表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

207/308

始まりの契約





 王都の中心よりも少し外れた地区。

 平民の中でも職人の多いその地区は昼間は男女関係無く皆働きでており、閑散した雰囲気に包まれていた。

 そんな地区の外れにあるとある建物。

 嘗て教会であった建物は重厚な造りに反して、既に人がいなくなってから時間が立っているために物悲しさを感じさせる程に寂れていた。

 そんな廃墟と化した教会の中……祭壇の前に二人の人影があった。

 一人は神官服と呼ばれる教会の関係者の格好をしている。

 だが、何故か自分達の信仰する神を示すエンブレムが何処にも見当たらない。

 では、神官ではないだろうか?

 いや、エンブレムこそ付けてはいないが、青年の持つ穏やかな雰囲気に人は疑心を持つ事は無く、彼を神官ではないと疑い者は早々存在しないだろう。

 今も穏和な雰囲気のままもう一人の人影を見ている。

 もう一人は騎士の男だった。

 いや、此方は「元」とつけた方が良いのかもしれない。

 体格も服装も騎士のモノなのだが、彼もまた自らの所属を表すエンブレムを付けていないのだ。

 ならば冒険者かとも思われそうだが、彼の持つ雰囲気は何処までも騎士のものであった。

 壮年と言うには年が若いが青年と言うには年を取り過ぎていて年齢が読みずらい。

 更に、どんな苦境を越えて来たのか。

 男の顔には疲れと苦しみが滲みでていて、男の年を一層分かりずらくさせているのだ

 

 二人の人影は一言も言葉を発する事無く対峙している。

 方や穏やか笑みを湛えたまま。

 方やこの世の地獄を見て来たかのような苦悩の顔で。


 何時までも続く沈黙を終わらせたのは青年の方だった。

 

「貴殿は何を望み此処にいらっしゃったのですか?」


 青年は静かな声で問いかける。

 青年の問いかけに男は強く目を瞑るとその場に跪いた。

 その際片腕が重力に逆らう事無くだらんと垂れた。

 男は利き手の筋を絶たれ、剣を握る事すら叶わぬ身となっていたのだ。

 そんな男の片腕を見て青年は一瞬目を細める。

 だが男が顔を上げた時には元の穏やかな表情に戻っていた。

 男は力強い眼差しで青年を見上げる。

 その目に宿っているのは決して「正の感情」だけではない。

 むしろ「疑心」「怒り」「悲しみ」――様々な強い負の感情が渦巻ている。

 まるで青年を仇を思っているかのような眼差しを、それでも青年は軽やかに受け止め微笑む。

 その感情は決して自分に向けられている訳ではないと知っているためだ。

 そう、男には心から憎い相手がいた。

 

 あの女は自分の自尊心を打ち壊した。

 あの女は自分の忠誠心を嘲笑った。

 あの女のせいで自分は心から慕う主君より罰を与えられ側にいられなくなった。


 銀色が脳裏にチラつき、男は唇を噛みしめる。

 命よりも大切な主君を籠絡し……いや洗脳したあの女狐。

 あの女狐を自らの手で引き裂いてやりたい。


 騎士としての全てを奪われた男はもはやそれしか残っていないのだ。

 もはやそれだけが自分を保たせる方法なのだと心から思い込んでいた。

 出来れば今すぐにでも実行し、洗脳から解放された主君の元へはせ参じたい。

 だが、実行する事が出来ない自分の不遇さに男は拳を握りしめる。

 今の自分では女狐に近づく事すら出来ない。

 全てを失った自分はあの方たちを洗脳から解放する事すら出来ないのだと男は嘆く。

 しかし嘆きだけでは誰も救えない。

 だからこそ男は此処に来た。

 王都にて囁かれる【闇の女神】への疑心。

 そこから派生した【闇の女神】に対する本当の信仰を示す一派。

 青年はそう言った一派の指導者であった。

 青年は皆に説く。

 「【闇の女神】は我らを見捨ててはいない。ただ我らの信仰の仕方が間違っていたのだ。真の方法で願った思いは必ずや女神に届くであろう」と。

 今の法王は決して変える事は出来ない。

 幾ら信仰は自由であろうと、ある程度の規制が当然必要となっている。

 だからこそ【闇の女神】を疑う教えが許されるはずもない。

 だからこそ、そこから派生した青年達の教えも又規制の対象となってしまっているのだ。

 今、青年達は密やかにしか動く事は出来ない。

 だが、【闇の女神】を疑うなど欠片も思っていない青年をトップとする一派は暫くすれば別の教義と認識されるだろう。

 そうすれば青年達の一派は信徒を増やし力を持つ事が出来る。

 青年達はそう確信していた。


 【闇の女神】


 創造神の片割れであり、安寧の夜を司どる暖かき闇の主。

 近年王都では軽んじられる傾向のある女神。

 そんな女神を信仰しながらも力を付けつつあり、更に今後大きくなるであろう一派のトップである青年。

 彼の側にいるならば、何時の日か、あの女狐に近づけるやもしれない。

 男はそう考えたのだ。

 男はそのために唯一の主君以外に膝をついたのだ。

 ――それが男にとってどれだけ屈辱であろうとも。


「私を護衛としてお使い下さい」


 男の声音には青年を崇拝する色は見えない。

 眸に宿るのは青年を利用したいという利己的な願いだけだ。

 だが、青年はそれを知りながらもニコリと微笑んだ。


「失礼ながら、貴殿は片腕が不自由な御様子ですが?」

「片腕だろうが、そこらの有象無象には負けませぬ」

「そうですか」


 青年は少し困った顔をしながらも男の前に膝をついた。


「貴殿が何を考え、私に近づいたかは分かりません」


 男の肩がピクリと動く。

 だが青年はその事には触れず男の動かぬ手に自らの手を添える。


「ですが、貴殿が私の側にいる事を渇望している事は分かりました」


 青年は目を細めて立ち上がる。


「よろしいでしょう。私達も何時までも日陰の身でいる気はありません。我らが神の教えを広くの人に知ってもらわねばならぬのですから」


 青年は男に手を差し伸べた。


「これから幾たびの危険がこの身に降りかかる事でしょう。その危険から守って頂けますか? その代わりに貴殿の望みが叶うように全力を尽くしましょう」


 青年は「これは契約です」と言った。

 一方的な施しではなく、慈悲でもない。

 青年は慈悲の心を持ち、教えを広める神官でありながらも男に対して契約を持ち込んだのだ。

 本来ならば有り得ない。

 だが男にとってはその方が有難い。

 男は決して青年の教えに心酔してこの場に要る訳では無いのだから。

 お互い利害が一致している間だけなされる「契約」

 それこそが男にとって必要なのだ。

 男にとって心から慕う主君は一人。

 それ以外に心から仕える事など出来ない。

 何処までも壊れた男にとって、それはもはや唯一自らが誇れるモノであった。

 ――たとえ、それが女狐にとことんまで貶められたモノだとしても。

 男は歪んだ笑みを浮かべると青年の手を取る。


「契約ある限り、全力で御身をお守り致しましょう」

「はい。宜しくお願い致します」


 二人が手を取り合った時、窓から日がさし青年の黒髪を照らす。

 青年は青色の眸をふんわりと解くと穏やかな笑みを浮かべた。


「お互いの利害が一致している間は決して破られぬ契約を――」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ