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どんな事があろうと俺等は俺等らしく生きていくだけさ【タンネルブルク】

冒険者のタンネルブルク視点です





「あー美味い!」


 ドンと勢いよく飲み干したカップを机に置くと至福の一杯に感嘆の声を上げる。

 今日は特に問題無く依頼も終わったし、こうして機嫌よく一杯で一日が終わる事が出来る事に感謝だな。

 冒険者ともなると、何日も野宿は当たり前。

 無茶難題を言い出す依頼人も少なくない。

 だからこそ何もなくこうやって定宿で酒を飲める一日は最高ってこった。

 

 まぁ、この領地に来てからはそういう輩は少ない気もするけどな。


 王国の中でも宰相様であるラーズシュタイン家が治める地。

 今俺達がいる場所は王国の中でも治安がよく、そのために賑わっている。

 しかも森が隣接してるもんだから魔物の類が出没するってんで冒険者がくいっぱぐれる事も無い。

 いや、そこら辺は冒険者ギルドがしっかりしてるからか。

 何方にせよ、領民にとっても冒険者にとってもこの領地は過ごしやすい場所ってこった。


「今頃はキースさんも屋敷についた頃でしょうか?」


 向かいで優雅にワインなんぞを呑んでいたビルーケリッシュの言葉に俺も今日同行していた嬢ちゃんを思い浮かべる。

 ちっとばかし冒険者になるには年齢が足りてない。

 が、それを補う程の頭と力を持つ妙な嬢ちゃん。

 キースという名前で冒険者なっちまった挙句、今では期待の新人なんて言われてる貴族のお嬢様。

 好奇心が刺激されたからこそ強引に師弟関係なったが、今俺はその事を後悔していない。

 多分相棒のケリーも同じだろう。

 貴族相手だってのに表情が柔らかいのがその証拠だ。

 

「あーアイツ等も一緒にいるしな、今頃何事も無く屋敷についてる所だろうな」

「そうですね。……それにしてもまさか、あの二人が人に付き従う姿を見る事になるとは」

「確かにな。俺も驚いたぜ」


 キース嬢ちゃん。

 本当の名前は驚く事にキースダーリエ=ディック=ラーズシュタイン――この地を治めるラーズシュタイン家の令嬢さまだ。

 なんてーか、出逢った時から妙な嬢ちゃんだとは思ってた。

 妙に肝が座っているし、それなりの実力を持っている……ってよりも自分の実力を把握しているって所があの年頃だからこそ目立ってた。

 口も回るし、頭の回転も速い。

 正直、本気の舌戦なんて仕掛けた日には俺には勝ち目はない。

 ちみっこに大人げも無く仕掛けた上に負けたもんだからか相棒には呆れた目で見られるが、仕方ねぇよ。

 お前だって、意見交換という話し合いで本気でやりあってたじゃないか。

 お前と対等に意見交換というか議論出来るだけで十分普通じゃないっての。

 そんな嬢ちゃんを護るように付き添っている獣人が二人。

 最初にアイツ等が嬢ちゃんを護っている姿に俺は心底驚いた。

 顔立ちがおんなじの狼の獣人。

 アイツ等は冒険者としてもよりも暗殺者としての裏で名前が取っている奴等だったからな。

 表向きには冒険者としてやっている。

 が、上位ランクになって裏と関わりを持っている奴等なら、誰でも知っている快楽主義者共。

 自らの生死すら賭けて有り得ない依頼を引き受ける、とんでもない奴等だった。

 そんな奴等が貴族の嬢ちゃんに跪く?

 到底本気と思えないのは仕方ない事だった。

 だからこそ俺等は最初嬢ちゃんに正体を知っているか尋ねたんだからな。


「実際は【従属契約】まで結んでいるって言うんだからとんでもない話だよな」


 獣人にとっては自分の全てを捧げる等しいと言われている【従属契約】

 それをあの自分勝手に自由にやっていた二人が嬢ちゃん相手に結んだと初めて聞いた時は「何の冗談だ?」と思った。

 本気でキース嬢ちゃん、騙されてねぇか? と思ったもんだ。

 実際契約の証とやらを見せられて信じざるを得なかったんだけどな。


「事実、あの二人はキースさんの安全を第一に動いています。それこそ忠誠を誓った騎士のように」


 ケリーの言葉には俺も頷くしかない。

 騎士なんざ上等なもんは間近で殆どみた事がないが、少なくともアイツ等がキース嬢ちゃんを害する事は無い。

 直感に過ぎないが、アイツ等の変わりようを見てしまえば、信じるしかない状態だ。


「あの狂人共を従える事が出来るってだけで充分変だってのに、キース嬢ちゃん自身はその自覚がねぇのがなぁ」

「ネル。女性を変と称するのはあまり褒められた言葉ではありませんよ」

「と、言われてもだなぁ。嬢ちゃんを他にどういえと?」


 そこで顔を背ける所、お前も同類じゃないのか、ケリー?

 黙り込んじまった相棒に笑うと俺はエールをもう一杯飲み干す。

 嬢ちゃんとの出会いは結構強烈だったし、性格が気に入ったから、それ以降も先輩として付き合いが続いている。

 それは嬢ちゃんが完全に貴族と分かってからもだ。

 まさか公爵令嬢さまとは思わなかったが、向こうがそういった事を気にした様子もないもんだから、今だに俺は「キース嬢ちゃん」なんて呼んでるし、相棒だって会ってから一貫して「キースさん」呼びだ。

 それを本人が許してる以上周囲があーだこーだ言えないって所なんだろうな。


 変わり者の周りには変わり者が集まるもんなのかねぇ。


 実の所キース嬢ちゃんがキースダーリエ様だと分かったのはとある護衛任務の時だったが、その時に縁を切る事も考えなかったわけじゃない。

 相棒の事情もあったし、幾ら面白いから、という理由だけで公爵令嬢さまを振り回すわけにもいかねぇしな。

 この領地は過ごしやすく、統治している当主様ってのも食えない印象はあったが、概ね問題のある貴族さまじゃなかった。

 ってのに、嬢ちゃんに何かあったら元も子もない。

 だからまぁ、あの時縁を切る事を一度は考えた。

 むしろ公爵家側から縁を切る様に言われてもおかしくはなかった。

 だけどなぁ……。

 

「まさか公爵家からお墨付きもらうとはなぁ」

「ああ。あれに関しては俺も驚きました」


 しかも影から警護しろってやつじゃなく、あくまで“冒険者のキース”として扱って良い、ってやつなもんだったからな。

 思わず嬢ちゃんに「家族仲が悪いのか?」なんて聞いたぐらいだ。

 そんな嬢ちゃんの反応は冷静の一言。

 むしろ俺の言っている意味が心底分からないと言った感じで「何処をどう見てそんな誤解を?」と言われたんだけどな。


 あれは馬鹿にされるよりも効いたな、うん。


 「今までの貴族さまってやつ」「食えない印象の領主様」「妙に賢い嬢ちゃん」って事実を並べた上での心配だってのにな。

 ……よくよく考えても俺、其処までおかしな事いってない気がしないか?


「あの獣人達が護衛として共に居る事。何よりキースさん自体が自分の力量以上の無茶をしないという絶対的な自信の表れ……なんでしょうね」

「実際キース嬢ちゃんの冒険者としてのやり方は“堅実”の一言につきるしなぁ」


 新人が一度はやらかす驕りによる危機的状況や依頼を選ぶ際、向かう先の領域に出る魔物に対しての事前調査を怠ったりなどのうっかりミス。

 なによりも過信による前線にでたがりや目立ちたがり、先輩冒険者の助言を無視しての単独行動。

 あの嬢ちゃんにはそういった驕りが一切ない。

 むしろ他の新人に「臆病者」と嘲笑われても全く気にした様子もなく、自分のすべき事を弁えて行動する。

 ありゃベテランの冒険者でも中々出来ない。

 幾ら本人が「自分は冒険者ではなく錬金術師だと思っていますから」なんて言ってたとしても、あそこまで煽られてりゃ普通は意固地になって一度くらいやらかしておかしくはない。

 ってのに、実際はそうやって煽って来た連中に対して憐れみの表情すら浮かべるってんだからなぁ。

 

「あの嬢ちゃんを見てると、時々、歳誤魔化してるんじゃないか? と思うだよなぁ」

「ラーズシュタインにエルフの血が混ざっているという話は聞きませんけどね」

「そうなんだよなぁ」


 長命で有名なエルフ。

 大層秀麗な美貌も持っているって所から考えればおかしくはない。

 けど、本人は至極普通に生まれて年相応に年齢を重ねていると言っていた。

 嘘かもしれないが、こんな所で嘘を付く理由もないのだから、事実なんだろう。

 それでもそんな疑いを持ちたくなるくらいは心が成熟しているように見えるんだけどな。


 慎重で確実に依頼をこなす嬢ちゃんとそんな嬢ちゃんを嘲笑っていた新人冒険者。

 一年も経てば、傍から見ても分かる程その立場は逆転していた。

 今やキース嬢ちゃんは堅実で信頼できるギルドの覚えも良い優良新人冒険者。

 方や嘲笑っていた奴等の何人が未だに冒険者をやっているんだか。

 結局、冒険者ってのは臆病な方が生き残れるのだ。

 特に新人時代は慎重すぎるぐらいが丁度良い。

 そうやって先輩の冒険者の技を盗み、生き方を見て覚えて、一人前になっていく。

 幾ら俺等先達が教えようという意志があっても受け取る方が本気でなければ意味はない。

 大体俺等が新人冒険者の教育をしているのは完全な善意って奴だ。

 ただ自分達もそうやって先達に色々教わったからこそ、その優しさを後輩に還元しているに過ぎない。

 つまり、俺等の意志一つでやる、やらないを決められるってこった。

 金を貰った依頼でもないのに、自分達の言葉を鼻で笑うような奴に誰が教えたいと思う? って話だ。


「別にあの嬢ちゃんの聞き分けが良いって訳じゃないが、少なくとも此方の助言を聞いて考えるだけの頭の良さはあるからな」

「キースさんは別格としても、本来なら他の冒険者ももう少し話を聞くものなのですが。……先達の言葉を聞く事を「弱者」などと決めつける風潮こそ悪しきものなんですけどね」

「あー、それな。それを最初聞いた時は耳を疑ったわな。時代が変わったって事なのかもしれないが、正直どうよ、とは今でも思うな」


 冒険者ってのは自由が好きだ。

 ってか皆基本自分勝手だ。

 それでも先達の言葉を無視して、何でも自分達でやるのが強者だ、なんておかしな思想は持ってない。

 ってのに、最近の冒険者ってのはそれがかっこいいなんて思ってやがるのか、人の話を聞きやしない。

 自分達だけで思う事は勝手と言えば勝手だ。

 結果として自分達の命を賭ける羽目になっても自業自得だ。

 が、それがさも当然と思って先達の話を聞いている奴等を「弱者」と見下すとなると問題は別だ。

 御蔭で最近の新人冒険者の死亡率が微妙にだが上がっているらしい。

 ギルドも妙な風潮に頭を抱えているって話だ。


「それでもラーズシュタイン領はキースさんの御蔭で良い方だという話です」

「結果が明らかに出ているからだろ?」

「はい。俺達の言葉を聞き、周囲の言葉に耳を傾け堅実に依頼を熟してランクを上げているキースさんは今やラーズシュタイン領の中でも期待の新人として有名です。そういった比較対象があった事もあり、ラーズシュタイン領に関しては例の悪習は払拭されつつあると聞きました」

「本人は一切意識してないってのが面白い所だけどな」


 キース嬢ちゃんは自分がどんだけ冒険者ギルドに貢献しているかの自覚がない。

 ただ自分のしたいように動いているだけだ。

 

 自分の意志で先達の助言を聞いて考えて取捨選択し自分の力としている。

 自分の意志で力量にあった依頼を選び確実に熟している。

 周囲に惑わされる事無く、誰に何を言われようとも飄々とした態度であっさりと切り返す。

 

 本人の意志が一番最初に来る。

 その常に自然体な姿がどれだけ目立つかの自覚がない。

 その姿に自分達の矮小さを見せつけられていると妬む輩も態度を改める輩も居る事を知らない。

 なぜならキース嬢ちゃんは全部自分の意志で好きにやっているからだ。

 俺が思うにキース嬢ちゃんはある意味で誰よりも冒険者らしい気質の持ち主ってやつだ。


 むしろ貴族令嬢ってのが嘘だろうって思うぐらいにな。


「いや、あれもある種、上に立つ者らしいって言えばいいのか?」

「ネル?」

「いやよ。一連の出来事に関して嬢ちゃんは一切自覚が無いだろ?」

「そうですね」

「ってのに、あっという間にあの悪習を払拭しちまった。本人は好き勝手やってただけだってのにな」

「ああ。成程。……確かに自らの言動によって周囲を巻き込み、良き方向に持っていく。貴族として必要な素質ではありますね。あの年頃で、となると先天的なものですし」

「本人の性格的には令嬢さまってよりは冒険者より、って感じなんだがなぁ」


 才覚的には貴族らしくて性格的には冒険者ってのは中々貴族社会は窮屈なんじゃないかと余計な心配までしちまう。


「キースダーリエ様の場合、周囲にいらっしゃる方々が方々なので問題ないのかもしれません。本来ならば浮いていると、とっくに自覚しているはずなのですが」

「それっていいのか、悪いのか分からない所だな」


 嬢ちゃんの兄ってやつも普通よか物分かりも良かったし、俺等が今まで見て来た貴族の中じゃ比べ物にならないくらい大人だった。

 殿下達に関しちゃ、王族ってのはそんなに周囲に敏くなけりゃならないのか? と思ったぐらいだ。

 そんな奴等としか交流がなければ、まぁあの嬢ちゃんが自分が普通じゃなって気づかないわな。


「それにキースさんは家族がとても大切なようですから。そのためならたとえ自分が冒険者に向いていると思ったとしても家族を捨てて冒険者になる事もなく、貴族として生涯を送ると思います」

「あー。そういやあの兄妹は貴族の割に仲良かったよな」

「ええ。正直貴族としては有り得ないくらい仲が良いと思います」


 ケリーはワインに口を付けず揺らしながら、何かを考えているみたいだった。

 その目には悔恨や自嘲と言った、あまりよくない感情が見える。

 俺は溜息をつくとケリーの額を弾く。

 自分の思考に入り込んでいたのか何時もなら避けられるケリーが思わぬ攻撃に驚いてる。


「何を思い出してるのか分からなくもないが、嬢ちゃん達は嬢ちゃん達でお前はお前……だろ?」

「……そう、なんですけどね」


 何時もならこれで大分浮上するんだが、今回は他に思う所があるのか、中々表情が晴れない。

 

 そういや、珍しくコイツから酒に誘われたんだっけか?


 今日、別行動を取ったのは宿に戻ってからだったが、一体今の時間までに何があったやら。

 俺が不思議そうなのを感じ取ったケリーは少しばかり言いずらそうだったが、意を決したのかワインを机に置くと居住まいを正し俺を見据えて来た。

 こりゃ相当真面目な話があるらしい。

 俺も合わせるように酒を降ろすと座り直す。


「……帝国から情報が入ってきました」

「何のだ?」

「第一皇女が病死したようです」


 淡々と言ったケリーの言った事に俺は息を呑む。

 帝国の第一皇女。

 あの女がまさか死んだとは。

 しかも病死として発表されたって事は、多分――。


「多分、今まで犯した罪の処罰として毒杯を賜ったのだと思います」


 そう言い切ったケリーの表情は自分の纏う属性の様に凍り付いていた。



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