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あの子に似た、けれどあの子とは決して同じ道を辿らない子供達に幸多からん事を【エファンリーゲウム】

教皇猊下である「エファンリーゲウム」視点です。




 子供達が護衛と共に部屋を出ていくのを見送った私は改めて椅子に座り直す。

 知らず知らずのうちに肩に力が入っていたらしく、自然と溜息が漏れ出た事に苦笑が零れた。

 教皇の地位についてから幾数年、様々な人々と時に穏やかな時に不穏な話をしてきたが、今回の話し合いはその中でも中々に緊張する会合だったように思う。


 相手は子供ばかりなんですが。そんな事関係無いという事かもしれませんね。


 甥っ子二人と、甥っ子と同じ年の少年少女達。

 本来ならば、今回の様な話し合いには参加すら許されないような年齢だが、そんな普通を覆してしまう程度には聡明な子供達だった。

 そう、その聡明さが、何時か自分の身を削ってしまうかもしれないと心配してしまう程に。


 ヴァイやロアは王族男子として教育を受けているから、と言えますが。ラーズシュタイン家の二人には本当に驚かされました。


 令嬢は【神々の気紛れ】により大人と同じ経験があるという事を知識としては知っている。

 けれど、そうだとしても見掛けは年齢相応なのだし、外の年齢にある程度引きずられるものだと伝えられてもいる。

 そういった事を考えれば、現在の令嬢の姿は元々の素地が良いという事なのだろう。

 子息の方だって令嬢に隠れてしまっているが、年頃を考えれば十分すぎる程に頭が良い。

 ラーズシュタイン家の二人に引きずられるようにロアも年齢よりもずっと思慮深くなっている。

 ヴァイだって元々の聡明さが磨かれている。

 そんな四人との会合だったのだ。

 緊張しても仕方の無い事かもしれない。

 

「下手をすれば悪巧みしかしない輩よりも国政の話が出来そうでしたね」

「言いたい事は分かるが、穏やかじゃないな」


 部屋の後ろ。

 カーテンに隠れた扉から出て来た人物の声に私は驚く事無く立ち上がると礼を取る。


「ようこそ、陛下」

「ここにいるのは国王ではなく、お前の兄であるコートアストーネだ」


 先程の話を隠れ部屋で全て聞いていた陛下……基兄上が椅子にどっかり座ると闊達な笑みを浮かべた。


「分かりました、兄上」


 私も教皇としてではなく、弟として微笑むと向かい側に座る。


「それにしても、兄上がこちらにいらっしゃるとは思いませんでした。忙しいのでは?」

「なに。緊急のものはすませてきた。それにオーヴェもいるからな。問題は無いさ」

「オーヴェ殿も奔放な国王を頂くと大変ですね」

「あいつも中々突拍子もないがな」


 クックッと喉で笑う兄上に憂いが無い事を確認して私は内心安堵の息を吐いた。

 少し前までの兄上、いえ兄上達は見ているこちらが心配になるほど張り詰めた雰囲気を纏っていた。

 理由は分かっている。

 あの親子にこれ以上奪われないように、そして過去に奪われたものの仇を討つために一瞬の隙も見せる事が出来なかったからだ。

 終焉はあっさりとやってきたが、今まで本当に付け入る隙が無かったのだ。

 一体何があの女を隙だらけにしたのか私には知る事は出来ないが、その切欠となったのがラーズシュタイン家の令嬢である事は知っている。

 ヴァイとロアを護ってくれた事にもとても感謝している。

 何よりあの娘は兄上達の憂いを払う切欠を齎してくれた。

 今、こうして憂いなく昔の様に笑う兄上を見ると改めてかの令嬢には感謝の気持ちが込み上げる。

 彼女は私の家族を救ってくれた。

 それがどれだけ難解であり、そして凄い事なのか、本人は知らないだろう。


 私の礼に対して意味が分からないと言う顔をしていましたしね。


 あくまで彼女は自身に降りかかった火の粉を振り払ったという認識なのだろう。

 無意識で停滞していた何かを動かす。

 そういった所は、流石【神々の気紛れ】により選ばれた者だと思う。

 【神々の気紛れ】に選ばれたという事には、それだけで意味を持つ。

 彼、または彼女等は無意識下で大きな流れを生み出し、その時停滞していたものを動かしてしまうのだ。

 それは時に悪しき方向に向かってしまう程の力を持つという事だ。

 【神々の気紛れ】によって選ばれた者達は皆、そうやって既存の何かを打ちこわし、停滞している何かを動かし、時に風を吹かせる。

 全て本人にとっては無意識であり、それ故に力が良き方向か悪しき方向か分からない。

 ただ巨大な力を無意識に持つ、まさに【神】に選ばれた者達。

 だからこそ【神々の気紛れ】に囁かれた者達は国に知らされ、保護や監視をされる。

 それこそが【神々の気紛れ】が囁かれた者達の存在を国に報告する本当の理由なのだ。

 勿論この話は国の中でも本当に極僅かな存在しか知らない真実である。

 

 何時か、あの子達も知る事でしょう。もしかしたら令嬢本人とて知る可能性があります。


 それでも勝手な私は願ってしまう。

 監視する側とされる側だとしても……たとえそうであったとしても今の友好を崩さず友であって欲しいと。


 【神々の気紛れ】に選ばれた【闇の愛し子】なんて、本当にどう転ぶか分からない。それでもあの娘なら大丈夫なのではないかと。自分ながら楽観的だとは思うのですが。


 短時間とは言え、そう思わせるだけの何かを秘めた娘だった。

 そして、そんな普通ではいられない令嬢を普通の妹として慈しんでいる兄。

 あの兄妹ならば、きっと。


「二人とも良い子だっただろう?」

「そうですね。それに少しだけ心配でしたが、ロアも大丈夫そうでしたし」

「そうだな。あの女に似たらどうしようかと思ったが……何やら切欠があってあの女と溝が産まれていたらしい。俺が何かを言うまでも無く、ロアは周囲から投げかけられる様々な言葉を吟味し、最良の道を歩んだ。情けない話だが、つい最近まで気づかなかったのだがな」

「仕方の無い事と片付ける事は出来ないとは思いますが、今は気づいているから良いのだと思いますよ? 会ってみて改めて思いました。四人ともあの年頃にしてはとても聡明ですね。――少し心配になる程に」


 私の言葉に兄上は少しだけ驚いた顔をした後、苦く微笑んだ。

 自然と私達の視線が空いた椅子へと向けられる。

 本来ならば、そこには私達にとって可愛い妹がいたかもしれないのだ。

 あの子は母と呼ぶにはあまりにも悍ましい女を止めるために自らの命をなげうってしまった。

 聡明であり、誰よりも優しかった愛しい妹。

 今でも目を瞑ればあの子の笑顔が脳裏に浮かぶ。


 貴女の命とあの女の命は決して等価ではなかった。あんな女に貴女の命は勿体無さすぎたというのに。


 血の繋がりを疎み、殆ど話もした事の無い、私と妹にとっての産みの母親。

 前陛下の側室であり、現在は抹消された存在。

 そして先王陛下がその座を退き、兄上が若くして即位した原因となった女。

 あの血が流れていると思うと今で怖気が走って仕方ない。

 それほどまでに私にとってあの女は母として見る事は出来ず、どこまでも悍ましい存在なのだ。

 気の弱い女だったと聞いている。

 親に逆らう事など考えた事も無く、ただ駒として王家に嫁いだらしい。

 あの女の不運は先王陛下を本当に愛してしまった事だろうか?

 だが、その結果、あの女は悍ましき事を実行しようとし、どうやってか、その計画を知った妹が己が命をかけて阻んだ。

 今でも私は忘れられない。

 自らの手で血の繋がった母親を殺してしまった事に苦悩し、けれど兄上や私、そして先王陛下達に対しての被害を阻んだ事に微笑んで火の中に消えていった妹の姿が。

 自らの血塗られた手で「同じ場所にはいれない」と涙を流しながらも笑った姿が。

 あの姿を私が忘れる事はないだろう。

 何も察する事が出来なかった自分の愚鈍さと共に一生胸に刻まれる事だろう。

 ……もしかしたら兄上の胸にも。

 あの子達の聡明さがどうしても妹の悲しき賢さに重なってしまうのだ。

 もしかして、あの子達とて、妹の様に……。  

 

「あの子等は大丈夫だ」

「兄上?」


 過去の事をぼんやりと思い返していると兄上の声に引き戻される。

 顔を上げると兄上はとても優しい、だが力強い笑みを浮かべていた。


「確かに息子達もオーヴェの子供達も聡明だ。あの年頃にしては有り得ない程の覚悟も持っているな。それに、皆人の心の分かる、それでいて何かを護るために手段を選んでいられないという事を飲み込んでいる」

「なら、なおさら」

「だがな、エファン」


 心の内に住まう心配は口にする前に兄上に遮られた。


「それ以上にあの子達は自分達の命が誰かの命の上に立っている、という事を理解している」


 兄上の言葉は、どこまでも真実を語っているようといわんばかりに戸惑いが一切無かった。


「あの子達はな。きっと、自分の命によって大事な者達が助かるなら、命を賭ける事に戸惑わないだろう。だが、それとは別に自分達が死んだ時、俺達周囲がどれだけ悲しむかもしっかり理解している。だからこそ、どんな手を使ってもぎりぎりまで生き延びる事を諦めない。周囲の悲しむ顔を見たくはないからだ」

「…………」

「ヴァイは前まで少しばかり心配な所があった。あの子は自分の命はロアを救うためにあると信じ切っていたからだ。だが、そんなあの子の価値観をキースダーリエ嬢がぶっ壊してくれたからな。まだ完全に安心はできないかもしれない。それでも、大丈夫だと感じる程度にはあの子も変わった」

「あの価値観を、ですか? 本当に、【神々の気紛れ】に選ばれた者は何でも壊すのですね。それがたとえ誰かの価値観だとしても」

「ああ。しかも無意識にな。……考えてみればあいつもそうだったからな」


 兄上が懐かしそうに、それでいて悲しそうにとある女性を思い浮かべて微笑んだ。

 同じ女性の笑顔が脳裏をよぎる。

 彼女は破天荒で、貴族の令嬢らしくはなかった。

 だが、その爛漫さは、私も含めた周囲の凝り固まった考えを打ち壊していった。

 まるで風が通り抜けるような爽快感だけが残った事も同時に思い出す。

 妹も彼女には懐いていた。

 それこそ本当の姉のように。……少しだけ母親を求めるかのように。


「そうやって共に育つ中であの子達は驚く程成熟していった。未だ過程かもしれないが、今まさにそれをお前も目の当たりにしただろう?」

「ああ。そうですね。確かに、あの子達の精神は驚く程成熟している」


 だからこそ、お互いを護りたいと子供らしくない内容だとしても、子供らしく騒いだ事に安堵した程に。


「だから、大丈夫だ。あの子達はたとえ、妹と同じ状況になっても、生き延びる道を探し当てる」

「聡明だったあの子が見つけられなかったのに?」

「確かにあいつは聡明だった。だが年相応に潔癖であり、少しばかり世間知らずだっただろう? あの歳としては当たり前だったが、だからこそ他に道が無いと思い込んでしまった。気付ける程に聡明でありながら、他に道が無いと思い込んでしまう程に潔癖であり、卑怯とも言える手が思いつかない程度に世間知らずだった。……全てあいつの美点だが、それが欠点となってしまった。きっと俺達もだな。俺達もどうにか出来る“力”を持ちながらも、使う方法を考えるだけの経験が足りなかった」


 厳しい言葉だと咄嗟に思った。

 けれど、私には兄上の言葉を否定する事が出来ない。

 むしろ心のどこかで納得さえした。

 妹はあの女の所業が悍ましいと判断出来る程に聡明だった。

 そして、あの女の全てを拒絶してしまう程に潔癖だった。

 

 いえ、拒絶に関しては私も同じですね。私もまた、あの女を“母親”とは認められない。そんな日は来ないでしょう。


 世間知らずと言われれば否定できない。

 どれも歳を考えれば美点でしかない。

 けれど、全てが重なり妹は酷く盲目になってしまった。

 私達もまた、そんな妹の事を見逃してしまったし、あの女がそこまで追い詰められている事にきづくことが出来なかった。

 

「そう、ですね。確かにあの子は他の道など無いと思い込んでしまったのでしょう。そして私達もまた、そんな妹の変化に気づく事は出来なかった」

「王族として産まれ、その力の強大には気づいていたが、だからこそその力を振るう事に戸惑いも感じていたな」

「ええ。一部の人しか持てない力を私欲で使う事を戸惑ってしまった。その力に頼る事は卑怯だと思っていましたし、あの女があそこまで追い詰められているという事にも気づかなかった」

「本来ならば頼りすぎることこそ卑怯と言えたのにな。……全てを経験不足だと開き直るつもりは毛頭ない。結果として俺達は最愛の妹を失っているからな。その後悔を忘れる気もない。だが……」

「勿論です。ですが、だからと言ってあの子達を心配し過ぎるがあまり重ねてしまってはいけない」


 年頃に似合わない聡明さを危いと思った。

 きっと妹の死の大きな要因はそれだったからだ。

 そんな妹に重ねてしまったからこそ、甥っ子達の成長を喜ぶよりも先にこれ以上成長してくれな、と咄嗟に思ってしまった。

 子供達にとって、それは侮辱でしかないと言うのに。


「俺達は同じ過ちを犯さない。それは絶対だ。だが、きっとあの子達は大丈夫だ。年頃特有の潔癖さを持ちながらも、最良の結果を得るために泥をかぶる事が出来る」

「そう、かもしれませんね。そうなると、いっそ、末恐ろしいですね。あの歳でそこまでの覚悟があるとは」

「そうかもな。だが次代の治世になったとしても王国は安泰だという事でもある」


 言い切った兄上の顔は自信と共に明るい未来を思い、輝いていた。

 国の将来が明るい事を喜ぶ姿は、誰が見てもこの国を護り導く王の姿だ。――私には決してなれない姿でもある。

 私はあの女の血が王家に残る事が許せなかった。

 だからこそ直ぐに神官となり継承権を放棄した。

 けれど、兄上が兄上でなければ私はきっと継承権を放棄するなどしなかっただろう。

 兄上は誰よりも王の才覚を持っている。

 そう思えるからこそ、私は何の憂いも無く神官となれたのだ。

 王として国を導く兄上の姿は眩しく、そして私は自分の選択が間違っていなかったと思うととても誇らしい気分になる。

 

 私は次代の子供達に対しても同じ事を思う日が来るかもしれない。


 その時、私は自身が意外と生きたいと思っている事に気づく。

 自然とヴァイかロアが即位するまで自分は生きているのだと考えている事に内心苦笑するしかない。

 だが、悪い気分ではない、と思った。


「では、その頼もしい次代に対して私は何をすれば?」

「今の所は巻き込むつもりはない。が、少しばかり気掛かりな事がある」


 兄上に渡された資料に目を通して眉を顰める。


「成程。確かに少々見逃せない繋がりですね」

「ああ。現にヴァイ達の護衛の一人が探っている」

「その事に気づいているのですか?」

「今の所は、妙だとは思っているかもしれないが、関連しているとは思ってもいないだろうな。とは言え、時期に気づくだろうが」

「先に確保するのですか?」


 資料を机に置き問う。

 だが兄上は「今の所、その気はない」と答えた。


「繋がりは見逃せないが、過去の事でもあるのも事実だ。これだけでは動けない」

「確かに」

「放置すればまきこまれる可能性があるからな。出来ればどうにかしたいのだが、少々読めなくてな。どちらもだが、特に子供達の方がな」

「本当に子供の成長は早いものですね」

「しかも行動力まで身に着けてしまったからな。それだけは少しばかり頭が痛い」


 顔を顰めている兄上に私はクスクスと笑う。


「決断力と行動力があるのは兄上に似たのですよ、きっと」

「……否定出来んな」


 項垂れる兄上の姿に私は声を上げて笑ってしまう。

 笑う私を兄上は恨めし気に見てくるが、そんな兄上の顔にも笑みが浮かんでいるのが見える。

 結局、兄上とて自分に似た子供達が可愛くて仕方ないのだろう。


「出来るだけ巻き込みたくはない。それは変わらない。だがもしも巻き込まれてしまった際は直ぐに手を差し伸べる事が出来るようにしておかねばな」

「あの子達は助けを求めてきますか?」


 あれだけの実力があるならば、自分達で出来ると思い込んでしまうのではないかと少し心配になる。


「助かる可能性が高くなるならば、躊躇なく助けを求めてくるさ。少なくとも令嬢はな」

「なら良いのですが」

「連絡は密にする。お前は例の団体を注視しておいて欲しい。何かあれば直ぐに報告してこい」

「分かりました」


 宗教団体となれば私達の領分だ。

 特に例の教団は表向きは綺麗だが、どこかうすら寒いものを感じていた。

 今回の事がなくとも許可は出せそうにない程に。


「後はあの子達が巻き込まれない事を願うばかりだな」

「ただでさえ【愛し子】がいますからね。私もそう願いたい所です」


 試練を与えると言われている【愛し子】が三人。

 しかも、そのうちの一人は【神々の気紛れ】に選ばれている。

 これでは騒動が起こってくれといわんばかりだ。

 だから私達は直ぐに手を差し伸べる事が出来るように万全を期しておかなければいけない。

 あの子達はきっと次代を担う子達なのだから。


 神に祈りましょう。あの子達が騒動に巻き込まれない事を。出来なければ、少しでもあの子達の心が穏やかである事を。


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