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律儀にフラグを回収して帰国するする事になりそうです(3)




 絢爛豪華なホール中に私の奏でるヴァイオリンの音が響き渡る。

 曲自体は然程難しいモノではない。

 むしろ子供という事で簡単なモノを用意して下さったようだ。

 

 そんな気遣いをして下さるならば、出来ればもっとお兄様のお話を聞いてこの公開処刑を取りやめて欲しかったのですがねぇ。


 曲が然程難しくないからこそ、演奏に集中しながらも周囲の状況は伺えてしまう。

 目の前にはお兄様は勿論の事殿下達。

 そしてアーリュルリス様とその兄君、そして何故か王太子様までいらっしゃった。

 後ろに控えているのは、多分グラベオンの領主だと思うけど。

 どうして此処にいるんですかね?

 

 ああ、お兄様が苦笑なさっているのが見える。

 後、ロアベーツィア様はともかくヴァイディーウス様は微妙な顔をなさっている。

 分かっております。

 私の演奏が決して、決して人様に披露出来るモノではないのは。

 ですが、この演奏会自体が私にとっては青天の霹靂であり不本意である事を察していただけると大変ありがたいです。

 アーリュルリス様達は絶対に見ません。

 芸術の国である事を誇りに思っていらっしゃる帝国の方々の方など怖くて見れる訳がないではありませんか。

 この演奏が終わった後の生温いであろう視線の事を考えるだけで胃がキリキリと痛みそうです。

 

 それでも演奏は何時か終わる。

 最後の一音。

 それでも私の出来る限り丁寧に一音を弾き終えるとシンと静まり返ったホールの中一礼する。

 

 ああ、顔を上げたくない。


 そうは言ってもそうはいかないので顔を上げると、まず、お兄様のとてもすまなさそうな顔が見えた。

 隣ではロアベーツィア様が僅かに首を傾げていてヴァイディーウス様は先程と同じく微妙な顔をなさっていらっしゃった。


 ええ、はい。

 これが私の実力で御座います。

 ごめんなさい。


 帝国側を見る勇気の無い私は目をうろうろを彷徨わせる。

 だけど此処で考えていた視線とは違う視線と勝ち合い私は目を見張る。

 視線を彷徨わせた結果、グラベオンの若き領主様の方を見てしまったのだが、領主様の視線が想像とは大分違ったのだ。

 生粋の帝国の人間であろうグラベオンの領主殿は私の演奏にさぞかし失望してなさっていると思っていた。

 けれど、偶然あった目からは一切そう言った感情が見えなかったのだ。

 そりゃ驚きで目も見張りたくなる。

 隠しているだけか? と疑いもしたが、一回しか会った事の無い人の本心など探れるはずもないし。

 いや、むしろ目だけを見れば感動しているような?


 いやいや、有り得ないですよね。

 私の演奏を聞いて感動なんぞ出来るはずがない。

 ……ないよね?

 

「<ねぇ、私っていつも通りだったよね?>」

「<おー。相変わらずの無機質演奏だったぞー>」

「<ですよねぇ。……では、アレ何?>」

「<アレ? 一体……なんじゃありゃ?>」


 クロイツに視線の先を目線だけで示すと私の言いたい事が伝わったらしく、クロイツも首を傾げた。

 

「<えーと。オレには感動しているようにみえるな>」

「<やっぱり? えーと……後、帝国側が妙に静かなのも気になるのですが。……ただ、見る勇気が>」

「<オマエなー。剣向けられている時よりも緊張してんじゃねーよ>」

「<はっきり言って、こっちの方が緊張します>」

「<感覚狂いすぎだろーが>」


 仕方ないです。

 修練により自分の身になっていると実感できる武力とは違って、根本的な気質の部分でどうしようもないこっちの方が努力の仕様が無くてどうしようもないんです。

 それを半ば強制的に披露させられた結果が今ですよ?

 どう考えてもこっちの方が緊張するから。


「キースダーリエ様」

「は、はい」


 そんなやりとりをクロイツをしている間にグラベオンの領主様がいつの間にか近くに来ていたらしい。

 急に声をかけられて、声はひっくり返らなかったけど、少々どもってしまった気がする。

 淑女としては失格な対応で申し訳ない。


 と、云いますが、単純に近いのですが。

 領主様とのまさかの近距離に腰が引ける。

 そのお綺麗なお顔を近づけないで下さいませんかね?

 何より、近距離で見ても目に宿っているのは私が考えていたものと逆な気がするのですが?

 そろそろ意味が分からずキャパオーバーです。

 現実逃避をしたい気持ちを必死に押し殺していた私は領主様の言葉に対して無防備だった。


「素晴らしい演奏を有難う御座います。貴女は素晴らしい演奏家なのですね」

「……はい?」


 嫌味か?


 いやいや、思わず猫が全て吹き飛ぶ所だった。

 冒険者「キース」として活動している事もあって、貴族令嬢の素すら吹き飛んで下町対応になる所だった。

 けど、この若き領主様は一体何をおっしゃっているのでしょうかねぇ?

 殿下達の表情を見れば、私が“技巧”だけであるのは一目瞭然だ。

 これは帝国流のお世辞なのだろうか?


「お、お褒め頂き有難う御座います。ですが技術ばかりの、とても皆さまに披露出来る腕前ではないのは理解しております。本当に拙い演奏をお聞かせしてしまい申し訳御座いません」

「そんな事はありません!」


 おおっと、今度はアーリュルリス様ですか。

 そこまで必死にフォローしなくてもいいんですよ?

 私が技巧だけはまぁまぁなのは変えようもない事実なのですから。

 内心そんな事を考えつつ何とか帝国側を見た瞬間、私は驚きと少々の恐怖により小さく悲鳴を上げてしまう。


 な、何で、皆さま、そんな目を輝かしているのでしょうかね!?


 あまりの拙い演奏に静まり返っていたと思っていた帝国の人達から向けられる溢れんばかりの賞賛の眼差し。

 今まで帝国の人間に此処まで純粋な視線を受けた覚えがない私にとっては、嬉しいと思う前に恐怖を覚えてしまう。

 

「勿論技巧も素晴らしいと思います。キースダーリエ様の御年齢で其処まで弾きこなす方はそうそうはいらっしゃいません。ですが、それだけはございません」


 力説するアーリュルリス様からは嘘は見えない。

 見えないが故に困惑する。

 いや、貴女『地球』の記憶持ちですよね?

 その感性からすると完璧にアウトだと思うのですが!?

 アーリュルリス様の意外ともいえる帝国に染まっている部分に驚いてる私は近距離にもっと警戒すべき存在がいる事をすっかり忘れていた。

 

 突然両手が温もりに包まれて……両手を握り込まれ慌ててそっちを見ると、先程数歩離れたはずの領主様が息遣いすら分かる程近くに居てぎょっとする。

 しかも手を掴まれているので離れる事も出来ない。

 

 お願いですから、その目を輝かして此方を見るのをやめて頂けませんか?

 素晴らしいご尊顔かもしれませんけど、見惚れる暇も無く、単純に怖いです。

 私の心の声が相手に聞こえるはずもなく、領主様は私に対して賞賛を雨のように降り注いできた。


「貴女の素晴らしさはその御歳で音楽というものを理解なさっている事です。素晴らしい演奏家とは音に感情を込めるものです。ですが、それは感覚の問題となり、どれほど高名な方に教わろうとも頭で理解する事は出来ても心で理解する事は難しい。一流となるには音に感情を乗せるという感覚を心で理解せねばいけないのです! それをキースダーリエ様はこの御歳で理解していらっしゃる。これはもう一種の才能と言えるでしょう!」


 いや、あの、私感情を込められなくて無機質人形と成り果てているのですが。

 嫌味ですか? やっぱり嫌味ですか?


「キースダーリエ様は音に感情を乗せる事を心で理解なさっているからこそ、その全てを頑なに内に留め、今回の曲を奏でていらっしゃいました。貴女の演奏は音楽というものを心で理解している事が伝わってきました。公の場で同じく演奏したとすれば、貴女のその頑なな心の蕾を花開かせたいと思う人間が大勢でる事でしょう。その蕾が花開いた時、一体どんな素晴らしい曲となるか。想像するだけで心が躍らずにはいられません!」


 ほめ、られてるのでしょうか? これは。

 私の場合心の内を知られたくないから、心許した人間以外にはオルゴール以下の演奏しか出来ないのですが。

 王国では終ぞ聞いた事の無い賞賛の嵐に私は考える事を放棄したい気分だ。


「<あー。そういやオマエって楽器演奏すると心の内が晒されるから嫌だって言ってたもんな。それってある意味コイツの言う通り「音に感情を乗せる感覚」を心で理解しているって事になるんじゃねーの?>」

「<いやいや。クロイツさんや。心で理解って言ってもね? 全部無意識下でやっている事だし、今後、私が公の場で胸襟を開いての演奏なんて一生出来ないからね。それってこの人がいう「花開く時」なんて一生来ないって事だからね。つまり私は公式の場では一生オルゴール以下な訳で>」


 こうも期待の目で見られても、そんな日は絶対にこないと言い切れるのですが。

 なんですかね?

 こう天才を見つけた! 的な目で見られると非常に居たたまれないわけで。


「貴女が王国の人間では無く……いえ、公爵家の人間でなければ、我が帝国で花開く時を見届けたいと強く思います。そのためなら幾らでも援助を惜しまないと言うのに」


 賞賛の嵐に私が思う事は一つ。


 期 待 の 目 が 痛 い !


 私、今までにないくらいに帝国の存在に恐怖を感じているのですが!

 貴方、今私が公爵家の人間じゃなければ引き抜く事も辞さないっていいませんでしたか?

 私の穿ち過ぎですかね?!

 なら、まずはそのキラキラの目を辞めて下さい。

 なにより手を離して下さい。


「か、過分なご評価痛み入りますわ。なれど、ワタクシは王国の人間として、王国の発展の一助を担える存在のなれるように精進したいと思っております。ですので、ワタクシの拙い演奏に対してのお褒めの御言葉だけを受け取りたく思います」

「それでは私の気がすみません! せめて素晴らしい演奏に対する対価を受け取って頂けませんか?」

「いえ! そこまでご厚意に甘える訳にはいきません。芸術の国であらせられる帝国の方にお褒め頂いた事をしかと胸に止め、精進したいと思います」


 だから手を離して下さいぃ!

 ってか、誰か助けてぇー!


 そんな私の心からの叫びが届いたのかようやく救いの手が差し伸べられた。


「キースダーリエ嬢は私達の大切な友なのです。そろそろ我らにお返し下さい」


 まさか、その相手がヴァイディーウス様とは思いませんでしたけどね!


「<そろそろ気絶してもいいかな?>」

「<が、ガンバレ! 大丈夫だからな? な? ってか、ここで気絶した方が後々面倒になるぞ!>」


 クロイツの励ましというか脅し? に一理あると判断した私は気絶しそうな意識を叩き起こすと、何とかその場に踏みとどまる。

 領主様はようやく手を離して下さったのだが、今度は後ろからヴァイディーウス様が私の手を掴んでますが、一応大丈夫です。――大丈夫という事にして下さい。

 そうでも思わないと気絶してしまいそうなんです。

 

「……これは申し訳御座いません。どうやら少々熱くなってしまったようです」

「私からも謝罪を。彼は音楽の事になると箍が外れやすくなるようで。キースダーリエ様の素晴らしい演奏に舞い上がってしまったようです」

「いえ。先程も申しましたが、過分な賛辞を頂き、本当に有難う御座います。領主様の御言葉に恥じぬように今後も精進していきたいと思います」


 私はゆったりとした動作を心掛けてヴァイディーウス様の手を外すとカーテシーをする。

 公式の場ではないとはいえ、まさか王太子様に謝罪され、これ以上文句が言えるはずも無いし、ヴァイディーウス様もこれ以上は口を挟めないだろう。

 これでこの話は手打ちだ。

 

 私の心には帝国に対する恐怖が植え付けられたけどね!


 私は引き攣らない様に顔に力を入れるとヴァイディーウス様のエスコートでお兄様達の元へと向かう。

 このままお兄様の胸にダイブしたいのですが、ダメですかね?

 あ、無理ですよね、分かってます、言ってみただけです。


「ダーリエ、お疲れ様。ごめんね。まさかこんな事になるとは」

「いいえ。呆れられるよりは良い……と思いたいと思います。――ヴァイディーウス様も有難う御座います」

「いや。このままだと本当に帝国に貴女を取られてしまいそうでしたからね。彼も初めて会った時はもう少し落ち着いた方だと思ったのですが」

「あの変わりようは俺もおどろいたな。大丈夫だったか?」

「はい。ご心配をおかけしました」


 こそこそと王国の面子で話しているとアーリュルリス様とその第四皇子が近づいてきた。

 わぁ、眼が輝いておりませんかね?

 気のせいですよね?


「キースダーリエ様、素晴らしい演奏でした!」


 気のせいじゃなかった!


「あ、有難う御座います。御耳汚しにならずワタクシもほっとしております」

「そんな! 何時か大輪の花を咲かす蕾の姿が見えるようでした。あれ程の感性をお持ちなのに。キースダーリエ様は謙虚な方なのですね」


 いや、アーリュルリス様?

 貴女、今まで散々私の素と対面していますよね?

 素の私の何処を探っても「謙虚」なんて言葉出てきませんからね?

 

「そ、そのような事は御座いません。ですが帝国の方からいただいたお褒めの言葉を胸に刻み精進してまいりたいと思います」


 もう、何度目の言葉でしょうか。

 というか、これしか言えない壊れたレコーダーみたくなってませんかね、私?


「何時の日か花咲かせたキースダーリエ様を見せて下さい」

「え、鋭意努力させて頂きます」


 どうやらアーリュルリス様は思いのほかこの世界……いえ、帝国に馴染んでいたらしい。

 『日本人』の感性だと、完全アウトな演奏だってのに、此処まで賞賛されるとは。

 いや、この場合将来が楽しみって意味だから期待って意味かな?

 ――えぇと、期待に沿うのは難しいのですが、本当にどうしよう。 


 その後私は恐れ多くも帝国の方々から絶賛と将来への期待の御言葉を頂き「精進致します」という言葉を言う機械と化す事となった。

 後ろから感じるお兄様とヴァイディーウス様の同情の視線がとても温かく、それでいて涙が出そうでした。

 ロアベーツィア様?

 いえ、あの方「ぎこうはすばらしいし、問題ないのでは?」とか言ってましたから。

 どうやらまだまだ音楽的センスは育っていない模様です。

 いや、この場合同情の視線が三つにならなくて良かったと思っておこう。


「<それでいいのかよ?>」

「<そうでも思ってないとやってられません>」

「<大分やられてるなー。……これもところ変わればってやつなんかね?>」

「<あー……そうなのかな? 何とも言えない>」


 少なくとも王国では絶対に無い評価だったのは確かだけどね。


「<人形染みた風貌に妙なファンが付くんじゃなく、将来有望のレッテルが付くとはなー>」

「<どっちもゴメンですけどね!>」


 やっぱり私と帝国の相性は良くないようです。

 それをしみじみ実感する一日だった。

 何と言うか、生死が掛かって無いのに、此処まで精神が疲労するって初めてかもしれない。

 

 恐るべし、帝国の音楽事情。


 私が一人戦いている中、クロイツは盛大な溜息をついていた。


「<ともかく、これでフラグは全部回収、でいいんじゃね?>」




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