私は最高の喜びを胸に抱き地の底で二人と共に微笑む(3)
高位貴族や皇族が罪を犯した場合、生涯幽閉される、又は処罰が決定するまで【塔】に閉じ込められる。
魔道具と魔法によって決して脱出する事が叶わない堅牢な牢獄。
華美な内装のはずなのに無機質な雰囲気を醸し出す部屋は囚人に安らぎを齎す事は無く、ただ精神的圧迫感だけを与え続ける。
皇族に伝わっている歴史を紐解けば過去に【塔】に幽閉される事で狂い、最期を迎える人間も居たと言われている。
私にとっては終焉の舞台として問題ないとしか思わないが。
リュナーグは私の意志通りに動いてくれた。
かの令嬢は命に別状は無かったらしい。
別に生死は問うて無かったけど、生きている方が毒杯を賜る可能性は高いから死ななくて良かった。
リュナーグが捕まった事で私が糸を引いている事が露見したのだろう。
私はあっさりと【塔】へと送られた。
どうやら皇帝陛下は前々から私をどうにか処罰したくて切欠を待っていたのだろう。
私が暗躍する理由を知らずとも、私が帝国にとって害ある存在だという事までは理解していた、という所だろうか。
私も皇帝陛下を欺けるとは思っていなかったからそれは良い。
私が【塔】に送られ、リュナーグは捕まり、カトルツィヘルは私との接見を制限された。
傍から見て彼等二人が私の忠臣である事は国の上層部であるならば知っている事だからの処置だろう。
今頃城の中ではかの令嬢をリュナーグが突き落とした理由を探っている所だろうか?
かの令嬢でなければいけない理由など存在していないが、あのリュナーグの事だから、思わせぶりな態度で煙に巻いて暇をつぶしているかもしれない。
どうせ王国の遊学が終わらなければ私に対しての本格的な調査は開始されず、私の罪も確定はしないだろう。
過去の様々な事件に対して嘘偽りなく話すように命じてあるから、罪が確定するまでにどれだけかかるだろうか?
動機だけは理解出来ないだろうから「適当に言っておいて」と命じておいたけれど、カトルツィヘルはともかくリュナーグはどんな理由を話すやら。
地の底で再びあった時に聞いてみても面白かもしれない。
私はあの二人が私と時を同じくして地の底へついてくることを疑っていない。
それだけ私達は「同じ」なのだ。
だから私はあの二人が最期の時、その後まで共にある事を疑わないし、彼等も私が差し伸べられた手を振り払うなど考えても居ない。
傍から見れば私達の関係は歪み切って異質としか思えないだろう。
だが、心の虚を「普通」の方法で埋める事の出来なかった出来損ないの集団にそれを求める事自体が間違っているのだと、私達は知っている。
有象無象の言葉など心に響く事も無い。
そんな私が皇帝になれば国が栄えるなど、笑い話だとしても面白くもない。
私に擦り寄っていた存在達はその事を欠片も疑わなかったようだが。
彼等は私が皇位に付く事を望んでいない事に喜ぶべきなのだ。
私が皇位につくと言う事は帝国が崩壊する事と同意義だったのだから。
【塔】に送られてきてから、何人もの人間が私と接見し、私に身の潔白を主張するように懇願してきた。
私の破滅は自らの身の破滅。
彼等は本当に私が罪を犯したかどうかなどどうでも良いのだ。
ただ私が皇帝とならなければ自分達の繁栄など無いからそう喚いているだけ。
私の地位に擦り寄って来た道化達。
そんな相手でも少しは暇つぶしになるだろう。
私は道化達をせせら笑い、自分が皇位に欠片の興味も無く、今回の事件とて意図的に起こしたのだとはっきり言い切る。
最初は信じない道化達も最後には絶望を浮かべて去っていく。
絶望に変わる瞬間は美しいが代わり映えはしない。
多少の満足感は得られても、虚を埋める程にはなり得ない。
結局、私はあの一等美しい宝石の絶望でしか満足できないのだろう。
もはや道化達に真実を囁くのはそれを再認識するため行為となっていた。
そんな中カトルツィヘルがかの令嬢と接触したとある接見の時告げた。
かの令嬢を語るカトルツィヘルは何処か嬉しそうだったのが少しだけ不思議だった。
理由を問うと「心の中にあった少しばかりの引っかかりを解消して下さったので、そのためでしょう」と答えた。
その後「詳しい話は貴女様の望みが叶った後にお話いたしますが……そうですね、一つだけ」と言って微笑むカトルツィヘルが浮かべていたのは嬉しさと懐かしさだった。
「貴女様の執心した宝石は失われはいなかったようです」
カトルツィヘルはそれだけしか言わなかった。
けれど、それだけ充分だった。
最初に私の内面を見抜き怯えた子供。
そんな彼に身にどんな奇跡が起こったのかは分からないが、生きていたのだろう。
確かにカトルツィヘルにとっては、それは心の僅かな引っ掛かりとなっていたのだろう。
だからこそ、それが解消されて彼は今心置きなく振る舞う事が出来る事に喜んでいる。
カトルツィヘルの憂いが無くなったのならば、それは喜ばしい事だ。
だからこそ私もカトルツィヘルを言祝いだ。
接見が終わり、去っていくカトルツィヘルの後ろ姿を見て私は嘆息する。
まさかあの子供が生きているなんて。
驚きは確かにある。
それよりもその事がかの令嬢から齎された事に奇妙な縁を感じた。
そういえばかの令嬢は【愛し子】だったか。
試練を課されると言われる、時には時流すら動かす存在。
時代の移り変わりの裏には必ず存在するとさえ囁かされる【神々の愛し子】
ならば縁の一つや二つ引寄せてもおかしくはないのかもしれない。
カトルツィヘルの身に起こった変事に私は内心苦笑した。
次の変事はリュナーグだった。
あの子はどのような経緯かは分からないが、牢を出た上、今は逃亡中の身となっていたらしい。
いきなり【塔】に現れ、何時もの様に笑いながら私を地の底で待つと言った時は流石の私も驚きと共に呆れを感じた。
その後、リュナーグもかの令嬢に会ったと告げたのだ。
「きっと彼女は獣人の【主】であると思います。そして私が貴方様に感じた感情が何なのか、それを私は彼女の御蔭で知る事が出来ました。これで心置きなく貴女様を地の底で待つ事ができます」
リュナーグはそう言って笑うと【塔】を出ていった。
私の処罰が下るまで逃亡するつもりなのだろう。
リュナーグの心配はしていない。
自身が途中で飽きて捕まる事はあったとしても、あの子が本気になれば隠れきる事など簡単だからだ。
それに全てを明かすという役割は他の誰かが補う事が出来たのだろうし。
そうでなければあの子が逃亡するはずがない。
今生で会う最後の時まであの子は変わらぬ笑みを浮かべて去っていった。
カトルツィヘル、リュナーグ、そしてアーリュルリス。
皆、かの令嬢に出逢い、変化が起こった。
今更ながら一体どのような令嬢なのか少しだけ興味が沸いた。
もし、アーリュルリスではなくかの令嬢が私の妹ならば?
有り得ない想像をし、私は苦笑する。
きっと、私達は決して相容れないだろう。
確かにかの令嬢の絶望も美しいだろう。
だが、其処に肉親の情などの甘さなど介入しない。
絶望を宿したままかの令嬢は私と対峙し、そしてどちらかが倒れるまで戦い争い続ける事になっていたはずだ。
どちらが勝者となった時、積み上げられた屍の数は一体どれほどになるか。
私が見たいのは絶望と甘さに揺れる、不安定で有りながらも決して歪む事のない宝石の輝き。
絶望の中に覚悟を秘めた硬質な宝石ではきっと私は満足できない。
口に含めば甘さすら感じる宝石を目に焼き付けて私は最期を迎えたいのだ。
私は愛しい妹がアーリュルリスである事を神に感謝する。
そして帝国にとってもその方が良かったのだと私は心の中で呟く。
その方が帝国民の被害はその方がずっと少ないのだから。
今更だけど、私は別に帝国に産まれた事を後悔している訳でも、帝国の民が嫌いな訳でもない。
ただ興味が無いだけだ。
だから皇位に対して興味が沸いたのも、数多の絶望が見れるだろうという理由からだし、興味を失ったのは唯一を見つけたからだ。
その過程に帝国民の事など一切介在しない。
その事に一切気づかないからこそ道化達は最後まで自分達の愚かさに気づかず踊り続けたのだ。
そんな道化達も最近はやって来なくなったけれど。
リュナーグがやってきて去ってから然程時間も立たず、私に接見してくる者はカトルツィヘルだけになった。
人を見掛けるのも、食事や世話をするためにやってくる侍女だけ。
だから私はかの令嬢達がいつ遊学を終え王国に帰っていったのかを知らない。
そして私が起こした罪や後始末をした事件の調査を何時始めたのかも。
ただ私の望みが叶う日が近いという事だけは分かった。
別に世話をしている侍女が何かを言ったわけではない。
むしろ彼女は表情すら変えなかった。
だからこれは私の勘に過ぎない。
けれど、だからこそ私は終焉がすぐそこまで来ている事を悟り心が躍る。
一人になった【塔】の中で私は笑う。
こうして終焉の舞台に至るまで短いようで長かった。
私が望む、最高の舞台は整った。
後は、唯一の宝石がこの場に現れるのを待つだけだ。
心が躍り、自然と笑みが浮かぶ。
ああ、早く、早く。
早く顔を見せて、愚かしくも愛しい妹。
私の唯一の宝石。
早くここにおいでなさい、アーリュルリス。