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どんな事があろうと俺等は俺等らしく生きていくだけさ(3)

<[5-26]26.どんな事があろうと俺等は俺等らしく生きていくだけさ(3)>




 あの後色々あったが、何とかばあさんの所で魔法を教えてもらう事になって。

 ……いやあれは、教えるってよりも叩きこまれて、だな。

 そん中でケリーと気安い仲になっていって。

 ケリーがばあさんの所にいる理由も分かって。

 結局、ケリーが気に入った俺はアイツに「冒険者になって一緒にパーティー組もうぜ!」って誘ったんだよなぁ。

 森の外に出る事を躊躇してた、更に言えば俺に迷惑が掛かるって嫌がってたケリーを半ば強引に連れ出して一緒に冒険者やるようになって、今や俺等は有名な冒険者ってやつなんだから人生分からないもんだよなぁ。

 そういや森の外に出た頃ぐらいだったか?

 ケリーの奴が自分の事を「俺」って言うようになったのは。

 貴族として受けた教育は残ってたから、形だけでも冒険者になろうとしたのかもしれないな。

 未だに冒険者らしくねぇ所は直ってないけどな。

 ――最初よりはましか?


「ネル?」

「あー。お前と初めて会った時とその後のばあさんのしごきを思い出してた」


 黙り込んでいた俺を不思議に思ったのか名前を呼ばれた俺は隠す事でもないとあっさり考えていた事を話す。

 と、ケリーも当時を思い出したのか苦笑いになった。


「あの時はネルには悪い事をしましたね」

「しゃーねーよ。あん時は怖かったんだろ? この髪色が」


 俺や第一皇女みたいな“赤い髪”が。

 ケリーが困った顔をしたまま頷く。


「今なら全く違うものだと分かりますが、当時は“赤”という色自体に良い印象がありませんでしたからね。本当にすみません」

「だからもう気にしてねぇって。俺としてはその後、俺等を黙らせるためとはいえ思い切り水ぶっかけてきやがったばあさんの方が印象に強いしな」


 場所が薬草園から離れてたとは言え、家の前に池みたいな水たまりが出来るくらいの水量ぶっかけられたんだぞ?

 色々理由が重なっているのは分かるが、俺が気絶した一番の理由ってそれじゃねぇか? と思わなくもない。

 俺の言っている事が分かるのかケリーも否定せず、ただ苦笑していた。

 

「あの人も手段を選ばない所がありますからね」

「その後魔法を教えてくれたのは良いが、滅茶苦茶扱かれたしな。……もうあの修練は思い出したくもねぇ」


 俺の無茶な願いを聞いてくれた事には感謝してるが、魔法を叩きこまれた方法は未だに悪夢だ。

 それはケリーも同じなのか、微妙に青い顔になっている。


「その御蔭で俺はこうして冒険者として居られると分かってはいますが……」

「それは俺もなんだが、素直に感謝していいもんだか」


 あの修練を思い出すと素直に礼を言う気にならん。

 俺が渋い顔をしているとケリーの奴もクスクスと笑いだした。

 そんなケリーに俺は心の中で安堵する。


 何とか、なったか?


 さっきまでの凍り付いたような表情のケリーを俺は見ていたくない。

 未だに抱え込んでいる事に関しては何時までもと文句を言うつもりも弱いというつもりもない。

 コイツの幼い頃にあった事を考えれば、こうして普通に帝国まで行けるだけでも大したもんなんだと思う。

 何より、ケリーは何時か自分でケリをつける。

 俺はそれを信じて待ってるだけだ。

 そんな気分で見ているとケリーは目元を綻ばせ此方を見た。


「有難う御座います、ネル」

「何の事だか」


 ケリーの内心を俺が察する事が出来るようにケリーにも俺の心の内は駄々洩れなんだろう。

 が、それはそれだ。

 俺が空っとぼけるとケリーは苦笑してワインに口を付けた。

 けど、話は終わって無かったのか、グラスを置くと再び此方を向いた。


「まさか、こんなに早く第一皇女の悪事が裁かれるとは思いませんでした。彼女は自らの悪事を巧妙に隠していたようですから」

「てっきり皇位でも狙ってるのかと思ってたんだがなぁ」

「そうですね。俺もそう思っていました。憶測が外れていたのか、決定的なミスをしたのか。俺達には知る術はありませんが……いえ、もしかしたらキースさんなら何かを知っているかもしれませんが」

「嬢ちゃんが? あーそういや、あの遊学の帰り道でお前の事見て、少し妙な素振りしてたな」

「はい。……きっとキースさんは俺の兄に会ったのでしょう」

「お前の兄貴にねぇ」


 年齢の差あれど顔立ちと持っている色彩がそっくりだったとケリーから聞いた事がある。

 そういや自分の家の奴等を皆殺しにした皇女さまに付き従っている、なんて有り得ない話を聞いていたが。

 自分の家を滅ぼした相手を知らなかったのか?

 だとしたら知った時、どう思ったんだろうなぁ。

 俺がそうだったら? と考えたらぞっとしてねぇし、勢いのまま皇女さまを殺しちまいそうだけど。


「兄は第一皇女付きの騎士だったはずです。とは言え、俺もキースダーリエ様の反応を見て初めて確信したのですが」

「顔立ちはそっくりに育ってたって所なんだろうな、きっと」

「そうだと思います。……俺としてはある程度関連性を問われるとばかり思っていたのですが」

「結局、今の今まで一度も聞かれてないんだよな?」

「ええ。きっと今後も聞かれる事はないと思います」

「今更蒸し返すような性格じゃないもんな、嬢ちゃんは。まぁそーいう所も全部ひっくるめて、あの嬢ちゃんもほんと読めないんだよなぁ」


 きっと嬢ちゃんはケリーが帝国貴族だという事に気づいたはずだ。

 だってのに、ケリーに真実を問う事も、帝国にその事を教える事も無かった。

 いやまぁ、だからこそ今でも付き合いがあるわけだが。

 とはいえ、気にならないわけじゃない。

 一体嬢ちゃんの中でどうケリが付いているもんだか。

 むしろこっちから聞きたいくらいだ。――藪蛇だから聞かないけどな。


「俺にも彼女の考えは完全には読めません。――兄が第一皇女付きの騎士だったのは事実です。そのためだと思いますがヴィレントタッツ家は当主が第一皇女に付き従い自刃しため、後継者がいないという事で断絶した上で取り潰しになるそうです」

「そうなのか? って、ケリーはそれでいいのか? ――お前が名乗り出る事は可能なんだろ?」


 今ではヴィレントタッツの唯一の生き残りであるケリーなら。

 ケリーはばあさんに拾われる前、帝国貴族、ヴィレントタッツ家の末子だったと俺は聞いている。

 帝国内でも数多くの優秀な騎士を輩出した家らしく、帝国の信頼も厚い家との噂は聞こえている。

 そんなヴィレントタッツがある夜突然襲撃を受け、子供一人を残して使用人共々皆殺しにされた。……いや、正確に言えば子供二人だ。

 その内の一人が目の前にいるケリーなんだが、コイツの場合使用人と共に逃がされ身を隠して逃亡生活をしていたが、見つかりそうになり共に逃げていたメイドが信頼できる相手にケリーを託し囮となりその命を散らした。

 偶然か、その近くで獣に襲われたのか血だまりがあったがためにケリーは死んだとされたらしく追手もいなくなった。

 が、自分のせいでメイドが死んだと考えているケリーは人を共に居る事に怯え、最終的に隠居しているばあさんの元に身を寄せていたらしい。

 そんなケリーの事情により生き残ったのはケリーの兄貴だけとなり、その兄貴が家を継いだ。

 確か、そんな話だったはずだ。

 

「第一皇女のやった事を知らなかったのか、知っていてなのかは分からないが、兄貴が自刃したって事はお前が唯一の後継者って事になる。……今なら戻れるんじゃないか?」


 俺としては相棒が貴族になっちまうのは寂しい。

 このまんま冒険者として一緒にやっていきたいと思う。

 が、ケリーが貴族としての生き方に心残りがあるなら、俺は背を押してやるべきなんだろう。

 ばあさんの所から渋るケリーを連れ出して冒険者に引き込んだのは俺なんだからな。

 俺の言葉にケリーは一瞬驚いたようだが、次の瞬間には少しばかり眉が下がった。


「そこで引き留め貰えないのは少し寂しいですね。まぁネルならば今後引手数多になるのでしょうけれど」

「馬鹿いえ。俺の相棒はお前だけだっての。たとえその事でランクが下がろうとも今後俺が誰かとパーティーを組む事はねぇよ。……臨時ならともかくな」


 俺にとって最高の相棒は目の前にいるビルーケリッシュだけだ。

 最高を知っちまった俺が他の奴で満足できるわけねぇってのに。

 コイツは時々自己評価が低いのが難点なんだよなぁ。

 ま、今の言葉も半分冗談、半分本音って所なんだろうが。

 半分も本音って所が気に入らねぇんだよなぁ。

 真顔で一蹴してやると、今度は目を見開き、頬に赤が散る。

 コイツ、日に焼けねぇし、照れたり、怒ったりすると分かりやすいよなぁ。


「っ。……熱烈ですね」

「お前の場合言葉にしないと分からない時があるからな。……いや、分からない振りをするからな。言葉を惜しんでどうするよ?」

「本当に……あの時からネルは変わらない。そんな君だから僕はあの時手を取る事が出来たんだ」


 言葉使いが昔の、餓鬼の頃に戻ったケリーは眩しそうに目を細めて俺をみやる。

 俺はそんな目で見られる程高尚な奴じゃないんだけどな。


「私は――俺はヴィレントタッツに戻るつもりはありません。あの家の人間は全員亡くなりました。俺はただのビルーケリッシュとして生きていきたいと思ってます」

「……そうか。それがケリーの判断なら俺は構わねぇよ」

「ええ」


 ケリーは微笑むとワインを飲み干した。


「ネルは兄が皇女の所業を知っていたかどうか、と言ってましたよね?」

「んあ? いや、知らなかったとは思っているんだがな。知っていたら、護衛騎士になんぞならないだろ?」


 だからまぁ知らなかったが、今回の事で知っちまって、結果として自刃なんて結果になっちまったのかと思ったんだが?

 俺の言い分を聞いてケリーは何故か妙な表情をした。

 そのなんとも形容し難い表情を不思議に思っているとケリーは一度だけ深呼吸をして再び俺を見据えた。

 次の瞬間、ケリーはとんでもない事を口にした。


「私は兄上は全てを知っていたと思っています」

「は? いや、そうなると、知っていて自分の家族を皆殺しにした奴に仕えていたって事になるぞ?」


 普通の神経じゃ無理だろ、そりゃ。

 信じられない思いでケリーを見たが、発言を翻す事無く、ケリーは心からそう思っているように見えた。


「ネル。私はずっと兄上が怖かったと言ったらどう思いますか?」


 ケリーの声には少しだけ震えが籠っていた。


「どう、と言われてもな。俺は会った事ねぇけど。どうしてだ?」


 顔立ちがケリーに似てるって事は強面って事もねぇし。

 滅茶苦茶厳しかったのか?

 いや、それも違うな。

 なら、兄貴が全てを知って皇女に従っていた、なんて断言出来ない。

 って事は――。

 俺の思考を遮る様にケリーは口を開く。


「私はずっと兄上を怖い人だと思っていました。兄上は確かにヴィレントタッツ家に相応しく文武両道であり、穏やかな人でした。ですが……その全ては兄上の本心ではなく、表面上だけ精巧に作られた兄上の姿だったのでしょう。そう、兄上はずっと何処かが欠落していた」


 訥々と話すケリーの声には恐れが潜んでいた。

 幼い頃を思い出してんのか目を瞑りグラスを持つ手は力を入れているのか更に白くなっている。

 其処までして話さないくても良い、というのは簡単だ。

 けど、コイツは恐れながらも口に出そうとしている。

 それを止めようとは思わなかった。


「兄上が凄い人だという事は幼心に分かっていました。ヴィレントタッツ家を継ぐ人間として完璧とも言える人だという事も。ですが私は何時も兄上が怖かった。どうしてなのかは当時は分かりませんでした。ある時まで」

「ある時?」

「ええ。あの忌まわしき日。帝国の第一皇女がヴィレントタッツ家にやって来た日。あの日、私は第一皇女と対面して自分が常々恐れているものが“何か”分かりました……分かってしまいました」


 どういった理由で噂の第一皇女がヴィレントタッツ家に来たがは分からないが、それこそケリーにとっちゃ最悪の日だったという事だけは分かる。


「第一皇女と兄上は“同じ”です。二人の目は……いえ内面は酷似していた。兄上達は殆どの物事に関心が無い人達なのです。無関心を下敷きに物事の全て同じなのでしょう。だからこそ平等であり、公平に見える。けど一度、その内面に気づいてしまえば、恐ろしさしか感じられません。……私が特に恐ろしいと感じたのは、その平等の中に自らの命すら含まれていた事です」

「そりゃ……言っちゃ悪いが人としては致命的なんじゃないか?」

「そうです。けれど兄上達は何処かが欠落していたのでしょう。兄上が穏やかなのは自分を含めた“人”に興味が無いから。その誰と相対しても欠片も変わらない眼差しと眸が私は心から恐ろしかった。それこそが私が兄上を怖いと思っていた理由でした」


 前に兄上は訓練中に大怪我をした事がありましたが、その時ですら兄上の眸は凪いでいました。

 考えてみれば私が兄上を恐ろしいと初めて思ったのはその時からだったように思います。


 最初から最後までその場にいない当事者じゃない俺にとってはケリーの話からしかその相手を計る事は出来ない。

 けれど、俺はケリーの内面を見抜く目を信じている。

 実際、それに救われた事だってある。

 そんなケリーがいうのだから、本当にコイツの兄貴はそういう人間だったのだろう、と納得できる。


「兄貴の事は分かった。だが、どうして第一皇女が同類だと分かったんだ?」


 俺の質問にケリーは口元を歪めた。


「第一皇女の眸が激変する瞬間を見たからです。……挨拶した時、皇女が此方に興味が無い事は直ぐに分かりました。口元は笑っているのに、眼には一切感情が無く、凪いでいる。海底を見ているような、虚に吸い込まれるような感覚に襲われ、瞬間的に私は皇女を恐れました」


 そこで深呼吸をしたケリーは瞼を開けると俺を見た。

 眸の奥に宿るのは恐怖か後悔か。


「その時第一皇女は私を見て“哂った”のです。今まで凪いでいた眸が激変し、ドロリとした歓喜と嗜虐心を孕んだ、見ているだけで窒息しそうな眼差し。口元は相変わらず綺麗に笑みを象っているのに、眸だけは私を見て確かに哂っていました」


 その眼差しに晒されて私は全身に鎖を巻きつけられるような重たさを感じました。

 当時の皇女の眼差しとやらを思い出したんだろう。

 ケリーの青ざめた顔は当時感じた感情がどれほどコイツの重荷になっていたかを指し示しているようだった。


「同時に兄上がそんな皇女の変化に気づき、それでもなお、それを恐れていませんでした。……いえ、むしろ兄上の目には羨望すら浮かんでいました。だからこそ私はあの時理解させられたのです。第一皇女と兄上は“同類”なのだと」


 内面を見抜く目を持つケリーにして見れば悪夢としか言いようが無かったのかもしれない。

 向けられるだけで背筋が凍るような重たい感情を初対面の自分に向けてくる第一皇女も。

 そんな皇女を恐れるのではなく羨む自分の兄貴も。

  

「その後、再び凪いだ眸になった第一皇女は恙なくヴィレントタッツ家の訪問を終えました。――あの瞬間以外一切あの感情を出す事無く」

「だからこそ逆に怖かったって所か?」

「はい。それ以降私は兄上を明確に避け、同時に騎士になる事すら恐れました。第一皇女に再び会う事に恐怖したのです。……きっと、私はあの時から既にヴィレントタッツ家の人間として相応しい存在ではなくなっていたのでしょう。仮に家が襲撃を受ける事無く育ったとしても皇族を護る騎士としてある事は出来なかったでしょうから」


 幼心に植え付けられた恐怖は中々拭えない。

 しかもその元凶に仕えろとはとってもじゃないが言えないよな。

 自分以外気づいていないなら余計にだ。


「襲撃を受けた時点で言っても意味の無い未来ではありますが。……第一皇女の訪問から数週間後だったと思います。ヴィレントタッツ家が襲撃されたのは」


 ケリーが再び瞼を閉じる。


「襲撃を指示していたのは、第一皇女でした」

「なっ!? まさか第一皇女がその場にいたってのか?!」


 そこまでは聞いていなかった俺は驚きの声を上げる。

 瞼を開いたケリーは泣きそうな顔で力なく頷く。


「今でも忘れられません。赤い髪よりもどす黒い血に塗れ、それでも笑みを浮かべていたあの女を。その口が明確に「ヴィレントタッツの家人だけではなく、使用人に至るまで全てを殺しつくせ」と命じていた事を。私はその凄惨な姿を最後に気を失ってしまったのです。自分は此処で死ぬのだろうと思いながら」

「けど、お前は生きてる」

「ええ。母上がメイドと私兵と共に命がけで逃がしてくれたらしいと後で聞きました。目を覚ました私の側にはメイドしかいませんでしたが。きっと私兵の方々は私を護るために散ったのでしょう」

「……なぁケリー。本当にいいのか? 命がけで逃がしてくれたのに、ヴィレントタッツを名乗らなくて?」


 さっきは納得したが、どうしても引っかかってしまう。

 貴族さまの考え方は俺には分からない。

 だが、母親や他の奴が命がけで守ったのはそういった受け継ぐための血を残すためって側面もあったんじゃないのか?

 いや、母親はただ生き残ってほしいと思ったからしれないが。


「それは私も考えました。ヴィレントタッツ家の人間が望んだのは血を繋ぎヴィレントタッツ家を繋ぐ事ではないかと。……けれど最後まで私に付き添ってくれたメイドは違うのだと言ってました。母上は私が兄上を怖がっている事も騎士になる事を望んでいない事も気づいていました。だからでしょう。母上は気絶した私をメイドに託す時言ったそうです」

「何て? って聞いても良いか?」

「此処まで話してしまっては、今更でしょう? ネルなら構いませんよ。――母上は「ヴィレントタッツの事は忘れて好きに生きて欲しい」と言い「ただ生きて幸せになってくれる事だけが私の望みだから」と言ったそうです」

「……そうか」


 母親ってのは偉大だよな。

 多分、ケリーの母親は逃げる事も出来たはずだ。

 それだけの事をメイドに託して私兵までつけて逃がそうとしたんだからな。

 一緒に逃げる事も出来た。

 が、自分はヴィレントタッツのためか、それともケリーに向ける追手が増える事を懸念してか殺されるのを覚悟で残った。

 其の上でケリーが家に縛られず生きて幸せになる事だけを望んだ。


「もしかしたらメイドの嘘かもしれません。けれど私は――俺はそれが母の言葉であると信じています」

「なら確かに無理に名乗り出る必要はないな」

「ええ。私はビルーケリッシュ。ヴィレントタッツ家の末子はあの襲撃の晩死んだ。それでいいと思っています」

「……分かった。お前が其処まで覚悟してるならその事で俺からいう事はないな。なら、俺が言うのはこっちだな。――ケリー、今後も宜しくな」

「はい。此方こそ」


 これ以上俺がコイツの事に首を突っ込むのは野暮だ。

 なら、俺がすべきは今までと同じく、相棒としてケリーを信頼し、一緒にやっていくだけだ。

 俺はグラスを前に出すとケリーも気づいたのかグラスを前に出した。

 カツンと重なり合い軽い音を立てたグラスの酒を飲み干す。


「話を戻しますが、本来ならヴィレントタッツ家はあの晩全員殺されるはずでした。なのに兄上が唯一の生き残りとなりました」

「第一皇女があの場に居たにも関わらずに、か?」

「そうです。あの場で殺されず、襲撃の犯人は特定されず、兄上は第一皇女付きの騎士となった。……そして二人が“同類”であるという事」

「成程。だから、全部知っていた、と」


 だとしたらケリーには悪いがその兄貴って奴は相当イカレタ野郎だ。

 家族を皆殺しにされたってのに、その首謀者である皇女に復讐以外の理由で一緒にいるんだからな。

 復讐だとしたらその後後追いのように自刃はしないだろう。


「いや、復讐を終えたからこその自刃の場合もあるか?」

「ネル。それは無いと思います。兄上は自分の命すら平等に興味が無い方でした。幾ら家族を殺されたとしても復讐など思いつきもしなかったでしょう」


 家族を皆殺しされて意識が変わった可能性もあるんじゃないのか? と言おうと思ったがやめた。

 ケリー自身がそう考えているなら、顔も知らない俺の意見、しかも確証もないもんで揺らぐ事なんぞ無い。

 それに、俺とは違いケリーは帝国の情報については敏感だった。

 どんな情報網を築いたかは知らないが、帝国内の事については俺よりもかなり詳細な情報を持っている。

 その中には兄貴についての事もあったんだろう。

 其の上でケリーがこうも断言するって事は兄貴はそういう奴だったのだという事だ。

 なら俺がこれ以上言う事も無い。


「そうか。なら俺等がしなきゃならないのは、暫くの間帝国には行かないようにするって所か?」

「そう、かもしれませんね。俺の顔は兄に似ていたようですので、要らぬ騒動に巻き込まれるかもしれません」

「そっか。まぁどっちしろ暫くの間は此処から他所に行く気はないんだけどな」


 俺は嬢ちゃんを思い浮かべて笑う。

 少なくとも嬢ちゃんがキースとして冒険者を此処でやっている間くらいは居ても良い。

 それくれぇは気にってるからな。

 笑った俺にケリーは何時もの笑みを浮かべた。


「本当にキースさんがお気に入りですね、ネルは」

「おう。嬢ちゃんといると面白い事ばっかりだからな。――なぁケリー」

「何ですか?」

「お前が行きたくなったら帝都に行ってみてぇ」

「え?」


 驚くケリーに俺は笑いかける。


「帝都は芸術の国の首都らしく華やかな所なんだろ? 昔からある噴水やら、なんやら色々あるそうじゃないか。そういう“昔から変わらない所”を見て回るのもいいだろ?」


 目を見開くケリーを他所に俺はケリーのワインの瓶を取ると自分のグラスに注ぐとケリーのグラスにも注いだ。


「俺等は自由な冒険者だぜ? それなのに帝都に行った事がないとなりゃ片手落ちじゃねぇか。しかも優秀な案内役もいるってのによ。だからその内行こうぜ」

「ネル」

「んだよ? 嫌なのか?」

「……いいえ。いいえ。そんな事はありません。……そうですね。何時か。何時か行きましょう。帝都の噴水はとても綺麗ですし、他にも見る所は沢山あります。――ネルが芸術を理解するかどうかは知りませんが」

「おい。俺だって多少はなぁ」

「多少、なんですか?」


 微笑むケリーの目には悪戯気な光が宿っている。

 その眸には先程までの影など見えない。


「いーんだよ。そういう事はお得意な相棒に任せてるんだからな!」

「そうですか。けれど帝都に行くならばもう少し芸術を理解出来るようになって下さいね」

「言われて出来るようになるならとっくになってるっての」


 俺は半目になるとグラスを持って押し出す。

 ケリーはクスクス笑いながらもグラスをカツンと軽くぶつけて来た。

 再び二人でワインを飲み干す。


「その時を楽しみにしてんぜ」

「……はい」


 頷き笑ったケリーの表情は何処かあどけなく、餓鬼の頃を彷彿とさせるもんだった。





「そういや嬢ちゃんの事で思い出したんだが」

「話を脇に逸らした俺が言える事ではありませんが、突然ですね?」


 完全に戻ったケリーに内心笑いつつ俺は話を切り出す。


「嬢ちゃんに直接は関係ない話なんだが、最近王都で良くない噂を聞くんだよ」

「王都で、ですか?」


 ケリーが帝国についての情報に詳しいように俺もある程度王国内に情報網を持っている。

 その中で最近妙な、けど少しばかり放置しておかない方が良いんじゃないかという噂が聞こえてくるのだ。


「なんでも「闇の女神が人々を見捨てた。そんな神を崇めていても良いのだろうか?」だとさ」

「それは……随分突飛な発想であり、可笑しい論理ですね」

「俺もそう思う。大体創造神である闇の女神が人々を見捨てたってのも眉唾な話だが。それよりも仮に見捨てられたから、信仰しなくてもいいのかよって話ならね?」

「神とは元々俺達を見守って下さっている方々であり、見返りを求めるものではありませんからね。まぁ【愛し子】という例もありますし、神々の御力を間近に感じる事もありますし、随分気にかけて下さっていると考える事も出来なくもないですけど」

「まぁな。そりゃな? 俺達冒険者ってのは、神々に対して別に深い信仰心なんぞもってないぜ? そんな俺でも、噂が可笑しい事くらいは分かるんだよ」

「しかも王都で、という所が問題ですね。今の王族には【闇に愛し子】もいらっしゃると言うのに」

「だよなぁ」


 俺は遊学の際に見た殿下達を脳裏に思い浮かべる。

 どっちも餓鬼らしくない、その反面、王族にしては仲の良い兄弟だった。

 

「与太話で終わればいいんだがな」

「本来ならばそのような事が広まれば教会が動くと思いますが」

「と、思うだろ?」

「けど、ネルはその噂が危険だと感じるという事ですか?」

「ああ。とは言え、勘でしか無いんだがな」


 ケリーは何事かを考えているのかワインを揺らした後二口程口に含む。


「ネルの勘は嫌な時程当たりますからね。今の所様子を見る事しかできませんが、少し気を付けた方が良いかもしれませんね」

「とはいえ、一介の冒険者には何もできないんだがな」

「貴方の場合、キースさんが心配なのでしょう? 彼女も【闇の愛し子】ですからね」


 目を細めて俺を見るケリーの視線から俺は顔を背けた。


「ま。嬢ちゃんは弟子だからな」

「そうですね。俺も少し別方向からその噂を追ってみます」

「おう」


 俺は酒を飲み干すと次を開ける。

 どうせ明日には用事なんぞ入れてない。

 飲み過ぎて潰れても問題はない。


「さぁ、今日はとことん飲むぞ」

「俺はネル程強くはないのでお手柔らかに」


 苦笑するケリーの言葉には答えず酒を注ぐ。

 真面目な話はこれで終わりだ、っていう合図みたいなもんだ。

 そんな俺の合図通り、この後はくだらない話をして夜通し飲んだくれる事になった。

 

 次の日、頭痛に悩まされた挙句、ケロっとしてやがるケリーを恨みを込めて見たのは、まぁお約束って奴だった。

 ――お前、ぜってぇ酒弱くねぇよな。

 そんな恨み言を内心考えながら。




 この時の噂が実は噂で終わらない話になるのだが、それをこの時の俺達が知るはずもなく、俺はただ平然としている相棒を恨めしそうに見上げるのだった。




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