くで付加しているようなもんだし。
作れない事はないが、魔力の消費が半端ない。
天然の鉱物ともなると属性を全く帯びていないモノはない……と、されている。
私は全てを知っている訳では無いけど、大なり小なり属性が宿っていると言われているし、その定説は今の所覆されていない。
「透明な鉱石でもダメなのか? あーたとえば水晶とか?」
「あーあれねぇ。私もちょっと思ったんだけどねぇ。どーも水晶って光属性を帯びてるらしいんだよね」
「無色透明のくせにか?」
「言いたい事は分かるけど、全部が全部無色透明じゃないしね? 多分不純物の含有量でも違うと思う。ただ一応無色透明の水晶に関して言えば、光属性を帯びているらしいよ?」
「色が全部じゃないのかよ。【貴色】みてーな考え方があるくせに」
「だよねぇ。その考えからすると無色透明の水晶なんて属性を帯びてない鉱物なのにね」
ややこしいとは私も思う。
「結局、現時点の私じゃ本にのってるほぼ無属性の鉱物を使って【付加】するのが一番早いって事になるんだよねぇ」
「自分で調べるんじゃないのかよ? 自分の実力を分かってるっていやーいいのか、おーちゃくしてると言えばいーのか迷うところだな」
うるさいですよ、クロイツ君。
自分で確かめるには数多の鉱物が必要になるから今は無理なんです。
集めるためのお金を稼ぐにしても、錬金術ギルドに依頼を見に行きたくても、外に出るのも禁止されてる時点で無理。
多少のお金はお母様にお小遣いとして貰ったけど、いざという時のために取っておきたいし。
そもそも鉱物はピンキリとはいえ平均して結構なお値段なのだ。
検証は必要だけど、今の私には簡単には出来ない。
天然物じゃなく、錬成するにしても今の私のレベルで付加錬金に耐える事の出来る宝石を作り出す事は出来ないし。
家の力を使えば出来るかもしれないけど、それは嫌だし。【巡り人の休憩所】のモノは水無月さんのだしねぇ。まぁ一個使ってみたけど。
あの一個は何時か同じランクのモノを作ったり、見つけたりしたら戻すつもりだ。
後はまぁ、庭にある薬草は世話する代わり少し貰ったりしてるけど。
「今だと【薬】の方が材料あるんだよねぇ」
「オマエの興味はどっちかと言えば装飾品だけどな」
「そうでもないんだけどさぁ。必要だと思うモノがそうなってるだけで」
初級だけど【回復薬】とかは作ってるし。
ただ使う機会がないだけで。
「あ、そろそろ完成だ」
時間が来たのを見て鍋の前に戻ると、魔石に魔力を【注入】する。
さて、これで完成……だね。
蓋を開けるとイメージした通りの銀色に輝くブレスレットが錬成されていた。
それを取り出し机の上に置く。
「まだやるのか?」
「うーん。今日は終わりにしようかな? もう少し鉱物について調べてからじゃないと付加できないしね」
部屋も片付けたし、今日はこれで終わりかな。
「んー。久しぶりに思い切り錬成ができたなぁ」
「家には籠ってるわりにはやることだらけだったからな」
「本当にね」
貴族令嬢として必要なのは分かるけど、もう少しだけ自由な時間を下さい。
いや、私って結構型破りなものだから、家庭教師の皆さんが危機感を持ってるだけかもしれないけど。
一応猫被れば令嬢としてそれなりな言動も取れるんだけどね。
性根から皆の目標になるような令嬢にはどう頑張ってもなれないんだけどね。
「明日からまた詰め込みかなぁ」
「ごしゅうしょーさま」
「もう少し心込めてくれない?」
棒読みにも程があるから。
「そーいやよ」
「あれ? 無視?」
「オマエ、あの元騎士のやつどーしたよ」
「だから、華麗にスルーしないで? ……元騎士って? ああ、アズィンケインの事?」
完全にスルーされた事にがっくりしつつ、代わりに出された話題に首を傾げる。
「そーそー、あの野郎、変じゃね?」
「いや、変なのは王都に来るちょっと前からだけど」
「いや、まー。そーなんだけどな?」
クロイツが微妙な顔になったのを見て苦笑する。
彼の言いたい事は分かっている。
ただ私の言った事も事実ではあるだけで。
アズィンケインの態度が変化したのはまだラーズシュタイン領にいた頃からだ。
眸に宿る嫌悪感や怒りが薄れていったのが最初の変化だと思う。
そんな変化に当初は上手く隠しただけかと思っていた。
けれど、それに伴い少しだけど対応も変化していった。
だから、きっと彼の中で怒りなどが多少昇華される事でもあったのだろうと結論付けた。
相変わらずあの男への敬愛は薄れず、私の中に何とかあの男を残そうとする、彼の望み自体は変化無かったから何も言わなかった。
とは言え、王都までついてくるとは思いもしなかったから驚いたわけだけど。
その後、更に「変」だと感じるようになったのは猊下に会ってからだと思う。
勿論猊下と話したのは私とお兄様だし、殿下達だ。
アズィンケインはただの護衛としてついてきただけ。
のはずなんだけど、何故かそれ以降アズィンケインの言動が明らかに変になったのだ。
「みょーにもの言いたげな顔してリーノの事みてやがるし。かと思ったら自主練? をやりまくってるしよー」
「部隊長から止められてたもんねぇ」
まるで何か悩みでもあって、それを振り払うように稽古に打ち込むアズィンケインは今までにない程の気迫を周囲に振りまいていた。
同じく稽古している人達が声をかけるのを戸惑うくらいと言えば分かりやすいだろう。
「あんまりにみょーなもんだから犬っコロどもも難癖つけなくなったしな」
「本来ならそれは良い事なんだけどね」
もの言いたげな視線は前々からあったけど、最近はそこに無視できない程の必死さを感じるのだ。
それが私に対する憎悪の類じゃないもんだから、ルビーン達も警戒しつつ前よりも絡みにいかなくなった。
様子見と言った所なんじゃないかな?
「んで? 変な事は分かってるだろーけど、このまんまでいいのか?」
クロイツの真っすぐな目に宿っている僅かな心配の感情に私は再び苦笑を零した。
確かにアズィンケインの変化はあからさまだ。
それがどう転ぶか分からない以上心配する気持ちも分かる。
最近はクロイツも結構素直に感情を出してくるからくすぐったい気持ちにもなるんだけどね。
勿論アズィンケインの変化には気づいているし、どうにかしないといけない事も分かってはいる。
ただねぇ……――。
「悩みの原因がさっぱりだからね。口出すにも出せないって所かな?」
アズィンケインの懸念が私があの男を忘れる事だとしたら話は早い。
時間を作ってアズィンケインの話を聞けば良いのだ。
更に言ってしまえば、アズィンゲインが居る限り私があの男を本当に忘れる事は無いと言ってしまえば解決する可能性が高いのである。
彼の本当の望みとは少し形は違うかもしれないが、彼の望みは現時点でも叶っているとも言える。
それを伝える事で今の彼の悩みが晴れるのならば、それもやぶさかではない。
ただし、アズィンケインがいなくなれば今度こそ直ぐに忘れてしまうので、彼の真の望みが叶ったとはいいずらいが。
「ほら? 領内にいた時から少し変化してたじゃない?」
「まーな」
「今回のアズィンケインの悩みって、そこら辺も絡んでいるっぽいんだよね? そうなると私にも悩みの内容はさっぱりな訳で」
「オマエ、一応主だよな? 主権限で聞きだしたらどうだ?」
「んー。お兄様達に迷惑がかかるなら、それもいいんだけどねぇ。今の所そうじゃないし」
彼の悩みはどうやら「私」に対してらしいので、ならいいか、とも思うのだ。
「ゆーちょーなこった」
「私を害そうとしているわけでもないし、別に悩んでいるくらいなら、ねぇ?」
ちょっと鬱陶しいと感じるくらいでそこまでする義理が無い、と気持ちもあるし。
正直、アズィンケインがどれだけ苦悩しても私達に直接の害がないならばどうでもよいのだ。
そこまでの情を私はアズィンケインに抱いてはいない。
とは言っても一応、動かないといけないかなぁとは思ってるけどね。
「ただまぁ、このまんまだと有事の際、足を引っ張るかもしれないからねぇ。そろそろどうにかしないとなぁとは思ってたけど」
理由はこんなモンだけどね。
それも最悪アズィンケインを警護から外せば良いから、と考えるとそこまで焦る必要もないので放置している状態なのである。
「……まぁ、身内じゃない奴にはそーなるよな、オマエの場合」
「そういう事。ただ、手を出さない理由がもう一つあるんだけどね」
「あー信号機トリオの一人だろ?」
「あーうん。そう。……ねぇいい加減その名称辞めない?」
「無理だ」
「即答かい」
「確かに、あいつも変だよなー」
「そしてまたスルーするのね?」
良いんだけどね。
そう、もう一つの理由。
どうも信号機トリオの一人であるノギアギーツさんが何となくアズィンケインを探っている? 観察? しているみたいなのだ。
こうなると簡単には解決しないだろうと思ってしまう。
「ノギアギーツさんは元々はアズィンケインにそこまで興味がなさそうだったんだけどねぇ」
「今は探っている? っていやーいいのか? そんな感じだよな?」
「うーん。何か疑惑があって探っている? 何となく容疑者を監視しているみたいな感じ?」
観察というには感情が籠っているけど、犯罪者に対してするような厳格な視線ではない。
多分、確定していない疑惑を探っている、というのが一番近いような気がする。
「あれが個人的なモノなのか、それとも騎士としての仕事なのかが分からないのがねぇ」
「あー。場合によっては捜査の邪魔をする事になるってことか」
「そう、なんだよねぇ。後さ、ノギアギーツさんが探っているのがアズィンケイン個人なのか、ラーズシュタイン従騎士であるアズィンケインなのかが分からないってのも困ってる所なんだけどね」
前者ならばノギアギーツさんに問いかける事も可能だし、場合によっては答えてくれるだろう。
けれど後者の場合、返答が無いのは勿論の事、無駄な警戒心を与える事になる。
「仮にも近衛騎士が、そんな分かりやすい探りをしてくるとは思わないんだけどね」
「あの元騎士野郎個人が目的って事か?」
「だと思う。それだってどちらかと言えば騎士としての任務じゃないと思う……んだけどねぇ」
個人的な疑惑だからこそ、私でも分かったんじゃないかなと。
良く共に任務に就いている三人の中でノギアギーツさんが一番曲者だと私は思っている。
テルミーミアスさんは良くも悪くも実直で生真面目な人のようだ。
インテッセレーノさんは表面上チャラいけど、素は結構真面目なような気がする。
そういう意味ではノギアギーツさんが一番清濁併せ呑む事の出来る人なんじゃないかと思うのだ。
と、そんな曲者が、任務ならばあんな分かりやすい態度はとらないと、そう考えたのだ。
「現状、このままだとダメなのは分かってるんだけどね? どうも何処から手を出してよいやら」
「めんどくせーことになってんな」
「本当にね」
アズィンケインのもの言いたげな視線は鬱陶しいし、ノギアギーツさんの探るような彼に対する視線は対処が酷く難しい。
「いっその事、二人共呼び出して面談してやろうかなぁ」
「おいおい。いくら何でもぶっ飛びすぎだろ」
「でもさ。それが一番早く解決しそうじゃない?」
自分でもあり得ない提案なのは分かってるけど、それくらい煮詰まっているのも事実なのだ。
それが分かるのかクロイツも言葉程反対はしていない。
「って言っても出来ないんだけどねぇ」
「オキゾクサマはんなことできねーもんな」
「片方は殿下付きだしねぇ。二人共私が普通じゃない事は分かってるけど、全部を知っている訳でも理解しているわけでもないからね」
どう頑張っても「私達」はこの世界では異端なのだという事を彼等は知らない。
私達も教える気はないし、その日はこないだろう。
つまり多少枠から外れた令嬢が二人纏めて面談するような状況に持っていく方法なんて直ぐに思いつくはずもないのだ。
「ある程度令嬢の猫被りながら二人を集めて、話をさせる方法なんてのがあればなぁ」
「無理だな」
「クロイツ君や、即答しないでくれませんかね?」
言いたくなる気持ちは分かるけどさぁ。
本当に嫌だよねぇ。
メンドクサイんだよねぇ。
どうして私が懐に入っていない人たちのために此処まで悩まないといけないんでしょうかね?
切実に放り出したい。
けど、そうすると巡り巡ってお兄様に迷惑がかかるかもしれないから出来ないけど。
「結局、もう少し様子見するしかないって結論になるんだよねぇ」
「ごしゅうしょーさま」
「だから棒読み」
溜息をついてがっくりと肩を落とす。
ただでさえ何も出来ない状態なのに、これ以上面倒事は勘弁して欲しい。
あー。何か切欠でもないかなぁ。
私は膠着状態にならざるを得ない現状に大きくため息をつくのだった。
この時私はアズィンケインが結構思い込んだら、な性格を忘れていた。
あと、煮詰まるとあんな行動にでるという事も。
そんなわけで私は軽率に「切欠がないかなぁ」と思った事を後悔することになる。
この世界は意外と立てたフラグは綺麗に回収される世界なのである。




